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似たもの夫婦の恋日和 ~堅物騎士団長は深窓のアホ令嬢を読解してみせます!~   作者: 上園 千紗


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第11話 妻の覚悟(後編)

 同日の昼過ぎ、クラウスとテオは無事に救助されていた。


 山に詳しい猟師たちの助けを借りて、二人がいる岩棚に回り込める横道を見つけたのだ。


 クラウスは待機していた医師の診察を受けて、擦り傷を消毒してもらった。

 幸い、テオの捻挫も二週間あれば治るとのことだった。


 後処理は副団長が申し出てくれたので、ありがたく任せた。


「クラウスさま、ご自宅への伝令はどうされますか?」


 馬車に乗る直前、伝令係が声をかけてきた。

 クラウスは少し迷ったが、断った。


「俺は真っ直ぐ帰るからいい。テオの家族の方へ行ってやってくれ」

「わかりました。お気をつけて」


 馬車に乗り込んで、気絶したように眠っている間に自宅に着いた。


「ただいま」


 玄関を入っても、衛兵以外に誰もクラウスを出迎えなかった。


 何やら屋敷がバタバタしているようだった。


 通りかかった使用人に二度見されて、ようやくクラウスの帰宅が認知された。


「ク、クラウスさま!? おかえりなさいませ!」

「何かあったのか?」

「それが、奥さまが熱を出してお倒れに……」

「大丈夫なのか!?」

「はい。お医者さまに診ていただいて、お眠りになっているようです」

「そうか……」


 クラウスはすぐさま二階に上がろうとしたが、自分の靴と服を見て止まった。


 妻の顔を見たかったが、あまりに汚かった。

 医者に診てもらったなら、ひとまず大丈夫だろう。


「すまんが、着替えと風呂を頼んでいいか」

「もちろんでございます」


 泥だらけの靴と上着を使用人に預けて、クラウスは風呂に直行した。


 まもなく湯浴みを終えて、クラウスは寝室に入った。


 エレオノーラはベッドで眠っていた。

 額にタオルが乗せられていた。


「ただいま、ノーラ」


 ベッドに座って、エレオノーラの頬に触れた。

 肌が熱く、呼吸も荒かった。


 一日離れていただけなのに、遭難中の緊張もあってか数日ぶりに会ったような心地がした。


「心配かけて――」


 悪かった、と言いかけてやめた。

 起きている時に伝えたかった。


 クラウスはエレオノーラの隣に横になって目を閉じた。

 徹夜明けの身体が、先ほどから限界を主張していた。


 一日ぶりの柔らかい枕とベッドに身を沈めると、瞬く間に意識が溶けていった。


*    *    *


「……さま……クラ……さま」


 クラウスは誰かに呼ばれる声を聞いて、目を覚ました。

 もっと眠りたいと沈んでいく意識が、肩に伝わる振動と部屋に響く声で引き戻された。


「クラウスさま!」


 エレオノーラの声だった。

 そんなに大きな声が出せたのかと驚いた。


 かすむ視界の中に、寝間着姿のエレオノーラが見えた。


「もう朝か?」


 寝ぼけながら妻の頭を撫でた。


 その瞬間、青い瞳から涙が溢れた。

 気が付いたときには飛び起きて、エレオノーラを抱きしめていた。


「どうしたんだ?」


 背中を撫でているうちに、クラウスは状況を思い出した。


「ノーラ、すまん。心配を――」

「クラウスさまが……生きててよかった……」


 涙で濡れた顔を上げて、エレオノーラは絞り出すように言った。

 腕の力を強めて、クラウスはまず伝えたかったことを口にした。


「心配をかけて悪かった。怪我もしてない。もう大丈夫だ」

「はい……」


 エレオノーラは息を詰まらせながら短く答えた。

 そして、倒れるように胸に寄りかかってきた。


「辛いだろう。横になろう」


 クラウスはそう言ったが、エレオノーラは子どものようにいやいやと頭を左右に振って拒んだ。

 動かそうとしたが、エレオノーラは強固に張り付いていた。

 クラウスは何も言わず、妻が落ち着くまで待つことにした。


「私は……」


 ようやく涙の止まったエレオノーラが、不意につぶやいた。


「私はクラウスさまが無職になっても、何もできないんです」

「ん?」


 無職にはなっていない。

 何の話かわからなかったが、とりあえず聞いてみることにした。


「クラウスさまが歩けなくなっても、私はマナー教室もできません」


 怪我を案じてくれたのだろうか。

 しかし、マナー教室とは何のことだろうか。


 気になることは色々とあるが、きっとそれは本質ではない。

 エレオノーラの次の言葉に、クラウスはじっと耳を澄ませた。


「私は、クラウスさまをお支えできません」


 クラウスはしばらく思案した。

 エレオノーラの話を繋ぎ合わせて、一つの仮説に辿り着いた。


「つまり……俺が怪我して働けなくなったら、ノーラがどう支えるか、考えてくれたのか?」


 エレオノーラは小さく首を縦に振った。


「でも、私には宝石を売るぐらいしかできないんです」

「そんなことない」


 クラウスは即座に否定した。

 肩を掴んで、まっすぐに妻を見据えた。


「リュックに砂糖菓子を入れてくれただろう。遭難した時、あれを見つけて嬉しかった。元気が出た」


 春とはいえ、気温の低い山中の徹夜は堪えた。

 時折つまんでいた菓子が、寒さと眠気を紛らわせてくれた。


「オークのカフスも気に入っている。仕事中に眺めるとやる気が出る。それから……」


 胸の内にエレオノーラからもらったものがたくさん溢れて、どれを伝えればいいかわからなかった。

 クラウスは迷った末に、一番嬉しかったことを伝えることにした。


「ノーラのおかげで、この家に帰るのが前よりずっと楽しみになった」


 青い瞳の表面がわずかに滲んで、キラリと光った。

 エレオノーラは鼻を啜ると、問いかけてきた。


「私は、このままでいいんでしょうか?」

「そのままでいてくれ。そのままのノーラが、俺の一番の支えだ」


 エレオノーラはしばらく何も言わなかった。

 じっとこちらを見つめて、やがて視線を落とした。

 もう一度顔を上げて、「はい」とだけ答えた。


 その直後、エレオノーラの身体がゆらりと揺れた。

 クラウスは慌てて抱きとめて、頭を枕に下ろした。


「病人はもう寝ろ」

「どこにも行きませんか?」

「行かない」


 そう言ったものの、エレオノーラは眠ろうとしなかった。


「ここにいる」


 胸元に置かれたエレオノーラの手を握った。

 それでも安心できないようで、大きな目がパッチリと開いていた。


 クラウスは困ったように眉を下げると、片手でエレオノーラの目を塞いだ。

 そのまま身を乗り出して、そっと唇を重ねた。


「おやすみ」


 そう言うと、掌の下でエレオノーラの瞼が閉じるのを感じた。

 ようやく聞こえた妻の「おやすみなさい」の返事に、クラウスはほっと息をついた。

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