2.
「おっ、奥さまっ!あんな無礼者!」
「ふっ、ふふ。聞きしに勝るというかあの親にしてこの子ありというか。下品な子の母親も下品だったわね。」
サンディーヌの怒りは最もだ。
「でもね、サンディーヌ。あの親子だけが悪いわけじゃないわ。もう一度調べなおさせたらそんなに裕福なお家じゃないみたいだったわよ?貴方ももう少し配下の人間を精査なさい。」
「ああそうそう、音楽の素養もイマイチみたいよ。プロに誘われたというのも勘違いみたいだし。」
"おお!週一回のレッスンでここまでできるなら、毎日やればプロになれるんじゃないか?"
これでプロに誘われたなんて本気で思ったのかしら。
まあ、ああいうタイプの人たちは"本当はどうか"なんて関係ないわね。都合よく解釈して自分達をワンランク上だと匂わせたいだけだもの。
それに。
「まあ、こんな寂れた街ではそれを見破れるような人材もいないわね。」
気まずそうなサンディーヌを気遣うが、予想より厄介な土地であるみたいだ。
わたくしたち親子がこの地を選んだのは、王都から程近いのに領主である伯爵が運営を怠り、現地の下位貴族家に管理を丸投げしているような所だったからだ。
王都との繋がりが希薄な所が良かったのだけれど…
「ここまで腐りきっているとはね。」
「ええ、彼女の夫ドイゼル男爵は確か領地の五分の一ほどを任されていたはずです。収入は芳しくないと聞いていましたが、改めて手の者が精査したところ…」
「あらそう。じゃあご退場頂く方が良いかしら。」
「そうでございますね、そちらについては良い方法を思いつき…」
その時、外から激しい罵声が聞こえて来た。
「何だよ!今日は必ず持ってこいって言ってただろう!オレに恥をかかせるつもりか!俺は貴族だぞ!お前らみたいな父親もいないくせに金だけは持っている平民とは違うんだ!」
サンディーヌの顔が青褪める。おそらくわたくしも同じだろう。
そうか、あの女。やたらと夫の存在について根掘り葉掘り聞くものだから、薄々わたくしたちの出自に気がついているのかと思っていたけれど…
「母さまに言われたんだよ!お前らみたいな日陰者を使ってやるのも貴族の務めだってな!だから教会に寄付するお菓子を揃えさせてやろうと思ったのに。」
もう黙っていられないわね。さっと立ち上がり表に出る。
「この無礼者!施しを受ける立場にありながら何を!」
大人の剣幕に驚いたのか、少し焦ったようだが。
やはりあの女の息子。
「ほ、施しだと!?母さまに言いつけたらどうなるか分かってんのか!」
「そうね、貴方のお母さまがどうなるのかは分からないけれど、貴方には一度だけチャンスをあげる。お母さまに言いつける前に教会のステファン司祭に今の話をなさい。…早い方が良いわよ?それならまだどうにかなるかもしれないから。」
「ふ、ふん!博愛主義の司祭なら味方についてくれるとでも思ったのか!父さまはなあ、この一帯の領主だぞ!逆らえる者なんかいないんだ!」
「なんと!」
領主の代わりを任されたに過ぎないのに!領主を騙るとは!
