5,辺境の町・ケルノー
キャラバンに保護されて数日が経ち、私にとって初めて目にする人の町が見えてきた。
町は高い木の防護壁に囲まれていて、遠目にも大きくて分厚い門がものものしい。
先を尖らせた丸太や鉄の鋲なんかを組み合わせた防護壁には弩などがいくつも設置されていて、言い方は悪いが来客を歓迎しそうな雰囲気には見えなかった。
害獣や敵性種族に対する示威なのは解るんだけど、雰囲気というか空気感というか……余所者に厳しそうだと感じてしまった。
私は今、馬車の荷台で商品や資材を〈洗浄〉する仕事を言いつかって、外を眺めながら〈洗浄〉をいろいろなものに掛けている。
馬車を操るのは荷運び人夫のひとり、ユーノくんだ。
ユーノくんは多分まだ十代半ばで、私を除けばキャラバンで最年少。
荷運び人夫なのでほどよく鍛えられた身体で、傭兵の人に鍛えてもらったりしている事もある。
彼は動物の扱いに長けていて、若いのに馬の世話を任せられているほどだ。元々酪農家の出身のヴィクトリアさんとも話が合うみたい。
この数日の間に私も手伝わせてもらう機会があって、たくさんの事を教えて貰った。
「あの防護壁に囲まれたのがケルノーって町だ。ここからだと見えないけど赤川が流れてて、船を使って都会と行き来できるらしいぞ」
「こっちからだと川が見えないです」
「ケルノーが丘の上にあって、赤川は向こう側だからな。薄っすら赤茶色の水が流れてる」
「赤茶色の水。珍しいですねえ」
鉄が溶けだしてるんだろうか?
「昔コボルドやリザードフォークとドワーフ達の大きな戦いがあったから爬虫類の血で染まった川って言われてるんだ。年寄りはトカゲの血川って言う人もいるよ」
思ったより物騒な名前だった。
ケルノーの町の右手側は緩やかに登りになっていて、鬱蒼とした森と山岳に続いていた。
対して左側は同じく森林でありながら山側に比べて木々がややまばらで、なだらかに下り斜面になっている。
赤川は山側から町の向こう側に流れているのだろう。
やがてキャラバンはケルノーの町に到着し、大きな門の手前で馬車の荷物を検められた。
私だけは届けが無かったので、サイラスさんが川で流されていた子供を保護したと事情を説明する。
門番の人は私を見てから質問してきた。
「川に打ち上げられてた子供っていうのはお嬢ちゃんかい? 変わった髪だな……。名前は? シロクロ? 変な名前だなぁ別に良いけど。 どこの村の生まれ? わかんない? えぇ、面倒臭いな……。もうすぐ交代なんだがなー。はあ……。ちゃちゃっと入市許可証出すからちょっと待っててな」
なんだろう、門番の人が何というか雑だ。良いのかそんな事で。
私も根掘り葉掘り聞かれても答えられないから、好都合なんだけど。
ほどなく門番の人はハガキの半分くらいの大きさの木製の板を持って戻って来て、それをサイラスさんに手渡した。
「とりあえず許可証これね。何がダメかはハルザーンさんの方で教えておいて貰っていいかな? そしたら通っていいからさ」
「ああ、手間を取らせたね。そのくらいはこっちでやっておくさ」
こうして私達は町に入ることを許された。
私は仕事を切り上げて、荷物を動かせるようにしておくように言われたので、馬車の荷台から御者台の方に移動した。
石畳みの広い道は防護壁の脇をぐるりと回りこむ形なのか、人の姿がだいぶまばらだ。
町というにはずいぶん人が少ない気がしていたら、ユーノくんが説明してくれた。
「商人はこの輸送用の道を使って町に入るんだけど、全然人がいないだろ? 普通に暮らしてる人は商業ギルドから町の中に入ったらいるんだ。結構活気があるんだぜ」
「あぁ、どおりで人がいないと思いました」
