5.
「君のお父上も仲間になっていればなぁ。あんなにご苦労される事もなかったろうに。」
元来気弱で流されやすかった私は。
流されるまま仲間に入り、抜けられなくなった。
そして、いつのまにか当たり前のように利益を享受するようになってしまった。
息子はミエラそっくりになってしまった。
分かりやすく贅沢に価値を見出し、自分より上が許せない。
そんな所に彼らが越してきた。
王都ならば鼻で笑われるであろう田舎の男爵夫人だが、ここではずっと頂点だった。
息子もそうだ、街で一番の家の子だった。
彼らと仲良くできるはずなんてなかったのだ。
自分たちの縄張りに入ってきた異分子を排除して何が悪い?
その代償の大きさにまだ2人は気づいていない。
※※※
「今回の件はさ、処罰の対象にはならないみたいだぞ。事情を知った伯爵は激怒して重罰と金銭の返還を求めたらしいけど。」
伯爵の訴えは認められなかった。
横領はもう20年近く続いている。それだけ長い間なぜ伯爵が気が付かなかったのか、と。
「そんなに管理が大変なら返上することも検討せよ、って言われてそれ以上何も言えなかったらしいよ。」
「でも、結局返上になったんでしょう?この領地ならちゃんと運営すれば手堅い収入になるでしょうに。」
重罰も返還も認められなかった。だけれども。
「伯爵が関わってなかったとしてもだよ?20年間、自分の領地で税のごまかしがあったわけだからな。今回は伯爵自身の犯行じゃなかったから、という理由で訂正しての申告で認められたけど。」
「そうね、本来なら投獄されるか爵位を剥奪されるか。」
「そうだよ。なんなら伯爵位はそのまま、叙爵予定の者に継承させて放り出すなんて事だってできるくらいの大罪だよ。」
それが20年分の申告訂正だけで済んだのだから、随分温情のある沙汰ではあったけど。
「20年分だからね。流石に他の領地まで巻き込みそうな金額になったから払いきれなくて。物納って事でこの地は返上される事になったのさ。」
まあ、そこまでは理解した。けれど。
「そこまではいいわ。でも、貴方が管理する事になるなんて。」
「まあ表向きは褒賞だよ。長年にわたる税のごまかしを告発した、ね。」
実際は迷惑料と口止め料だ。
王妃の実家がペテン師に乗っ取られていた事。そのせいで王孫の命が狙われた事。
全てひっくるめて我が家に飲み込め、という対価だ。
ちなみに頂いた領地はここに止まらない。王妃の実家の一部も修正申告により物納させられている。まあ、こちらは土地を取り上げるための方便だけれども。
「……。言いたいことはたくさんある気がするけど、とりあえず今日の厄介事を片付けてしまいましょう。」
※※※
「で、では。私たちは実質お咎めなし、ということでしょうか。」
リーダー格の代官が目に希望を宿して尋ねる。
「そうね、今回の件については運営を丸投げした伯爵の方にお咎めがいきましたからね。金銭の補填も、刑罰も特に有りませんわ。」
皆の間に安堵の色が広がる。
長い者で20年。短い私でさえ5年程。横領した金なんかとっくの昔に手元にない。
返金するには。女は身売り、男はきつい労働。
覚悟はしていたが、全てなかった事になった。
それぞれ妻帯で、という事で呼び出されたが妻たちもホッとしたようだ。
「ご厚情に感謝いたします!これからはこのような事には手を染めず恩に報いるために」
「何を惚けた事を。お前たちは解任に決まっているだろう!」
そう、彼らはお咎めなしだった。今までの犯罪については。
いや、正確に言うとお咎めなしではない。
犯罪として成立させると、元凶の伯爵が処罰できない。だから処罰が見送られただけだ。
「えっ!今!たった今お咎めなしだと!」
「それは貴方たちの過去について、よ。」
「で、でも!そんな!私たちにどうやって生きていけと?!」
本当に呆れた人たちだ。なぜ。なぜ?
