第13話 誓いの言葉(後編)
結婚式が終わったころ、エーレンベルク邸では使用人たちが慌ただしく祝宴の準備をしていた。
式は限られた関係者のみで行われたが、式後の祝宴には多くの客が招待されていた。
庭から客間、その奥にある小さなホールまで全て開放されていた。
「なあ、そろそろ料理を配膳していいか? あと半刻で客が来ちまうぞ」
ガスパールは、走り回る使用人の一人を捕まえて尋ねた。
「はい、間もなく設営も終わりますので、お願いします!」
「わかった。おい、ちょっと急いでくれ。俺は厨房に戻るから、こっちは頼む」
給仕係に指示を出して、ガスパールは早足で厨房に戻った。
まもなく、邸宅の門前に馬車が停まり始めた。
クラウスとエレオノーラも裏口からひっそりと帰宅していた。
「奥さま、お化粧を失礼します」
「すみません、お髪も整えさせてください」
「お着替えも一緒に失礼します。お靴はこちらを」
侍女に群がられながら、エレオノーラは休む間もなく身支度に追われていた。
忙しさに目が回りそうだったが、心は幸福感に満たされていた。
準備が終わるころには、招待客もほとんど集まっていた。
エレオノーラは初夏らしい淡い水色のイブニングドレス、クラウスはグレーのフロックコートに着替えていた。
「疲れてないか?」
「はい、とても楽しみです」
「そうか。じゃあ行こう」
腕を組んでホールの扉をくぐると、盛大な拍手が二人を出迎えた。
ホールは花やキャンドルで豪華に装飾されていた。
クラウスが簡単な挨拶と乾杯をして、祝宴が始まった。
「団長、おめでとうございます! これ騎士団の皆からのお祝いです!」
ホールの前方に座った二人のもとを最初に訪れたのは、騎士団の面々だった。
テオが大きな箱をクラウスに渡した。
「ありがとう、何が入ってるんだ?」
「ぜひ開けてください!」
クラウスが箱を開けると、ペアの銀杯が入っていた。
杯の側面に小さくオークの葉の模様が彫られていた。
「二人で使わせてもらう」
「はい、ぜひ! あと、これは団員たちから、団長個人に」
「何だ?」
分厚い本のようなものを渡されて、クラウスは訝しげな顔をした。
「先輩たちから集めた、『妻の機嫌百の心得』です」
「いらん」
クラウスは突き返したが、結局テーブルに置いていかれた。
エレオノーラが読もうとしたので、端っこの方に移動しておいた。
続いてあいさつにやってきたのは、中年の男性だった。
エレオノーラはその人物に見覚えがあった。
「クラウスさま、この度はおめでとうございます」
「ブラン伯爵、ありがとうございます」
クラウスはエレオノーラの方に身を寄せて、小声で言った。
「騎士団のパトロンだ」
「ああ、危険なマカロンの方ですね」
エレオノーラはスッキリした顔でうなずいた。
「奥さま。先日、うちの娘が酒で粗相をしたようで、大変失礼いたしました」
「いいえ。お話しできて楽しかったです」
「なんと寛大な……うちの娘は奥さまと同い年というのに、とてもお転婆でして……」
ブラン伯爵はハンカチで汗を拭きながら、眉根を寄せた。
「よければ、今度娘に淑女の礼儀作法を教えてやっていただけないでしょうか?」
「なぜ妻に?」
「娘のマナー教師が、奥さまの立ち居振る舞いに衝撃を受けて、自分磨きの旅に出てしまったのです」
聞き覚えのある話だった。
エレオノーラが屋敷に来てすぐ、一人のマナー教師が同じ理由で辞職していた。
「でも私、教えるのは得意じゃないんです」
エレオノーラは困ったような顔をした。
「前にも声を掛けられたんだろう? ゆっくり考えてみてもいいんじゃないか」
クラウスが横から言うと、ブラン伯爵が目を輝かせた。
「お返事は急ぎませんので、考えてみていただけませんか」
「わかりました」
エレオノーラは少し迷った様子だったが、最後にはうなずいた。
その答えに、ブラン伯爵は何度も頭を下げながら去っていった。
それからも、代わる代わる招待客があいさつに来た。
テーブルの上には、たくさんの祝いの品が積み重なっていた。
クラウスはポケットから封筒を取り出して、中の厚紙をそっと贈り物の間に立てかけた。
アルマンからもらった絵だった。
「それはアルマンからか?」
顔を上げると、ローランとマルグリットの姿があった。
