第十五話 鉄の雨
警報が鳴り止まない。
地下基地全体が震えていた。
天井から砂がぱらぱらと降り、照明が何度も明滅する。
「砲撃だ!」
「入口付近に着弾!」
「第一防衛線、交戦開始!」
怒号が飛び交う。
さっきまで子どもたちが遊んでいた通路を、完全武装の兵士たちが駆け抜けていく。
山田は呆然と立ち尽くしていた。
(本当に……戦争なんだ。)
テレビでも映画でもない。
ゲームでもない。
人が本気で人を殺そうとしている。
その現実が、ようやく胸に突き刺さった。
「山田!」
リゼが駆け寄ってくる。
「こっち!」
山田は我に返り、彼女の後を追った。
二人が走る通路の向こうから、担架に乗せられた兵士が運ばれてくる。
肩から胸にかけて血が滲み、苦しそうに呼吸をしている。
「衛生兵!」
「輸血を急げ!」
リゼは迷わず担架へ駆け寄った。
「山田、そこの包帯!」
「えっ、あ、うん!」
震える手で棚から包帯を取る。
手伝おうとしても、何をすればいいのか分からない。
自分だけが何もできない。
その事実が悔しかった。
一方、地上。
爆煙の向こうから、サピエス軍第一戦車軍団が姿を現す。
重厚な履帯が大地を踏みしめるたび、山全体が震える。
先頭車両の砲塔には赤い星章。
その後方には、装甲歩兵部隊。
さらに空には航空戦艇が旋回していた。
「敵、射程内!」
自由戦線の隊長が叫ぶ。
「撃て!」
山腹に隠されていた化学砲が一斉に火を吹く。
轟音。
砲弾が戦車隊へ降り注ぐ。
先頭の一両が爆炎に包まれる。
しかし後続は止まらない。
壊れた車両を押しのけるように、次々と前進してくる。
「第二列、前へ!」
「歩兵は左右へ展開!」
隊列は乱れない。
まるで一つの巨大な機械のように進軍してくる。
指揮車の中。
ヴォルコフは静かに戦況図を見つめていた。
「敵は予想通り山岳防衛を選択しました。」
副官が報告する。
「構わん。」
ヴォルコフは淡々と答えた。
「正面は囮だ。」
「第三戦車旅団を北側へ回せ。」
「山道を迂回し、補給路を断つ。」
「了解。」
命令はすぐに各部隊へ伝達される。
ヴォルコフにとって、この戦いは感情ではない。
軍事作戦だった。
地下基地。
イヴァンもまた地図を見つめていた。
「……読まれたか。」
「北側へ回っている。」
参謀が驚く。
「なぜ分かるんです?」
イヴァンは地図の尾根を指差した。
「私ならそうする。」
「補給を断てば、この基地は三日ともたない。」
静かに無線を取る。
「第五中隊。」
「北側へ移動。」
「時間を稼げ。」
返事は短かった。
『了解。』
それだけだった。
山田は医療区画の入口で、そのやり取りを聞いていた。
誰も「勝てる」とは言わない。
誰も「英雄」が現れるとは思っていない。
ただ、自分の役割を果たそうとしている。
その姿は、サピエス軍も、自由戦線も同じだった。
(……どっちも、人間なんだ。)
敵にも仲間がいて、家族がいる。
そんな当たり前のことを、山田は初めて実感した。
その時だった。
遠くから爆発音が響く。
続いて通信兵が飛び込んでくる。
「北側防衛線、交戦開始!」
「敵戦車部隊、予想より早い!」
イヴァンは静かに立ち上がる。
軍帽をかぶり、拳銃を腰に差す。
「司令官!」
護衛が止めようとする。
しかしイヴァンは首を振った。
「前線へ行く。」
「兵士だけを戦わせるわけにはいかない。」
その背中を見つめながら、山田は思った。
(この人は、本気で命を懸けている。)
戦争は、もう誰にも止められなかった。




