第二話 国家保安庁
……ピッ。
……ピッ。
……ピッ。
一定の間隔で電子音が鳴り続けている。
山田太郎は重たい瞼をゆっくりと開いた。
視界に映ったのは真っ白な天井だった。
(病院……?)
そう思ったのも束の間。
両腕を動かそうとして、異変に気付く。
ガチャリ。
金属音。
手首には分厚い拘束具。
足首にも鋼鉄の枷が取り付けられている。
胸には何本ものコード。
首筋には見慣れない魔法陣の刻まれた首輪が装着されていた。
「……え?」
ゆっくりと身体を起こそうとする。
だが、身体がほとんど動かない。
その瞬間。
天井のスピーカーから無機質な声が流れた。
「対象Y-001、覚醒を確認。」
「尋問室へ移送します。」
ガシャン。
重い鉄扉が開く。
灰色の軍服を着た兵士が六人。
その後ろには黒い制服の男が二人立っていた。
全員、自動小銃を構えている。
まるで猛獣でも相手にするような警戒ぶりだった。
「立て。」
一人の兵士が短く命令する。
「いや、立てって言われても……。」
兵士は答えない。
二人が山田の腕を掴み、無理やり立たせた。
廊下へ出る。
地下施設らしい。
灰色のコンクリート。
無数の監視カメラ。
赤く点滅する警告灯。
分厚い防爆扉が何重にも並んでいる。
通るたびに認証音が鳴った。
『第一隔壁、解除。』
『第二隔壁、解除。』
『対魔法結界、正常。』
『対転移結界、正常。』
『対象通過。』
(ここ……刑務所じゃない。)
(要塞だ。)
山田は思わず息を呑んだ。
◇
国家保安省地下七階。
特別尋問室。
部屋の中央には一脚の椅子。
床一面には巨大な魔法陣が刻まれている。
天井からは白い照明が山田だけを照らしていた。
「着席。」
兵士に肩を押され、椅子へ座らされる。
拘束具が自動的に閉まる。
両腕。
両脚。
胴体。
首。
完全に固定された。
数秒後、扉が開く。
入ってきたのは五人。
軍服の男。
国家保安省の制服を着た男。
白衣姿の研究員が二人。
そして、黒いローブを纏った老人。
全員の視線が山田へ向けられる。
軍服の男が机に一枚の書類を置いた。
「尋問を開始する。」
低い声だった。
「私は国家保安省特別保安局局長、ヴォルコフ上級大将。」
「お前は現在、敵性戦略兵器容疑により拘束されている。」
山田は思わず声を上げた。
「兵器って何ですか!」
「俺、人間ですよ!」
誰一人として反応しない。
ヴォルコフは淡々と質問を始めた。
「所属。」
「○○高校です。」
「所属組織を聞いている。」
「だから高校です!」
「国家。」
「日本。」
研究員が小さく首を傾げる。
「該当国家、データベースに存在しません。」
ヴォルコフは表情一つ変えない。
「任務。」
「学校へ行って……。」
「違う。」
「この国へ侵入した目的だ。」
「だから分からないんですって!」
山田は思わず叫ぶ。
「寝てたら急に知らない場所へ来て!」
「軍隊に囲まれて!」
「俺だって意味分かんないんですよ!」
部屋が静まり返る。
研究員が端末を操作する。
「脈拍上昇。」
「発汗増加。」
「恐怖反応を確認。」
「虚偽の可能性……低。」
その報告を聞いても、ヴォルコフは頷かない。
「第二段階へ移行する。」
白衣の女性が前へ出た。
銀色のケースを開く。
中には数本の注射器が整然と並んでいた。
山田の顔色が変わる。
「ちょっと待ってください。」
「それ……何ですか?」
「真実誘導薬剤。」
女性は感情のない声で答える。
「国家保安法第十二条に基づき投与します。」
「いやいや!」
「俺まだ何も!」
「対象が拒否反応。」
「投与を続行。」
兵士が山田の肩を押さえつける。
冷たい針が腕へ刺さった。
透明な液体が体内へ流れ込む。
数分後。
頭がぼんやりとしてくる。
身体に力が入らない。
「質問を再開する。」
「氏名。」
「山田……太郎です……。」
「任務。」
「学校へ行くこと……。」
「Y-001とは何だ。」
山田は薄れる意識の中で答えた。
「……分かりません。」
「計画とは何だ。」
「知りません……。」
「誰がお前を送った。」
「分からない……。」
研究員が困惑した表情を浮かべる。
「薬剤は正常に作用しています。」
「対象は意図的な虚偽を述べていません。」
「全回答に矛盾なし。」
部屋の空気が変わった。
ヴォルコフが初めて眉をひそめる。
「……あり得ん。」
黒いローブの老人が静かに前へ出た。
「局長。」
「次は私が確認しましょう。」
「精神記録閲覧魔法です。」
老人が杖を掲げる。
巨大な魔法陣が床いっぱいに広がった。
青白い光が山田を包み込む。
山田は抵抗することもできない。
魔法陣は静かに回転を始めた。
その瞬間だった。
老人の目が大きく見開かれる。
「……なっ。」
魔法陣が激しく揺らぐ。
バチッ!!
火花が飛び散り、部屋中の照明が一瞬だけ消えた。
老人は数歩後退する。
額には汗が滲んでいた。
「どうした。」
ヴォルコフが鋭く問う。
老人は震える声で答えた。
「偽装ではありません。」
「記憶は本物です。」
「この少年は……。」
「本当に、我々の知らない世界から来ています。」
その言葉に、部屋の全員が息を呑んだ。
そして誰もしらぬ空間の中で
『Y-001との接触を確認。』
『計画進行率 二十六・八パーセント。』




