6,四本腕のデュランと訓練場の影
「シロクロだろうお前、久しぶりだなぁ!」
「デュラン先輩、どうしてここに?」
私が驚きつつも返事をすると、ヴィクトリアさんとファルナさんが緊張したように身を硬くしたのが分かった。
武装した知らない大男が無遠慮に距離を詰めてきたら、警戒するのも当然だ。
デュラン先輩は町の警邏の格好で、腰には剣と手斧、やや大きめの金属製の丸盾を吊るしている。
しかし恐らくデュラン先輩の強烈な特徴はその腕の数だろう。
筋骨隆々な太い腕が四本あるので、腰回りに吊るした武器を一度に全部使えるに違いない。
「遠目にもシロクロじゃないかって思ったぞ。久しぶりではないか、全然変わらんなお前は! もっとちゃんと食って体大きくしろよ。がっはっはっはっは!」
私の倍以上の身長があるデュランさんはしゃがんで私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「こちらの二人は今ご一緒させて貰ってるキャラバンの護衛の人達です。こちらがヴィクトリアさんで、三角帽のこちらがファルナさん」
わっしゃわっしゃと、なす術なく二本の腕で撫でられながら、デュラン先輩に二人を紹介すると、先輩はスッと背筋を伸ばして敬礼した。
「これは失礼、旧友と再会して周りが見えませなんだ。わしゃあケルノー領主ガラダ子爵の騎士、デュランと申します。シロクロと同じ『訓練場』の出身で、彼女にはいつも助けられておりました。シロクロの生活魔法は大層役立つでしょう?」
軽く重心を落としながら警戒していたヴィクトリアさんもファルナさんと顔を見合わせて、少しだけ警戒を解いた。
ファルナさんが「訓練場?」と首を傾げる。
あっ、と思った時には既に遅い。
そうだ、デュラン先輩は強いんだけど真っ直ぐで素直な性格だった。だから聞かれれば訓練場の事でもきっと普通に答えてしまう。
私が処分対象になったと知れたら、訓練場や主人の命令に逆らえないデュラン先輩はどうするだろう。
私を殺すだろうか。
デュラン先輩が「『訓練場』というのはわしらが生まれ育ったところでしてな」と懐かしそうな顔で答えた。
どうしよう、話題を逸らさないと。どこまで話していいのかわからないのに。
「わしらは魔法兵器として作られ、様々な戦闘能力を叩きこまれるのです。シロクロは異常なほど内包魔力があったゆえ、いっぱしの魔法使いになれたようで良かった。恥ずかしながらわしは身の回りの事がてんで出来なくて、いつもシロクロには助けられておりました」
神妙な顔でヴィクトリアさんが「ちょ、ちょっと待って」と言った。
ヴィクトリアさんだけでなく、ファルナさんの顔からも笑みが消えている。どこに引っかかるだろう、私達が『人造』ってとこかな……。
「生まれ育ったその『訓練場』というのは、その……孤児院のようなもの、ですか……?」
「いいや。わしらは先ほども言ったように魔法兵器として作られ、育てられる。だから『訓練場』なのです。わしはガラダ子爵に買われました」
豪快そうなデュラン先輩は不意に私に向き直り、真面目な顔で忠告してくれた。
「ガラダ子爵にはたてつくなよシロクロ。同郷とは戦いたくないし、ガラダ子爵は敵ならば女子供にも容赦しないお方だ」
私と話す為に膝をつくデュラン先輩。
「この人らに買われたんだろう、シロクロ? 優しそうな良い主人のようで良かった。お前は戦いはからっきしだったから心配していたのだ」
ここでヴィクトリアさんが大きな声を上げた。
「違うッ! あたし達はシロクロちゃんを『買って』なんてない!」
私を引っ張って抱き寄せるヴィクトリアさん。
「人を物みたいに! あたし達は川に打ち上げられた彼女を保護したんだ! 馬鹿にするつもり?!」
デュラン先輩はヴィクトリアさんが大きな声を上げた事に少々面食らっているみたいに見えた。
膝をついたまま「お、おう。すまない、ご婦人。気に障ったのなら謝罪しよう」といったけれど、多分何が何だか分かってないんだろうな……。
結局私はヴィクトリアさんとファルナさんに引っ張られて、デュラン先輩とお別れした。
去り際に「機会があれば、また」とは言っておいたけれど返事を聞くことはかなわなかった。
◇◇◇◇◇
デュランはその夜、兵員宿舎で訓練場から派遣されている男と夕食を摂っていた。
このひょろりとした背の高い男は全く戦闘の役には立たないが、デュランの生活面の面倒などを見てくれる。
例えばデュランは洗濯も出来ないし、料理も知らない。狩りの仕方は知っているが、焼く以外の調理方法を知らないのだ。
戦闘では頼りになるが生活力が無いのが魔法兵器の特徴なので、訓練場からこういうサポート要員が教育や連絡の為に常駐するのが習わしとなっていた。
