第12話 夫婦の形(後編)
結局、昼過ぎになってもデザインが決まらず、近くのカフェで腹ごしらえをした。
また店に戻って、すべて決まるころには夕方になっていた。
エレオノーラは、どこか清々しい顔をしていた。
「完成まで三か月かかるらしい。結婚式もそれに合わせて日取りを決めよう」
「はい、楽しみです」
帰りの馬車の中で、エレオノーラは嬉しそうに答えた。
首元で光るアクアマリンが、夕日をキラキラと反射していた。
* * *
帰宅後、夕飯と風呂を済ませてクラウスは自室にいた。
手帳をめくって、やることリストを開いた。
まだまだやることは山積みで、大変なのは目に見えていたが、不思議と気持ちは軽かった。
教会選びと指輪選びを横線で消すと、不意に誰かが扉を叩いた。
「旦那さま、少しよろしいでしょうか」
「いいぞ」
マノンだった。
「今、奥さまが湯浴み中です」
「それがどうした?」
わざわざ報告するようなことでもない。
クラウスが首を傾げると、マノンはおもむろに口を開いた。
「……湯浴みが済んだら、寝室で待っているとのことです」
クラウスはわずかに目を見張った。
しかし、元々予告らしきものは受けていたし、マノンが色々と準備を整えていたのも知っていた。
それでもクラウスは、一つだけ確認したかった。
「……それは、エレオノーラ本人が望んだことなんだな?」
「はい」
マノンの答えに迷いはなかった。
クラウスは手帳を閉じて、「わかった」とだけ答えた。
* * *
ほどなくしてクラウスは寝室へ移動した。
先にエレオノーラを待っていようと思った。
初めて会った夜、寒い部屋で彼女を長らく待たせてしまった。
あの頃から随分と景色が変わった。
春が来たこともあるが、家の中の雰囲気も柔らかくなった。
近頃は、新入りの使用人にも声を掛けられることが増えた。
怖がられていたころより、ずっと居心地がいい。
クラウスはベッドに横になった。
ガウンのポケットに手を入れて、中のものを確かめるように握った。
そうしていると、わずかに心がほどけた。
そのままぼんやり天井を眺めていると、扉の開く音が聞こえた。
「クラウスさま」
名前を呼ばれて上体を起こした。
扉の前には、白いシルクの夜着を纏ったエレオノーラがいた。
「お待たせしました」
扉を閉めて、エレオノーラはベッドに上がってきた。
クラウスの前に来ると、なぜか正座をした。
「足がしびれるぞ」
「はい」
エレオノーラはそう答えて、足を崩した。
どこか動きがぎこちない。
「今から何をするか、ちゃんとわかってるか?」
「……はい」
珍しく自信なさげな声だった。
「難しくて、忘れてしまったところもあります」
クラウスも、元よりエレオノーラがすべてを覚えてくるとは思っていなかった。
「じゃあ、何なら覚えてるんだ?」
クラウスの問いに、エレオノーラはしばらく考えていた。
やがてほんのりと頬を染め、いつものように微笑んだ。
「クラウスさまに、愛を伝えるためにすることだと」
美しい表情だった。
クラウスは一度ゆっくりと瞬きをした。
「ノーラだけが伝えるんじゃない。伝え合うんだ。俺もノーラに愛を伝えたい」
そう言って、ベッドを降りた。
エレオノーラの手を引いてベッドの縁に座らせると、クラウスはその前に跪いた。
ポケットから小さな箱を取り出す。
出会った日から、渡せずに持っていたものだった。
蓋を開けて、青い石のついた指輪が現れると、同じ色の瞳が見開かれた。
「俺とずっと夫婦でいてくれるか?」
「はい」
クシャッと目元を綻ばせて、エレオノーラは返事した。
クラウスはふっと肩の力を抜いて、箱を置いた。
指輪を手に取って、エレオノーラの薬指にそっと嵌めた。
左手を光にかざすようにして、しばらく嬉しそうに眺めていた。
「ありがとうございます。大事にします」
エレオノーラはそう言って、クラウスの頬に左手で触れた。
身を乗り出して唇を重ねると、はにかんだように笑った。
「俺も、ずっと大事にする」
青い瞳を見据えて、クラウスは言った。
指先で唇に触れると、その瞳がゆっくりと閉ざされた。
優しく触れるだけのキスをして、わずかに唇を離す。
温かな吐息と、熱に潤んだ視線が交差した。
エレオノーラの腕がクラウスの首に回されると、クラウスもそれに応えるよう、妻をギュッと抱きしめた。
互いの温度を確かめるよう、何度も何度も口付けるうち、二人の身体は柔らかなベッドに沈んでいった。




