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83億の隣人  作者: やまみゅー


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第5話 83億分の1

朝、世界認識を起動した。

いつもと同じ画面。

世界人口――8,299,999,999人。

僕は眉をひそめた。

「……一人足りない?」

昨日までは、

83億人だった。

今朝は一人少ない。

僕はもう一度、確認する。

世界認識は、世界中の人間を自動的に更新している。

出生。

死亡。

移住。

事故。

すべてリアルタイムだ。

一人減ること自体は珍しいことではない。

でも画面には、

「死亡者:0」

と表示されている。

僕は検索をかけた。

年齢別。

地域別。

性別。

すべて確認する。

どこにも異常はない。

それなのに合計すると一人足りない。

会社へ向かう途中、世界認識から通知が来た。

【警告】

認識不能な個体を検出しました。

僕は立ち止まった。

この前(第4話)のあの表示。

まただ。

通知を開く。

画面には一つの項目だけが表示されていた。

個体番号:83億分の1

氏名:不明

年齢:不明

性別:不明

所在地:不明

出生記録:なし

死亡記録:なし

そして最後に。

認識状態:存在

僕はその文字を何度も見た。

存在している。

なのに何も分からない。

こんな人間は世界認識が始まって以来、一度も確認されていない。

会社に着いても気になって仕方がなかった。

昼休み。

僕は世界認識の管理画面へアクセスする。

通常、一般市民には世界認識の詳細な管理機能は使えない。

しかし、僕の端末にはなぜか管理者権限が表示された。

昨日まではなかったはずだ。

あるいは顔写真の時には合ったのだろうか。

「83億分の1」

検索。

結果。

一件。

場所――

日本。

さらに絞る。

大阪。

そして、僕のいる地域。

「近い……」

表示された所在地は僕の自宅からわずか数キロしか離れていなかった。

その日の仕事を終え、僕は表示された場所へ向かった。

そこは古い公園だった。

誰もいない。

ベンチ。滑り台。古びた時計。

世界認識を開く。

対象個体まで――12m

12m。

僕は周囲を見回した。

誰もいない。

10m。

8m。

5m。

そして、3m。

「……誰?」

僕の背後から声がした。

振り返る。

少女が立っていた。

小学校低学年くらい。

白いワンピース。

髪は肩まで。

僕をじっと見ている。

「君、

ここで何してるの?」

少女は答えない。

僕は世界認識を開いた。

対象を確認する。

氏名――不明

年齢――不明

出生記録――なし

家族――なし

住所――なし

認識状態――存在

僕は息を飲んだ。

「君が……」

少女は首を傾げた。

「何?」

「いや……」

僕は言葉を選ぶ。

「名前は?」

少女は少し考えた。

「ない」

「名前がない?」

「うん」

「お父さんやお母さんは?」

「分からない」

「どこに住んでるの?」

少女は公園の向こうを指差した。

「分からない」

「学校は?」

「行ったことない」

僕は困惑した。

「じゃあ、どうやってここに来たの?」

少女は少し笑った。

「歩いて」

「どこから?」

「分からない」

僕は世界認識を見る。

少女について何一つ情報がない。

それなのに僕の目の前にいる。

確かに、存在している。

「君、僕のこと知ってる?」

少女は少しだけ首を傾けた。

「うん」

「どうして?」

「ずっと見てたから」

「どこで?」

「夢の中」

僕は言葉を失った。

「僕の名前は?」

少女は答えた。

「佐藤」

「……どうして知ってる?」

「知ってるから」

「僕の年齢は?」

「43歳」

「家族は?」

「奥さんと娘さん」

「……」

全部合っている。

僕は怖くなった。

「君は何者なんだ?」

少女は少し考えた。

そしてこう言った。

「あなたが知らないもの。」

風が吹いた。

少女の髪が揺れる。

僕はもう一度、世界認識を確認した。

対象個体――1

世界人口――

8,299,999,999人。

少女はそのどこにも属していない。

「君はどうして存在できるの?」

少女は答えた。

「知らない」

「誰が君を作ったの?」

「知らない」

「どうして僕を知ってるの?」

「知らない」

「じゃあ、何を知ってるの?」

少女は初めて困った顔をした。

「……何も知らない」

僕は少し笑った。

「じゃあ、どうして僕を知ってるの?」

少女も笑った。

「それだけは知ってる」

僕はその言葉に奇妙な安心感を覚えた。

世界認識が初めて役に立たない。

名前も分からない。

過去も分からない。

未来も分からない。

それなのに目の前にいる。

「ねえ」

少女が言った。

「何?」

「あなたは私を知りたい?」

僕は答えようとして止まった。

いつもの僕なら検索する。

調べる。知る。

でも今は違った。

「うん」

「どうして?」

「……知らないから」

少女は嬉しそうに笑った。

その瞬間。

僕の世界認識が突然停止した。

画面が真っ黒になる。

そして一行だけ表示された。

【警告】

未知個体との接触を確認。

さらに、その下に赤い文字。

【警告】

原型個体との接続を確認。

僕はその文字を見た。

「原型……?」

少女は僕を見ている。

何も知らない顔で。

突然、世界認識が復旧した。

人口表示も戻った。

8,300,000,000人。

一人増えている。

僕は驚いた。

「さっきまで一人少なかったのに……」

少女は何も答えない。

僕は少女を見る。

「君、今までどこにいたの?」

少女は空を見上げた。

そして小さな声で言った。

「ずっと、あなたの中。」

僕は意味が分からなかった。

少女は僕の手を握った。

その瞬間、世界認識に一瞬だけ見たことのない画面が表示された。

原型個体

現在の分離数――9

そして、その下に一つの名前が表示される。

美咲

僕はその名前を見た瞬間.胸が締め付けられた。

知らない名前。

なのに知っている。

僕の頭の中に、突然一枚の映像が浮かんだ。

雨の日。

小さな女の子。

赤い傘。

僕の手を握っている。

女の子が笑う。

「お兄ちゃん、早く帰ろう」

僕はその記憶を知らない。

でも涙が出た。

少女が僕を見上げる。

「思い出した?」

僕は震える声で聞いた。

「君は……誰?」

少女は答えなかった。

ただ僕の手を握ったまま笑っていた。

その夜。

僕は家に帰った。

妻が、

「おかえり」

と言う。

娘も、

「おかえり」

と言う。

いつもの家。

いつもの家族。

でも僕の頭には知らない少女の姿が残っていた。

そしてもう一つ。

世界認識を開く。

画面の片隅に新しい項目が増えている。

分離個体:9

僕はその数字を見つめた。

9人。

誰なのか。

なぜ9人なのか。

まだ分からない。

ただ一つだけ分かった。

この世界には、83億人しかいない。

そのはずだった。

けれど――

83億人の外側に、誰かがいる。

そしてその誰かは僕のことを知っている。

その頃。

世界のどこかで一人の男が監視画面を見ていた。

画面には公園にいる僕と少女。

男は小さく呟いた。

「一人目を見つけた。」

そして画面を切り替える。

そこには8つの空白が並んでいた。

01 接触済み

02 未確認

03 未確認

04 未確認

05 未確認

06 未確認

07 未確認

08 未確認

09 原型

男は、

最後の「09」を見つめる。

そして静かに笑った。

「あと八人。」

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