レモンティー
14:30 学生寮
なみはや学園の校舎を出ると隣に近い建物がある。生徒が宿泊する学生寮である。
渚は体調が良くないため、本日の授業を早めに抜けて帰路に就く。ユウキが渚を介抱するため、2人で渚の部屋に向かう。1階は食堂や浴場などの施設があるので階段を上る。渚の部屋は体調を考慮されてか2階の階段近くにある。部屋に着いて扉を開けて2人は中に入る。玄関は広く綺麗で、廊下を進んだ奥がメインの部屋になる。日差しが明るくて、灯りは必要としない。
「ユウちゃん、今日はありがとう」
「気にしなくていいよ」
渚の部屋はいつも綺麗で片付いている。部屋の間取りは、ワンルームの1人部屋にしては大きい9畳となっている。必要な家具類以外は多くなくシンプルで、窓際と玄関にある芳香剤くらいだ。
部屋に付くと荷物をテーブルの脇に置く。渚はベッドに座る。
「隣座る?」
「ああ。そうさせてもらう」
渚の隣にユウキがベッドに腰掛ける。少しの間沈黙が訪れる。会話のタイミングをお互いに探り合う。
「渚」「ユウちゃん」
声をかけるタイミングが同時になり、2人は微笑む。
「ふふ。息ぴったりだね」
「不思議なものだ」
「ユウちゃんは私に話があるんだよね?」
「そうだな。飛鳥の仕事を無理やり奪ってまで渚に話をしたかった。体調は大丈夫そうか?」
「さっきの教室よりは良くなったかも。本当のことを言うと、明日からの不安で気分が良くなかっただけかな……」
「俺も明日から憂鬱だ」
渚の体調は、午後に授業が受けれるほど回復したのだが、明日から始まるA組の猛訓練の精神的不安からきたもの。いつもなら飛鳥に介抱してもらうのだが、今日はユウキが渚を介抱することになった。
渚も何か感じることがあり、少し覚悟を決めていた。
「私もユウちゃんに聞きたいことがあったの」
「そうか。渚、先に言っていいよ」
「ちょっと待ってね。ふぅ……」
渚は一呼吸置く。いざ聞こうとなると、言葉はすぐに出ない。ユウキは何も言わずに待つ。深呼吸を終えて渚は語る。
「私のことを知っているのはユウちゃんだけ。ユウちゃんのことを知っているのは私だけ」
目線はユウキに向けられる。小柄な渚はユウキの顔を見上げる。
「ユウちゃんは私のことを知った時、どうしてユウちゃんも自分のことを教えてくれたの?」
「初めて渚のことを知った時、正直驚いたよ。でも、俺も渚も共通することがあったから、渚のことを俺だけが知るのは不公平かなって。何か特別な気持ちになった」
ユウキは思ったことをそのまま答える。渚も少し頷く。
ユウキと渚。2人だけしかない特別な関係。
「ふふ、真面目だね。私もユウちゃんのことを知って良かったと思う。私達は特別だけど……私達は普通じゃないから」
「普通じゃなくてもいい。俺は俺らしく、渚は渚らしくだろ?」
「うん。けど、怖いの。ユウちゃんも怖くない?」
「怖くないと言えば嘘になる。だけど、俺は仲間を信じたい」
渚の身体は少し震えている。渚の両肩にユウキの両手が乗る。
「仲間は渚を見放したりはしない。絶対に絶対だ」
「ユウちゃんは強いね。私は不安の毎日で自分自身に負けてしまうよ……」
「その時はまた俺に頼ってくれ。今日みたいな日が毎日続いても俺は渚の味方だ」
ユウキの強い眼差しは、渚の表情を安堵させる。
「ユウちゃん。もう大丈夫だよ」
「あ、ごめん」
慌てて渚に触れる手が離れる。
「そ、そうだ、久しぶりにお手製のレモンティーが飲みたいかな」
「一杯だけだよ?ユウちゃんはまだ授業に参加してないといけないから」
「ははは。忘れてたよ」
渚はベッドから立ち上がり、お湯を沸かす。ティーポットの中に茶葉を入れる。ティーポットはベットの近くにあったテーブルの上に置く。お湯が湧くまで少し時間がかかる。
「俺が話したいこと聞いてもらえるか?」
「うんいいよ」
ユウキは間を空けて一息つく。
「俺は飛鳥と夏季に伝えるつもりだ」
渚の背中越し聞こえた一言。渚には重く感じたであろう。