「なぜ?なぜ、こちらが少し隙を見せただけで横領する人たちを雇い続けると思うの?」
「そ、それは!貴方たちだってわたくしたちを騙していたのだから、それくらいのことは!」
ギロリ。音が聞こえそうなくらいあの女の顔を睨む。今までは大人しくしていたから舐めていたんだろうけど、もう出自を隠さなくて良いんだもの。遠慮なんかしないわよ。
「騙していた?」
流石のあの女も怯んだようだが、愚かしい。まだ抵抗するようだ。
「だ、だってそうでしょう?貴方、ずっと日陰者のフリをしていたじゃない!」
夫の顔色が変わる。それはそうよね、自分の妻が日陰者、と面と向かって罵られているのだから。
今にも切り掛かりそうな夫を目で制し、わたくしが話を続ける。
「日陰者のフリ、ねえ。わたくしはそんな事自分から言った事ないわよ?貴方の息子が我が家に入り浸り、お菓子を食い散らかし、勝手にものを持ち帰り。」
他の夫人たちの顔色が変わる。
「ええと、それでなんだっけ?貴方まで乗り込んできて家の中をジロジロ見て極めつけに。」
"まあ、最近流行りの画家さんね。でもやっぱりこういう目立つところに飾るなら偽物はよろしくないんじゃないかしら?あら、もしかして"
「真贋はあまり気にならないのかしら?ですって?エドモン・ド・ヴァルモン本人に描かせた肖像画をそんな風に馬鹿にされるなんて思いもしなかったわよ。」
そう、あれは紛う事なき本物だ。
だって我が家に遊びに来たエドモンが描いたんだもの。
「いざとなったら売ればいい。俺の絵は30年は暮らせるくらいの値段になるからな。」
嫁ぐわたくしへの餞としてエドモンがそう言って描いてくれたの。幸いな事に売らずに済んだけれどもね。
「ひとつひとつをあげつらうのも面倒だからやらないけど、わたくし貴方と貴方の息子さんにはそれなりに怒っているの。だから今鷹揚に済ませてあげようって思っているうちに素直に謝罪して頂戴。」
ギリギリと歯軋りする音が聞こえそうだ。長い逡巡のあと、とうとう頭を下げ…なかった。
「い、イヤよ!わたくしは何も悪くない!こんな田舎の貧乏男爵家に嫁いできてやったのよ!それまではっ、王都の裕福な伯爵家で大事に育てられて来たのよ、あんな……あんな後ろ暗い生活を送っている女なんて馬鹿にして何が悪いのよ!」
ああ良かった。だって謝られたら許さないといけなくなるじゃない。
「ふふ。そうね。何も悪いところはないわね。強いて言えば…ふふ。」
「アティシア、これ以上は無駄だよ。」
「ええそうね。じゃあ貴方からみなさまにお伝えしてあげて。」
※※※
「君たちを解任する。それは決定事項だ。だが追い出すことはしないし、職については斡旋しよう。」
今まで5人で管理していた領地はもっと細かい区割りになった。
給料は以前のままだ。上がりもしなければ下がりもしなかった。
辺境伯曰く、これ以上安くで雇ったら辺境伯のイメージが悪くなるからだそうだ。
決済権限を取り上げられて己で金を動かす事がなくなったのと、管理する範囲が狭まったことで、今までのような旨味はなくなったけれど、
それでも。
これは温情なのだ、と皆思っていた。
伯爵家から辺境伯家へと移譲されるにあたって管理体制が変わった、と説明されたことも。
今まで5つしかなかったポストが20まで増えたことで領民には歓迎された。だから私たちはこのまま何もなかったように、少しだけ生活を切り詰めれば生活していける、と考えていた。
「なあ、俺たち新規採用組ってさあ?試用期間が終わったらあの5人と同じ給与になるんだよな?」




