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83億の隣人  作者: やまみゅー


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6/14

第6話 名前のない少女

少女は、翌朝には消えていた。

昨日まで確かにいた。

公園で僕の手を握っていた。

「ずっと、あなたの中にいた」

そう言った。

なのに――

今は、どこにもいない。

僕は朝から世界認識を開いていた。

検索対象。

氏名――美咲

年齢――不明

出生記録――なし

死亡記録――なし

住所――なし

検索結果――

存在。

存続はしているが、どこにもいない。

「お父さん?」

娘の声で我に返る。

「何?」

「朝からスマホばっかり見てる」

「ちょっと調べもの」

「また?」

僕は画面を閉じた。

「うん」

娘は僕の顔を見て少し首を傾げた。

「……昨日、何かあった?」

「どうして?」

「お父さん昨日からちょっと変」

僕は少女のことを話そうとした。

でも言葉が出てこなかった。

なぜだろう。

誰かに話せば簡単に説明できるはずなのに。

「昨日、公園で女の子に会った」

それだけだ。

なのに、その先を話そうとすると頭の中に霧がかかる。

僕は会社を休んだ。

向かったのは昨日の公園。

当然、少女はいない。

ベンチも、滑り台も、昨日と同じ。

僕はベンチに座った。

すると、地面に小さなものが落ちていることに気づいた。

赤い髪留め。

拾い上げる。

なぜか見覚えがある。

その瞬間。

頭の中に映像が流れた。

幼い僕。

十歳くらい。

隣に同じくらいの女の子がいる。

二人で、公園を走っている。

「待って!」

女の子が笑う。

僕も笑う。

でも顔だけが見えない。

映像が消える。

僕は息を切らしていた。

「……誰だ?」

世界認識を起動する。

検索。

幼少期の記憶

結果――

該当なし。

僕にはそんな記憶がない。

両親に確認してもそんな女の子は知らないはずだ。

そもそも、僕には妹はいない。

兄弟もいない。

その日の夕方。

家に帰る。

妻が古いアルバムを整理していた。

「これ、懐かしいね」

写真を一枚見せてくる。

僕の小学生時代。

両親。

僕。

三人しか写っていない。

僕はその写真をじっと見る。

写真の端。

公園の遊具の向こうに、

小さな女の子が写っている。

「……この子」

妻が見る。

「どの子?」

「ここ」

指を差す。

妻は、

首を傾げる。

「誰もいないよ?」

「いるだろ」

「いないよ」

僕は写真を拡大した。

確かにそこには女の子がいる。

赤い髪留め。

白いワンピース。

昨日の少女と同じ。

その瞬間、写真の画像が崩れた。

少女の部分だけノイズになって消える。

妻が驚く。

「何これ?」

僕は答えられなかった。

夜。

娘が部屋に来た。

「お父さん」

「ん?」

「これ」

娘が一枚の紙を渡した。

学校でもらったプリントだった。

その裏に鉛筆で絵が描かれている。

少女。

赤い髪留め。

白いワンピース。

そしてその隣に僕。

「これ、誰?」

娘が聞く。

僕は、

しばらく黙った。

「……知らない」

娘は少し笑った。

「嘘」

「え?」

「お父さん、その子のこと気になるんでしょ?」

僕は驚いた。

「どうして?」

「顔」

僕は思わず笑った。

世界認識では分からないこと。

娘には顔を見るだけで分かる。

「ねえ、お父さん」

「何?」

「その子、名前あるの?」

「たぶん……美咲」

娘が笑う。

「いい名前」

僕はその名前を聞いた瞬間、胸の奥が痛くなった。

なぜか、ずっと前から知っていた名前。

その夜。

午前2時。

僕は物音で目を覚ました。

リビングに誰かいる。

妻でも娘でもない。

僕は、

ゆっくり階段を下りる。

暗い部屋。

窓の前に少女が立っていた。

「……美咲?」

少女が振り返る。

「その名前、私の名前?」

「分からない」

「じゃあ、どうしてそう呼んだの?」

「分からない」

少女は嬉しそうに笑った。

「じゃあ、今日からそれにする」

僕は近づく。

「美咲」

「なに?」

「君は、僕の妹なの?」

少女は首を振る。

「違う」

「じゃあ、娘?」

「違う」

「妻?」

「違う」

「友達?」

少女は少し考えた。

「……昔は、そのどれかだったのかも」

僕は息を止めた。

「昔って?」

少女は答えない。

代わりに窓の外を見る。

「この世界、変だよね」

「何が?」

「みんな、誰かのことを知りすぎてる」

僕は黙る。

「名前も」

「うん」

「家族も」

「うん」

「過去も」

「うん」

「でも、一番大事なところだけ知らない」

少女は僕を見る。

「その人が何を思ってるか」

僕は、知っているけど知らないと思ったことを思い出した。

妻。

佐伯。

そして、

「知っている」と「理解する」の違い。

「美咲」

「うん」

「君は、何を知ってるの?」

少女は笑った。

「あなたのこと」

「どこまで?」

「全部」

僕は少し怖くなる。

「じゃあ、僕のことを全部教えて」

少女は首を振った。

「嫌」

「どうして?」

「それをしたら、あなたが私を知らなくなるから」

意味が分からない。

「どういうこと?」

少女は僕の胸に手を当てた。

「あなたの中にあるものは、あなた自身が見つけないといけないの」

その瞬間。

玄関の外で物音がした。

僕が振り返る。

誰かが立っている。

黒い服。

顔は見えない。

男は、こちらを見ていた。

「……誰だ?」

男は答えない。

少女が僕の後ろに隠れる。

初めて怯えた顔をした。

「美咲?」

少女は小さな声で言う。

「この人、嫌い」

黒い男がゆっくり口を開く。

「それは、君が一番よく知っている感情だ」

僕は男を睨む。

「何者だ?」

男は答えない。

ただ僕を見る。

そしてこう言った。

「二人目は、まだ目覚めていない。」

「二人目?」

「そうだ」

男は少女を見る。

「この子は、まだ何も知らない」

少女が怒る。

「嘘!」

男は少し笑った。

「そう。だからこそ一番危険なんだ」

次の瞬間。

照明が消えた。

真っ暗になる。

妻の声がする。

「あなた!」

娘の声。

「お父さん!」

僕は二人のところへ走る。

数秒後、照明が戻った。

少女はいなかった。

黒い男もいない。

窓も、玄関も閉まったまま。

僕は床を見る。

そこに赤い髪留めが落ちていた。

拾い上げる。

その瞬間、世界認識が起動する。

画面に新しい表示。

分離個体:9

01――確認済

02――確認済

03――未確認

04――未確認

05――未確認

06――未確認

07――未確認

08――未確認

09――原型

僕は息を止める。

01。

昨日の少女。

では、02は――?

そのとき画面が一瞬だけ乱れた。

そして名前が一つだけ表示される。

神崎透

年齢――43歳。

職業――不明。

住所――不明。

家族――不明。

僕はその名前を見つめる。

知らない。

なのに、なぜか知っている。

そして画面の下に一文が浮かんだ。

「彼は、あなたより先に、あなたを探している。」

翌朝。

彼は鏡を見る。

自分の顔を見て小さく呟く。

「……あと七人」

そして誰もいない部屋に向かって言った。

「佐藤。次は、君が僕を見つける番だ。」

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