3.
それから3日。
アティシアの予想より随分早く事は起きた。
「アティシア。長い間待たせて悪かった。もう何にも怯えず暮らしていけるぞ。」
夫が迎えに来た。
「ナディウス殿、よくぞご無事で。もうあちらは落ち着いたのかね?」
「ええ、ステファン司祭。貴方にもご苦労をかけてしまいました。心より感謝致しております。」
「本当にありがとう。ステファンおじさま。彼らの事は特に。」
「久しぶりだのう、おじさまと呼んでもらえるのは。」
「ふふ。だってもう隠す必要、ないでしょう?」
ステファン司祭は私の母方の叔父である。
お母さまは現王の側妃の娘である。そしてステファン叔父さまはその弟である。
つまり、わたくしは現王の孫に当たるわけだが…
「王妃の実家もこれで手を出してこられないだろう。」
そう。お母さまと叔父さまは何故か王妃の実家から目の敵にされていた。いや、何故ということもないか。
王妃はとても立派な方だ。王にも愛されている。
諸外国からの信も厚い。
側妃であるおばあさまだって、王妃を尊敬しているし信頼している。何なら学園に通う頃には大の親友だった。それが…
盛大な成婚式が終わってすぐに子にも恵まれた。
だが王子2人を、産んだ後、刺客に襲われた王を庇って王妃が刃を受けたのだ。
その時の傷が原因で以降子を為すことが出来なくなった。
王としてはこんな未来は想像していなかっただろう。仲睦まじい王と王妃が、よもや側妃を娶る日が来るなんて。
王も王妃も、心の中でどう思っていたのかは分からない。けれども、側妃として召し上げられたおばあさまに対して非情なことはしてこなかった。
そう。事情を重々承知している当人達に悔恨は、ない。
だが我が家門は安泰だ、と思っていた王妃の実家は違う。
万が一でも謀反の気配があるならば、と失態を虎視眈々と狙われていた。
王も、王妃も、側妃も。誰も望んでいないのに。
側妃であるおばあさまの産んだ子達は常に危険に晒された。だから男の子は早々に教会に入った。権力と距離を置く、という宣言のために。それがステファンおじさまだ。
そしてお母さまは逃げるように隣国へと嫁いだ。
時は過ぎ、王妃の実家は王妃の兄に代替わりした。
そこでやっと両家の確執は終わった。…かと思われていたのに。
だって、わたくしがこの国の辺境伯へ嫁入りすることになったのは、両国が利を得る紛う事なき政略結婚だったから。
それなのに!
「ホワイト侯爵があんなのに入れ上げるとはねえ。」
王妃の兄、フィロフは穏やかな人であった。
その夫人もまた穏やかで冷静な人だったが、そんな2人はなかなか子に恵まれなかった。
前侯爵とその妻は苛烈な性格であったから、夫人は毎日のように責めたてられていた。そして…
「あんな胡散臭い呪い師、何で2人揃って信じちゃったんだか。」
そう。いかにも胡散臭い呪い師とやらに傾倒してしまったのだ。
「ナオミエラ・フォレスタだっけ?」
どこで見つけてきたのかなどは未だに分かっていない。けれども気がついた時には、ホワイト侯爵家はナオミエラに掌握されていた。
「だって、お子さんが産まれたっていうのも多分偶然でしょう?」
そう、彼女がたまたま居合わせた時期に子供を授かった事で彼らはズブズブとはまっていったのだ。
まず最初に排除されたのは前侯爵夫妻だ。
自分の愛しい妻を追い詰めた元凶。そうナオミエラに囁かれた侯爵は領地の一角に彼らを閉じ込めた。
直後に夫人の妊娠が判明したため、彼女の
"前侯爵夫妻が誰かに呪いをかけていた"
"自分達に子ができなかったのは呪い返しのせいだった"
"このままではせっかく産まれた自分達の子に、今孫の代まで呪い返しがくるかもしれない、だから"
だから、代わりの生贄を。
呪いを誰にかけたのか。薬漬けでただ生きているだけの前侯爵夫妻にはもう聞けない。
そこでふと思い当たったのがわたくしたちだった。
王妃の実家としての確固たる地位のために、散々命を狙った側妃の子たち。
前侯爵夫妻が呪いに手を出すとしたら彼らに対してに違いない。
だから逃れるために息子は神職に、娘は隣国へ逃げるように嫁ぎ。
ナオミエラはなおも囁く。
彼らが逃げ出したから呪い返しが発生したのか?!
そうに違いない!
ならば、ならば!責任は側妃の子たちに担って貰えば良い!
何とも身勝手な話だけれど、そんな理由で危険に晒され続けたのがわたくしたち親子だった。
側妃には流石に手が出せず、神職者を生贄にするのは不味い気がする。そんな理由でたまたまこの国に嫁いだわたくしとその子が狙われたのだ。
そこで、王都から近いけれど領主の手入れが行き届かないこの地に匿われたのだ。
雇われ代官の下位貴族しかいないなら事情を知る者もいないだろう、と。
しかもあの愚かな親子のおかげで、わたくしたちは裕福な貴族の訳あり妾とその子ということになっていたようだから、それだけは感謝することにしましょう。
「感謝だって?君は全く!俺にはただただ不愉快な連中なだけだ。伯爵諸共駆除しないとな。」
夫が息巻いているのを宥めないのかって?
多少は感謝しているって言ったけど…庇うほどの義理もないわ。あとは彼らと夫の問題ね。
※※※
「ああっ!貴方!やっと助けに来てくれたのね!」
いつの間にか閉じ込められていた。
あれは…5年ほど前にこの地に来た司祭だったわ!わたくしは乗っていた馬車から攫われたのだ。
連れてこられた部屋にはすでにタクヴェインが閉じ込められていた。
質素な部屋ではあったが清潔だし、食事も…皿数は少ないが、下手をしたら普段の我が家よりも良い食材を使っている。
こんな状況だというのに、タクヴェインはデザートまできっちり平らげていた。
夫が来てくれたのは5日ほど経った頃かしら。
助けに来てくれた、という安堵は束の間だった。
「……ああお前たち。生きていたのか。」
夫の声には生気がない。どうしたのか、と思っていたら後ろから、司祭に続いて見知った男が現れた。




