2,ハルザーン行商隊
いろいろとおじさん方に話を聞いていると、彼らは行商人で町や村を巡っているのだそうだ。
夕食で使った調理器具に〈洗浄〉を使ったら、だいぶ喜ばれた。
生活魔法に分類されるこのささやかな魔法は、汚れを取り除いて任意の場所に集める効果がある。これらの汚れは小さな穴を掘って埋めた。
「いやあ、便利だな魔法。いつも水をいっぱい使わなきゃいけなかったし、時間も掛かってたから助かるよ」
そういってにっこにこの笑顔を向けてくれるのはスキンヘッドに突き出たお腹が特徴的なおじさん、ダルさんだ。
食事のお礼を言うと自己紹介をしてくれたんだけど、笑いを堪えるのが結構大変だった。
「僕はこの行商の調理担当をやってる、ダル・マーバラ・ヴィルバーラだ。ダルとでも呼んでくれ。食材の仕入れと目利きもやらせてもらっているよ。こんな旅路なんでね。あまり病人に優しくない食事かも知れないけれど勘弁してほしい」
一瞬だるま腹ビール腹かと思って、すぐに思い直した。
ただ、一度そう思ってしまうともうそうとしか思えなくなるから困る。
笑いを堪え切れるか自信がなかったので、強めの愛想笑いでお手伝いを申し出た。
顔がいかついのにだるまと言われるとなんとなく「なるほど……」と納得しそうになってヤバい。
他にも私を川で見つけて助けてくれたサイラス・ハルザーンさんともお話しした。
サイラスさんはこのキャラバンのリーダーで、白髪交じりの痩せ型の人物だ。整えられた髭を生やしている。
少数民族の出身でどこに行ってもよそ者扱いされるならと、行商人になったのだという。
「シロクロ、といったか。お前さんは川辺に打ち上げられていたんだ。最初は水死体かと思って見てみぬフリをしようかと思ったが、怪我をして血が流れていたし、非常に特徴的な……変わった髪だったのが気になってな。子供がこんなところで怪我をしているなんて、どう考えてもおかしいし、一目見て手足が細すぎる事も気になった。歯に衣着せぬ物言いをするなら、シロクロ。お前さん虐待されてたんじゃないか?」
前世の社会道徳で考えたらまぁ虐待間違いなしなんだけど、この世界だとどうなんだろう?
っていうか子供に虐待って言って伝わる? 私今生まだ齢八歳ぞ?
どうあれ訓練場しか知らないから、この世界基準だと何が普通かわからないや。
「うーん、どうなんでしょう……?」
訓練場が普通に知られている施設だった場合、下手な事を言ったら連れ戻されてしまいかねない。
とはいえ嘘をついてややこしい事にしたくなかったので、困ったように笑うに留めた。
するとサイラスさんは「無理に言わんでもいいぞ。いずれにせよ次の町までは働いて貰うからな? 商人がタダメシを施すのは沽券に関わる」と言ってくれた。
助けてくれただけでもありがたいのに恩返しの機会まで用意してくれると思うと頭が下がる。
このキャラバンは傭兵を雇って護衛して貰っているという事で、その内の二人に紹介してもらった。
一人は鍔広帽で目元を隠した無精ひげのおじさん、ラズロウさん。
動きやすそうな革鎧に剣と弓で武装していて、背が高くて足が長い人だ。
「怪我をした子供を保護、ねぇ? ま、ハルザーンさんが良いならいいけど、あんまうろちょろして、はぐれてくれるなよ?」
言い方はあんまりだけど、しゃがんで目線を合わせたうえで、握手までしてくれた。
私が緊張しながら挨拶すると、「お行儀良くて良い子じゃねぇのよ」と頭をわしわしされた。
多分撫でてくれたんだと思う。器用そうな人なのに不器用なのかも。
もう一人は穏やかそうな雰囲気の大柄な人物で、マルクスさんという人だ。
鉄の胸当てとキャップ型のヘルメットを身に着け、腰には大小様々なナイフ、ポーチ、小さな丸盾をぶら下げていた。手にはピックの付いたハンマーを持っていて、ラズロウさんよりも少しだけ若く見えるおじさんだった。
「短い間ですが、よろしくお願いしますね、シロクロさん。傷が痛んだり、体調が悪くなったら僕に一声かけてください。僕は薬師でもあるので、腕によりをかけて調剤しますよ」
マルクスさんはそう言ってにっこりと笑った。いつも笑顔なのか目が細くて、いつも閉じているようにも見える。
薬師とかすごい人なんだなと思っていると、ラズロウさんが笑いをこらえるように付け加えた。
「マルクスは腕は悪くないんだが、素材に目がない困った悪癖があってな。そのうちお嬢ちゃんの髪を一本くれとか言ってくるから気を付けろよ?」