「今日久しぶりにシロクロに会ったぞモラニス。わしが撫でてやったら主人が血相変えて取り返しに来てな。大事にされているようで何よりだ」
モラニスと呼ばれた男は切れ長の目に眉根を寄せて、不可解なものを見るような顔をした。
髪油で後ろに撫でつけた髪がひと房顔にかかったのを手の甲で掻き上げたところだった。
「……シロクロ、ですか? シロクロ?」
モラニスはシロクロの名を出されてもピンと来ていないようだったので、デュランは言葉を足すことにした。
「わしが訓練場にいた頃に世話になっていたチビ助だ。モラニス、お前ほどの男が訓練場の商品を覚えておらぬ事があるのだな」
「うん? 待ってくださいデュラン、シロクロとは商品だったのですか? ……あー、言われて思い出しました。戦闘能力がない欠陥品でしたね」
「そうだ。あいつは戦闘能力は散々で、生活魔法やよくわからんことをいつもやっている奴だったが、部屋を片付けてくれたり身の回りの物を綺麗にしてくれたりと、非常に役に立っておったんだぞ。ちょうど今お前さんがやってくれているような事だ」
「ほぅ、それは初耳。しかしおかしいですね、あの個体は先日落ちこぼれとして処理されたという報告を受けていますよ? よく似た別の生き物だったのでは? 例えば誰かの番犬だったとか」
モラニスの酷い言い分を聞いてもデュランは怒るどころか噴き出すようにして笑った。
「いくらわしでも犬と人を見紛うはずがあるまい! しかし処分とは聞き捨てならんな、今日会ったシロクロはアンデッドでは無さそうだった」
豪快にジョッキを傾けるデュランは飲みっぷりが派手過ぎて口の端からジョッキの中身が零れてしまっていた。
モラニスはまた落ちてきた前髪を掻き上げながら、デュランにいくつか質問を投げる。
その目が剣呑に細められているのをデュランは気が付かなかった。
「そのシロクロと出会ったのはどこです? どんな人に連れられていました? 格好は? ほう? どこに逗留しているかは聞きましたか?」
◇◇◇◇◇
訓練場で青い肌に角を持つ槍使いジョウゼンは、落ちこぼれの狩猟の後に他の魔法兵器達から何度か苦情めいた話を聞かされていた。
ジョウゼンよ、なぜあの個体を殺したのだと。
彼が仕留めた落ちこぼれ個体は、全く戦闘の役に立たない能力しかなかったというが、一部の者はあの個体狙いで狩猟に参加していたのだという。
ジョウゼンにしてみれば、弱い個体が何の役に立つのか知らないが、耳障りな話だ。
本来なら首を持って帰るつもりだったのに、小賢しくも槍を躱そうとしたものだから勝手に崖下に落下していったに過ぎぬ。
しかし何度も狩猟の結果についてガタガタ言われれば気にもなるというもの。
あの落ちこぼれが何の役に立つのかと問い質した事がある。
「あの個体は生活魔法が使えたのだ」
ジョウゼンは得られた答えに拍子抜けして、鼻で嗤ってしまった。
「はッ。〈生活魔法〉だと? 汚れを落とし、濡れたものを乾かす程度のことじゃあねぇか。そんなもんの為にあの落ちこぼれを狙ってたってのか」
ジョウゼンが馬鹿馬鹿しいとばかりに相手を殴りつけると、睨み付けられた。
「生きて持ち帰れば欲しがる者から幾らでも対価を得られただろうに。全く優秀な魔法兵器な事だ」
くだらない。実に馬鹿馬鹿しい理由だったが、自分の持ち物にしておけば利用価値は少なからずあったという事か。
知っていればもっと上手くやっていただろうが、過ぎた事だ。
それからしばらくして。
ジョウゼンは教官に呼び出されて、またあの狩猟の事を聞かれた。
「では貴様は死体を確認していないのだな? お前が獲物を崖から落としたことは間違いないか」
「何度聞いても同じだ。あの崖から落ちて生きているとは思えねぇ」
ジョウゼンは繰り返し同じことを聞かれる事に苛立っていた。
あの落ちこぼれめ、死んでからも足を引っ張りやがる。
しかし次に聞かされた言葉はにわかに信じがたいものだった。
「あの個体が生きている疑いがあるという報告があった」
「あぁ?!」
反射的に声を荒げたが、同時にこれは良い機会だとも思いついた。
死んでいないなら、改めて生け捕りにすれば良いのだ。
「そいつぁ俺の獲物だ。俺に処分させろ!」
とても教官に対する言葉遣いではないが、ジョウゼンの訴えは受け入れられた。
◇◇◇◇◇
鉄鋼樹の護り亭での夕食の後、私達は男性が泊っている大部屋に集まっていた。
ヴィクトリアさんが今日デュラン先輩と出会った話をして、みんなが私と訓練場について聞いておかなければならないという事になったのだ。
サイラスさんに促されるまま、私は訓練場の事、落ちこぼれとして狩猟訓練の獲物になった事などを包み隠さず話してゆく。
「人を獲物にして訓練だって? イカれてやがる」
