1.
新連載始めます!全8話で完結済み。最終チェックをしてから投稿していきます!
「明日!必ず持ってこいよ!」
「えっ、急にそんなこと言われても無理だよ。」
「はあ?俺が持ってこいって言ってんの!持って来れなかったらどうなるか…分かってるな!」
外が騒々しい。
「……奥様、いかが致しますか。」
「そうね。困ったわねえ。」
この辺りではなかなか手に入らない、りんごを贅沢に使ったパイ。
バターも砂糖も惜しみなく練り込まれたクッキー。
少しでも栄養を、と思い新鮮な卵と牛乳を使ったプリン。
全て自分の息子の為に手配したというのに。
ある時から品のない子供が入り浸るようになってからというもの…。
「最初の調査では比較的裕福な男爵家と聞いていたのだけれど?」
「はい、初等教育が始まるまでに、と勉学だけではなく、運動にも芸術にも力を入れている教育熱心な家だと。」
「それは…確かにある程度ゆとりが無いと与えてやれない環境ね。」
「ええ、特にバイオリンとピアノはプロを目指す気はないか、と誘われたそうです。」
この間自慢げに話しているのを耳にしました、と告げられる。
それが何故ああも意地汚いのかしら。
我が家に遊びに来た時に味をしめたのでしょうね。
息子に用事があろうとなかろうとお構いなしに我が家に入り浸ろうとするようになったの。
「それに本も持ち出したっきり返ってこないと聞いたわ。」
「ええ、催促して催促して先日やっと1冊戻って来ましたが…」
「ページが破られている?」
ますますもって、そんな子が音楽にだけ素養があるとは思えない。
「抗議する為にはこちらの身分を明かさなければならないとなると、どうしても二の足を踏んでしまうのよね。」
「そうですね。特に素行の悪そうな一家ですから出来れば隠しておかれた方がよろしいかと思います。」
先日母親までついて来たけれど、あの女は駄目だ。
家の中を見まわし、常に値踏みし。
自分より劣ると思えば嘲笑う顔を隠しきれず、上だと思えばどうにかして貶める方法がないかを考えている。
……縁のある物を飾っていなかったことが幸いだったわ。
「…ま、奥様?」
「ああごめんなさい、先日来たあの母親のことを思い出して頭が痛くなっていたの。」
途端にサンディーヌが渋い顔になる。
「わたくし、このお仕事を始めてからかなり経ちますけどあんなガサツな…こほん、失礼しました。…規格外な貴族夫人は見たことがありませんでした。」
そうも言いたくなるだろうな、と気の毒な気持ちになる。
彼女は男爵夫人のはずだ。何故あそこまで教養というか礼儀作法がなってないのだろう。
平民の"礼儀作法を習っていない"という感じとも違う。習っていないなら、習っていないなりに相手を尊重する態度というのは伝わるものだ。
あの女にはそれが決定的に欠けている。
※※※
最近息子がおやつに文句をつけるようになった。
「母さま!このクッキーにはバターが足りないのではないですか?香りがあまりしません。」
「何を言っているの?これはあなたが美味しいと言っていた商店の物よ?いつもと変わらないわ。」
理由はすぐ分かった。
少し前にこの辺りにやって来た親子のせいだ。
教会で初等教育前の子供に対して行っている、読み書きの会で知り合ったという子供。
いつの間にか少し外れにある屋敷に棲みついていた母と子。
父親の気配がないから"そういうこと"なんだろう。
父親を父親と呼ばせてやれない負い目からか、潤沢な資金を持っているようで、金で友達を買うような真似をする鼻持ちならない女だ。
「ええ、最近息子が良くお伺いしているようですからわたくしも一度お伺いしておこうと思って。」
そう、わたくしが息子の友人として相応しいか査定しに来てやったのよ。
使用人は少ないみたいね。まあ!日陰の存在にしては良い暮らしじゃない。
表情がぴくりとも動かない侍女に応接室に案内される間、厳し目に査定をしてやる。
調度品はそこそこね。まあ、貴族ではないと考えると絵画は知らずに揃えたレプリカと言ったところかしら。ほら、あの貴婦人の絵なんて。有名すぎて似たような構図の絵がゴロゴロあるやつよね?
供された茶と菓子に目を瞠る。
そう、そういう事ね。あの子が急にバターの香りだの何だの言い出したのは。
嫌だわ、お金に物を言わせて子供に余計な贅沢をさせるなんて。お金があっても品性までは買えなかったのね。
「あまりお構いできませんで申し訳ありませんわね。あまりお客様をお迎えすることがありませんので。」
「ええ、そのようですね。急に貴族夫人が訪ねてしまう事でご負担をおかけしたみたいだわ。ごめんなさいね。」
鷹揚にもてなしが足りない事を許してやる。
侍女の眉がぴくりと動いた気がするけれど…
ふふ、大した忠義者ね。日陰の身の親子にここまで尽くせるなんて感心しちゃうわ。
「それで、今日はどうなさったのかしら。ああ、先日お返しいただいた本のページが破られていた事なら気になさらないで?」
頰に熱が集まる。このっ、この女!
「まあ、鷹揚でいらっしゃること。そうね、本なんていう贅沢品はあまり小さな子には渡さない方がよろしくてよ。」
「?いえ、あの本は初等教育前の子供向けのものだから、多少の事はもう覚悟しているの。ただ…」
にっこりと笑って嫌味を言われた。
「ただ、教会にも同じ物をお納めしたけれどそちらは宝物のように扱われていると聞いていたので…。破られるというのは息子もわたくしも初めてだったから…ね?」
ちょっとびっくりしちゃって、と笑われた。
許せない許せない許せない!
貴族夫人に向かって!日陰の身で!
「…ところで旦那さまはご一緒に暮らしていらっしゃらないの?」
憎たらしい澄まし顔に初めて。初めて、ほんの一瞬だけど動揺が出た。やっぱり!攻めるなら父親のことね。
「ええ、少し事情がありまして王都から離れられないのです。」
「まあ!全く?一度も?それって…」
ああ嗤いが、嗤いが止められない。
「わたくしの夫なら、どれだけ忙しくても来てくれるわよ?旦那さまはその…そこまでしようとは思えないのかしら?貴方たちに。」
ここからどう苛めてやろうかと思ったのに邪魔が入る。
「奥様、お話が弾んでいらっしゃるようですが、そろそろお仕事に戻っていただけますでしょうか。」
あれは…執事?随分と若いわね。そして見目も良いとくれば…ああそういうことね。
ふふ。いけすかない親子を笑いものにするための火種は仕入れられたわ。そろそろ帰ろうかしら。
「まあ!お忙しいのに悪かったわね。息子に良くしてもらっているからわたくしも何かお返しして差し上げたいわ。」
貴族夫人には施しをする責任があるもの。
「もし、この街で暮らしにくい事があれば仰いなさい。貴方には難しくても貴族夫人なら簡単に解決できることもあるから。」




