7.
わたくしの夫は横領をしていたらしい。詳しい話は分からないけれど、あまりにも長い間バレずにいた事で逆に罪に問えなくなんったんだとか。
でも、今まで横領で得ていたお金は当然入らなくなった。しかも、代替わりしてあの意地悪女が伯爵夫人になった途端!実家からの援助も徐々に減らされていたの!
だから、夜会ごとにドレスを作る事も、優雅に過ごすための使用人を雇う事も。
徐々に節約という名の元に切り捨てられていった。
それだけでも腹立たしいのに、元いた代官たちが横領した金で優雅に暮らしていた事がバレてしまった。
特にわたくしたちは、担当していた領地に還元することなど全くなかったからひどく恨まれた。
そう、横領と言ってもその金で私腹を肥やすことなく、担当していた領地の繁栄のために使用していた者もいたのだ。
お上からすれば全員税金をちょろまかした小悪党だろう。でもここは放置された伯爵領。当てにならない領主の代わりに、領地に金を使っていた者が白い目で見られることはなかった。
だがその分、還元してこなかった者へのあたりは更に強くなる。
とくにわたくしは、上に立つ立場をひけらかし、嫌味を言い、小馬鹿にし。
横領が発覚した途端に全てが敵になった。
「し、爵位を返上?!」
「父上っ!なぜそんな!」
わたくしもタクヴェインもあまりのことに声を荒げた。
「今さら!平民として暮らしていけと?」
「そうです!父上!あれ程蔑んでいた者たちと同じ所まで落ちろと!?」
頼りにならない夫は疲れ切った顔でこう告げた。
「元々私は領地も持たない、借金で首も回らない名ばかり男爵だったんだ。……君のお父上が声をかけてこなければ、とっくの昔に爵位を返上して平民になっていたんだ。」
「そんなっ、わたくしに求婚したのでしょう!それならば最後までわたくしを何不自由なく養っていくのが当然でしょう!」
あまりにも無責任な夫に苛立つ。借金?領地がない?だから何なの?そんなのわたくしに関係ない!わたくしは!
「君は誰にも選ばれなかったんだ。私は君に求婚なんてする気がなかった。ただ借金から逃れたかったんだ。それに私は君の父上にちゃんと進言した。」
お嬢さんに、ちゃんと言い聞かせるべきでは?今のお嬢さんにはまともな縁談が来ないこと、怪我をさせたご令嬢の家に睨まれているから修道院でさえ待遇の良い所には入れてやれない事。それに。
「そのまま伯爵家に居座られると、伯爵家にとって邪魔になる……?」
そんな、そんな訳ない!お父さまがわたくしを厄介者扱いするなんて!
そうか!
「そうか!あの、お兄さまに取り入ってウチに入り込んだあの女が手を回したのね!」
なんて忌々しい!あの女が援助を打ち切るように迫ったんだわ!じゃないとお父さまやお兄さまがわたくしを切り捨てるなんてありえないもの!
ぶつぶつと怨嗟の言葉を吐いているわたくしをしばらく見つめていた夫だったが、疲れた顔にさらに疲れを上乗せさせた顔をして話はおしまい、とばかりに立ち上がりながら告げる。
「お前たち2人を今まで通りに生活させてやるのはもう無理なんだ。……爵位は返上する。私は…この地に父と母が眠っているからな。ここから離れるつもりはない。幸いにも仕事はそれなりに評価されているから続けて良いそうだ。そう、ただ単に。」
男爵という肩書きが無くなるだけ。
お前たちはどうしたいか考えておいてくれ、そう言い残し夫が出て行った後も、わたくしとタクヴェインは動けなかった。
ただの平民。その言葉の重みに慄く。
贅沢をしなければ。使用人を減らす、いいえ、家事を自分たちでこなせば。恐らく今の夫の収入でもやっていけるだろう。けれど。
「貴族でなくなるなんて…!」
今まで下に見ていた人達と同じ所まで堕ちる。……その時に親切にしてもらえる筈がない。
流石にわたくしでもそれは理解している。散々バカにしてきた人たちが優しくしてくれるなんて都合のいい事、ある訳がない。
隣で不安げにしているタクヴェインに言い聞かせるように叫ぶ。
「爵位の返上なんて、わたくし認めないわ!」
けれど夫は返上してしまったらしい。
わたくしはあれから何度も夫に爵位の返上の話をされたが、毎回耳を塞いで聞かないふりをして来た。
そう、わたくしはまだ聞いていないもの、だからまだ男爵夫人なのよ。
でも、とうとうこの日が来てしまった。もう男爵夫人ではなくなってしまったのね。
でもここでわたくしに一筋の光が射す。
ナディウスさまと共に生きる、それは出来ないみたいだけれど伯爵家に戻れるのだ!あの意地悪女が何を言ったところでお父さまもお兄さまもわたくしの味方なのよ!
夫?あんな喜んで平民になるような男は捨てていくわ。タクヴェインと一緒に伯爵家に復活するの!そうすれば!
※※※
「ドイゼル元男爵の様子はどうかしら?」
「はい。今までが嘘のように実直に仕事に取り組んでいます。そもそも彼のお父上は横領に加担していなかった唯一の代官でしたからね。彼もあんなことにならなければ…。」
彼のことは心配ないようだ。周囲の人々も彼に同情的だと言うし地道に働いてくれるのならば我々としても言うことがない。
「ミエラさんたちは伯爵家で上手くやっているのよね?」
「いえ、それが…」
※※※
ミエラと、ミエラに伯爵令息になってやり直そうと言われたタクヴェインは。
「そ、そんなの!聞いていないわ!わたくしは伯爵家に戻る為に帰って来たのよ!」
「僕だって!伯爵令息としてやり直せるって聞いたから!」
彼女らが伯爵領に着いて知った現実は残酷だった。
「お父さまっ!あんな女の言いなりなんですか!お兄さまだって!」
「あんな女だと!俺の妻を愚弄するのもいい加減にしろ!」
兄のあまりの剣幕に一瞬怯んだミエラだったが、今度は標的を父親に変えた。
「お父さま!まさかお父さままであの女のっ」
パシっ。頰を張られたと気づき、わなわなと震えて喚き出す。
「酷い!この家は、この家はもうあの女に乗っ取られているのね!お母さままで!」
頰を張ったのは母親だった。いつでも優しくて何があっても味方でいてくれたのに。
「貴方の育て方を間違えてしまったことは心から謝罪するわ。でもね、あの娘の悪口は許さない。あの娘のお陰で!うちはね、うちは…!」
「無理をするな。後はわしが言うから。なあ、ミエラ。」
お前は、一度でも周りの為に何かしたことがあるか?
父の問いかけに何も答えられなかった。
「お前が学園時代に方々にご迷惑をかけたことは流石に理解しているか?いや、先日の辺境伯夫人の話だとそれさえも怪しいな。」
「なっ!あの女!わたくしの実家にまで手を回していたの!」
母が合図をすると、使用人が失礼します、と言いながらわたくしとタクヴェインを拘束し、猿轡までされてしまった。
「貴方から反省の言葉なんて出てこないって頭では分かっているの。それでも最愛の娘だからどうにか助けたかったのに…」
後は言葉にならなかった。静かに涙を流す母の肩を抱きながら父が話を引き取った。