「ユウちゃんは決めたんだね。私はまだ決心がつかないかな」
「無理して決断しなくてもいいと思うぞ」
「うん。そうだね。でも、いつか伝えないといけないと思うの。仲間……信じたい。けど、もし、飛鳥ちゃんと夏季くんが私をどう思うか……」
「俺達は仲間だ。仮に夏季と飛鳥が渚を知って、仲間だと思わくなったとしても、俺は渚の仲間だ」
お互いに知っている秘密だからこそ安心はある。
「うん。ありがとう。そろそろお湯が湧くから再び準備するね」
「ああ」
渚は湧いたお湯を、茶葉の入ったティーポットの中に移し、すぐに蓋をする。お湯を注いでる時に、透明のティーポットの中の茶葉が上下に回転する姿は美しい。その後2つのティーカップに茶葉が入らないように、茶こしを上にかぶせて注ぐ。お湯を沸かしている間に輪切りしてあったレモンを見栄え良くティーカップに入れる。レモンの美しさと香りが上品である。ユウキは右手でティーカップの持ち手を持ち、音を立てずに一口目を頂く。続いて渚も一口目を味わう。
「渚の淹れるレモンティーはいつも美味しい。体も心も温まるよ」
「ありがとう」
「紅茶の飲み方にマナーがあると聞いたけど、これで合ってるかな?」
「私も詳しくは分からないけど、両手はNGだって聞いたかな」
「そうなんだ。何で片手なんだろう?両手のほうが上品に見えそうだけど」
「左手で胴体の部分を持つと、紅茶がぬるいという意味になるみたいだよ」
「へぇ~そうなんだ。お茶は両手で飲むのに不思議だな」
「ふふ」
のぞみエリアで採れる食材はどれも貴重である。紅茶もその1つである。2人は久しぶりに飲むレモンティーを肌で感じる。
「あの日以来かな。ユウちゃんはレモンティーが好きになったね」
「俺が渚のことを初めて知った日だったな。俺に知られた渚は焦ってたな」
「うん」
「俺は渚に、俺のことを教える選択をした。渚は、同じ仲間だと受け入れてくれた」
「うんうん」
「俺は自分だけが辛いと思っていた。渚も辛いことを知った」
「私も」
「思わず渚を抱き込んでしまった。今思えば恥ずかしい」
「ユウちゃんの温もりが嬉しかった」
「終わったと同時に疲れがきたよね」
「そうだね。私は泣き疲れてたかも」
「渚の部屋で休むことになって、渚が淹れてくれた」
「レモンティー」「レモンティー」
2人は微笑み合う。2人だけが知る共通の気持ちとぶつかりあった結果、絆は深まることになった。
「優しい香りと味に感動した。俺はレモンティーを飲むために渚の部屋に行くことが楽しみなんだ」
「それだけかな?」
「あ……いや、それだけじゃないよ。はは……」
ユウキは人差し指で頬を掻くと同時に思い出した。
「忘れてた。渚にこれを渡さないとな」
ユウキはバッグの中からマジックパウダーを取りだし、渚に渡す。ユウキは本当に渚に渡すものがあった。飛鳥に返すと言っていたが、正式にはあげる方だ。
「今日もいただくね」
「今晩と明日の朝に。教室に戻るよ」
ユウキは少々急ぎ気味で、レモンティーを飲み干し、すぐに洗い物を片付ける。渚お手製のレモンティーをゆっくり味わいたいが、授業中ということなので、そろそろ戻らないといけない。靴を履き、ドアノブに手をかけた時――
「待ってるから」
渚はユウキの背中の制服をつまみ、一言を語る。この一言の意味をユウキは知っている。
「……ごめんな……不器用で」
「ううん。不器用なユウちゃんは――だよ」
「……夏季からメッセージが来てたよ。明日からのことについて」
「うん。このあと読んでみるね」
ユウキは扉を開けて渚の部屋を出る。
ユウキが出たあと、そのまま扉を見つめる。
「最後、ちょっとだけ意地悪したかな。今日はもう休もうかな。身体が熱くなっちゃった……」
渚は身体が熱くなり顔も赤くなる。体調がまた悪くなったと感じたいと思い、そのままベッドに入る。
「ユウちゃんの香りがする。ふふ」
渚は夜になっても寝付くことは無かった。