第1話 天賦の才(後編)
客間のテーブルには、煌びやかなアフターヌーンティーが用意されていた。
そばには大きな窓があり、広い庭が望める。
クラウスは紅茶を飲みながら、エレオノーラを待った。
「お待たせいたしました」
ほどなくして、エレオノーラがやってきた。
室内用の簡素なドレスに着替えていた。
黒い生地が白い肌によく映えていた。
「その服もよく似合っている」
「ありがとうございます」
本当はもっと褒めるべきなのだろうが、あいにくクラウスはそういった気の利いた社交辞令が苦手だ。
「遠慮せず食べてくれ」
「はい、いただきます」
エレオノーラはサンドイッチに手を伸ばした。
食べ方も非常に丁寧だった。
「改めて、私がクラウス・フォン・エーレンベルクだ。顔合わせもせず婚姻となってしまってすまない」
「エレオノーラ・アフ・リン……エーレンベルクです。急なことでしたし、お気になさらないでください」
貴族界ではしばしば起こることだ。
しかし、ここまでスピーディに結婚が決まったのは、クラウスの背後にいるお節介な御仁がずいぶんと張り切ったからだ。
「今さら聞くことではないが、王子の勧めだから断れなかったのではないのか」
「いいえ。私ももう二十歳ですから。そろそろ身体を固くするべきだと家族からも言われていました」
「……?」
聞き慣れない言い回しだった。
エレオノーラの言い間違いだろうか。
クラウスは深く気にせず、話を続けた。
「そうだったのか。それで、早々にすまないが、明日宮殿で夜会があってな。一緒に参加してくれないか」
「承知いたしました」
エレオノーラはスコーンにジャムを塗った。
豪快な塗りっぷりだった。
「エレオノーラは、ブラン伯爵を知っているか? アラール地方の大地主だ。うちの騎士団にも多額の支援をしてくれている大事なパトロンなんだが……どうした?」
エレオノーラはスコーンを持って固まっていた。
「いえ、すみません。ボーっとしておりました。大事なマカロンがどうされましたか?」
クラウスは首を傾げた。
冗談を言っているようではなさそうだ。
ただの聞き間違いだろう。
「大事なパトロンなんだが、娘の方は少々やっかいでな。君には近づけさせないようにするが、用心してくれ」
「はあ……そんなに危険なのですね。他に、何かすべきことはありますか?」
「いや、明日はただ俺について挨拶をしていればいい。知り合いも少ないだろう。困ったらすぐに言うように」
「わかりました」
エレオノーラは短く答えて、スコーンを口にした。
彼女はその後も、黙々と食べ続けた。
クラウスも時折菓子をつまみながら、エレオノーラを眺めていた。
噂通り、無口な女性だとクラウスは思った。
クラウスのことを気にする様子もなく、目の前の食事と景色を満喫しているようだった。
エレオノーラの皿のお菓子はどんどん減って、最後に一つマカロンが残った。
大事そうにそれを齧るエレオノーラに、クラウスは口を開いた。
「好きなのか、マカロン」
「はい。料理長の得意料理でした」
「俺のも食べるといい」
「ありがとうございます」
エレオノーラは静かに微笑んだ。
「他には、何が好きなんだ」
「宝石が好きです」
「そうか」
年頃の娘らしい趣味だった。
胸に光る水色の石のネックレスも、よく似合っていた。
浮世離れした容姿だが、中身は存外普通の女性かもしれないとクラウスは安堵した。
それきり、会話が途切れた。
しかし、クラウスは沈黙をさほど苦痛に感じなかった。
エレオノーラから感じる独特な落ち着きが、そうさせているのかもしれない。
「俺は、あまり話すのが得意じゃない。退屈させるかもしれないが、君とはうまくやっていきたいと思っている」
「はい」
クラウスはカップを置いて、エレオノーラの目を見た。
海を思わせる深い青だった。
「いずれ、家のことも任せたい。使用人の采配や贈答品、備品の管理も……大丈夫か?」
「いえ、あの……サイとゾウがどうされたのですか?」
「ん……?」
先ほどから、何かおかしい。
クラウスは眉間のシワを深くした。
「使用人の采配だ。使用人をどう配置するか、君に決めてほしいんだ」
「それは、彼らをどこに立たせるかということでしょうか?」
クラウスは目を瞬かせた。
エレオノーラには、一切ふざけた様子がない。
「いや、そうではなくてだな。この屋敷には、執事やメイド、料理人など、たくさんの人が働いている。誰をどのポジションにつけるかを、君に考えてほしいんだ」
「ポ……?」
「ポジション、役職だ。簡単に言えば、誰を偉い人にするか君が決めるんだ」
「それは……ジャンケンなどで決めればよいのでしょうか?」
エレオノーラは真剣だ。
真剣だからこそ、クラウスはさらに困惑した。
「いや……そうだな、どこから説明すればいいんだ。まず、我が家にどんな使用人がいるかを説明しよう。家令、執事、従者、侍女――」
クラウスが説明し始めると、エレオノーラがこめかみを抑えた。
「どうした? 大丈夫か?」
「申し訳ありません。私、難しいことを考えると、頭が痛くなってしまうんです」
「そ、そうか。長旅の疲れもあるだろう。部屋に戻って休むといい」
どの辺が難しかったのか、クラウスにはわからなかった。
しかし、これ以上無理はさせられない。
そう判断し、クラウスは侍女を呼んだ。
退室する二人を見送って、クラウスは椅子にだらしなくもたれかかった。
エレオノーラが座っていた席を、呆然と眺める。
「……バカなのか?」
あの発言の数々、間違いなくエレオノーラは本気だ。
さらに深く椅子に沈み込むと、はずみでポケットから小さな箱が落ちた。
拾い上げて蓋を開くと、中には青い石のついた指輪が入っていた。
結婚指輪ができるまで、代わりにと思って用意していたのだが、渡しそびれた。
とてもそんな雰囲気ではなかった。
クラウスはじっと石を見ながら、エレオノーラの発言を反芻する。
「そうか……」
クラウスはふと思い出した。
エレオノーラは言葉選びが独創的だと、どこかの貴族が話していたことを。
それに彼女の父親も、感性が独特だと言っていた。
実はクリエイティブな一面があるのかもしれない。
そう自分を納得させようとした。
「いや、無理だな」
即座に諦めた。
あれがバカでなければ、逆に何なのだ。
クラウスは目を閉じて、静かに認めた。
美しい妻が、筋金入りのバカだと――。




