1,狩猟訓練の獲物役になりました。実質死刑ですよねソレ
とうとうこの日が来てしまった。
私達は鉄製の檻に入れられ、訓練場の広場で晒しものにされている。
「ではこれより狩猟訓練を行う。我が訓練場の落伍者が逃げ出してから十分が経過したら狩猟を開始する。獲物は狩った者が好きにして良い。獲物達には装備が与えられるが、それも好きにしていいぞ」
今回の獲物は私を含めて五名。私は中でも最も若く、身体も小さい。
名も知らぬ者同士だけど「これから狩られる側」なのだという妙な連帯感があった。
教官が私達、落伍者という獲物に小さな布製かばんと使い古されたボロボロの武器を支給し始める。
檻の隙間から投げ入れられる装備品は適当な廃棄予定の物を詰めたんだろう、それぞれ違っていた。私は刃こぼれと錆が酷い剣。隣の檻の痩せたビーストフォークの男の人は粗末な造りのやや短い杖だ。
「あの、そこの人。その杖と私の剣を交換しませんか?」
「お前さんにゃその剣はデカ過ぎるな。いいぜ。俺もこんな細い棒っきれじゃ何も出来ん」
ゴネられなくて良かった。お互いの武器を交換すると、少しだけ緊張が解れた。落ちこぼれ同士ならまだ話が通じる。
私がほっとしていると、交換に応じてくれたビーストフォークの人もお礼を言ってくれた。
「お前さんみたいな小さな子供が落ちこぼれ扱いとは、酷い話だ。見た感じ普通の人間ということは魔法かそれに似た能力持ちなのか? 今何歳だ」
「今八歳です。私、内包魔力は多いんですけど、簡単な魔法しかまともに使えなくて」
「若いんだから伸びしろがあるだろうに、お前さんの同期は優秀なのが多いのか?」
私が答えようとしたタイミングで私達の檻は大掛かりなクレーンで吊り上げられ、訓練場の外に移動させられた。
振り返ると訓練場の高い塔と物見櫓から、私達を監視する幾つもの顔が覗いている。
獲物がどこに逃げるのかを見ているのだ。
「お嬢ちゃんどうする、俺と一緒に逃げるか?」
ビーストフォークの人が誘ってくれたけれど、断った。
「二人でいたら目立ちますし、足を引っ張りたくないので。誘ってくれてありがとう。どうかご無事で」
「……そうか。お互い生きてまた会えるといいな」
ビーストフォークの人は目を細めて眉根を寄せた。
私達がまず逃げ切れないのはお互いに分かっている。
これ以上役立たずと思われたくなかったし、役に立てないならせめて邪魔になりたくなかった。
可能性が低くても、お互いが逃げ切れるようにと願わずにはいられない。
檻が開けられると私達は目の前の森に必死に走り込んで、逃走が始まった。
物陰で少しだけ荷物を確認する。
布製かばんにはカビの生えたパン、空の水袋、古い麻のロープが数メートル、大きくて重い革袋、色のついた石が入っていた。
そして先ほど交換してもらった私の身長と同じくらいの木の丸棒。私はこれだけで、何人もいる狩人達から逃げきらなければならないのだ。
(わかっていたけど、ほとんど使い物にならないな……)
期待はなかったけれど、確認した事で余計に気落ちしてしまった。
気を取り直して他の人に遅れながらも、これまで野外訓練で走り回った森の中を走り始める。
自分が狩られる側になったことで、酷く嫌な感じが胸に去来した。
逃げても多勢に無勢でまず間違いなく殺されてしまうのだと思うと、足が萎えそうになる。
(逃げ切れる可能性は低くてもゼロじゃない。少しでも距離を開けないと)
委縮する心を自己欺瞞で奮い立たせ、必死に足を動かした。
◇◇◇◇◇
訓練場で生まれ育った私達はみんな、魔法と錬金術で作られた存在だ。
産まれた時から何らかの特殊能力を持っていて、兵器として売る為に訓練される。
私の特殊能力は他人よりも身体の中にある魔力、内包魔力が異常に多いというものだ。
一見超便利そうなこの能力は、魔法を使える回数が多くなるが、その威力や腕前には関係なかった。
結果として私はしょぼい魔法をいくらでも使えるという、非常に微妙な評価を頂き、今日「商品」から「獲物」になった。
落ちこぼれの数が揃うと、今回のように狩猟訓練と称して処刑される。
捕まって殺される事もあれば、玩具のように扱われる事もある。
ある程度移動したところで荷物に紛れていた「色のついた石」を、地面に口を開けたほぼ垂直な自然洞窟の中に投げ込んだ。
この小さな石は、狩人達が獲物の位置を確認するのに使う目印となる。
荷物を確認していない人は、まだこの石と一緒に動き、隠れているかもしれない。
みんなも早く気が付いたら良いけれど。
