10,売れないもの
ヨハンナさんが色々な料理を持ってきてくれたので、少し遅い昼食になってしまった。
そうは言ってもまだ小さい私では到底食べきれない量なので、サイラスさんとゴーリーさん、ヴィクトリアさん、ファルナさんにも手伝ってもらっていると、騎士団訓練所からフレイさんとユーノくんが帰って来て、同時にマルクスさんとバスキアさんが公衆浴場から帰ってきた。
珍しく胡椒がふんだんに使われた山鳥のソテーにユーノくんが目を輝かせる。
「うぅわ、贅沢してらぁ。ずいぶん奮発してるじゃないっスかハルザーンさん」
ゴーリーさんが「お前らも食うか? シロクロにお礼を言ってからなら食っていいぞ」というと視線が私に集まった。
「あ、一人で食べきれないので、皆さんも良ければどうぞ」
私がそう促すとサイラスさんがソテー(と言いながらほとんど丸焼きに近いからこれはローストなのでは)された山鳥を切り分けた。
一つのテーブルに全員で座れないから、隣のテーブルも使い始める。
バスキアさんが飲み物を注文して、説明を求めて来た。そりゃそうだ。
「シロクロ、これはいったい何があった?」
「さっき作った香り付き石鹸をヨハンナさんにも渡したんです。感想を聞かせてくださいねって。そしたら思ったより喜ばれて、これらの料理をヨハンナさんにご馳走になってるんです」
「委細承知した。でかしたなシロクロ。厚意に甘えさせてもらうぞ」
他の人も口々に私にお礼を言ってから食べ始める。
私はちょっと胡椒が強くて「からい」と思ってしまったけれど、みんなは美味しそうに食べている。
そういや以前ゴーリーさんも言ってたっけ。高価なスパイスだが、うまく使った料理を見た事がないって。
食事をしながら、マルクスさんとバスキアさんに石鹸の使い心地や周りの目について聞いておいた。
「私は今回花の香りがする奴を使ったんですが、なかなか良いですねこれ。簡単に泡立ってすぐ使えるのと、思ったほど強く匂いが残らないので、気分が良くなります」
「だいぶ注目を浴びたな。髪も洗ったが、軋みは解決できなかったか。あと気が付いたんだが、風呂屋の湯だと石鹸カスがより多く出るようだ。風呂屋の湯に何か混じっているのか?」
「それは水が違うからですね。山の神様が持たせた地の精霊力が石鹸と反応してるんです。そういえばベルナールさんも一緒に行ったんじゃありませんでしたっけ?」
「あいつは寄るところがあると言って、帰りには別行動になった」
別行動ねぇ。そういえば町に来てからあんまりダルさんを見てない気がする。
「別行動って言えば、ダルさんとあまり顔を合わせないんですけど、ダルさんは?」
誰とは無しに聞くとサイラスさんが答えてくれた。
「ダルは町に来ると大体ずっと市場や農業ギルドに行ってるな」
「市場は何となくわかりますけど、農業ギルドですか?」
「農家からは農作物、酪農家からはミルクやチーズ、そして肉が卸されるからな。農業ギルドで変わった物が新しく作られたりしてないか調べてるんだ」
すごい研究熱心なんだなと感心していたら、ゴーリーさんが補足するように言った。
「みんな知ってることだからシロクロにも話しておこう。ダルの実家は商家だったんだが、あいつぁ料理人になりたがってた。家族とも話したらしいが、親の賛同は得られなかった。だからダルは家を出て料理人を何人も訪ねて回ったんだが、ついに弟子入りは叶わなかったんだ」
ゴーリーさんが息を継ぐタイミングでサイラスさんが言葉を引き継ぐ。
「弟子ってのは、ただ技を教えるだけじゃねぇ。住む場所も飯も、場合によっちゃ着るもんまで親方が見る。店の金や材料にも近づけるし、客の前にも出す。身元の分からん奴をほいほい入れられるわけがねぇんだ。まして親が反対してるとなりゃ、なおさらだ。あとから『うちの息子をそそのかした』なんて言われちゃ親方もたまらねぇ」
「だがサイラスは路頭に迷いかけてたダルを見つけるとキャラバンに引き込んだ。俺達は行商人だから、金品と一緒に移動しているにもかかわらずだ。俺ぁ冗談もほどほどにしろと言ったんだが、聞きゃあしねえんだコイツ」
「あん時、ダルは自分で作った料理を露店で売っててな。大声で客引きするんだが、何故か見向きもされてなかった。不思議に思って見に行くと、ある程度しっかりした見た目で、味も悪くなかったんだ。だが俺が驚いたのは、奴の計算能力の方だった。計算できない奴がやってる露店だと、値段が適当だったりお釣りが出るような払い方を断ったりするだろう? あいつは計算も早く、在庫も管理しているみたいだったからな。『使える』と思ったのさ」
話を聞きながら、改めて教育の大事さを思い知る。私は前世の知識があるから計算も暗算も出来るけど、計算が出来るだけでも普通からは少し外れてしまうんだ。
興味深く話を聞いていると、ダルさんが何やらいろいろ買いこんで帰ってきた。
「お、なんだい良い匂いさせて。って胡椒料理じゃないか、どうしたのコレ?!」
驚くダルさんを山鳥のソテーが残っている内に遅い昼食に誘ってみた。って言うか胡椒料理っていう言い回しになるんだ。
「ダルさんも一切れいかがです?」
「いいの?! これ凄く高い奴だろう?」
サイラスさんもダルさんを引き込もうと「シロクロが言ってるんだからお前も食え。どうしてこうなったか聞かせてやるから」と言ってくれた。
私が差し出したお皿を受け取りいろんな角度から眺めるダルさん。
お皿の裏には何もないですよ?
