4,目に見えぬもの
まだ昼過ぎくらいの時間のはずなのに、泥嵐が陽光を遮ってしまうので夜みたいに暗い。
急ごしらえで構築した避難場所だけは雨水も泥も届いていないのは救いだった。
そこいらに落ちている小石や小枝に〈灯り〉の魔法を使って、明るさを確保しておく。
〈灯り〉は初級魔法の一つで、対象を中心に周囲を明るくしてくれる魔法だ。魔力の込め方によってより明るくしたり、長持ちさせたりできる。
天候が落ち着くまで休息という事になったので、ダルさんと一緒に作った料理で疲れた身体を癒して貰おう。
サイラスさんがスープを一口啜ってぼやいた。
「泥嵐ってのはいつ来るのか予測できないのがなぁ。普通に雨だろうと思ってたらコレだ」
みんな眉根を寄せて頷くところを見るに、実際に予想がつかないんだろう。野生動物達は何らかの予兆を読み取っているのかも知れないけれど。
切羽詰まった危機を乗り越えたからか、荷運び人夫のフレイさんがテンション高めに言った。
「だが今回はお嬢ちゃんに救われたな! 生活魔法をあんな風に使うなんてなぁ」
するとファルナさんが白蛇さんを撫でながら感心したように「うちも見てたけど、スゴイ連続発動しててびっくりしちゃったー」と相槌を打った。
白蛇さんがまた私をじっと見ている。ことある毎に私を見つめて来るのが少しだけ気になったけど……大丈夫かなこの流れ。
先ほどの不安な気持ちが再び湧き上がる。今度こそ気味悪がられてしまうかも……。
ゴーリーさんはああ言ってくれたけど、他の人は違うかも知れない。
「魔法使いに育てられてたんだっけ? 料理上手だし、内包魔力もめちゃくちゃ育ってて将来有望じゃん! 今食べてるこれも美味しいしねー」
そう言ってにかっと笑い飛ばしてくれたのはヴィクトリアさんだ。
そのおかげか「なんかすごいけど、そういうものらしい」雰囲気になってくれた。
今回は軟水にしたからか、すいとんを足したからか、朝食よりもさらに好評なようだ。
歳を取るとこういう出汁の味が染みるよね、前世で思い知ったから知ってる。
一瞬よぎった不安が薄れたところにゴーリーさんが付け加えた。
「人も荷も無事に済んだんだ。さすが、サイラスがわざわざ助けようと思ったわけだ」
「いや待て占い師じゃねえんだからこんな予想はしてねえよ」
「おかしいと思ったんだよサイラスが人助けなんて」
にやりと笑ってゴーリーさんがサイラスさんにじっとりとした視線を向けた。
すると絶妙なタイミングでラズロウさんが同調する。
「あぁ。俺ぁハルザーンさんのことだから恩を売って借金でも背負わせるのかと」
「お前ら人聞き悪いにもほどがあるだろーっ?!」
たまらずサイラスさんが反論したが、もう顔がちょっと笑っちゃってたのでこのおじさん達はだいぶ仲良しさんなんだろう。
そうして和やかな雰囲気のまま、食事は終了した。
◇◇◇◇◇
食事が終わった後、少し休憩させてもらう事にした。
慣れない移動に泥嵐の対応、途中からラズロウさんに同乗させてもらったとはいえ子供の肉体にはキツかったみたい。
馬車の中で少し仮眠してても良いとサイラスさんに許可を頂いたので、自分自身に〈鑑定〉を使っておこう。
前世を思い出してからずっとあった違和感。
滞った流れが整理されて姿を見せた、本来私に備わっていた何か。
ずっと気になっていたこれをやっと知ることが出来るのだ。
馬車の中で胡坐になり、目を半分閉じて心を落ち着かせる。背筋を伸ばして自分の内面をスムーズに走査できるように。
訓練場でこうやって集中しようとした時に殴られたのを思い出した。
サボってるように見えたらしかったが、今でも集中しようとすると少し怖い。
……いけないいけない、嫌なこと思い出しちゃった。
集中しないと。
そうして〈鑑定〉すると、一つしかなくてバカにされてきた特殊能力が増えていた。いや、今まで見えなかったものが見えるようになっていた。
【亜空間収納】
【成長速度爆盛】
【創造魔法】
【内包魔力特盛】
〈鑑定〉によって、気が狂った能力名が認識できた。
(ぅゎヤバなにこれ……)
小学生が考えた「僕の考えた最強のなろう系能力」かなコレ。爆盛とか特盛ってなんだよ、過剰盛りのラーメン屋みたいな特殊能力名になっちゃってるじゃん。前世の影響なのかな、前世の私ラーメン大好きだった?