森の中の斜面を登っていった先に清流があるのを覚えていたので、最初にそこを目指そう。食料はなくても、水がなければ死んじゃうから。
また、いくつかある水場にはきっと追手が待ち伏せを仕掛けるだろうから、水を早めに確保しておきたい。
息を切らせて清流に近づく。
茂みの蔭からいくつかの捜索系魔法を使ったが、まだ待ち伏せはされていないみたいだった。
警戒しながら水袋に水を詰め、いっぱいにしてその場を離れる。川は遮蔽が少ないので、危険がいっぱいだ。
川辺の岩場の影に巨大吸血羽虫が何匹か休んでいるのが見える。
巨大吸血羽虫は30センチくらいの体長で、長い口吻と大顎に蝙蝠のような翼を持った害獣だ。
パッと見、カゲロウや蚊のように見えるので ”羽虫” と呼ばれているが、実際は哺乳類の方が近い生き物らしい。
デカくてキモい。
私も以前この辺りで遭遇したことがあったし、訓練場の資料室で調べた事もある。
吸血羽虫は血の匂いに引き寄せられる習性があるので、出血したらここら辺はきっと危険になるだろう。
水の確保を終えるとそっとその場を離れ、訓練場を背にして移動を始めた。
肩越しに見ると遠くの空に誰かが飛んでいる。空から獲物を探しているんだ。
ほどなく山を越えて斜面を下り始めると、遠くの草原で誰かが戦っているのが見えた。
騎馬か半人半馬の狩人が哀れな獲物をいたぶるように攻撃している。
もし見つかったら私もあんな風に殺されてしまうんだろうか。
森を進みながらも、茂みや木に不用意に近づかないように注意していると、後方から大きな悪態が聞こえてきた。
「うおっ、んだよコイツ! 痛ってぇ、咬んでんじゃねぇよ!」
声の方で地面を強く踏む音がした。
茂みに隠れていた虫にでも咬まれたのだろう。声が近い。あの狩人は私を補足して追って来たのかも知れなかった。
狩人の移動速度が思っていたよりも速いので、私はサッと周りを確認して、崖になっている岩場に向かった。
飛び降りることが出来そうな所があればと思っての事だったけど、焦って急な動きになった為に見つかってしまった。
「獲物はっけぇーん。元気にしてたかー? ほんじゃ死ねオラぁッ!」
うわやばっ?!
何をされたか見ることなく、私は前方に転がるように飛ぶ。
投げ槍が右肩を掠めて飛んで行き、その衝撃だけで私の身体は思わぬ方向に吹っ飛んだ。
身を起こすと、頭から角を生やした青い肌の男が次の槍を取り出すところだった。
鬼人族のような角と盛り上がった筋肉から、近接戦闘が得意なタイプなんだろう。
投げ槍を使ったという事は魔法や弓は苦手なのかも知れない。
既に追いつかれている以上、逃げたところで容易に追いつかれてしまう事は間違いないだろう。
決死の覚悟で杖を両手で構えた。
……とことんまで抵抗してやる! 絶対諦めない!!
投げ槍が掠めた肩から曲げた肘に血が伝い、ぽたぽたと地面に落ちる。
鬼人族は獰猛な笑みを浮かべながら間合いを詰め、槍を突き出してきた。
私は身体を横に逃がす様に動きながら、槍を渾身の力で弾くことで何とか直撃だけは避ける。
しかし槍の衝撃を殺しきれずに、私の身体は軽々と吹っ飛ばされてしまった。
「わぁッ?!」
「?! しまった!」
私は放物線を描いて崖から投げ出され、悲鳴を上げながら落下した。
落下する感覚に既視感のある濃厚な死の気配が漂う。
湧き上がる焦燥と恐怖を、歯を食いしばって抑え込み、落下速度軽減の魔法を使おうとした瞬間、頭に何かぶつかった衝撃で意識を失った。
◇◇◇◇◇
——屋上から見える夜景は涙でぼやけてくれたおかげで鋭さを鈍らせていた。
今の私に街の灯りは強くて、眩しすぎる。
この景色。冷たい雨。高速道路を流れる車のライト。
見覚えがあった。
真っ暗よりも少し明るい曇り空。
私の足元よりもずっと下の海から騒がしい波の音が耳を打つ。
今日食べた赤魚の煮付け、美味しかったなぁ。
最後の食事が美味しかったのが私の心を軽くしていた。
うん。思い出した。
この『最後の食事』はあまりにも美味しくて。
自身の無力を嘆いてこの世から退場を決めた私の未練を良い具合に無くしてくれた。
最後と決めた食事の美味しさは、私の決断を肯定してくれたような安心感があったんだ。
他人には受け入れられなかった私を、世界は肯定してくれた。
そう思うと私は軽やかに一歩を踏み出せたのだった。
目を瞑って浮遊感を――浮遊感? 違う。私は槍を上手く受け流せなくて崖から落ちたんだ。
急いで落下速度軽減の魔法を使わないと!
