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似たもの夫婦の恋日和 ~堅物騎士団長は深窓のアホ令嬢を読解してみせます!~   作者: 上園 千紗


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第8話 悪魔の歯(中編)

「ノーラ、入っていいか?」


 エレオノーラの部屋の扉を叩いたが、中からは物音一つしなかった。

 もう一度声をかけても返事がなく、クラウスは少しだけ扉を開けた。


 薄暗い部屋の中、エレオノーラは窓際のソファーで膝を抱えて座っていた。

 テーブルの上に、クラウスがあげたカフスが散らばっていた。


「なんだ、また宝石磨きに夢中になってたのか? 灯りぐらいつけないと――」


 クラウスの声に、エレオノーラが顔を上げた。

 見たことのない暗い表情をしていた。


「大丈夫か? 体調が悪いのか?」


 クラウスはソファーの横で屈んだ。

 エレオノーラはフルフルと首を横に振った。


「歯が痛いのか?」

「今は大丈夫です」


 小さく、頼りない声だった。


 そして何より、クラウスは目が合わないことが気がかりだった。

 普段のエレオノーラは、誰に対しても青い瞳をまっすぐに向けて話す。


「じゃあ、どうしてそんな顔をしてるんだ?」


 答えはなかった。

 月に雲がかかり、部屋がさらに暗くなった。


 なす術がなくなって、クラウスは話題を変えることにした。


「夕飯ができてるぞ。一緒に食べよう」

「今日はここで一人で食べます」

「急にどうしたんだ? 理由を教えてくれないか?」


 エレオノーラは、ふたたび頭を左右に振った。

 ここまで塞ぎ込まれては、手の付けようがなかった。


「話したくなったらいつでも言ってくれ。ちゃんと聞くから」


 クラウスはソファーの肘掛けに手をついて、身を乗り出した。

 エレオノーラの顔を覗き込んで、無理やり視線を合わせた。


「わかったか?」


 エレオノーラがうなずくのを確認して、クラウスは部屋を出た。

 扉が閉まりきるまで、クラウスはその姿を見ていた。


*    *    *


 翌朝もエレオノーラは元気がなかった。

 クラウスは非番だったが、昨日と同じように制服に身を包んでいた。

 午前中、ジスランも交えて王宮で支援貴族への活動報告をする予定だった。


「ノーラ、いってくる」

「いってらっしゃいませ」


 エレオノーラはそう言って、身体を起こした。

 そしてクラウスの方へ手を伸ばしかけて、やめた。


 内心で動揺したクラウスだったが、平静を装って問いかけた。


「いつもの挨拶はしてくれないのか?」

「できません」


 クラウスは、心をとんかちで殴られたような衝撃を感じた。

 エレオノーラからの、初めての明確な拒絶だった。


「そ、そうか……わかった……」


 テーブルや椅子にぶつかりながら、クラウスは部屋を出た。


 呆然としながら馬車に乗り込み、そのまま王宮へ向かった。

 通い慣れた幼馴染の部屋まで、おぼつかない足取りで何とかたどり着いた。


「あれ、クラウス? まだ早くないかい?」


 予定より随分早くにやってきたクラウスを見て、ジスランは首を傾げた。

 そのうえ、ジスランすら見たことがないような、得体の知れない圧を放っていた。


「友人の緊急事態だ」

「……うん?」


 ジスランはペンを置いて両手を組んだ。

 面白そうな予感がした。


「毎朝見送りのハグをしてくれていた妻が、急にしてくれなくなったらしい。なぜかわかるか?」

「うーん、喧嘩でもしたの?」

「してない」


 ジスランは椅子にもたれかかった。

 肘をついて質問を続けた。


「何か心当たりは?」

「昨日から元気がなかった。でも、理由を聞いても答えてくれない」


 クラウスはジスランの机にバンッと手をついた。


「なぜだ?」


 ふうと息をついて、ジスランは幼馴染の顔を見た。

 面白がるのが気の毒になるほど、あまりに必死な表情だった。


 しかしあいにく、たいした助言はできそうになかったため、ジスランは思ったままを伝えた。


「他人の僕にはわからないよ。夫婦なんだから、夫本人の方がよく知ってるんじゃない?」

「夫婦……」


 クラウスは独り言のようにつぶやくと、そのまま身を翻した。


「帰る」

「待って、報告会が終わってから帰って」


 ジスランはクラウスを引きずって、報告会へ向かった。


*    *    *


 報告会は予定より早く終わった。

 クラウスの放つ圧倒的な負のオーラのせいか、小うるさい貴族たちが質疑応答でも手を挙げなかった。


 馬車に乗り込んで、すぐさま自宅に戻った。

 玄関を入ると、マノンがすっ飛んできた。


「クラウスさま。おかえりなさいませ。奥さまのことでお話が」

「何かあったか?」

「私も詳しいことは聞き出せませんでしたが、とにかく人との接触を拒んでいるようです。私もお髪を梳かそうとしたら断られました」


 謎は深まったが、クラウスはほんの少しホッとしてしまった。

 拒絶されているのが自分だけでないとわかったからだった。


「アンナに話を聞いたところ、歯の痛みは親知らずが生えてきたことが原因のようです」

「親知らず? まあ痛いが、それだけでああなるか?」

「私もそうは思いません」


 クラウスは腕を組んで、頭の中で情報を整理した。

 しかし、どう頑張っても話が繋がらなかった。


「このままだと埒が明かない。もう一度話を聞いてみる」

「よろしくお願いいたします」


 心配そうなマノンに荷物を預けて、クラウスは二階へ上がった。

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