そして緊張した面持ちで一口食べたダルさんは眉根を寄せながら、だいぶ長いこと咀嚼していた。
きっと食べながら情報収集しているんだと思う。
サイラスさんがかいつまんで事情を説明してくれているけれど、耳に入っているんだかどうなんだか。
私はお腹がいっぱいになったのでファルナさんとお風呂に入りに行こう。
「じゃあファルナさん、私達もそろそろお風呂行きましょうか」
するとヴィクトリアさんも一緒に行くと言い出した。
「お風呂屋さんの近くにイイ感じの櫛を売ってるとこがあったから、見に行ってみようよ」
そういえば櫛を買いに行ったはずなのに、デュランさんと遭遇して帰ってきちゃったから、結局まだ買えてないんだった。
三人でお風呂屋さんの近くでやっていたという露店に行くと、痩せ型で身長の低い男性が商品を片付けている最中だった。
ヴィクトリアさんが「待ってー」と声を掛けると、男性が振り向く。耳が長く、先が尖っていた。エルフだ。
エルフは小柄で身長は135~165㎝、体重は45~60kgほどの華奢で色白な長命種だ。詩、踊り、歌、伝承、そして魔法の技でよく知られている。
「お客さんかい? 売れないから今日はもう帰ろうと思っていたところだ」
まだ並んでいる木の櫛は、綺麗に磨かれて艶を放っている。陽光が反射してきらりと光った。
櫛以外にも木製のお皿や髪飾り、大小さまざまな箱といったものも扱っているようだ。
エルフのご店主は片付けようとしていた商品を改めて並べて見せてくれ、ヴィクトリアさんは花のガラス飾りがあしらわれた綺麗な櫛や木彫りの彫刻が見事な櫛を見て感嘆の声を漏らした。
ファルナさんもいろいろと手に取って飾りや造りを見比べ始めた。
私はその中でも装飾は最低限だけれど、木目が詰まった、特に艶やかな櫛を手に取った。
〈鑑定〉を使うとこの辺りの木の中でも特に成長が遅く、硬い斧折樺が使われており、丁寧に精製されたゆず油を使って作られた逸品という事だった。
精製された油!?
私はこの小さな櫛に掛けられたとんでもない手間と技術に驚いた。
他の品も同様に作られていて、香りがほんの少しだけ違う。
〈鑑定〉してみると、こちらは精製されたオリーブオイルが使われている。
椿油に漬けこんだ櫛というのは現代日本でも高級品だったが、この世界でも同じような技術があるみたいだった。
ヴィクトリアさんとファルナさんにこの櫛の凄さを知ってもらいたい。私の手持ちのお金でも手の届かない額じゃない。
こんなに安くて大丈夫なんだろうかと心配になる。
「ヴィクトリアさん、ファルナさん。この櫛、凄いですよ」
私がそう言って二人にこの櫛を見せると、「ちょっと地味過ぎやしない?」という反応だった。
◇◇◇◇◇
エルフの木工職人であるオーリックは職人の子として生まれて修行をしてきたが、異端として他のエルフたちから距離を置かれていた。
オーリックは木工職人としての腕は悪くないのだが、華美な装飾が苦手だった。
エルフたちの間に伝わる伝統的な装飾や意匠に意味を見出せなかったのだ。
もちろん苦手と言っても作れない訳ではない。そういうエルフの美的センスというものをオーリックは持っていなかった。
地味で武骨なものばかり作るオーリックの作品は確かに使い易い。細部までこだわりを持って作られた品はどれも良いものだ。
しかし仲間のエルフたちは華美な装飾や派手な美しさを持つものを好み、オーリックを「美しい物を作れない半端職人」として扱っていた。
オーリックは居心地の悪いエルフの里を去り、人の町に行って作品を売る事に決めた。
ケルノーの町は背後に高い火山、火山から赤川が流れる交易の盛んな町で、周りの村には広くて多くの畑や草地が広がるところだった。
近隣の色んな種族が商売に集まったこの町なら、オーリックの作品を買ってくれる人もたくさんいるだろう。
商業ギルドの木工職人ギルドに登録し、ギルドホールの工房の一角を間借りして商品を作り、売り始めた。
ギルドホールの売店に少し並べさせて貰えたが、自分でも一時露店の権利を購入して町中で露店を開いたりもする。
