第7話 あなたの色(前編)
一週間後、クラウスは無事に出張先から戻った。
二日の非番をもらったが、その間も不在中に溜め込まれた書類仕事に明け暮れた。
さらにそこへ、面倒な知らせが入ってきた。
ひとまずエレオノーラに伝えに行こうと、クラウスは彼女の部屋の前に立っていた。
「ノーラ、少しいいか」
「はい」
エレオノーラは、テーブルで何かを書いていた。
「手紙か?」
「はい。家族に」
「里帰りはいいのか? いつでも手配するぞ」
「いえ、もう寂しくないので大丈夫です」
ノールヴァルでのことをもう一度話したかったが、こうもスッパリ言い切られてしまうと聞きにくかった。
それに、何をどう話せばいいのかクラウス自身わかっていなかった。
「……そうか。よかった」
結局それだけしか言えず、クラウスはエレオノーラの向かいに腰を下ろした。
「ノーラに相談がある」
「何でしょうか」
「実は……俺の両親がノーラに会いたいと言っている」
「わかりました」
「ただ……明後日なんだ、来るのが。急な話だし、嫌なら俺が上手く言って追い返すから――」
「いえ、お会いしたいです」
非常にあっさりとした承諾だった。
心配な気持ちはあったが、エレオノーラが本心から言ってくれているのはわかっていた。
クラウスはそれ以上追及せず、小さくうなずいた。
「じゃあ、そう返事を出しておく」
ジャケットの襟を正しながら、クラウスは話を続けた。
「出張の報告をしに、王宮へ行ってくる。夕飯までには戻れると思う」
「わかりました」
「いってくる」
扉の方へ向かおうとすると、不意にエレオノーラが椅子を引いた。
不思議に思ったクラウスが足を止めると、腕が伸びてきた。
その腕はクラウスの首に絡んで、細い身体が密着した。
抱きしめられたと気付くのに、しばらく時間がかかった。
「ノ、ノーラ、どうした?」
「家族を送り出すときはいつもこうしてたのですが、エーレンベルク家ではやらないのですか?」
「いや、する。毎日する」
離れていこうとしたエレオノーラを抱きしめて、クラウスは早口で答えた。
「いってらっしゃいませ」
「早めに帰る」
クラウスはそれだけ言うと、ろくに顔も見ず部屋を出た。
一直線に馬車まで向かい、扉をしめた。
「何だ今の」
クラウスは座席に深く沈みこんで独りごちた。
エレオノーラの声と吐息が、まだ耳に残っていた。
* * *
王宮に着くと、クラウスはジスランのところへ向かった。
騎士団はジスランの管轄のため、基本的に報告書は彼に提出する。
部屋に入ると、ジスランは窓辺のソファーで優雅に紅茶を飲んでいた。
「やあクラウス、王宮で殺気を振りまくのやめてくれないかな?」
「振りまいてない」
クラウスは、ジスランの前に紙束を投げた。
「ノールヴァルの報告書だ」
言いながら、ジスランの向かいにドサッと座る。
「ご苦労さま。新婚さんを引き離してすまなかったね。それでそんなに殺気立っているのかい?」
クラウスは黙り込んだ。
禍々しい気を放ちながら、ジスランを見据えた。
「友人の話なんだが」
「君がどうしたって?」
「友人の話だ」
「わかった、それで?」
ジスランは足を組んで、にこやかに続きを促した。
「結婚したばかりの妻が、仕事に行く前の見送りで急にハグをしてきたらしいんだが、何でだと思う?」
隠す気があるのかないのかわからないクラウスに、ジスランは吹き出しそうになるのを必死にこらえた。
「家族だからじゃない?」
「家族なのか?」
「奥さんなんでしょ? 逆に何なのさ」
クラウスは衝撃を受けたのか、身体を仰け反らして硬直していた。
やがて、よろめきながら扉へ歩いて行った。
「もう帰るの?」
「家族……家族に認定されたのか……俺は……」
ジスランの言葉は届いていないようだった。
クラウスはそのまま扉の先へ消えていった。
「重症だなあ」
幼馴染が置いていった報告書を広げて、ジスランは楽しそうに笑った。
* * *
二日後、エーレンベルク邸の食堂には多くの使用人が集まっていた。
テーブルの上には豪勢な昼食が並び、クロスや装飾も来客用に代えられていた。
「いい匂いだな」
クラウスが食堂に入ると、使用人たちが静かに頭を下げた。
最近、怯えられることが減ったような気がしていた。
テーブルの隅の方では、ジェラールとエレオノーラが話し込んでいた。
二人で相談して、もてなしプランを考えてくれたようだった。
クラウスは、それが素直に嬉しかった。
「旦那さま、ローランさまとマルグリットさまがご到着です」
知らせにきた護衛の言葉に、エレオノーラが腰を浮かせた。
「門まで迎えにいってくる。ノーラは玄関で待っていてくれ」
「わかりました」
クラウスは玄関を出て、門まで歩いた。
ちょうどクラウスの両親――ローランとマルグリットが馬車から降りてきたところだった。
「あらクラウス、久しぶりね」
「急にすまなかったな」
「いえ。長旅お疲れさまでした。昼食の用意ができています」
「そう、ありがとう」
歩き出そうとした二人の前に、クラウスは立ち塞がった。
「ノーラが……妻が今日のために色々準備してくれました」
「あら、嬉しいわあ」
「それと母上。ノーラにいつもの勢いで話し倒すのはやめてください。ノーラは――」
「ああもう、うるさいわね。早く会わせてちょうだい」
マルグリットはそう言うと、クラウスを押し除けた。
苦い顔をするクラウスを見て、ローランは小さく笑った。
「ああ、この家も久しぶりだわあ」
三人が玄関に入ると、マルグリットはキョロキョロと家の中を見回した。
「ようこそいらっしゃいました。ローランさま、マルグリットさま」
出迎えたエレオノーラが丁寧に頭を下げた。
「エレオノーラ・フォン・エーレンベルクと申します。どうぞよろしくお願いします」
「まあまあ、噂には聞いていたけど、なんてキレイな子なの。国が傾くのも納得だわ」
マルグリットは頬に手を当てて言った。
エレオノーラは地面を見て、首を傾げた。
「傾いているのですか?」