それはそれとして、この能力達は……。
名前を見ただけでも「人に知られたらヤバい」と分かる。
【亜空間収納】と【創造魔法】が特に厄ネタっぽい雰囲気が強い。名前が強すぎなのよ。
能力の詳細はさらに集中する事でそれぞれ知ることが出来るのだけれど、【亜空間収納】の部分だけ恐る恐るチラ見した。
手を触れずに……時間の影響を受けない……あ、他人の物を強奪したりは出来ないんだ。
あー、こういうのネット小説で見た事あるぅー。
すると、ここで急に強いめまいがして、私の身体は意志と関係なく横に傾いて倒れてしまった。
え? 脳内に大量の疑問符が生まれたけれど、目を開いてもぐるぐると回る視界で周りの状況を何一つ認識できなかった。
(うぅ、なにこれなにこれ気持ち悪い……)
急激に吐き気が込み上げるけど、商品や資材がある馬車の中で吐くわけにはいかない。
商品を汚してしまったら怒られる。
(外は……明るい方か)
回る視界の中で無理にまわりを認識すると、私は馬車の外に転がるように移動し、勢い余って転落した。
地面でひっくり返ったまま我慢できずに盛大に吐いてしまったけれど、床の感触は土と草だから、許してください。
平衡感覚を無くして這いつくばりながら吐いていると、誰か近くに来たみたい。
汚してしまったから殴られるかも。
ああ、汚くてごめんなさい、めまいが収まったらすぐ片づけますから。
もう少しだけ、少しだけ待って。
「おい、大丈夫か?! 誰か! 水持ってきてくれ、お嬢ちゃんの様子がおかしい!」
私の身体は自然と丸まってしまって、顔を上げる事も出来なかった。
この声、サイラスさんでもラズロウさんでもないし、誰だっけ……。
丸めた背にそっと手が添えられた。
反射的にびくっとしてしまう。
「遠慮せずに吐けるだけ吐け。悪いものを吐いているなら、吐いた方が楽になる」
ほんの少しくぐもった男性の声。
「バスキア。水を持ってきました。彼女、どうしたんです?」
マルクスさんも来たみたい。
ああ、結局迷惑かけちゃってる。
「わからん。物音が聞こえたから様子を見にきたら地面で吐いていた」
「先日保護したばかりですし、怪我もしていた。あと数日は馬車に乗せて移動した方が良いかも知れませんね」
「今はキャラバン全員が同じものを食ってるし、悪いものを食ったわけでは無さそうか」
「吐いたものを見るに、血も混じっていないし虫もいないようです。体力的な問題か過労なのではないかと」
「今日この子いっぱい魔法使ってたから魔力欠乏じゃないかしら。アレうちも何度かやったけど結構体調悪くするのよね」
ファルナさんの声も聞こえる。ひとしきり吐いて少し落ち着いてきたので顔を上げるとキャラバンのほとんどの人が集まって来ていた。
私の背をさすってくれていた人は覆面をした若い男性で、剣呑そうな目が私を観察している。
細く繊細な髪、それほど大きくはないが尖った耳がエルフの血筋を雄弁に物語っている。
しかし純血種のエルフにしては上背があり耳の長さも控えめだ。
この人は恐らくハーフエルフなんだ。
「あ、あの。ありがとうございます」
私が見上げるようにお礼を言うと、覆面のハーフエルフは少し目を細めて「礼には及ばん」と言って「吐いて少しは落ち着いたか?」と心配そうな目をしてくれた。
マルクスさんがコップに入った水を勧めてくれる。
「シロクロさん、水は飲めますか。何があったんですか」
「なんか急に立ち眩みの超強いのが来たみたいで、そのまま倒れちゃったんです。でも馬車の中で吐くわけにはいかないと思って馬車の外に吐こうと思ったら転げ落ちちゃって。すぐ片づけますから、少し待ってください」
「私が片しておきますよ。少し水を飲んで、そうしたら着替えましょう。肩の怪我は痛みますか?」
「あ、肩は〈治癒〉を掛けたのでもう」
大丈夫と言いかけたところで再び強めのめまいに見舞われた。
倒れようとする身体をハーフエルフの人が支えてくれる。
ああ、とんだご迷惑を。ごめんなさい。
「ヴィクトリア、この子がもう少し落ち着いたら着替えさせて休ませろ」
「おっけ、任して」
◇◇◇◇◇
その後めまいと吐き気がだいぶ落ち着いたところで、支柱の少ない旅用テントの中で汚れた服をヴィクトリアさんに脱がされた。
着替えはないのでヴィクトリアさんのシャツをお借りする。
体調はだいぶマシになったけれど、元気は出ない。
私がお礼を言いながらヴィクトリアさんに向き直ると、何か眉根を寄せて怖い顔をしていて驚いた。
あ、汚れた私に服なんて貸したくなかったよね……?
