第一話 赤き旗の都 後編
国防省地下指令室。
部屋の中央には巨大な立体地図が投影されていた。
赤い光が首都ビダグラードを包み込み、その周囲を青い光が幾重にも取り囲んでいる。
それは首都全域を覆う防衛結界だった。
魔法による転移。
長距離攻撃。
敵性魔法の侵入。
あらゆる脅威を遮断する、サピエス連合最高峰の防衛設備。
数十年間、一度も破られたことはない。
そのはずだった。
ピ――――ッ!!
突然、警報が鳴り響く。
オペレーターが思わず立ち上がる。
「第126開発区、防衛結界内部で異常魔力反応!」
「識別できません!」
「結界を通過した記録もありません!」
部屋が静まり返る。
「……あり得ん。」
白髪混じりの老将軍が呟く。
結界の中に、突然何かが現れた。
そんな現象は理論上存在しない。
「規模は!」
「転移魔法級です!」
「発生源固定!」
「対象、一名!」
一名。
その言葉に室内の空気が変わる。
将軍はゆっくり帽子を被り直した。
「……遂に来たか。」
静かな声だった。
しかし、その一言で全員が動き出す。
「国家非常事態コード・レッドを発令。」
「特殊公軍第一師団を出動。」
「第七、第九戦車旅団は首都封鎖。」
「対象は可能な限り生け捕り。」
「繰り返す。」
「絶対に殺すな。」
通信兵が敬礼する。
「了解!」
サイレンが首都中へ響き始めた。
◇
同時刻。
第126開発区。
「いてて……。」
山田太郎は瓦礫の山から立ち上がった。
制服は砂まみれ。
スマホは画面が割れている。
「夢……じゃないのか。」
目の前を巨大な戦車が走り抜ける。
履帯が道路を揺らし、黒い煙を空へ吐き出していた。
その砲塔には赤い星。
車体には見たこともない文字。
空を見上げれば巨大な飛行艇がゆっくり旋回している。
まるで映画の撮影現場だった。
「誰かいる!」
思わず叫ぶ。
しかし返事はない。
代わりに街中へ警報が鳴り響く。
『市民は直ちに避難してください。』
『市民は直ちに避難してください。』
人々が一斉に建物へ駆け込む。
道路は数分で無人になった。
「え……?」
山田だけが取り残される。
その時だった。
ズンッ。
空気が震える。
足元が青白く光り始めた。
「な、何だこれ?」
巨大な魔法陣。
直径百メートルはある。
複雑な文字が幾重にも重なり、地面いっぱいに広がっていく。
光はさらに強くなる。
ゴォォォォォッ!!
轟音。
眩い閃光。
次の瞬間。
誰もいなかった空間に、人影が現れた。
一人。
二人。
十人。
百人。
さらに戦車。
装甲車。
魔導砲。
兵士たちは整然と隊列を組み、ほんの数秒で包囲陣形を完成させる。
その動きには一切の無駄がない。
山田は呆然と立ち尽くす。
「え……。」
気付けば数百本の銃口が、自分へ向けられていた。
黒い軍服。
赤い腕章。
全員が無表情。
一人の将校が前へ出る。
「目標確認。」
「対象は一名。」
「外見、人類男性。」
耳元へ手を当て、通信する。
「こちら特殊公軍第一師団。」
「対象を発見。」
その言葉に山田は反応する。
脳裏に機械音声が蘇る。
『個体識別番号――Y-001』
背筋が凍った。
俺のことなのか?
「対象に警告する。」
将校が一歩前へ出る。
「抵抗するな。」
「両手を頭の後ろへ。」
「ゆっくり跪け。」
「さもなくば武力を行使する。」
山田は混乱したまま首を振る。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「俺、本当に何も知らないんです!」
「高校生なんです!」
兵士たちは微動だにしない。
「最後通告。」
「三。」
「二。」
「いや、本当に違うって!」
「一。」
将校の右手が振り下ろされた。
「確保。」
その瞬間。
無数の魔法陣が空中に展開される。
眩い光が山田を包み込む。
身体が動かない。
「え……?」
視界が揺れる。
膝から崩れ落ちる。
意識が急速に遠のいていく。
最後に見えたのは。
こちらを無表情で見下ろす将校の姿だった。
「対象、制圧完了。」
「これより国家保安省へ移送する。」
誰かがそう報告する声だけが、遠く聞こえた。
そして山田の意識は、再び暗闇へと沈んでいった。