「ふいーふぉーぅ……ッ?!」
なんでか口が上手く回らない!?
膨れ上がる焦りと恐怖。
だ、ダメだ、死んじゃう……!
身体がビクンと跳ねて、意識が急浮上する。
目に映るのは知らない人達と川辺を背景とした焚火だった。
「目が覚めたか? だいぶうなされてたが大丈夫か」
一番近い位置の白髪交じりのおじさんが心配そうな顔を向けた。
……誰?
そう思った瞬間、私は右肩と頭の痛みで身体を丸めてしまった。
「あー、大丈夫じゃなさそうだな。とりあえず毛布で体を隠せ。まだしばらく寝てろ」
言われて気が付いたけど、私は全裸に毛布を掛けられ、火にほど近い位置に寝かされていた。
頭を抱えるようにして周りを見ると、私の服と荷物が火の回りで干されていた。
血が私の服を汚して、赤黒く染みている。
そうだ。切り裂かれた肩から結構血が出てたっけ。
ていうか私、屋上から飛び降りて死んだはずなのに、なんでこんな事になってるの……?
あの世ってこんなとは思えないんだけど。
右肩のずきずきとした痛みが、夢や幻ではない現実を突き付けてくる。
頭の中で日本の記憶と、シロクロとして生きてきた八年分の記憶がごちゃ混ぜになっている。
頭の中で何かが強制的に整理されていく反動が、この酷い頭痛のようだった。
崖から落ちたあの浮遊感が、前世で落ちた時の記憶を引きずり出したのかもしれない。
そしてそれと共に何か……なんだろうコレ?
内包魔力の流れが整理されたような、胎内で滞っていた何かが流れ始めたみたいなぼんやりした感覚がある。
いったんそれは置いといて、お礼は言っておかなくちゃ。
「おじさんが助けてくれたんですか? ありがとうございます」
「お前さんの服が乾いたら起こしてやる。怪我人なんだから寝てろ。……水はいるか? 腹は減ってないか?」
「ありがとう、ございます。……水を少しだけ、頂けますか」
おじさんは水袋から木のコップに水を注いで、私の方に差し出してくれた。
胸元を隠しながらコップを受け取ると、少しだけコップのぬめりが気になった。
サッと〈洗浄〉魔法を使ってから水に口を付けると、ぬるい水が身体に染みわたるのが感じられて、少し頭痛が和らいだ。
コップを返却すると、おじさんとその向こうの人達はみんな驚いたように私に注目していた。
よく見ると焚火を囲むように数人が座っている。
そのうちの何人かは背を向けて周りを見ているけれど、その他の人は私に注目していた。
「え……? な、なんですか?」
「お嬢ちゃん、魔法が使えるのか? その歳で大したもんだなぁ。何歳だ?」
「あ、八歳です」
「そうかそうか。たまたま見つけて助けちまったから次の町までは送ってやるが、その間働いてもらうぞ」
「ありがとうございます、よろしくお願いします。がんばりますね」
おじさんは眉を上げて意外そうな表情をすると、何かぶつぶつ言いながら頭を掻いて言った。
「(子供の割に妙な落ち着きだな……)まぁ怪我を治すためだ。もう少し寝ろ」
時間と共に眠気がのしかかってくる。
自分で思っているより血を流してしまったのかも知れなかった。
眠りに沈むように私は意識を手放した。
◇◇◇◇◇
「服が乾いたぞ、起きろ」
「んぁ? あ、おはようございます」
身体を揺すられて目を覚ますと、おじさんが私の着ていた服を持ってきてくれた。
頭から被るだけの粗末なワンピースは、血と汚れがこびりついていたけれど、乾いてはいる。
もそもそ服を着ると、肩には止血帯なんだか包帯なんだかよくわからない布が巻かれていた。
〈洗浄〉で傷口を綺麗にしてから、〈治癒〉魔法で塞ぐ。
「傷ついた身に聖なる御力による癒しを」
包帯と服に〈洗浄〉を掛けて起き上がると、おじさんが信じられないような顔で私を見ていた。
「今何回魔法を使ったんだ? そんなことして大丈夫なのか?」
……?
