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朝市で岩塩を手に入れた帰り道、ラズロウさんがお花を売っている女性に話しかけられた。
「そちらの狩人さん。お花を買ってくださらない? 剣士様もどうですか? たまには心と体を休められては?」
なんだろう、赤や黄色の綺麗な花を売ってるだけのはずなのに、微妙に違うものを売っているような気がする。
まぁそういう商売がある事は分かってますよ、前世の知識で知ってますから。
ラズロウさんは「今日は子連れなんでね。またにするよ。いつもこの辺に?」と断り……断ったんだよね? ベルナールさんも苦笑交じりに「仕事中だからね」と断ったのだけど。
私にはふわりと鼻腔をくすぐる花の香りが気になった。
「あの。私がお花を買っても良いですか?」
つい声を上げてしまった。
その場の大人全員が一瞬固まったような気がするが、花売りのお姉さんはニッコリ笑って籠からいくつもの花を選ばせてくれ、小さな花束を売ってくれた。
名前はわからないけど、いい香りで綺麗な花だ。
「今日の最初のお客様は、小さなお姫様だったかぁ。買ってくれてありがとうね。お花は好き?」
「はい。綺麗でいい香りで、お姉さんみたいですよね」
「あはッ♪ そこの色男たちよりずっとお上手だわ」
ちょっとした社交辞令を交えつつ、あくまでも子供として振舞っておいた。
花を売るお姉さんと手を振ってお別れすると、ラズロウさんがちょっと肩をゆすって笑っているようだった。
「なかなかいうじゃねえかシロクロ、今度使わせてもらうぜ」
ベルナールさんも「思わぬところで参考になりましたね」と苦笑気味だったけど、どうせあなたたちは普段からこういうこと言ってるんじゃないですか?
◇◇◇◇◇
ジョウゼンとアヤメの乗った馬車は道が見えなくなった泥道をゆっくり進んでいた。
轍があるから恐らく道なのだろうとは思うが、乾き切っていない泥が馬車の進みを遅くしていることは明白だ。
ジョウゼンが馬車の小窓から頭を出して、舌打ちをした。
「ッチ、なんだってこんな道を通らなくちゃならねぇんだ。他に道はねえのかよ」
「数日前にこの辺りに泥嵐が観測されたと聞いています。無理をしては馬車が壊れて歩くことになりますので、我慢なさってください」
冷静に返答するアヤメも気に入らなかったが、ジョウゼンは元来気の短い男だ。
槍を手にして御者台に大声を張り上げた。アヤメが突然の事にジョウゼンの顔を見つめる。
「御者! いったんここで馬車を止めろォ!」
ジョウゼンは槍を持って馬車を降りると、馬車の前まで来て進行方向に向かって槍を構えた。
「ジョウゼン様、一体何を」
ジョウゼンは槍の構えを解かずに「なぁに、ちっと試してみてぇことが出来てよ」と答えると、力強く一歩踏み込んだ。
次の瞬間ジョウゼンの身体は一瞬アヤメの目からブレたように映り、爆発したかのように泥が跳ね飛ばされた。
そして槍を突き出した姿勢のジョウゼンが数メートル前にいた。
ジョウゼンが最初にいた位置から今の位置の数メートル先までの柔らかい泥は吹き飛ばされ、下から踏み固められた街道が顔を覗かせている。
「御者ぁ! 泥をどかしてやるから俺について来い!」
大きな音に驚いた馬がいななき、御者の男も口を開けて驚いている。
アヤメも馬車の窓から顔を出して驚いていたが、その方向性は少し違っていた。
(今のは”戦技”? でもたったあれだけの距離の泥をどかしたくらいでは……やっぱりコイツ馬鹿なんじゃないかしら)
アヤメが驚き半分呆れ半分に思っていると、もう一度ジョウゼンは同じ戦技を使った。
それどころか連続で戦技を発動し、ある程度道を作ってしまった。
ハッと気を取り直した御者が慌ててジョウゼンの作った道に馬車を進め、馬と馬車の負担がだいぶ軽減されたが、ほどなくジョウゼンが道の真ん中で蹲ってしまった。
