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似たもの夫婦の恋日和 ~堅物騎士団長は深窓のアホ令嬢を読解してみせます!~   作者: 上園 千紗


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第11話 妻の覚悟(前編)

 翌朝、エーレンベルク邸には昨日の伝令係が訪れていた。


「捜索にあたっていた騎士が狼煙を見つけました。しかし、依然として詳細はわからないそうです」

「承知いたしました。ありがとうございます」


 伝令係を見送って、ジェラールはすぐにエレオノーラの部屋に向かった。

 状況を伝えると、その肩が静かに沈んだ。


 マノンとアンナも心配そうに主人に寄り添っていた。


「奥さま、よければ温かいハーブティーはいかがでしょうか」

「ありがとう、アンナ。お願いするわ」


 エレオノーラはソファーに座って、クッションを抱きしめた。

 その目の下にはクマができていた。


 ほどなくしてアンナがお茶を持って戻ってきた。

 準備を終えると、アンナはお辞儀した。


「では、これで失礼します」


 近くに控えていたマノンも、アンナの隣に並んで言った。


「私も失礼します。何かあればお呼びください」


 退出しようとした二人の手を、エレオノーラは掴んだ。

 何も言わず、ただ眉間を歪ませていた。


 マノンとアンナは顔を見合わせた。


「奥さま、お茶を飲むと落ち着きますよ。リラックスできる茶葉を選びました」


 アンナはエレオノーラの手を握って、そばにしゃがんだ。

 促されて、エレオノーラは一口お茶を啜った。


「……クラウスさまはご無事かしら」

「私たちにはわかりません」


 エレオノーラの問いに、マノンは正直に答えた。


「崖から落ちたら、怪我をしてしまう?」

「することもあれば、しないこともあります」


 マノンは淡々と答えたが、その両手が強く握りしめられていた。


「奥さま」


 震えるエレオノーラの手を、アンナは包み込んだ。

 掌がわずかに汗ばんでいた。


「これはジェラールさんの教えですが、こういう時は未来に目を向けるといいそうです」

「未来?」

「はい。旦那さまが帰ってきたときのために、奥さまにできることを考えてみませんか?」

「私にできること……」


 俯いていたエレオノーラがアンナを見上げた。

 マノンは何も言わずに、アンナを見守った。


「はい。例えば……奥さまと結婚される前、旦那さまが足を挫いて帰ってきたことがあったんです」


 触れたエレオノーラの指先に力が入るのを感じながら、アンナは続けた。


「もしも今日、旦那さまが足を挫いて帰ってきたら、奥さまはどんなことをしてさしあげたいですか?」


 エレオノーラは再度手元に視線を落とした。

 やがてポツリポツリと、思いついたことを言葉にした。


「歩くときに……お手を取ったり……包帯を変えたり……」

「素敵です」


 アンナは優しく微笑んだ。


「看病じゃなくてもいいんです。得意なことや、好きなこと、奥さまにできることはたくさんあります」


 エレオノーラは小さくうなずいた。

 眉間のしわが随分ほぐれていた。


「少し一人になりたいわ」

「はい。いつでも呼んでくださいね」

「ありがとう」


 マノンとアンナは部屋を出た。


 静かになった室内で、エレオノーラは懸命に頭を働かせた。


 クラウスは前にも足を挫いて帰ってきたらしい。

 腕にも小傷の痕がたくさんある。

 これまでにも何度も怪我をしてきたのかもしれない。


 次は捻挫じゃなく、骨折だったら?

 歩けなくなったら?

 騎士の仕事はできなくなる?


 様々な想像が心を押しつぶした。


 エレオノーラは気持ちを落ち着かせようと、ハーブティーに手を伸ばした。


「おいしい……」


 カモミールの香りが鼻腔に広がって、思わずつぶやいた。

 湯気で顔がほてって、意識が沈むような心地がした。


 しかし、不安は消えなかった。

 お茶が冷え切ってもなお、エレオノーラは一人で考え続けた。


 頭の中がぐちゃぐちゃになってきて、アンナに言われたことを必死に思い出した。


『得意なことや、好きなこと、奥さまにできることはたくさんあります』


「クラウスさまが歩けなくなって……私ができること……」


 得意なことはある。

 マナーやダンスは昔からずっと褒められてきた。


 昔、マナー教室をやってほしいと、どこかの夜会で言われたこともあった。

 しかし、言葉が苦手な自分ではきっとうまく教えられないと断った。


 宝石を集めるのも好きだ。

 買ってくれた両親やクラウスには謝らないといけないが、全部売ればお金になる。


 でも、それだけだった。


 今日、クラウスの身に何か起きても、自分にできることはそれしかなかった。

 

「私はクラウスさまをお支えできない……」


 エレオノーラはクッションに顔を埋めた。

 息が苦しかった。


 止まっていた涙がまた溢れ出す。


 今回無事に帰ってきたとして、これから先はどうだろう。

 クラウスが騎士である以上、また同じようなことが起こるかもしれない。


 その度に、こんな風に泣くことしかできないのだろうか。


 名前も知らない感情が渦巻いて、目が回った。


「一緒にいたい……」


 しかしその中心にあるのは、そんな素朴な感情だった。


 エレオノーラは涙を手で拭うと、鼻をすすった。


 ここで泣くぐらいなら、下で待っていようと思った。


 リビングのソファーからなら、ちょうど門が見える。

 クラウスの馬車が帰るまで、ずっと待っていよう。


 そう思って立ち上がった瞬間、視界がぐらりと揺れた。


 立っていられずテーブルに倒れ込むと、マグカップが大きな音を立てて落ちた。


「奥さま、大丈夫ですか!? 入りますよ!?」


 マノンの声がしたが、答えられなかった。

 ひどい眩暈がして動けなかった。


「奥さま!」

「マノンさん、どうされましたか!?」

「おそらく知恵熱です! すみません、油断しました!」


 遠くでジェラールの声も聞こえた。

 マノンが背中をさすってくれるのを感じながら、エレオノーラは意識を手放した。

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