「言いませんよそんなこと?!」
この二人はだいぶ仲が良さそうだと、微笑ましく見てたらマルクスさんがぶつぶつ「もう人の髪の毛は持ってますから」と言った。
あ、もうあるから要らないだけなのか。
たまらずラズロウさんが噴き出した。
◇◇◇◇◇
翌朝、人の動く気配で目を覚ますとまだ日の出前だった。
怪我のせいか、気になることが色々あったのに床に入るなりすぐ眠ってしまっていたみたい。
今朝は少し気温が下がっているけど、数人がもう動き始めている。
何か手伝わないと。
「皆さんおはようございます、何から手伝ったらいいですか?」
「おう、おはようシロクロ。まだ寝てるメンバーもいるから大声出さないでいいぞ。身体の具合はどうだ?」
挨拶すると荷運び人夫のフレイさんが答えてくれた。
フレイさんは筋骨逞しい日焼けしたお兄さんで、亜人種との混血らしい。
牙とかあるのが特徴的だ。
「おかげさまで、もう大丈夫です」
「こっちは良いから、ダルさんのとこで聞いてみな。お前は小さいから重い物が持てるようには見えん」
ダルさんの方に行くと食材を出して調理の準備中だった。
乾燥したキノコや萎びた野菜、骨付き生肉といったものと乾燥して白い粉が吹いたパン皿が出されている。
「おはようございますダルさん。今日は何を作りますか」
「やぁおはようシロクロ。旅の間は大体同じ物さ。スープとこの肉を焼いて出す」
「じゃあお野菜切りましょうか」
そういうとダルさんは動きを止めて、私をじっと見た。
「ダルさん? どうしました?」
「シロクロちゃん。まさかと思うが、君は料理が出来るのかい……?」
子供だから出来ないと思われているんだろう。たしかに今生においてはアレだが、前世では結構自炊していたのだ。
そして今の私には前世にない面白い知識と技術がある。魔法だ。
この世界の食材には多少不安があるけれど、やってやれない事はない。
「材料にもよりますが、ある程度でしたら出来ますよ」
そういうとダルさんは深刻そうな表情で私に顔を寄せ、かがんで目線を合わせてきた。
「シロクロちゃん。良ければ僕に君の料理を教えてくれないか。全てじゃなくてもいい。情報料はちゃんと出す」
「そのくらいなら別に情報料なんていいですけど、じゃあここに出てる物を使って一緒に料理をする、という事で良いですか」
昨夜頂いた料理は単に塩水で煮た野菜と塩振って焼いただけの肉だった。少しは香草が使われていたかも知れない。
私はまず萎びたトマトをいくつか取って、生活魔法の一つ、〈乾燥〉を使った。
ドライトマトにしてから刻んで使おう。
「乾いて萎んだけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。お肉、下処理しましょうか」
下処理のやり方をダルさんに説明するとすごく熱心に聞いてくれ、ほとんどの工程をこなしてくれた。
一つ気になったのは、包丁の切れ味がやけに悪いという点だ。
ダルさんは気にならないんだろうか。でも今回は挽肉っぽくしたいので包丁に〈鋭い刃〉の魔法をかけて切れ味を増したら、ダルさんがすごく有難がってくれた。
うん、あとで研いでおこう。
乾燥トマトと茸、そしてお肉から出汁を取って塩とハーブで味を調整する。沸騰させないで灰汁を丁寧に取るのがコツだ。
味見するとダルさんがすごく驚いたような、それこそ愕然と言った表情で小皿を見つめていた。
「なん……なんでこんな……まだ塩以外の味付けなんてしてないのに……」
「今回はちょっと魔法で横着しましたけど、ダルさんも作れますよ。今回やってみて流れは掴んだと思うので、次回は魔法を使わないやり方にしてみましょうか」
有り合わせにしてはそこそこ上手く合わせ出汁が取れた、と思う。
お出汁、美味しいよね。
あとは水だなぁ。軟水が懐かしいよ。
◇◇◇◇◇
食事は交替制で摂るので、私は後で摂らせてもらう事にして砥石を貸してもらった。
包丁の切れ味が酷すぎたからだ。
また作業しながら考えたい事もあった。
前世を思い出してからずっと私の中にある違和感。
気のせいじゃなければ、今まで不活性状態だった特殊能力が使えるようになっている。
ただ、それがどんな能力なのかはまだ不明瞭だ。
よく自分の内面に意識を向けて、〈鑑定〉魔法を使わないとはっきりとは解らないだろう。
水で砥石を濡らし、包丁の刃を陽の光で透かしてみる。