「ある意味行商とかに関わらないと通れない道だから、ここの方が珍しいんだけどな」
ユーノくんはそう言って笑った。
◇◇◇◇◇
キャラバンは商業ギルドの大きな建物まで馬車のまま移動し、そこからは荷運び人夫さん達の独壇場だ。
私は非力で運べるものがないので、馬車の御者台でみんなが忙しく動き回るのを眺めていた。
樽の運び方は現代日本でのドラム缶の運び方と一緒で傾けてくるくると回しながら運ぶのがささやかな発見だった。
フレイさんは担いでたけど。力持ち過ぎるでしょ……。オーガとかの血が入ってるのかなフレイさん。
荷物の積み下ろしが終わると馬車を商業ギルドに預けてみんなで宿に移動する。
入って来た時には通らなかった道に出ると、輸送用に整備されていたそれとは違って、行き交う人々や屋台に出店といった、町の暮らしが視界に飛び込んできた。
道行く人々は人間だけでなく、ドワーフやエルフ、ビーストフォークなどの多種族からなっていて、それぞれが普通に暮らしているみたいだった。
伝統的な装飾の木工品を売るエルフや、宝飾品を売るドワーフ、革製品や食べ物を売る人間とビーストフォークの屋台などがぱっと目につく。
荷車を曳くロバや角の生えたヤクとか地面が掃けるほど長い毛を持った牛のような大きな生き物たちもちらほらいる。
屋台だけでなく、食堂などの呼び込みも盛んなようだ。
あちこちから肉の焼ける良い匂いや、料理の焼ける音がしている。
きょろきょろと周りを見ていたらサイラスさんに軽く小突かれた。
「いろいろと珍しいのは解るが、今は宿に向かうぞ。ちゃんとはぐれないようについて来い」
「あっすみません」
するとヴィクトリアさんが手を差し出してきた。
「じゃ、はぐれないようにあたしと手を繋いでこっか♪」
そんなに子供扱いしなくても、と思ったけど私子供だったわ。
素直に手を繋いで歩き始めると、ヴィクトリアさんは少し機嫌が良さそうに見えた。
大人数でぞろぞろ連れ立って歩くと目立つようで、結構注目されたし食堂や宿の呼び込みに何度も声を掛けられる。
対応するサイラスさんやゴーリーさんは行き先をもう決めているみたいで、それでも無視したりせずにちゃんと断っていた。
何度か道を曲がってたどり着いたのは大通りから少し奥まった位置にある大きな古い宿。
不揃いの瓦や壁面に苔や雨が流れた跡が不思議な情緒を生んでいて、分厚い木製の看板には屋号『鉄鋼樹の護り亭』とあった。
鉄鋼樹ってなんだろう。聞いた事が無いなぁ。
どこか近い所から兵士や戦士が訓練しているような掛け声が聞こえてきている。
フレイさんとユーノくんが「おっ、やってるやってる」と少し楽しそうな声を上げた。
ヴィクトリアさんがそんな二人を見てから私に説明してくれた。
「この宿はサイラスさんの知り合いがいて、目の前の大きな建物が騎士の訓練場だから治安が良いのよ。お金を払えば訓練を見学させて貰えたり、参加させて貰えるからあの二人のお気に入りなの」
警察署の近所は治安が良いみたいな話かなコレ。
前世でも剣道部の子が警察署の剣道場に通ったりしてたのを思い出す。
サイラスさんが宿に泊まる手続きを進めている間にユーノくんが私に話しかけてきた。
「シロクロ、これから向かいの訓練場に行くんだけど一緒に来るか?」
私が答えるよりも早くヴィクトリアさんが「シロクロちゃんはこれからあたしとファルナと一緒に市場に行く約束してるもんね」と私にぎゅっと抱きついた。そういえば櫛を買いに行くって話をしたっけ。
私が「ユーノくんも一緒に買い物行く?」と聞くと、「女の買い物は長いからいい」と何かうんざりしたような顔をして離れていった。
すると今度はサイラスさんが手続きが終わったからかこっちにやって来た。