ユーノくんが忌々しげにつぶやく。
バスキアさんが覆面越しに聞いてきた。
「それで、どうしてシロクロは最初からそう言って俺達に保護を求めなかったんだ」
「そうだよ、なんで?!」
「ヴィクトリア、静かにしろ」
私が彼らを騙していたのは事実だ。意図的に言わなかった理由を、私はゆっくりと、言葉を選びながら話し始めた。
「私は……訓練場の外の人に触れるのが、初めてだったんです。……もし、訓練場や人の売り買いが当たり前の事だったら、私は落とし物や忘れ物の様に訓練場に突き出されてしまうかも知れなかった。……怖かったんです……ごめんなさい」
みんなの反応で人身売買が違法で、かなり重い罪らしい事は察せられたからこうして話せるけれど。
場合によっては信用ならんと追い出されてしまいかねない話だという事も分かっていた。
いくつかの大きなため息が聞こえて、びくりとしてしまう。
ラズロウさんが窓際で外を見ながら言った。
「ま。理解できる話ではあるな。そんな所があるとは予想していなかったが、お嬢ちゃんの懸念はもっともだ。謝んなくていいぞシロクロ」
サイラスさんが「ったく、不自然だと思ったんだ。が、予想をはるかに超えて来たな」と頭をがりがりと掻いた。
「それで? 今日出会った四本腕の奴も、その魔法兵器なのか? シロクロ、魔法兵器ってのはいくらくらいになるんだ」
「わかりません、能力によって違うらしいですが、弱い個体は安いらしいことくらいしか」
「今までにどれくらいの魔法兵器が売られていったか分かるか?」
「私が生まれる前の事もあるのでわからないです」
私はそう言って首を横に振ると、サイラスさんが呟く。
「商品は自分の価値も知らされねぇって訳か」
ここでバスキアさんが口を開いた。
「そのデュランという奴は、シロクロを連れ戻しに来ると思うか?」
「わからないです。でも訓練場か主人であるガラダ子爵が命じれば、逆らう事はないと思います」
ファルナさんが考えながら手を上げて発言を求める。
「四本腕は警邏の服を着てたわ。ケルノーの治安を守っているのはガラダ子爵の騎士だから、どんな言いがかりで捕まるかわからないと思う」
バスキアさんはサイラスさんに視線を向け、サイラスさんが唸った。
「心情的には今すぐ出発したいところだが、まだ仕入れがな。手付金を払って商品を仕入れねぇって選択肢はねえからな」
ユーノくんが「なんだよそれ!」と声を荒げたけれど、サイラスさんはじろっと彼を睨み付けた。
「ユーノ、俺達は商売人だ。仕入れもせずに次の村に行ってどうするつもりだ? 俺達の商品を待ってる人達はどうなる?」
「……うぅっ」
「今すぐ出発すればシロクロは安全かもしれねぇ。だが安全だという保証は誰がしてくれるんだ? 俺達が金を稼がなかったら、俺達はどうやって腹を満たしたらいい?」
ユーノくんは何も言えなかった。
だから私が提案をしてみようと、手を挙げた。
「私、今から町を出ます。それなら誰も行き先を知らない、追っては来れないと思います」
ヴィクトリアさんとユーノくんが「なにいってんの(だ)」と騒ぎ始めたが、ラズロウさんがスッと私の前に来て見下ろしてくると、静かになった。
ラズロウさんはゆっくりとかがむと私に目線を合わせ――。
ビシッ! とデコピンをした。
あーーっ?! 痛いっ!
「やぁっぱ子供だなおめぇは。いい年こいた大人が雁首揃えてそんな結論に達するとでも思ったか」
涙目でラズロウさんを見ると、帽子の下に物凄い不敵な笑みを浮かべていた。
「おめぇは忘れてっかも知んねぇが、俺達ゃ傭兵だぞ? 給料出たんだろうが。財布を差し出して一言いやぁ良いんだよ。『助けて』ってな!」
ふぇ……とか声を出しながら財布を差し出すと、ラズロウさんはそれをすぐにバスキアさんに投げ渡した。
バスキアさんは片手でそれを受け取ると財布から銀貨を一枚だけ取り出して言った。
「確かに。承った。全員異論はないな?」
銀貨一枚なんて食事だってまともにとれるかどうかなのに。
バスキアさんは傭兵隊の返事を聞くと財布をラズロウさんに投げ返し、ラズロウさんがそれを私に返してくれた。
「特別に身内価格だ。子供なんだから、ちったぁ大人を頼るんだな」
ラズロウさんは言いながら立ち上がり、私の頭をわしわしと撫でてくれた。
そこに今まで一言も発しなかったマルクスさんが声を上げた。
「これは異論ではないのですが良いですか? 一つお願いしたい事が」
そこに集まった全員がマルクスさんに注目した。
「シロクロさんは人造生命という事ですが、爪と髪の毛を少々頂けませんか?」
大変穏やかな笑みで言われたので「あ、ハイ」と返事しそうになるも、ヴィクトリアさんが私の声をかき消すようにツッコんだ。
「良いわけあるかぁーっ!」




