第三話 最高機密
国家保安省地下七階。
尋問室を出たヴォルコフ上級大将は、無言のまま廊下を歩いていた。
厚い防爆扉が次々と閉まり、重々しい金属音が地下施設に響く。
隣を歩く研究主任が静かに口を開いた。
「局長。」
「精神閲覧の結果ですが……。」
ヴォルコフは歩みを止めない。
「報告しろ。」
「対象の記憶に偽装は確認できませんでした。」
「出生から現在まで、一貫性があります。」
「つまり。」
「彼は本当に、自分の言う世界で生きていた可能性が高いかと。」
ヴォルコフは黙ったままだった。
やがて小さく呟く。
「可能性、か。」
「百パーセントとは言えんのだな。」
「……はい。」
「ならば結論を急ぐ必要はない。」
廊下の突き当たりに巨大な鋼鉄製の扉が現れる。
兵士が敬礼した。
「中央会議室、準備完了しております。」
ヴォルコフは頷いた。
数分後。
サピエス連合中央安全保障会議。
円形の会議室には軍、国家保安省、科学院の幹部が集まっていた。
机の中央には一枚の写真。
拘束された山田太郎の顔写真だった。
議長が口を開く。
「対象について報告を。」
ヴォルコフが立ち上がる。
「対象は推定十六歳。」
「敵意は確認されず。」
「軍事訓練歴なし。」
「魔法適性、不明。」
「転移方法、不明。」
「所属国家、日本。」
会議室がざわつく。
「日本?」
「聞いたことがない。」
「西側の新国家か?」
科学院長が首を横に振る。
「確認しましたが、そのような国家は存在しません。」
「地名の聞き間違いでは?」
「可能性はあります。」
議長は机を軽く叩く。
「推測は後だ。」
「事実だけを話せ。」
部屋は再び静かになった。
ヴォルコフは一枚の資料を机へ置く。
「問題は転移です。」
「第126開発区に現れた魔法陣。」
「現在の魔導工学では再現不可能。」
科学院長も頷く。
「魔法陣の構造も、我々の知る術式とは一致しません。」
「古代魔法でしょうか?」
若い研究員が恐る恐る尋ねる。
「断定はできん。」
院長は静かに答えた。
「ただ……。」
一瞬だけ言葉が止まる。
「妙な点があります。」
「何だ。」
「術式の一部が、何かを識別するような構造になっているのです。」
「識別?」
「ええ。」
「まるで……。」
院長は資料を閉じた。
「いや、まだ仮説です。」
誰も深く追及しなかった。
一方その頃。
地下七階。
特別拘束室。
山田は硬いベッドに腰掛け、ぼんやりと天井を見つめていた。
「異世界って、もっとワクワクするもんじゃないのかよ……。」
返事はない。
窓もない。
時計もない。
聞こえるのは換気装置の音だけだった。
しばらくして鉄扉が開く。
若い女性士官が食事の載ったトレーを置く。
山田は恐る恐る尋ねた。
「あの……。」
「ここって、どこなんですか?」
女性は少しだけ考えた後、小さく答える。
「国家保安省。」
「それ以上は答えられません。」
「俺、帰れますか?」
女性は何も言わない。
ただ、トレーを置くと静かに部屋を出て行った。
残されたのは静寂だけだった。
同時刻。
首都ビダグラード郊外。
第126開発区。
現場検証は夜になっても続いていた。
巨大な魔法陣は既に消えている。
しかし地面には、焼け焦げたような紋様だけが残されていた。
「写真を撮れ。」
「破片も全て回収しろ。」
兵士たちが慎重に作業を進める。
一人の技術士官がしゃがみ込み、小さな金属片を拾い上げた。
「……これは?」
指先ほどの大きさしかない黒い破片。
金属にも石にも見える。
表面には何かの文字が刻まれていたが、欠けていて読めない。
「遺物か?」
「いや。」
「瓦礫の一部だろう。」
技術士官は深く考えず、証拠袋へ入れた。
その袋には管理番号だけが書かれる。
No. Y-17
誰も、その番号を気に留めなかった。
その夜。
ビダグラードの街は何事もなかったかのように眠りにつく。
だが。
誰にも知られない場所で。
世界は確かに、ほんの少しだけ動き始めていた。




