第6話 未着の本音(前編)
エレオノーラとクラウスは馬車で仮拠点から宿に向かっていた。
一度マノンに状況を伝えるためだった。
受付で事情を話すと、まもなくマノンが姿を見せた。
「午後から休めることになった。少し街を歩いたら、またここに送ってくるから、それまでお前も好きに過ごすといい」
「クラウスさまもご一緒にお泊まりください。二人一部屋で取りましたので」
「いや、俺は騎士団で宿を――」
「奥さまが、せっかく、遠路はるばるいらっしゃったのですから、お二人でゆっくりお過ごしください」
「わ、わかった」
マノンの圧に押されて、クラウスは頷いた。
「それと、こちらを」
マノンはメモ用紙をクラウスに渡した。
小さく折りたたまれ、中身は見えない。
「困ったら読んでください」
「……? わかった」
メモを開こうとしたクラウスを止めて、マノンは玄関の扉に手をかけた。
「お気をつけていってらっしゃいませ」
マノンに見送られ、二人は宿を出た。
クラウスはもらった紙をコートの胸ポケットに入れた。
「ここからもう二本ほど向こうに行くと、メイン通りがある。何か見たいものはあるか」
「では、服と宝石とお菓子を」
「いいぞ。なんでも好きに買え。いつも商人を呼んでばかりで、一緒に街に出るのは初めてだしな」
仕事が忙しくて、エレオノーラに王都もろくに案内していなかった。
帰ったら、どこかへ連れて行ってやりたいとクラウスは思った。
店の立ち並ぶメイン通りは人通りが多く、賑やかだった。
しばらく歩いていると、エレオノーラの足が止まった。
服飾店の前だった。
「入るか?」
「はい」
中に入ると、愛想のいい店員が二人を迎えた。
店員はエレオノーラの容姿を見て、張り切って接客していた。
しかし、当の本人はスタスタと店内を一周してクラウスのところへ戻ってきた。
「どうした? 何か気になるものがあったか?」
「いえ。ありませんでした。行きましょう」
「もういいのか?」
クラウスは女性の買い物は長いものだと思っていたが、エレオノーラは一分で済ませてしまった。
このペースだと、全ての店に入っても半刻もたないとクラウスは焦った。
「あちらも見たいです」
「あ、ああ。行こう」
エレオノーラに言われて、そのまま向かいの宝飾店に入った。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
「こんにちは」
挨拶だけ済ませると、エレオノーラは店内を見回した。
視線は左奥のショーケースでピタリと止まった。
エレオノーラは、真っすぐにそちらへ歩いていった。
飾られていたのは、細身のシルバーブレスレットだった。
真ん中に一つ、ヘーゼル色の石がついていた。
「お客さま、こちらは名産のヘーゼル――」
「これがほしいです」
即決だった。
店員も事態を飲み込めていないようだった。
「他はいいのか? ほら、こっちはどうだ? ノーラの好きな青い石がたくさんついてるぞ」
「この石がいいです」
エレオノーラは揺らがなかった。
入店十秒で買い物が終わった。
* * *
その後、近くのパン屋で焼き菓子を買った。
エレオノーラは先ほど買ったブレスレットを早速つけていた。
「他にほしいものはあるか?」
「ありません」
「行きたいところは?」
「特には」
クラウスはパン屋の前で袋を抱えて立ち尽くした。
エレオノーラはブレスレットが買えて満足しているようだった。
嬉しいのか、何度も自分の腕を見ていた。
長旅で疲れているかもしれない。
さっさと切り上げて宿で休むべきだろうか。
そう悩んでいると、胸ポケットからはみ出したメモが目についた。
宿を出る前にマノンにもらったものだ。
クラウスはメモを取り出して、中を開いた。
『
夕日の丘公園:一緒に夕日を見ると恋が成就する伝説あり
運命の噴水:上段の小さい皿にコインが乗ると恋が成就
幸せの鐘:鳴らすと成就
』
「マノンの字ですね」
いつの間にかエレオノーラが覗き込んでいた。
クラウスは反射的にメモを畳んだ。
「夕日の丘に行ってみたいです」
「あ、ああ。わかった」
どこまで読んだのだろうか。
エレオノーラの読む速度が遅いことをひそかに祈った。
* * *
街の人に道を聞いて着いた場所は、街の裏手にある小さな公園だった。
名前の通り丘になっており、頂上まで登ると思いのほか見晴らしがよかった。
北部の冬は日の入りが早く、すでに空が半分ほどオレンジ色に染まっていた。
他に人はおらず、二人でベンチに並んで座った。
「せっかくだし、ここで食べるか。どれがいい?」
クラウスは焼き菓子の入った紙袋を開けた。
甘い香りがふわりと漂った。
「では、フィナンシェを」
「フィナンシェってどれだ? これか?」
「それはマドレーヌです」
エレオノーラはクラウスの膝から紙袋を取った。
「クラウスさまはどれがいいですか?」
「ノーラが決めてくれ」
「ではチョコレートフィナンシェを」
食べやすいように包み紙を折ると、エレオノーラはクラウスの口元にそれを差し出した。
「どうぞ」
クラウスは硬直した。
一方で、頭の中は高速で回っていた。
手で受け取れということなのか、そのままかじれということなのか、判断できなかった。
動かないクラウスを見て、エレオノーラは首を傾げた。
「食べないのですか?」
「いや、待て、食べる」
下ろされそうになったエレオノーラの手を取って、クラウスはフィナンシェをかじった。
「どうですか?」
「うまい」
「妹を思い出しました。よくこんな風にしていました」
「妹……うん……そうか」
エレオノーラも袋からフィナンシェを出すと、一口食べた。
そのまま会話が途切れて、ただ景色を眺めていた。
クラウスはフィナンシェを食べ終わると、落ち着きなく包み紙をいじっていた。
「ノーラ、今日は……物資を届けに来てくれて助かった。ありがとう」
「いえ」
気の利かない言葉だとクラウスは内心で自嘲した。
しかし、他に何を言えばいいかわからなかった。
エレオノーラは、フィナンシェを持つ手を膝に置いて口を開いた。
「最初は、アレクサンドルに会いたいと思っていたんです」
「……誰だそれは?」