「シロクロ、出かける前にちょっと話がある、ヴィクトリアさんちょっと待ってくれな」
「はいなんでしょう?」
「次の町まで乗せていく替わりに働いて貰うといっただろ。よく働いたから給料を渡すのと、お前さんの意志を聞いておきたい」
そう言ってサイラスさんは私に小さな巾着を差し出した。
じゃらりと音がしたのでこれがお給料なのだろう。
この世界での、初めての自分のお金。
「中身をちゃんと確認する事。今は他の客がいないからいいが、他人がいる所ではスられたり盗まれないように気を付けるんだぞ。それでどうする? シロクロはこの町でキャラバンから外れても良いし、もう少し一緒に行動して、他の町や村を見てみるか? もちろん働いたら給料を出してやるから、まとまった金が出来たら外れるのでも構わねえぞ。出発まで数日あるからそれまでに決めてくれ」
そうだ、本来なら送ってくれる代わりに働くという話だったはずなのに、お給料まで払ってくれているんだ。
そう考えると本当にこのお金を受け取ってしまっていいものかと考えてしまう。
私が小さな巾着に視線を落とすとサイラスさんが無防備な私の頭頂部に軽く手刀を落とした。
「シロクロお前なんか余計な事考えたろ。『よく働いたから給料を出す』っつってんだろが。期待以上の働きにはその分の報酬を支払うのが俺のやり方だ。そこらへんで派閥の顔色を窺ってるようなこすっからいエセ商人とは違うからな」
わあすいませんサイラスさん、頭を掴んでおでこ同士をぐりぐり押し付けるのはやめてください!!
涙目で「お給料だヤッター嬉しいなーありがとうございます痛い痛いいたたたた!」なんてやっているとすぐ隣でヴィクトリアさんとファルナさんがお腹を抱えて爆笑していた。
いつの間にか来ていたファルナさんが笑いながらサイラスさんに問うた。
「サイラスさん、うちらもだいぶ普段以上に働いたと思いますけどー?」
「そもそもお前さんらにゃあ元から高い報酬を支払ってんだろうが。…まぁ今回はちゃんと上乗せしてらぁ、次も頼むぞ」
あ、そっちはそっちでちゃんと上乗せしてるんですね。
おでこをさすりながら布鞄越しに巾着を【亜空間収納】に入れる。これなら盗まれたりしないので。
この能力もこっそり試験運用している。
ただしまだ誰にも明かしていない。
石や小枝や動物の死骸などを【亜空間収納】に入れたり出したりしたけれど、あんまり詳しい能力はわからなかった。
収納した物はいつでもリストのようなイメージで把握できるうえ、リストの並べ替えも瞬時に出来るので便利に過ぎる。
今入れた巾着も巾着本体に意識を向けると、中身も把握できるだけでなく内訳や合計額までわかるのだ。
◇◇◇◇◇
ヴィクトリアさんとファルナさんに連れられてケルノーの町を歩いて回る。
古着や装飾品を眺めたり、色んな商会のお店や露店を巡っている内にヴィクトリアさんとファルナさんが結構有名らしい事がわかってきた。
色んな人が私を連れている事で声を掛けて来るのだ。
二人とも町の人達から一定の距離感を置かれながらも慕われているというか。
休憩がてら大通りが交わる広場で薄めた葡萄酒を飲んでいる時に聞いてみた。
「なんだかお二人と歩いていると、思わぬところで人から話しかけられますね。以前にこの町で依頼をこなした事があるとかですか?」
二人は一瞬顔を見合わせてから首を横に振った。
ファルナさんが笑顔で答える。
「ケルノーで依頼を受けた事はないけど、近隣の村でお仕事した事が結構あるのよー。ここにはいろんなものが集まってくるから、そこの人もよく来るんだよね」
「で、そこでの仕事ぶりが噂で伝わるのよ。あの魔法使いの姉ちゃんはどんな強い酒でも酔わないぞ! ってね」