「ご、ごめんなさいヴィクトリアさん。ちゃんと綺麗にしてお返ししますから」
私が遠慮がちに声を掛けると、ヴィクトリアさんが底冷えするような声で聞いてきた。
「シロクロちゃん、背中にだいぶ傷があるけど、どうしたのそれ?」
「傷? 私怪我してましたか? 痛まないから気が付かなかった」
「違うわ、古い傷跡がいくつもあるの。鞭や刃物の痕にしか見えないものもある」
あぁ、なるほどいくつか心当たりがある。
訓練場で折檻されたり虐められた時のものだろう。〈治癒〉魔法が使えるようになってからは見える傷跡は綺麗にしてきたつもりだったけど、背中は見えなかったから残ってたんだな。
「私は訓練場……お師匠様のところでは出来が良くなかったので、よく折檻されたり虐められてたんです。その時の奴じゃないかな」
そう言うとヴィクトリアさんは怒りながら悲しそうな眼をして、私をぎゅっと抱き寄せた。
「小さな子供になにしてくれてんのよ。シロクロちゃん、あたしがいる間は安心してね。絶対怪我なんかさせないからね」
……ああ、この人は、私に怒ってるんじゃないんだ。私の境遇に怒ってくれてるんだ。
それがわかると、胸の奥がじんわりと熱くなって、私もヴィクトリアさんに縋りついてしまった。
きっと体調が良くないから、優しさを求めてしまったんだろう。
「ありがとう、ございます」
自分の意志と関係なく涙がこぼれて、でもそれを見せたくなくて、ヴィクトリアさんにぎゅっとしがみついて顔を隠す。
「もう痛くないですから。大丈夫です」
私がそう言うとヴィクトリアさんの腕の力が少し強まった。
鉄の胸当てが押し付けられて、痛いですヴィクトリアさん。
「身体の傷は治るけど、心の傷はずっと残るんだよシロクロちゃん。全部の大人が良い人じゃないかも知れないけど、あたしには頼って良いからね」
「いたたたた、ヴィクトリアさん……胸当てが痛いです」
そう言うとヴィクトリアさんは慌てたようにパッと手の力を緩めてくれた。
「ああっとごめん、あたしが怪我させたらダメだ」
「でも、私の代わりに怒ってくれたんですよね。ありがとうございます」
改めてお礼を言うと、ヴィクトリアさんは少し驚いた顔で「小さいのになんだか妙に大人びてるなぁ」と少し困ったように笑った。
「見習い魔法使いだったからなのかな、シロクロちゃんはもっと大人に甘えるようにした方が良いと思う」
それは多分前世の知識とかのせいだと思います、とは言えず曖昧に笑ってごまかした。
◇◇◇◇◇
<ヴィクトリア視点>
シロクロちゃんが眠ったので、そっと簡易テントから出た。
彼女の背にいくつもあった古傷があたしの腹の奥を煮え滾らせていた。
あんな小さな子に古傷というのはどう考えたっておかしい。あんな傷が古傷になってるって事はそれだけ——もっと小さな頃に付けられたという事だ。
抵抗も出来なかったろう。
鞭の痕もいくつかあった。鞭なんて弱い大人だったら死ぬこともあるのに、小さな子供に?
悪い事をしたら殴りつけられる事はある。そりゃああるけど、あんな小さな子供を鞭打つような悪い事なんて、あたしには思いつかない。
しかもあの痕は乗馬用だとかそういう為のものじゃない。より苦痛を与える為の鞭のものだった。
数年前の記憶があたしの心を責め苛む。
この事は仲間に共有しておく。魔法使いのお師匠様とやらがまともじゃない事ははっきりした。
あんな小さな子供に酷い事して、しかも出来が悪かったから追い出す? ッざっけんじゃねぇわよ、まだ伸びしろあんでしょうがよ!