馬車はジョウゼンのすぐ後ろに追いつき、今度はアヤメが馬車から降りてきた。
「ジョウゼン様。無茶はおやめくださいませ。とはいえ、助かりましたわ。今日は夕食に私のお肉を差し上げましょう」
珍しくジョウゼンを労わるが、ジョウゼンは少し悔しそうだった。
「ホントは夜まで道を作ってやろうと思ったんだが……さすがに疲れちまってダメだったか。アヤメには俺の葉っぱをやるよ」
「夜まで戦技を使い続けられるわけないじゃないですか。あと適当な理由をつけて野菜を押し付けないで自分で食べてください」
御者は普段から言い合いをしているこの二人の仲が悪いと思っていたが、実は結構仲が良いんじゃなかろうかと思った。
その夜アヤメは本当に自分の肉を譲り、ジョウゼンは野菜を残してまた怒られた。
ジョウゼンが怒鳴られている間、御者は馬に水と飼糧を与え、馬車の車軸に油を差しながらこっそり笑った。
◇◇◇◇◇
鉄鋼樹の護り亭の自炊用の炊事場はあまり利用する人がいないようで、市場から帰った私はすぐに石鹸作りに取り掛かった。
ファルナさんの協力を得て軟水を出して貰い、塩の精製からだ。
そして塩析をした白い石鹸を成型する時に、掌に隠してこれを【亜空間収納】に入れる。
そこに帰りに買った花から〈抽出〉を使って取り出しておいた『香り成分』を混ぜて花の形に固めてみた。
「今日は試しに花の香りをつけてみました」
ファルナさんに差し出してみると、見守っていたラズロウさんとベルナールさんも一緒になって花の形の石鹸を覗き込んだ。
「わあっ……すっすごい、ホントにお花の香りがする!」
「……マジか、あの花を買ったのは、この為だったってのか」
「これで手を洗ったら、手からこの匂いがするんですかね? 仕事中には向かないかな」
ファルナさんは大興奮していたけれど、ベルナールさんには評価されなかったみたい。
ラズロウさんもベルナールさんに同調した。
「あー、確かにこんな良い匂いさせてたら、敵に見つかっちまうな」
「あっそうか。良い匂いがしてたら場違い過ぎてマズいんですね」
「そうだ。花畑にいるなら話は別だが、とりわけ動物は鼻が良いのが多いからな。だが普通に暮らしてる分にはこっちの方が良いんじゃねぇか?」
貴重なユーザーの意見だったので、半数を花の香り付き、残りを香り無しにした。
見た目に分かり易く香り付きを花の形、香り無しを猫や犬などの動物にしてみた。
成型だけなら【創造魔法】も大した魔力消費じゃないから、いろいろな形にして遊ぶことが出来る。
他の人の意見、とりわけ使い心地を聞きたいな。
私は後片付けを終えると、サイラスさんのところに行ってみた。
ラズロウさんとベルナールさんは石鹸を試してくると言ってお別れし、ファルナさんは私と一緒にサイラスさん達のところに向かう。
サイラスさんは食堂スペースの隅の方でゴーリーさんと何か話し合っているはずだ。
私達が二人に近付くと、サイラスさんが先に声を掛けて来てくれた。
「シロクロ、良いところに来た。ちょっと聞きたいんだが。あの真っ白な塩を全部ぶち込んだから、この石鹸は真っ白になってんのか?」
サイラスさんは石鹸が白くなったのは塩が白いからだと思ったみたい。ある意味間違ってはいないんだけど、一応説明してみよう。
「いえ、石鹸が水に溶けたところに塩をたくさん入れるとえーっと……水と石鹸が仲良くしてたところを、塩が石鹸を追い出して水と仲良くし始めるんです。水から手を離された石鹸の内、軽いものは浮いて来て、重い部分は底に沈むんですね」
「……うん、何言ってんだかさっぱりわからん。水の神様だか精霊だかは塩の方が好きって事なのか」
「大体そんな感じです」
この世界で信じられてるっぽく言い換えたけど、やっぱりあんまり伝わらないか。
ゴーリーさんが先を促す。
「んで、それがどうして白くなるんだ」
