努力? 何それ美味しいの?
〜風の悪魔ヴィネ〜
ソロモン王72の悪魔を記した『ゴエティア』という書物が存在する。
悪魔ヴィネは、ゴエティアに記されている悪魔の一人である。
黒馬にまたがり、手に毒蛇を持った、ライオンの容姿をした序列『45番目』の王。
能力は名前の通り、風を操り、嵐、天候を司る悪魔とされている。
また、ヴィネ一人の存在が『国一つ』を滅ぼしたとも記述されている。
(…このちっこいのが、国一つを滅ぼした大悪魔だと? 確かに、こいつの速度は驚異的だったが…それでも、国一つを滅ぼすほどの存在とは到底思えないが)
「ど、どうして私の名前ッムグゥ…!」
女はヴィネの口を塞いだ。
「どうして、この子が風の悪魔ヴィネだと思うのかしら? 余興程度に教えてもらえるかしら?」
ヴィネの口を塞いだ女はそう問いかける。
どうやら説明を求めているようだ。
「…オーケー、それじゃあ余興程度に聞かせてやるよ。馬鹿でも解るくらい懇切丁寧にな」
「悪魔ヴィネは、風を操り、また、自然災害や天候を司るとも伝承されている。さっきそいつが俺にした攻撃はおそらく『鎌鼬』、風を操り生成したものだと想像できる。ヴィネ以外の風を操る悪魔という可能性もあるが、お前らがソロモン王の72柱に関連する悪魔だとすれば、その可能性も除外される。理由を追求すればまだ幾つかあるが、まあ、おもな理由はこんなもんだろ」
「訂正があるなら聞くぜ」
文句のない、圧巻の推理だった。
紅葉の推測は『ほとんど』的を射ていた。
それでもまだ、紅葉の推測にも不明確な部分はあるが。
しかしながら、今わかっている情報量からこの推理は充分すぎるものだ。
女は感心した様子で頷く。
(凄いな。これだけの情報でここまで推理できるのか…これは、噂以上に危険な男かも)
(反応を見るに、小さい方の奴がヴィネであることは間違いないだろう。ただ、釈然としねえ。なんでだ、何が引っかかている?)
「…いいわね、凄くいいわよ狂犬くん。あなた馬鹿力だけじゃなく、頭もキレるのね、感心したわ」
「人のことを力だけの単細胞みたいに言ってんじゃねえよ。お前、いい加減失礼だぜ」
「自慢じゃないけど、私小さい頃から人をイラつかせる事に対しては自信あるのよね」
「どんな自慢だよ、てか自慢にもなってねえし」
ふふっと、女はそっけなく笑った。
「…まあいいじゃない。自慢できるような才能がないのも、ある意味才能なのよ」
そう述べる女を、紅葉は否定する。
「いやいや、悪魔軍に72人しかいないソロモンの72柱の一人って時点で、才能の塊みたいなもんだろうが」
「そんなことないわよ。私だって努力をしてこの力をつけたんだから、努力の賜物ってやつよ」
「…いいや、違うね!」
「違わない!!」
「……」
十秒ほとの沈黙ののち、紅葉はおもむろに口を開いた。
「人の才能は、生まれた時からもう既に決まってんだよ。努力したから強くなった? ッハ、笑わせんな!! 努力なんて何の意味もねえだよ。才能があるからこそ努力してできるようになる。才能がなければ、努力なんて無駄なんだ」
「…狂犬くん、どうしてそこまで努力を否定するの? もしかして、 何か嫌な思い出があるとか?」
「………」
黙り込む紅葉。
そして、紅葉の脳裏で過去の記憶が蘇る。
小さい頃から親元を離され、色々な研究所をたらい回しにされ、友達もできずに過ごした悲しい幼少期。
誕生日プレゼントにテンションが上がって、家を半壊させた十歳の誕生日。
寝返りで床に穴を開けた十二歳のの夜。
約三十分でエベレスト登頂に成功したこと十三歳の夏。
教育施設に入ったのは高校から。
髪が金髪のせいなのか、はたまた目つきの悪い切れ目せいなのかは知らないが、不良にもよく絡まれた。
不良なんて何十人こようが返り討ちにしてきたし、怪我をした事など一度もなかった。
聞いてわかるとおり、素行は悪かったが、それでも学業の成績の方は良かったと思う。
勉強はした事無いが、いつも成績上位者のところに名前あったし。
少し話が脱線してしまったが、つまり何が言いたいかというと。
俺は努力のという物を知らないのである。
人生で、ただの一度も努力した事がない。
努力しなくても大抵のことは人並み以上に出来たし、困ったことなど一度もなかった。
だから努力なんて…努力…なんて…。
「…い……おーい…狂犬くーん? 私の話を聞いてましたかー?」
声をかけられて、ハッと我に返る紅葉。
「ん、ああ…無えよ。努力に対して嫌な思い出とかは一切ない。努力自体した事ねえからな」
きっぱりとそう言い切る紅葉。
「…自覚してないかもだけど、あなたも相当人をイラつかせるのが得意みたいよ。だって私、今ちょっとイラッとしたもの」
身を刺すような殺気を、紅葉は感じ取った。
「だったらなんだよ、もう一丁闘おうか? 第二ラウンドいっとくか?」
「…そうねーそれじゃあ少し、本気を出しちゃおうかしら」
女を取り巻く空気が変わった。
凄まじい魔力、その魔力は紅葉と同等、もしくはそれ以上かもしれない。
森がざわつく。鳥たちは命の危機を感じ一斉に飛び立つ。
「…ッハ、いいねゾクゾクする。こいよ女悪魔、本気でやろう」
「…フフッ…それじゃあ遠慮無く」
フードの下、両目が紅く光った。
“爆眼・紅”
反射的に紅葉は体を反らせ後ろに飛んだ。
それとほぼ同時、紅葉の立っていた地面半径四メートルほどが、火柱を上げて爆発した。
「ッッ!?」
紅葉も突然の事に目を丸くする。
(何だありゃ、地面に地雷でも仕掛けられてたのか? な訳ねえか)
「ッハハ!! イイなお前。それくらいやってくれねえと面白くねえ」
おそらく今の自分ではこの悪魔には勝てないだろうと、紅葉は直感していた。
(だとしても、ここでひくわけにはいかねえだろ!!)




