第一話 赤き旗の都 前編
勇ましい軍歌が、まだ薄暗い首都ビダグラードの空に響き渡る。
夜明けとともに、巨大なスピーカーから流れるその旋律は、市民にとって目覚まし時計と同じだった。
工場の煙突から白煙が立ち昇る。
赤い旗が朝風にはためく。
大通りには、灰色の制服を着た労働者たちが無言で歩いていた。
誰一人として私語を交わさない。
全員が同じ方向へ歩いていく。
街の中心には、高さ百メートルを超える巨大な銅像がそびえ立っていた。
右手を高く掲げる革命の英雄。
その台座には黄金色の文字で刻まれている。
『人類に栄光あれ』
その足元を、子供たちが整列して歩いていた。
皆、赤いスカーフを首に巻いている。
「人類に!」
教師が叫ぶ。
「栄光あれ!」
子供たちが声を揃える。
「人類に!」
「栄光あれ!」
それを見守る市民たちは、満足そうに頷いた。
これがサピエス社会主義人類連合共和国。
世界最大の工業国家。
東側陣営を率いる超大国。
そして——。
魔人を最も嫌う国だった。
◇
街外れ。
二重三重の鉄条網に囲まれた区域。
その入口には、大きな看板が掲げられている。
《第七魔人労働保護区》
保護。
そう書かれている。
だが、その中で暮らす者に笑顔はなかった。
薄汚れた作業服。
痩せ細った身体。
首には識別用の金属製首輪。
今日も大人たちは工場へ向かう。
幼い子供たちは、鉄条網越しに街を眺めていた。
「今日もパレードだ。」
一人の少年が嬉しそうに呟く。
「戦車、見えるかな。」
隣の少女が背伸びをする。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ……。
大地が震え始める。
道路の向こうから巨大な履帯音が近づいてくる。
最初に見えたのは赤旗。
次に兵士。
そして——。
「うわぁ……。」
少年は息を呑んだ。
鋼鉄の怪物。
全長十メートルを超える化学戦車。
黒い装甲に赤い星が描かれ、その砲身はゆっくりと空を向いている。
魔法ではない。
魔石でもない。
燃料と化学反応だけで動く、東側最高の兵器。
その後ろを何十両もの戦車が続く。
兵士たちは一糸乱れぬ隊列で歩き、軍歌を歌っていた。
「すごい……。」
少年は思わず鉄条網へ近付く。
「僕も……。」
「おい。」
低い声が響く。
監視兵だった。
「鉄条網に触れるな。」
少年は慌てて手を引っ込める。
監視兵は睨み付けた。
「魔人風情が、人類の軍を見上げるな。」
「ご、ごめんなさい……。」
周囲の子供たちは俯く。
誰も何も言わない。
言い返せば殴られる。
それを知っているからだ。
しかし少年だけは違った。
「でも……。」
小さな声で呟く。
「いつか僕も、人を守る兵士になりたい。」
一瞬。
周囲が静まり返った。
監視兵は鼻で笑う。
「兵士?」
次の瞬間。
少年の頬に鈍い音が響いた。
パンッ。
身体が地面へ倒れる。
「勘違いするな。」
監視兵は冷たく言い放つ。
「軍は人類のものだ。」
「お前たちの仕事は工場で死ぬまで働くこと。」
「それだけだ。」
少年は頬を押さえながら立ち上がる。
涙は流さない。
流したら負けだと、父に教えられていた。
それでも。
戦車を見つめる瞳だけは輝いたままだった。
◇
その頃。
首都ビダグラード中央。
国防省地下指令室では、誰も予想していなかった事態が起きようとしていた——。
(後編へ続く)