ギルドの会費、一時露店の代金、材料費、生活費などが掛かるのだから、多少売れるくらいでは生活が立ち行かぬ。
木工品、その中でもオーリックの得意な実用品というのは実のところ思っていたほど売れなかった。
売れるのは派手に色付けしたり、少々奇抜でも大きな装飾ありきで作った物ばかりで、オーリック本来の持ち味を活かしたものではない。
それでもオーリックは少しでも耐久性を求め、加工や仕上げに力を尽くした。
自分の作品が簡単に壊れたりしては職人の名折れだからだ。
少しすると徐々に実用品も売れ始めたが、その先にはオーリックが見落としていた罠が潜んでいた。
使い易く、耐久性のある実用品は好評だったが、その耐久性が故に売れ行きが頭打ちになってしまったのだ。
メンテナンスが必要な物なら、継続的にメンテナンス依頼を受ける事で持続性のある収入になるが、壊れなければ次が必要ないものはどうしようもなかった。
追われるように作品を作り、定期的に露店を開く毎日はオーリックの生活の全てとなった。
そんなある日、今日はもう売れそうな見込みがないと思って少し早めの店仕舞いをしようとしていた時である。
背の高い只人の女性に声を掛けられた。彼女は少し前に露店を眺めていたお客で、その時は何も買わなかったはずだ。
今回は鍔の広い三角帽を被った女性と、髪が真ん中で白と黒に綺麗に分かれた子供を連れて来ていた。いずれも只人で、子供だけが自分よりも背が低かった。
新しいお客を連れて来てくれたのなら文句はないので、オーリックは片付けを中断して彼女たちに好きなだけ商品を見て貰おうと思った。
元気の良い背の高い女性と三角帽の女性はやはり装飾の多いものやカラフルなものが気になるようだったが、白と黒の子供だけはずっと売れずに残っていた自信作の櫛をじっと見て、一つ一つを手に取っていた。見てくれは地味だが、かなりの手間をかけたそれらの櫛は、少しずつ価格を下げていたがこれ以上はもう売れないだろうと諦めていたものだ。
しかし子供はこういった。
「ヴィクトリアさん、ファルナさん。この櫛、凄いですよ」
こんな小さな子供に何が分かるものかと思っていたが、彼女は驚くべき早口でまくし立てた。
「内側に染み込ませた油が髪を保護してくれるんですよ。しかも櫛の間隔が狭いのに髪は通る滑らかさなので、余分な油分はこそぎ取ってくれるんです。木目に詰まった油脂を見てください、じっくりと漬けこまないとこうはならないんですよ! この細かい木目から厳しい環境でゆっくり育つ、身の締まった硬い木を使っているのが分かります。硬い木を丁寧に加工する職人さんの腕前、髪に引っかからないように丁寧に仕上げられた歯の均等な間隔。そして滑らかな仕上げ! しかもこっちの櫛とこっちの櫛は漬け込んだ油が変えてあるんです。これは髪質に合わせて変えているのもそうですが、髪に纏わせる香りを櫛によって変えられるって事なんです」
オーリックは驚いた。
こんな小さな子供がこだわった点をいくつも看破し、それを認めてくれる。
今までに感じた事のない嬉しさと喜びがオーリックの身体を駆け抜ける。
思わずオーリックはこちらもまた自分でも上出来だと思っていた手鏡を、この白と黒の子供に勧めていた。
「そちらの櫛を使う際にはこのような手鏡があると便利かもしれませんよ。こちらは磨き上げた鉄を枠にはめた物ですが、柄の部分に装飾として滑り止めを施し、髪油や水に濡れた手で触れても手に馴染むようにと考えています」
子供はだいぶ長く悩んだ末に、地味だがこだわって作った櫛を三つも買ってくれ、他の二人も装飾の強い櫛や髪飾りをいくつか買ってくれた。
たくさん買ってくれたから、手鏡はおまけでつけようとしたが、子供本人に断られてしまった。
「お気持ちだけ頂きます。その手鏡も良い品ですから、いつか買えるように楽しみにさせてください」
オーリックはこんな風にサービスを断られるとは思わなかったので、とても驚いた。
そして品物の価値に対して適正な対価を支払おうとする、この小さな女の子に尊敬の念さえ抱いたのである。




