正体不明
紅葉は、辺りを見渡せるほどの小高い丘に立っていた。
紅葉がデットタウンを出発して二日。
紅葉はすでにマリリアナ区に入っていた。
初めに断っておくが、デットタウンからこのマリリアナ区までは約五千km。
ちなみに、日本列島の最北端から最西端までの長さは約三千五百kmである。
そんな途方もなく長い距離を紅葉は、休憩を挟んでの移動にも関わわず、たったの二日で走破したのだった。
「ここがマリリアナ区か、思ってた以上に…何もねえな」
マリリアナ区は、東の国北東部に位置する寒帯の地区である。
周りを標高五千m級の山々に囲まれているため、他の地区よりも文化の発展は遅れている。
稲作や麦作が盛んに行われ、東の国の年間収穫量の『約三割』をこのマリリアナ区が占めている。
紅葉は、不意にあることを思った。
(そういや、リリムとワカバはどうしたんだ? あの二人の性格なら、俺の挑発にのって追ってくると思ったんだが…)
「…もしかして、なんかあったのか?」
そう思ったのも束の間、どこからともなく声が聞こえた。
「ちょいとそこの男、この辺の者ではないな。此処で何をしている?」
「いや、あの二人に限ってそれはねえか」
なんとなく話が面倒臭くなりそうだと直感した紅葉は、あえて聞こえてない風を装い、少し早歩きで道を進む。
「……ちょいとそこの金髪の目つきの悪い男、此処で何をしている?」
聞こえてない様子の紅葉に、もう一度同じ質問を問いかける謎の声。
「それより先を急ごう、目的地にはなるべく早めに着いておきたいからなー!」
両足に力を込めて、チーター顔負けの快速を飛ばし走り出した紅葉。
「ちょ、え!? ……ちょいとちょいと、そこの金髪の目つきの…て、お前絶対聞こえてるだろおおおお!!」
声との距離は変わらない。
紅葉についてきているようだ。
「…おもしれえ、俺についてくるかよ」
紅葉はボソッとそう呟いた。
「私から逃げ切れると思うなよ男!!」
「何言ってやがる、お前が俺について来れるわけねえだろ!! 」
チーター顔負けの快速といったが、これは紅葉の全力ではない。
あくまでも、『その程度に抑えた速度』だ。
紅葉の速度には、もう一つ上が存在する。
「せいぜい頑張れよ。俺を見失ないようになあ!」
紅葉が謎の声と遭遇したちょうどその頃。
リリムとワカバは、ローブ姿の何者かと抗戦していた。
ローブ姿の何者かは、フードを深く被っていて顔は確認できない。
それよりも問題なのは、その敏捷性である。
二人の攻撃がかすりもしない。
二人が遅いというわけではない。
ただ、この何者かが速すぎるのだ。
二人がこの何者かが相当の手練れだということ理解するのに、そう時間はかからなかった。
「貴様、何者だ! 何故私たちを攻撃した!?」
ワカバが怒号をあげる。
「…………」
何者かがワカバに応答する様子はない。
「応えろ!! 何故私たちを攻撃したかと聞いている」
ローブ姿の何者かは、軽く跳躍し二人との距離を取った。
「…………べつに、大した理由なんて無いわよ。…ただ、あなた達強そうだから、今回の『作戦』の邪魔になると思っただけよ。でももういいわ、思いのほか『期待外れ』だったから見逃してあげる」
『期待外れ』の一言は、ワカバを憤怒させるには十分すぎる一言だった。
「誰に口を聞いている…殺すぞ貴様ああああ!!」
剣を抜き、相手に猪突猛進しようとするワカバ。
それを、体を張って制止するリリム。
そして、ワカバの耳元でそっと呟く。
「現状、私たちはあらゆる面で不利ッス。地の利が相手にある状況で正体不明を相手にするのは自殺行為。悔しいッスけで…ここは見逃してもらいましょう」
「だ、だが…」
「私たちの目的は先輩に追いついてシバき倒すこと。コイツを倒す事じゃない」
「……わかった」
二人は体を離し、正体不明を睨みつける。
「ふふ、じゃあね、か弱く哀れな子羊ちゃんたち。いずれまた」
そう言って、正体不明は脱兎の如く去っていった。