「石鹸は水より軽いんです。不純物はだいたい水より重い物が多いので、要らないものが取り除かれた石鹸は白くなるんですねー。だから白い石鹸は肌に触れても、焼け爛れたりしなくなるわけなんです」
「言ってることは分かるような気もするが、何故か全然分からんな。まあいい。白い塩じゃないとそうはならないのか」
「白い塩じゃないと山の神様が持たせた地の精霊力が邪魔になってくるんです」
「(突然地の精霊が出て来るな)ほぉん? 白い塩でなければ駄目だから、塩を白くして、それから石鹸の方をどうにかした、という事だけは分かったぞ」
サイラスさんもゴーリーさんも分からないなりに精製塩の必要性について考えてくれているみたい。
サイラスさんは渋い表情で頭を抱えた。
「塩は等級を変えていて、石鹸は……等級はないからアレだが、改良した、という事なのか。タダでギルドに報告できる代物じゃあねぇなぁ。売ったら必ず売れるのが分かる分厄ネタだぞこいつぁ」
「使い勝手を良くしたかっただけなんですけど、ひょっとしてやったらダメな事でしたか?」
もし私が知らず知らずの内に違法なものを作っていたとしたらとんでもないことになる。
不安に駆られて聞くと、ゴーリーさんが答えてくれた。
「いや。そいつをギルドを通さずに売ったら完全に違法だが、個人で使う分には問題ない。今使われてる石鹸だって、肌にキツい奴は薄めて使うのが当たり前だしな。他の石鹸と混ぜたり、みんな色んなことをやってるよ」
「よかった、売らなければいいんですね。じゃあ贈り物にしたりする分には問題ないですか?」
渋かったサイラスさんが私を見つめ、ゴーリーさんが眉を上げた。
「材料費は頂きましたけど、皆さんの石鹸がさっき出来たので。ゴーリーさんは奥さんがいるって聞いたので、お花を混ぜて香りをつけてみたんです。ヴィクトリアさんとファルナさんのも」
違法じゃないなら大丈夫だよねと思って、花の形にした香り付き石鹸をテーブルにことりと置くと、サイラスさんが聞いたことない声を出した。
「あ゛? ちょっと待てシロクロ。香り? 香りがなんだって? い、いや。おいゴーリーそれを見せろ」
ゴーリーさんはもう新しい石鹸に鼻を近づけていて、サイラスさんもそこに顔を寄せた。
「む、ホントに花の香りが薄っすらしてるぞ……」
サイラスさんは片手で顔を覆って天を仰ぐと、大声を上げた。
「おまえはまた! そうやって金になりそうなものを次から次へと!!」
「え、でも売ったらダメなんですよね?」
思わず聞き返すとゴーリーさんが笑い出し、サイラスさんが「そーだよ! 絶対売れるに違いないのに売れないんだよ!」とノリツッコミみたいに言い始めた。
サイラスさんには悪いけど、なんかちょっと楽しくなってきた。
でも笑ってばかりもいられないなと思ったら、この宿の看板娘で宿のご主人の娘さん、ヨハンナさんが注文を取りに来てくれた。
いつまでも突っ立って話してたら迷惑だもんね、何か注文しなきゃ。
「シロクロちゃん達が来たら急に騒ぎ始めちゃってまぁ。シロクロちゃんもなんか頼む―? で、おじさんたち子ども相手に何を……お? なぁにそのお花?」
ヨハンナさんがゴーリーさんの石鹸に釘付けになった。
「あ、この石鹸は今新しく香りを付けてみたもので、ヨハンナさんの分も今出しますねー」
懐からお花の形をした石鹸を取り出すと、ヨハンナさんに手渡した。
「使ったら感想を聞かせてください。お風呂で使う時は絞ったタオルにこすりつけてから泡立てると……」
「ッきゃああぁぁぁぁーっ! ヤバいヤバイなにこれなにこれ?! あっ、なんか良い匂いする! いいの?! これ貰っちゃっても良いんだよねヤダもうチョー嬉しいんだけどナニコレやっば?!!」
使い方を説明していたらヨハンナさんが壊れた。
そしてサイラスさんが見た事ない顔で「おぉーいッ!!」と私の頭をがっしと掴んだ。
「なに気楽に上げちゃってんだお前はーッ」
ものすごい力で頭を掴まれて痛たたたたた!