サンディーヌは恐らくそういう思いで"なんと!"と言ったのだろう。
だがあの愚かな子供は父親の威光に恐れ慄いたと思ったようだ。
「そうだ!お前ら分かったか!ああどうせものの良し悪しなんて分からない孤児用だ。今ある菓子でいいからすぐに包んで来い!」
息子は困惑した顔をしている。
「ハイラン、大丈夫ですよ。」
にっこりと笑って安心して、と伝える。
そしてあの愚か者には。
「タクヴェイン・ドイゼル、本日の不敬は問いません。その代わり、貴方に現実を見せつけてあげることにしたわ。」
ここで少し涙ぐむくらいすれば可愛げもあるものを。まだ文句を言おうとしているので警備を呼んで黙らせる。
「お、お前っ!俺が誰だか分かってっ」
「ああうるさい小蝿だこと。良いわよ、口も塞いでしまいなさい。」
警備に猿轡をされ、ようやく分の悪さを理解したようだ。ガタガタ震え出した愚か者は放置して皆に指示を出す。
「その愚か者は荷馬車にでも放り込んでおいて。それと…サンディーヌ、厨房にある菓子とフルーツ、…ああ、今夜の分のパンはそろそろ焼き上がっているかしら。あればそれも。今日屋敷でみんなで食べる分は…たまには市井の物も良いと思わない?帰り道にでも買ってくるから心配しないでって伝えておいて。」
あっという間に準備ができ、荷馬車には食べ物とタクヴェインを乗せ、人間は後ろから馬車でついて行った。
※※※
「これはこれはアティシア嬢ではないか。久しいのう。」
「まあ、ステファン司祭、ご無沙汰しております。…もうそろそろ、アティシア嬢は勘弁していただきたいけれど。」
はははと笑い声が響く。
快活なステファン司祭はかつては枢機卿を担うような人物であった。それが何故、この寂れた街で司祭をしているのか。
「便りがないのは元気な証拠、と思っておりましたが。貴方が直接乗り込んでこられるということは何か…。」
「そうですわね、困っているといえば困っていますの。けど思ってらっしゃるような事ではないのよ。」
警備に手で合図し、タクヴェインを連れてくる。
「ドイゼル家の嫡男だそうよ?」
「いやはや、アティシア嬢。彼が何をしたのか分かりませんが、齢7歳かそこらの子供を縛り上げ猿轡とは穏やかではありませんな。」
「ええ、でもこの子には腹に据えかねる事が多くてねえ。しかも。嘘つきなんだもの。」
嘘つき、という言葉に反応して猿轡を咬まされたまま唸り声をあげている。
「はて、この齢の幼な子がどんな嘘をつくとな。」
「ふふ。びっくりでしょう?この一帯を治める男爵家のご嫡男が嘘をつくなんて。」
「この一帯を…?おお!それはなんともスケールの大きい嘘ですなあ。」
未だに唸り声を上げているタクヴェインに向き合い、優しく話かける。
「おい、ボウズ。命拾いしたのう。その話を聞いたのがアティシア嬢じゃなければ今頃わしは。」
次の一言でタクヴェインが震え上がった。
「今頃わしは、ボウズの葬儀の準備をせねばならんかったろうからなあ。」
ステファン司祭は懇々と言い聞かせ、自分の置かれた立場を理解させた。
けれどそれはあくまでも自分の、父親である男爵の置かれている立場についてだけ。
落ち着いたのを見計らって猿轡を外してやると、まだ懲りていなかったのね。ふう。
「父さまが領主でないことは分かった!だけど!この日陰者達にこのような目に遭わされたことは見逃せないぞ!」
「日陰者?」
ステファン司祭が不思議そうにこちらを見たので仕方なく説明する。
「ほら、わたくし達って母と子の二人暮らしでしょう?それを、この子の母親がハイランの父親について根掘り葉掘り聞いてきたのよ。」
「ほう、それは薄々勘付いてという事ではなかったのか。」
「ええ。どうやら全く姿を見せない"薄情な男の囲う女とその子供"全く省みられない哀れな妾らしいわよ?」
「だっ、だって母さまがいう通りじゃないか!お前達のところに父親は一切出入りしていない、なのに金だけは沢山あるなんて!妾とその子に決まってる!」
「ふむ。こういうタイプのボウズは自分の都合の良いことしか頭に入って来んからのう。」
「そうでしょう?この子も母親も、恐らく父親も。碌なものではなさそうだしどうしたものかと。」
「あと少し、名乗るのは避けたいのう。そうじゃなあ、あと15日ほどあれば良いかの?」
「ええ。恐らく15日あれば余裕だと思うわ。では。」
ステファン司祭が大きく頷く。
「この子もこの子の母親も。その日までわしが預かってやろう。」
わたくしが深く頭を下げると、笑い声が聞こえてきた。
「ふふふ。多大なるご寄付、期待しておりますぞ。」
第一話からささっと投稿しようと思ってたのに寝落ちしてしまいました。
なのでこの後は予約投稿で毎朝…と思ったんですが、夜と朝に投稿します。朝だけだと間が開いちゃうかなーと。