見る目が無かったことをどうにかして後悔させてやりたいわ、クッソ腹立つ!!
シロクロちゃんの必死の生活魔法がみんなを救ってくれたんだ。
あんなに小さいのにこれだけのことが出来るシロクロちゃんを破門したお師匠とやらがどんなもんか知らないけど、絶対節穴アイでしょ。
泥嵐というイレギュラーで傭兵グループは久しぶりに全員が顔を合わせることが出来た。もちろんキャラバンの他の人達とも。あたしたち傭兵は警戒のために交代で日中に寝る事もあるから、なかなか顔を合わせられない人もいる。
この護衛グループのリーダー、バスキアはハーフエルフという珍しい種族で、実際の年齢は解らないけど二十歳前後に、あたしより年下にすら見える。
しかし彼は猟犬の二つ名で呼ばれる程の手練れで、とても頼りになる男だ。
対象を追跡し、追いつめることに定評があり、猟犬の様に狩るのが得意なのだ。
目に見えない毒に仲間をやられた事があるとかで、いつも覆面をしているバスキアは毒や病気に対して神経質なほど気を回す。
あたしには真似できないから、バスキアはやっぱり凄い。
今回シロクロちゃんの様子がおかしい事に気が付いたのもバスキアだった。
「俺は彼女が毒か病気に罹っているかも知れないと思っただけだ。マルクスがそういう心配はなさそうだと言って今薬を調合してる」
「僕はこれでも薬師ですからね。多少の見立ては出来ますよ。シロクロさんのように〈治癒〉魔法は使えませんが」
シロクロちゃんそんな事も出来るの?! やっぱり超優秀じゃん!
ファルナもびっくりな連続発動だったらしいしねえ。どこが「出来が良くない」んだかわかんないんだけど。
やっぱお師匠様とやらはダメだ、腐ってるわ。殺してアンデッドになったら改めて殺そう。
腹の奥でぐつぐつしてると鍔広帽子が大好きなラズロウが口を開いた。
「前半の移動でも結構遅れてたからな、途中で俺の馬に乗せたがやっぱ無理してたんだろ」
今回の雇い主であるハルザーンさんが「よし、シロクロは馬車に乗せて移動しよう」と今後の方針を決めた。
「そういや今更なんだけどさ」
あたしは今更な疑問を投げかけた。
「ハルザーンさんはなんであの子を拾ったの? 普段は行き倒れの死体から使えそうな物を剥ぎ取るくらいの人なのに」
「言い方ァ! あの子の髪、見たろ。あんなに特徴的な髪の子供があんなところに一人で川に打ち上げられてたんだぞ。忌み子扱いでもされたかと思うだろ」
「あたしゃ綺麗で羨ましいと思ったけどね」
「そこも含めてだ。まあ最初は死体かも知れないとは思ったが、変色も無く膨らんでもいなかったからな。痩せ細っているのも気になった。こう言うと解るだろう?」
あぁ、言われてみればこの人は、少数民族出身だったからと不当に扱われてたから差別されたり不当に扱われるのが嫌いなんだった。
町ではそのせいで店を持つ事すら難しかったから、行商人になったんだっけ。
「村八分にされて川に投げ捨てられたと思ったわけね。ハルザーンさんらしいじゃん」
笑い事じゃないのにあたしの口角が上がった。
マルクスがハルザーンさんの言葉を引き継ぐように発言する。
「川から引き揚げた子供が怪我をしてるって僕が呼ばれた時、応急処置の為に脱がせたんですが、確かに背中にいくつも傷跡がありましたね。僕はあの時肩の傷の方が大変だったので忘れていました。肩の傷はつい最近のもので、刃物によるものに見えましたよ。あとは細かい擦り傷とかもあちこちにありました」
「つまり」とバスキアが言った。
「肩を斬られるようなことがつい最近まで続いていたという事か。あの川の上流には険しい山岳しかないと思ったが、魔法的に隠された未知の塔でもあるのかも知れないな」
普段からジト目のバスキアの目が剣呑に細められた。
彼なりに何か思うところがあったのかも知れない。
バスキアはスッと目を閉じ、次に目を開いた時には普段通りのジト目に戻っていた。
つまり、この話はここで終わりという事だった。