リンデン家も一緒に集まっていた。
「はい。今朝届いていました」
「落ち着いたら、二人で会いに行ってやってくれないか。あいつなりに思うところはあるようだが、顔を出しにくいみたいだ」
ローランが苦い顔で言った。
クラウスが静かにうなずくと、マルグリットもローランの隣でホッとしたように微笑んだ。
「それとねクラウス。うちからも結婚祝いがあるんだけど、大きいからジェラールに預けたわ」
「一体何を?」
「私が育てたリンデンの苗木なの。結婚記念樹として、ぜひお庭にと思って。二人の結婚が決まったときから、絶対お祝いはリンデンの木にしようと思っていたのよ。それでね、育て方についてまとめたノートもジェラールに渡しておいたわ。葉っぱはハーブにもなるし……」
「母さん、わかった。今日も泊まるんだろう? あとでゆっくり聞くよ」
「あら、そう?」
マルグリットはまだ喋り足りない様子だった。
しかし、贈り物を抱えてソワソワしているハイドとルーシーに気づいて、場所を譲った。
二人はマルグリットにお辞儀すると、前に歩み出た。
「姉さま、伯爵さま、おめでとうございます。俺たちからも贈り物です」
「私も一緒に選んだの!」
「二人とも、ありがとう」
エレオノーラは差し出された箱を受け取って、蓋を開けた。
チェスの駒が二つ、並んでいた。
銀色に輝くクイーンとナイトだった。
「あっ! キングとクイーンにしなさいと言ったじゃないか」
横で見ていたモーリスが、すかさず叫んだ。
「伯爵さまは騎士なんだから、ナイトでもいいじゃないですか。それに姉さんを守ってもらわないと困ります」
「ありがとう、ハイド、ルーシー。大事に飾っておくわ」
エレオノーラの笑顔に、二人はデレデレと頬を緩めた。
「私たちからは、ワインをたんまり持ってきたわ。たくさん飲んでちょうだい」
リセは言いながら、なみなみと注がれたグラスのワインをあおった。
「お父さまもお母さまも、ありがとうございます」
その後も家族と一緒に、来てくれた友人や知人、仕事の関係者たちとの話に花を咲かせた。
あっという間に夜が更け、祝宴が終わると、今度は食堂で使用人たちにも酒と食事が振る舞われた。
クラウスとエレオノーラ、そして家に泊まっている両家族も交えて、食堂では真夜中を過ぎても第二の宴が続いた。
* * *
二人が寝室に戻ったのは、空が白み始めた頃だった。
ジェラールは早々に寝落ちし、意外にも泣き上戸だったマノンが号泣し、アンナは陽気に踊り、ガスパールたち料理人が合唱する、壮絶な会だった。
「さすがに疲れたな……」
ベッドに横になると、急激に眠気が襲ってきた。
エレオノーラは一生懸命に髪をほどいていたが、やがて諦めてクラウスの上に倒れ込んできた。
「ノーラ、俺の上で寝ないでくれ」
「はい……」
答えただけで、エレオノーラは動かなかった。
クラウスはその身体を抱きしめると、ゴロンと横に転がった。
青い瞳が、既に半分ほど瞼に隠れていた。
「楽しかったな」
「はい」
布団を引っ張り上げて、肩までかけた。
「ずっと……一生忘れません」
エレオノーラは、寝言のように舌足らずにつぶやいた。
「俺も一生忘れない」
そう答えたが、エレオノーラの瞼はもう閉じていた。
クラウスはわずかに口元を綻ばせると、妻の顔を見ながら眠りに落ちた。
それから半刻ほど経ったころ。
心地よく眠っていたクラウスは、脇腹に強烈な蹴りを食らって起きた。
「ノーラは元気だな……」
あれだけ騒いで、夢の中でもいつも通り舞踏会をしているようだった。
枕をベッドの端に寄せて一度目を閉じたが、クラウスはまたすぐに目を開けた。
肘をついて、のそのそと上体を起こした。
一つだけ、やり忘れていた日課があった。
妻の顔を覗き込んで、そっとその頬を撫でる。
「おやすみ」
そうつぶやいて、口づけを一つ、眠る妻の唇に贈った。
似たもの夫婦の恋日和
~完~
最後までお読みいただきありがとうございました!
本編はここで完結ですが、番外編を3本掲載します。
それぞれ10/17、24、31の土曜に公開を予定しています。
新作『ありのままおじさん 〜恋愛小説のヒロインに転生したら、婚約者と男の友情が芽生えた〜』もよろしくお願いします。
評価や感想もいただけると嬉しいです。




