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83億の隣人  作者: やまみゅー


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3/13

第3話 相性

「お父さん、これ見て」

朝食の途中で、娘がスマートフォンを差し出してきた。

画面には、見慣れた世界認識の検索画面。

中央に大きく、

あなたと最も相性のいい人と表示されている。

「またこれ?」

「またって何?」

「先月もやってただろ」

「今月はアップデートされたの」

娘は楽しそうに笑った。

「精度が上がったんだって」

世界認識には、

人間関係を補助する機能がいくつもある。

友人。仕事仲間。結婚相手。恋人。趣味の仲間。

そして相性。

自分と価値観が合う人間を83億人の中から探してくれる。

昔は「運命の人」なんて言葉があったらしい。

今では運命である確率まで数字で表示される。

「お父さんもやってみて」

「僕はいいよ」

「なんで?」

「もう結婚してるから」

「そういう話じゃないって」

娘が笑う。

「お母さんとの相性は?」

「知らない」

「世界認識で分かるでしょ?」

「分かるよ」

「何%?」

僕は妻を見る。

妻は「やめなさい」

と笑っている。

僕は検索した。

佐藤 × 妻

相性――96%。

「ほら」

娘が画面を覗き込む。

「96%!」

「高いね」

「すごいじゃん」

妻は、

「数字で夫婦生活を評価しないで」

と言った。

僕は笑った。

でも少しだけ気になった。

96%。

では残りの4%は何なのだろう。

会社に着くと同僚の田辺が話しかけてきた。

「佐藤さん」

「何?」

「昨日、例の相性検索やったんですよ」

「へえ」

「俺、結婚したんですけどね」

「うん」

「妻との相性、81%だったんですよ」

「十分高いじゃない」

「でも、検索したら99%の人がいたんです」

僕は黙った。

「その人と結婚したほうが幸せだったんですかね?」

「さあ」

「世界認識なら分かるんじゃないですか?」

田辺は笑った。

「分かるのは相性だけですよ」

昼休み。

田辺はスマートフォンを眺めている。

「まだ調べてるの?」

「はい」

「奥さんには?」

「言ってません」

「どうして?」

田辺は、

少し考えてから答えた。

「知ってしまったら今の生活を疑いそうだから」

僕はその言葉が妙に引っかかった。

午後。

田辺が僕の机に来た。

「佐藤さん」

「何?」

「99%の人、会ってみることにしました」

僕は顔を上げた。

「奥さんは?」

「まだ言ってません」

「それは……」

「分かってます」

田辺は笑った。

「でも、一度くらい、最高の相性の人と話してみたいじゃないですか」

その夜。

僕は家に帰った。

妻と娘がテレビを見ている。

娘が、

「あ、お父さん」

と振り返る。

「今日ね、相性検索したらすごい人が出てきた」

「誰?」

「私と98%」

「へえ」

「でも、情報が変なの」

「どう変なの?」

娘はスマートフォンを見せた。

そこには一人の男性の情報。

名前――不明。

年齢――不明。

住所――不明。

職業――不明。

家族――不明。

僕は画面を見つめた。

「どうしてこんな人が検索に出るんだ?」

娘も分からない。

「分かんない」

「もう一度検索してみて」

娘が操作する。

結果は同じ。

相性――98%

その下に小さな文字。

「対象個体を認識できません」

僕の背中に冷たいものが走った。

この前(第1話)見たあの表示。

認識不能な個体:1

あれと同じだ。

「お父さん?」

「……何でもない」

僕はスマートフォンを返した。

「その人会ってみたい?」

娘は少し考えた。

「うん」

「どうして?」

娘は当たり前のように答えた。

「だって98%なんでしょ?」

「それだけ?」

「うん」

「顔も知らないのに?」

娘は笑った。

「世界認識の推しだから」

僕はその言葉に妙な違和感を覚えた。

その夜。

僕は一人で娘が見つけた男性を検索した。

名前を入力。

該当なし。

住所。

該当なし。

生年月日。

該当なし。

顔認識。

該当なし。

家族。

該当なし。

何もない。

それなのに、

相性だけが98%。

僕は検索条件を変えた。

「相性98%以上」

世界認識が83億人を検索する。

結果。

1人。

画面にはその男性の情報が表示される。

ただしほとんどが空白。

僕はもう一度顔写真を開いてみた。

なぜか今回は開くことができた。

そこに映っていたのは知らない男だった。

年齢は僕より少し若い。

黒い髪。

無表情。

見覚えはない。

なのに僕はその顔を見た瞬間胸が苦しくなった。

写真の下に一つだけ情報が表示されていた。

「初回認識:未定」

僕は眉をひそめた。

初回認識。

そんな項目は今まで見たことがない。

その瞬間。

画面が暗くなった。

そして文字が浮かんだ。

「あなたは、その人を知っています。」

僕は息を止めた。

続けて別の文字。

「しかし、その人に会ったことはありません。」

僕はしばらく画面を見つめていた。

矛盾している。

この世界では、

そんなことは起こらない。

知っているなら会ったことがある。

会ったことがなくても相手の情報は存在する。

それが世界認識だから。

翌日。

田辺が会社に来なかった。

昼になっても連絡がない。

世界認識で検索する。

田辺は会社を休んでいる。

体調不良ではない。

自宅にもいない。

どこにいるのか。

――表示されない。

僕はもう一度検索した。

やはり表示されない。

午後2時。

田辺からメッセージが届いた。

「佐藤さん、すみません」

「今日、会社を休みます」

「昨日、99%の人に会いました」

僕は画面を見つめる。

続きがある。

「でも、変なんです」

「会った瞬間、 その人のことを何も知りたくなくなりました」

そして最後に。

「初めて、 相手のことを知らないままでいたいと思いました。」

それから田辺のメッセージは途切れた。

夜。

僕は帰宅した。

妻が夕食を並べている。

「どうしたの?」

「いや」

「何かあった?」

僕は妻を見る。

名前も。年齢も。好きなものも。嫌いなものも。

全部知っている。

でも今、妻が何を考えているかは分からない。

僕は聞いた。

「ねえ」

「何?」

「もし、僕のことを何も知らなかったら僕を好きになった?」

妻は箸を置いた。

少し考える。

そして笑った。

「それならもう一度好きになるんじゃない?」

その夜。

僕はもう一度、

あの男性を検索した。

今度は検索画面に表示が出なかった。

代わりに、

一行だけ。

「認識できないものには、相性を計算できません。」

僕は眉をひそめた。

昨日は98%だった。

そして画面の一番下に見慣れない数字が現れた。

97%

僕は息を止めた。

誰との相性なのか。

表示されない。

相手の名前もない。

顔もない。

ただ数字だけがある。

そしてその数字はゆっくり下がっていった。

96。

95。

94。

93。

まるで誰かとの距離が少しずつ遠ざかっているように。

最後に数字が消える。

画面には一言だけ残った。

「知らないことを、知りたいですか?」

僕はその問いを見つめた。

そして初めて思った。

この世界にはもしかすると――

「知らない人間」が存在するのではないか。

そしてその人間は僕が思っているよりずっと近くにいるのかもしれない。

その頃。

世界のどこかで一人の少女が見知らぬ男性の写真を眺めていた。

写真には黒い髪の男。

少女は誰にも聞こえない声で呟く。

「やっぱり……」

そして写真の裏に、

一つの数字を書く。

98

その数字の下に、

小さく名前を書く。

――佐藤。

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