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浮遊快  作者: 雨尾 秋人
6/8

夢幻覚 Ⅱ

 〈蜜羽〉


「ここなんだけれどさ」


 私は棗の後ろを着いて行き、一軒の高層マンションの前に、足を止めていた。仕事を少々早く切り上げ、自分のマンションとは正反対の方向に来ている。億劫で仕方がない。

 私はマンションを睨み、足を踏み入れる。エレベーターに乗り込み、棗の部屋がある階まで上る。重力が身を圧しつける感覚が身を包むと同時に、重力が下から煽ぐ様な感覚が襲い、浮遊感を覚える。

 明晰で甲高い音が室内に響き、厚い扉が左右に開く。身を乗り出し、廊下に降りる。「うわ」思わず声が漏れた。

 その瞬間から、異様な雰囲気の漂いを察した。肌を撫で、透き抜けて行く。全身を針で何回も突いて来る痺れに似た感覚が纏わり付く。「こりゃいるね」と棗に知らせる。「まだ死んでから早いと思う」昨晩襲われた霊とは違う悪寒が肌を擽る。悪霊ではない。けれど、強い。


「やっぱりかあ」棗が案の定、と溜息を漏らす。

「心当たりのある人はいる?」私は、棗の表情から勘を潜らせ、問う。

「いるっちゃいる」


 「とりあえず」私は携帯を鞄から取り出し、連絡先を開いた。あ行で登録されている所に目を通し、「秋月さんに来て貰おう」と提案する。「秋月さん?」棗が初耳の名前に、首を傾げる。

 

「知り合いの整体師さん。あ、霊媒師でもあるのかな」

「え、彼氏?」

「バーロー」


 電話を耳に当て、秋月さんの声を待つ。しばらくし、『もしもし?』と秋月さんの声が流れた。私は棗の部屋の玄関前に立ち、棗がドアの鍵穴に鍵を挿入するのを眺めながら秋月さんに内容を話す。


「今さ、友人のマンションにいるんだけれどさ」

『それがどうかしたの?』

「その友人がさ。幽霊が出る、ていう相談で来たわけよ」

『そんな時の為の、蜜羽さんだからね』秋月さんが揶揄してくる。うるさい、と脳裏で呟いた。


 『それで僕はどうすれば?』秋月さんが話を割愛し、訊ねて来た。確かにそうだな、と息を吐く。「その霊の気配がさ、なかなか強いわけよ」

 

『え、もしかして』

「当たり」


 えー、と億劫そうな声を出す秋山さんに私が揶揄する様に吐く。なるほど楽しいな、と苦笑してしまった。


「そんな時の為の、秋月さんだからね」秋月さんは多分、うるさい、と脳裏で呟いただろう。



 〈春樹〉


 言及してみると、巨大な悪霊に取り憑かれた、と深刻な顔で言われるのだから、僕は唖然としていた。「秋月」という男は僕の顔をまじまじと眺め、険しく眉に皺を寄せる。僕の目玉を掬い取る様な眼差しが、僕の体を固める。

 悪寒が先程からしている。それは秋月さんに呼び掛けられた頃からだった。一昨日出会った時も似た様な感覚が僕を撓んだな、と思い出す。思い出したと同時に、悪寒の正体に軽く納得を得る。口元から溜まりに溜まった唾を飲み込む。

 秋月さんの背後からは、様々な幽霊達が僕を興味深そうに覗いていた。彼は自分の事を分かっているのか?と窺ってしまう。


「なにか最近、誰かに会わなかったかい?」秋月さんが僕に訊ねる。

「誰か、とは?」

「例えば男とか」


 脳裏に、俯瞰で僕を見つめていた男の霊が過ぎる。「僕ばかりを見てくる男がいました」正直に吐くと、秋月さんは「そいつだ」とすこし表情を和らげた。秋月さんは再び僕の顔を深刻げに覗いて来る。「君に憑いている霊は、君と同じ年の頃に事故で死んだ。いじめだ。いじめが原因で事故死する事になった。いわゆる自殺だったらしいね。それでも死に切れず、同じ年の奴を事故死させるというのが目標らしい」秋月さんは顎に手を当てて、まるで僕に憑いている男と会話しているかの様な雰囲気を漂わせる。「気を付けて帰ってね」と、一昨日秋月さんが意味深げに吐き捨てた言葉が甦った。


「急いでる中ほんとすまないけれど」

「は、はい」


 僕は唾を飲み込む。息を吸う。そして吐いた。心臓の律動が強まって行く事が肌で分かる。強く叩き付ける様な痛みが、全身を駆ける。呻き声の様なものが耳元に流れて来る。内面から撓まされる様な、感覚が脳を騙す。視界がぐんにゃりと空間ごと湾曲し、血の気が引く。

 恐れ戦き、耳鳴りが鋭い棘となり身を覆う。底が沼の様になり、足が沈んで行く幻覚が襲う。無数の黒点が視界を飛び舞う。


「すこし、眠ってもらうよ」


 秋月さんがそう謂い、意識が飛ぶ、というより幽体離脱に近い感覚だった。やった事はないけれど。

 

 

もうすこしで最終回です。 春樹視点と蜜羽視点がとうとう繋がる!とでもいっときます。

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