「痛たたたたた違うんですこれは試供品を配ってご意見ご感想を聞く事で商品にフィードバックを痛い痛い痛い」
何とか説得を試みようとしていると、ゴーリーさんとファルナさんがサイラスさんを止めてくれた。
「気持ちは痛いほど解るが手を放してやれサイラス。面白い事にシロクロの言い分は間違ってない」
「やめてやめてハルザーンさん、乙女の頭皮になんてことするんですか」
私の頭が解放されるとめちゃくちゃご機嫌になったヨハンナさんが喜びを全身から表すかのようなステップで戻っていき、すぐに大きな瓶とグラスを持って帰ってきた。
「嬉しいからヨハンナお姉さんからお返ししちゃうよー! まずはとっておきの果実酒を瓶ごと召し上がれな! すぐに美味しい食事もお持ちしますからねー♪ 今日は特別にキノコと山鳥のソテー、贅沢胡椒仕立てだよ!」
ヨハンナさんが早口で説明して、素早く厨房に向かうと「父ちゃん、ほら早く作って作って!」と檄を飛ばす声が聞こえてくる。
一連の流れを見たサイラスさんとゴーリーさんは何か思うところがあったらしく。
「……サイラス」
「ああ、ゴーリー。こういう事だな」
サイラスさんとゴーリーさんの中では何かがかちりとハマったみたいで、ちょっと悪い顔になっていた。
ちょっと量が多めの硬いパンが運ばれて来た時に、サイラスさんがヨハンナさんに釘を刺した。
「おいヨハンナ。さっきの石鹸だが、人に話すんじゃねえぞ」
「は? なんでよ」
「さっきも言ったが販売許可が下りてない代物だから、これ以上くれだのなんだの言われると、お前に石鹸を回せなくなる。もしなんか言われたら『元からイイ女だから』っつっとけ」
「えぇーチョー自慢したいけど、使えなくなんのヤダし! わかった!」
「その代わり使い心地や気になった点は全部シロクロに言え。必ずだぞ」
ヨハンナさんは何度も頷き、了承の意志を示してくれた。
その後、料理が運ばれてくる頃になると髪を湿らせたヴィクトリアさんが帰ってきた。
「おっシロクロちゃーん。さっきお風呂屋で石鹸使ったんだけど、肌があんまり突っ張らなくていい感じだったよコレー。ただ、お風呂屋だとなんか泡立ち悪かったんだよねー」
早速使ってくれたようで貴重な感想が聞けた。
「あー、お風呂屋さんだとやっぱり水の質が違うからですねぇ。あ、これさっき出来た奴なんですけど試して貰えます? お花のやつはお花の香りをつけてみてですね」
「えっなにそれなにそれ。わあ良い匂い! もっかいお風呂屋行ってくる!」
そこにサイラスさんからストップが掛かった。
「まてまてまてヴィクトリア、今風呂屋で石鹸を使ったっつったか?」
「え? うん。スゴい注目されたし、聞かれたけどぼかして答えといたよ。『人から貰った物だから詳しくは知らない』って」
サイラスさんとゴーリーさんが胸を撫で下ろしたが、私は周りがどう見て、何を聞いてきたのかに興味があった。
「あぁ、さっき泡立ち悪いって言ったけど、あくまでここで使った時よりもってことだから、お風呂屋さんでは誰よりも泡立ってたよ。そうすっとやっぱ当然女は気になるよねー。どこで手に入れたの? 可愛らしい形になってるのね珍しい! って羨ましがられた♪」
ファルナさんがそれを聞いて「えー、うちも早く試したいー」と羨ましそうな声を上げた。
もうすぐ使えますよファルナさん。
人より良い物を使っていれば気分が良いのは当然だ。
ある種の人々がより高価なブランド物を身に着けたくなる心理と一緒だ。
サイラスさんはゴーリーさんと顔を見合わせてから何かに思い至ったらしく、かなり真面目な顔で「しまったな……」と呟いた。
「サイラスさん、どうしました?」
「確認させてくれシロクロ。今石鹸は誰の手に渡っている?」
「あっ……。えっと、キャラバンと傭兵さん達全員と、宿のご主人と女将さんにヨハンナさんですね」
ゴーリーさんとサイラスさんが同時に片手で顔を覆うようにして天を仰いだ。
「もはや人の口に戸は立てられんな……」




