第7話 あなたの色(後編)
夕方、二人が家に帰ると、クラウスとローランが先に戻っていた。
クラウスもローランも、騎士団の制服のままリビングでくつろいでいた。
「おかえり、楽しかったかい?」
「はい、とても」
ローランの問いかけに、エレオノーラが即答した。
エレオノーラは、クラウスの胸元に刺繍された騎士団の紋章をじっと見た。
「どうした?」
クラウスが問いかけると、エレオノーラは手にしていた茶色い袋を差し出した。
ずっと握りしめていたせいで、紙にシワが寄っていた。
「これを、クラウスさまに」
「くれるのか?」
「はい」
クラウスはそっと袋を開けた。
中には、葉っぱの形のカフスが入っていた。
クラウスは掌の上にそれを出した。
そしてゆっくりと、自身の胸元に視線を落とした。
同じ形の葉っぱが刺繍されていた。
「オークじゃないか。ノーラさんはセンスがいいな」
「そうなのよ。クラウス、ボーっとしてないでお礼ぐらい言いなさい」
ローランとマルグリットが、口々に言った。
クラウスは弾かれたように顔をあげて、エレオノーラを見た。
「あ、ああ。ありがとう、ノーラ。大事にする」
「はい」
クラウスは手の中のカフスをしばらく眺めて、丁寧に袋にしまった。
* * *
夕飯のあと、クラウスとローランはリビングから続くテラスでホットワインを飲んでいた。
「久しぶりの本部はどうでしたか」
「ああ、皆元気そうで安心したよ。お前もすっかり団長が板についたな」
ローランはシナモンスティックでゆっくりとワインをかき混ぜた。
「そういえば、アルマンが王都にいるのを知っているか?」
「兄貴が? どうして?」
「ちょっとした病気が見つかってな。しばらく王都の医者のところで治療している。まあ、適切に治療をすれば治るそうだから心配はいらん」
「そうですか……」
「お前にも色々と迷惑をかけただろう。手紙でも書くよう言っておく」
ワインを飲みながら、ローランはリビングを見た。
エレオノーラがマルグリットに宝石のコレクションを見せているようだった。
「ジスラン殿下から話を聞いたときはどうなることかと思ったが、素直ないい子じゃないか」
「何を聞いていたんですか?」
「美人すぎて国が傾きそうだから、とにかく急ぎで嫁にもらってほしいと」
「は?」
初耳だった。
よくよく話を聞くと、冗談ではなかったらしい。
エレオノーラの婚姻を巡って派閥ができ始め、それが隣国にまで広がりそうになって、ジスランが手を打ったようだった。
「勝手な奴らだな」
クラウスは独り言のようにつぶやいた。
眉間に深くシワが刻まれていた。
「まあ、お前はそういう話に興味がないから知らないだろうと思ったよ」
ローランは小さく笑った。
温かいカップを両手で包みこんで、言葉を続けた。
「だからこそ殿下もお前を選んだんじゃないか」
クラウスは憎たらしい幼馴染の顔を思い出した。
ふざけたやつだが、それだけではないことをクラウスは知っていた。
常に人や政治の裏を読み、国を守るための的確な一手を打ってきた為政者だ。
「さあ。面倒だっただけでしょう」
クラウスはふんと鼻を鳴らして、残ったワインを飲み干した。
* * *
翌朝、朝食を終えるとローランとマルグリットはすぐに出発することになった。
クラウスとエレオノーラは、玄関まで二人を見送りに出ていた。
「バタバタしてごめんなさいねえ。久々の王都だから、予定を詰め込んじゃって」
「またこっちに来る時は連絡してくれ」
クラウスの言葉に、マルグリットは笑顔でうなずいた。
「お二人にお土産です」
ノーラが前に出て、手に持っていた小さな箱を二人に渡した。
「あら、ありがとう。開けていいかしら?」
「はい」
マルグリットが箱を開けると、深い緑色の宝石が入っていた。
ローランの方は、淡いグレーがかった宝石だった。
「いただいていいの? ノーラさんの大事なコレクションでしょう?」
マルグリットが尋ねると、エレオノーラはうなずいた。
ローランは、緑色の宝石から視線を上げてマルグリットを見た。
そして、何でもないように言った。
「きれいだな。母さんの瞳みたいだ」
「まあやだ、あなたったら」
マルグリットは翠緑の目をくしゃっとさせて、恥ずかしそうにローランの肩をバシバシ叩いた。
クラウスは思わず、エレオノーラの腕で光るブレスレットに視線を落とした。
「じゃあ、そろそろ行くわね。またね、クラウス、ノーラさん」
「ああ」
使用人が玄関の扉を開ける。
二人が振り返ろうとした時、エレオノーラがマルグリットに腕を伸ばした。
「あら」
そしてそのまま、マルグリットを抱きしめた。
「うれしいわ、挨拶してくれるの?」
「家族は、いつもこうして送り出すので」
「ありがとう。今度はぜひ、南部にも遊びにいらっしゃい」
マルグリットはそう言って、エレオノーラの背中を撫でた。
緑色の瞳が、優しく細められていた。
* * *
その夜、ベッドボードにもたれかかったクラウスは、心ここに在らずな様子で壁を見つめていた。
帰り際の一連のエレオノーラの行動が、一日中頭の中から離れずにいた。
当のエレオノーラは、いつもと変わらぬ様子でベッドに潜り込んできた。
「お母さまから、いろいろなお話を聞きました」
「うるさくなかったか?」
「とても楽しかったです。クラウスさまはお母さまとよく似ていますね」
「そうか?」
父に似ていると言われることがほとんどだったので、クラウスは少し驚いた。
「お会いできてよかったです。ありがとうございます」
頭を下げるエレオノーラに、クラウスは首を横に振った。
「礼を言うのは俺の方だ。両親のために……ノーラがたくさん考えてくれて嬉しかった」
エレオノーラが嬉しそうに微笑んだ。
クラウスはホッとした。
今日は言葉を間違えなかったようだ。
「よくやってくれた。ありがとう」
クラウスが言うと、エレオノーラはふたたびお辞儀するように俯いた。
「どうした?」
「わしゃわしゃしてくれないのですか?」
「わ……?」
理解できずにいるクラウスの手を、エレオノーラが取った。
そしてそのまま、自分の頭に乗せた。
「わしゃわしゃしてください」
「わ、わかった。わしゃわしゃだな」
妻が何を言いたいのか、ようやくクラウスは理解した。
要求通りに撫でてやると、エレオノーラは目を閉じて気持ちよさそうにしていた。
「寝ます」
「あ、ああ」
ひとしきり撫で終わると、エレオノーラは満足したのか布団に潜った。
クラウスも明かりを消して布団を被った。
心臓がドクドクとうるさく鳴って寝付けそうになかった。
思い出すのは、ここ最近のエレオノーラの行動だった。
ノールヴァルまで来てくれたこと。
お気に入りのブレスレットのこと。
家族の挨拶をしてくれたこと。
エレオノーラ自身は真意を語らないが、その行動はクラウスに一つの結論を悟らせていた。
しかし、クラウスはそれ以上考えないようにした。
受け入れてしまえば、自分の中の何かが決壊する気がしたからだ。
深呼吸を繰り返し、ようやく意識が遠のき始めた。
半分ほど夢の世界に沈んだところで、背中に強烈な蹴りを食らって起きた。