なかなかの刃こぼれが幾つもあって、刃自体も全体的に丸くなっていた。刃こぼれが逆にエッジが効いて切れていたまである。
まず最初に刃こぼれがなくなるまで刃を潰し、角度を決めて、刃を新しくつけるように研ぎ始めた。
砥石と金属の粉が泥状になるにしたがって、じゃっじゃっという音に変化していく。
「何の音かと思ったら、包丁を手入れしていたのか」
殻を閉じるように自分の内面に意識を向けていたから、話しかけられてびくっとしてしまった。
顔を上げると、淡く光り輝く鉄の鎧を着た青年が近くで私を見ている。
「君がシロクロだね? 俺は傭兵のベルナール」
ベルナールさんはそう言ってさわやかに笑うと「少し作業を見ていていい?」といって私が包丁を研ぐのをじっと見ていた。
時間にして10分くらいだろうか。右を研ぎ、左を研ぎを繰り返し、たまに洗浄して刃を陽に透かして確認する。
「ずいぶん丁寧な作業をするんだね」
「ちゃんと手入れすれば、道具は応えてくれますから」
そう言うと、ベルナールさんは「道具が応えてくれる、か。うん、それはとても良いね」と笑った。
すると分厚い布鎧に鍔の広い三角帽のお姉さんがやって来た。
ベルナールさんを呼びに来たようだ。
「ベルナールー? 寝とかないと夜に眠くなっちゃうよー。あれ? 誰その子?」
ウィッチハットだ。前世の記憶があの鍔広三角帽子が、大きいウィッチハットだと教えてくれる。
杖というには妙にゴツい八角棒には装飾らしいものが一切なく、代わりにそれを持つ腕に細くて白い蛇が絡みついていた。
使い魔らしいその蛇は、私をじっと見つめて舌をちろちろと素早く出し入れしたと思ったら、お姉さんの外套の中にするすると移動していった。
くすぐったい素振りも見せないこの女性は、魔法使いなんじゃないだろうか。
「昨日からお世話になっています、シロクロです」
私が少し慌てて自己紹介すると、ふっと優しそうな笑みを浮かべて答えてくれた。
「きみが川で保護された子ねー。うちはファルナ、ベルナールと同じ傭兵よ。きみはどこから来て、どこに行くつもり?」
ファルナさんは優しいお姉さんという感じの線の細い女性で、長い髪と肌が旅暮らしですごく荒れているように見えた。
多分ちゃんと手入れしていれば相当可愛らしい人のはずだ。
なんて答えたら良いんだろう?
あとなんでそんな聞き方?
「えーっと、山で崖から落ちてしまって、気が付いたら助けられてました。今のところ行くアテはないですね」
よく考えたら私現在位置もよくわかってなかったわ。
ずっと訓練場にいたから、国の名前は知ってるけど、今いる所がどの国かは知らないし。
「うちは故郷を探して旅をしてるの。故郷の村は広ーい畑が広がっていたことと名前も無い神様が祀られていた事しかわからないけど、シロクロちゃんが山にいたなら、平地の村は知らないかな」
「お師匠様がいた山以外は知らないので、ごめんなさい」
それで「どこから来てどこに行く」なのか。
「ごめんね、初めて会った人には聞くことにしてるだけだから、謝らなくていいよ。うちとベルナールは昨夜夜番だったから、もう休ませてもらうね」
そういうとファルナさんはベルナールさんを引っ張るようにして馬車の方に行ってしまった。
そこで荷運び人夫のフレイさんが私を呼びに来てくれたので、私も朝食にしよう。
◇◇◇◇◇
朝食はなかなか好評で、私と同じタイミングで食べ始めた人が驚いている声がちらほら耳に入って来た。
「今日の飯は珍しくいつもと違うと思ったら、ダルさん急に腕を上げたな!」
「いやぁホントに美味いな。しょっぱさが柔らかくて、なんていうのかねぇこういうの」
「肉は妙に小さいが、量が多いから物足りなさは感じないぜ。お嬢ちゃんが言ってたみたいに刻んだチーズを入れたら食べ応えも十分だ」
ダルさんは嬉しそうにしながらも「今日の料理はシロクロちゃんに教えて貰ったんだよ。あんな小さな子がもうレシピを知ってるんだ、凄いよな」とちゃんと明かしていた。
胃袋を掴めたら少しは認めてもらえるかな。
でも料理担当のダルさんにしっかり覚えてもらわないと。私もダルさんの料理を教えて貰おうかな。
「お嬢ちゃん料理上手なんだなぁ、いい嫁さんになるぞ」
「そこでうちの息子の嫁になって貰えないかな、器量良しで料理上手で働き者なんて、誰もが羨むぞ」
「ばかゴーリー、もうお前の息子にゃ勿体無いっつの」
褒められて嬉しいけど、子供に嫁がどうとかってさすがに早いんじゃないかな。