今まで訓練場で兵器として育てられてきたから気が付かなかったけど、ひょっとして「普通の人」は思っていた以上に内包魔力が少ない?
「えっとあの、私、他人よりちょっと内包魔力が多いみたいで、生活魔法だったら結構使えるんですよー」
そういう事にしておこう。治癒魔法は生活魔法じゃないけど。
そしてよく考えたら、今まで「傷口を洗浄」するという発想はなかった。
前世の日本人としての感覚を思い出したからか、無意識にやってしまった事だった。
ちょっと「普通の人」とどのくらいの差があるのか見極めていかないと。
訓練場では魔法が得意な人がそれなりにいたけど、苦手な人は全然魔法を使えなかったっけ。
内包魔力を使い過ぎると体調が悪くなるから「普通の人」はあまり何度も使わないのかも知れない。
さっき目が覚めた時は気が付かなかったけど、おじさん達は二台の馬車と馬を何頭も連れていて、川沿いで休憩していた。
もう日が傾き始めていて、周りの人達は鉄板で何か焼いたり、鍋で何か作ったりしている。
おじさんに連れられて皆さんに挨拶しに行くと、もう起き上がって平気なのかとか、怪我は痛まないかと心配されてしまった。
何か手伝えることがないか聞くと、おじさん達は口を揃えて「怪我人なんだから、今日くらいは休んでな。明日からこき使ってやるからよ」と、笑った。
ほどなくして交代で夕食を取ることになり、私にも振舞って貰えた。
私は食べる前に立ったまま自己紹介をした。
「皆さん、見ず知らずの私を助けてくれてありがとうございます。まだちゃんと名乗っていなかったので、自己紹介させてください」
「そういやあまだ名前も聞いてなかったな! お嬢ちゃんで特に不便が無かったからよぉ」
座が笑いに包まれる。
私も釣られて口角が上がる。
「私の名前はシロクロと言います。崖から落ちて、次に気が付いたら皆さんに助けられていました。見習い魔法使いだったんですが、落ちこぼれてしまって、今はただのシロクロです。しばらくの間ご厄介になりますが、一生懸命働きますので、よろしくお願いします」
私がそう言って頭を下げるとみんなが一斉に話し始める。
「なんだか妙にお上品なのは、魔法使いに育てられたからかぁ」
「シロクロねぇ? たしかに綺麗に白黒分かれた髪だが、犬猫みたいな名付け方だな」
「シロクロって『名前』なのか? とても人の名前には聞こえねぇな」
「長くて綺麗な髪じゃねえの。器量良しだから、うちの息子の嫁になってくれないかな。働き者で気が利きそうだ」
「生活魔法が使えるなら、街で働けそうだな!」
流石に全部は聞き取れなかったので、曖昧に笑ってから「皆さんの名前はまた聞かせてください。きっと一度に覚えられないので、何度も聞くと思います。気を悪くしないで下さいね」といって夕食を頂いた。
石みたいに堅いパンのお皿に塩で焼いた肉、なんか野菜が入ったとろみのあるスープが盛られていて、美味しいものではなかったはずなのに、感動して涙がいっぱい出た。
そもそもまともな食事にありつけるのはどのくらいぶりだろう。
食べ始めてすぐに泣き始めたから、みんながおろおろしてる。早く泣き止まないと。
料理をよそってくれたスキンヘッドの人が心配そうに声を掛けてくれた。
「そ、そんなにマズかったか……?」
「ちが、違うんです。暖かい食事、ひっ久しぶりで……ごめんなさい、美味しいです」
私がそう答えると、周りの人が思い思いに話し始めた。
「メシもまともに食わせてもらってなかったのか? 魔法使いって、そうなのか?」
「聞いた事があるぞ。魔法使いのほとんどは周りの事を気に掛けるような事がないって」
「まともじゃないっていうな、そういやあ」
「お嬢ちゃん食い方わかるか? 皿のパンを少しずつ割って、スープに漬けてふやかして食うんだぞ?」
ちょっと待って魔法使いの評判酷くない?
私が魔法実験と錬金術で造られたって言ったら、とんでもない事になるかも。
私の顔を見た人が慌てて言い足した。
「お嬢ちゃんのは魔法って言っても生活魔法だろ? 生活魔法は庶民の味方だからな。悪い奴には見えないから安心してくれな?」
生活魔法は庶民の味方。初めて聞いた。
言われてみれば『生活』と『庶民』なら、シンパシーがあるのかも。
そう思ったら、涙が引っ込んで、笑ってしまった。