「ちょっとヴィクトリアあんまり変な事吹き込まないでよ」
「ある種の武勇伝じゃぁん。けらけら」
「シロクロちゃんにあんたの二つ名教えちゃうわよ」
「あたしはあの二つ名気に入ってるから自慢しかないが?」
二つ名で呼ばれたりもしてるんだ、ホントに有名なんだなぁ。
「え、聞きたいです聞きたいです」
バラそうとしてたファルナさんの方が「えぇ~?」みたいな顔をしてたけど、教えてくれた。
「ヴィクトリアはねぇ……『血の断罪者』って言われてて、一部ですっごく有名なのよー……」
「なぁんでファルナがちょっと嫌そうなのさぁ!」
「だぁってぇ~……可愛く無くない?」
「『生贄の』……」
「わあああああああ、やめてようちそれ好きくないんだけどぉ?!」
二つ名にしてはなんだか思ったよりもすごいのが出て来たなと思ったら、生贄って何?! どっちも不穏過ぎてどう反応したらいいのか困る。
「えーと、結構スゴイ物騒な感じというか…傭兵としては都合の良い厳つさなんでしょう、か?」
私がややたどたどしく言うとヴィクトリアさんが軽い感じで話し始めてくれた。
「あたし、山賊に家族も友人もみんな殺されちゃったのね。で、山賊を全員返り討ちにして、怒りに任せて山賊の○○○をそこらにあった鋏で全員分ちょん切ってやったわけ」
おおぉ、私に存在しない器官がひゅんってなった。
ヴィクトリアさんはやや自慢げだが、ファルナさんはそれをジト目で見守っていた。温度差よ。
「で、世の悪い奴を皆殺しにしちゃおうっていろいろあって傭兵登録して今のあたしがいるわけだ♪」
いやそこで音符が出るのはおかしい。
ファルナさんが「せっかくの美人が台無しなのよ……」と小さく溜息を吐いた。
ヴィクトリアさんはそれを聞いて「でもあたしの二つ名出すと最近は山賊が引け腰になるから、やり易いよー」と快活そうに笑う。こうして笑っているとちょっと元気過ぎるお姉さんという感じなのに、血なまぐさ過ぎて笑えない。
そこでファルナさんの方に水を向けてみた。
「ところでファルナさんも二つ名があるんですか?」
するとウィッチハットの端を両手で摘まんで顔を隠して「あぁ~やっぱりそう来るよねぇ~」と情けない声を上げるファルナさん。
そして半ば諦めた様子で続けた。
「あー。一応言っておくけどうちが自分で名乗ってるわけじゃないからね? そこは解ってね? あと笑わないでね?」
「いやあの言いたくなければ別に」
「いつの間にかね? 『生贄の聖女』って呼ばれてて……。うちは回復魔法は使えないしもうマジなんで聖女なの???」
しょげるように背中を丸めて視線を泳がせながら話すファルナさんを見て、ヴィクトリアさんが呆れ半分で苦笑しながら彼女の背をぽんぽんと叩いた。
「ファルナはそもそも自分で色々話しちゃってたからしょうがないねー」
「まさかそんな事になるとは思わないじゃないよー……」
私も何かフォローした方が良いだろうか。
「お話しただけでその二つ名が付いたのなら、ファルナさんの人柄から聖女って言われるって事だから、やっぱり凄いと思いますよ?」
私がそう言うとファルナさんはまた帽子で顔を隠してしまった。
「恥ずかしーんだよぉぉぉー!」
フォローは失敗した。
ひょっとして、そっとしておいた方が良いんだろうか。
そんな事を考えていると低くて大きな声で「おっ?」という声が聞こえた。
妙に聞き覚えがある声に振り向くと、周りの人に比べてかなり身体が大きな多腕の男性が私達の方に人をかき分けて向かってきている所だった。
はち切れそうな筋肉が警邏の制服を下から持ち上げている。
私は意外な出会いに驚くばかりだった。
「シロクロだろうお前、久しぶりだなぁ!」
「デュラン先輩、どうしてここに?」




