第十話 灰色の自由
爆発の轟音は遠ざかっていた。
山田は反乱軍に連れられ、地下水路のような細い通路を歩いていた。
薄暗い通路にはところどころ非常灯が灯り、湿った空気が肌にまとわりつく。
誰一人として口を開かない。
先頭を歩く隊長は地図も見ずに進み、後方では二人が絶えず周囲を警戒していた。
どれくらい歩いただろうか。
3時間か。
5時間か。
地下で爆発の轟音は遠ざかっていた。
山田は反乱軍に連れられ、地下水路のような細い通路を歩いていた。
薄暗い通路にはところどころ非常灯が灯り、湿った空気が肌にまとわりつく。
誰一人として口を開かない。
先頭を歩く隊長は地図も見ずに進み、後方では二人が絶えず周囲を警戒していた。
どれくらい歩いただろうか。
十分か。
三十分か。
地下では時間の感覚すら曖昧になる。
やがて隊長が立ち止まった。
古びた鉄扉。
ノックが三回。
少し間を空けて二回。
そしてもう一度一回。
ガコン、と錠が外れる音がした。
「帰還した。」
扉の向こうから声が返る。
「損害は?」
「軽傷二名。」
「対象の回収に成功した。」
重い扉がゆっくり開く。
山田が足を踏み入れた先は、想像とはまるで違う光景だった。
地下基地。
そう聞けば武器庫や司令室を想像する。
しかし目の前にあったのは、小さな町だった。
子どもが走り回る。
老人が将棋のような盤ゲームを指している。
女性たちは大鍋でスープを作り、誰かが笑っている。
武装した兵士もいる。
だが、それ以上に「普通の生活」がそこにはあった。
「……え。」
思わず声が漏れた。
隊長が振り返る。
「珍しいか。」
「いや……。」
「もっと怖い場所かと思ってました。」
その言葉に、近くにいた青年が苦笑する。
「サピエスの教科書じゃ、俺たちは化け物らしいからな。」
山田は何も言えなかった。
確かに学校で習った歴史では、反政府組織は「国家を混乱させる犯罪者」と説明されることが多かった。
目の前の人たちは、そのイメージとは違った。
子どもを抱き上げて笑う兵士。
怪我人の手当てをする衛生兵。
食料を運ぶ老人。
戦争の中でも、人々は生活していた。
「隊長!」
一人の少女が駆け寄ってくる。
年齢は十五、六歳ほど。
銀色の長い髪を後ろで束ね、軍服の上から古びた外套を羽織っている。
耳元からは、わずかに尖った耳が覗いていた。
山田は思わず目を見開く。
「……魔人。」
少女は一瞬だけ表情を曇らせた。
だが、すぐに微笑む。
「初めまして。」
「私はリゼ。」
「この基地で衛生兵をしています。」
山田は戸惑いながら頭を下げた。
「山田……です。」
リゼは少し笑う。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。」
「ここには人間も魔人もいるから。」
その言葉に山田は辺りを見回す。
よく見ると、尖った耳の者もいれば普通の人間もいる。
同じ食卓を囲み、同じ仕事をしている。
サピエス連合では考えられない光景だった。
「隊長。」
一人の兵士が近づく。
「議長がお待ちです。」
「……分かった。」
隊長は山田を見る。
「来い。」
「この基地を率いる人間に会ってもらう。」
長い廊下を進む。
最奥の部屋。
重い木製の扉が開いた。
中には一人の男が立っていた。
四十代ほどだろうか。
軍服ではなく質素なシャツ姿。
机の上には大量の地図と書類が積まれている。
男は山田を見ると、静かに立ち上がった。
「ようこそ。」
「自由戦線へ。」
その声は穏やかだった。
「私はイヴァン・ベルゴフ。」
「この組織の代表を務めている。」
山田は息をのむ。
この男が。
サピエス連合が「国家最大の反逆者」と呼ぶ人物。
その本人だった。
イヴァンは椅子を勧める。
「安心してくれ。」
「君を利用するために助けたわけではない。」
少し間を置き、穏やかな笑みを浮かべた。
「……まずは、君が何者なのか。」
「そして、なぜ国家が命懸けで君を奪おうとしたのか。」
「一緒に考えようじゃないか。」
山田は静かに椅子へ座る。
だがその頃、サピエス連合首都では、ヴォルコフが瓦礫となった地下施設を見つめながら、ただ一言だけ呟いていた。
「……始まってしまったか。」
彼の視線は、爆発の原因ではなく、資料棚から消えた一冊の古い報告書に向けられていた。
表紙には、かすれた文字でこう記されていた。
《Y計画 第一次封印記録》
その一冊の喪失が、まだ誰も知らない数千年前の歴史へと繋がっていることを、この時知る者は誰もいなかった。は時間の感覚すら曖昧になる。
やがて隊長が立ち止まった。
古びた鉄扉。
ノックが三回。
少し間を空けて二回。
そしてもう一度一回。
ガコン、と錠が外れる音がした。
「帰還した。」
扉の向こうから声が返る。
「損害は?」
「軽傷二名。」
「対象の回収に成功した。」
重い扉がゆっくり開く。
山田が足を踏み入れた先は、想像とはまるで違う光景だった。
地下基地。
そう聞けば武器庫や司令室を想像する。
しかし目の前にあったのは、小さな町だった。
子どもが走り回る。
老人が将棋のような盤ゲームを指している。
女性たちは大鍋でスープを作り、誰かが笑っている。
武装した兵士もいる。
だが、それ以上に「普通の生活」がそこにはあった。
「……え。」
思わず声が漏れた。
隊長が振り返る。
「珍しいか。」
「いや……。」
「もっと怖い場所かと思ってました。」
その言葉に、近くにいた青年が苦笑する。
「サピエスの教科書じゃ、俺たちは化け物らしいからな。」
山田は何も言えなかった。
確かに学校で習った歴史では、反政府組織は「国家を混乱させる犯罪者」と説明されることが多かった。
目の前の人たちは、そのイメージとは違った。
子どもを抱き上げて笑う兵士。
怪我人の手当てをする衛生兵。
食料を運ぶ老人。
戦争の中でも、人々は生活していた。
「隊長!」
一人の少女が駆け寄ってくる。
年齢は十五、六歳ほど。
銀色の長い髪を後ろで束ね、軍服の上から古びた外套を羽織っている。
耳元からは、わずかに尖った耳が覗いていた。
山田は思わず目を見開く。
「……魔人。」
少女は一瞬だけ表情を曇らせた。
だが、すぐに微笑む。
「初めまして。」
「私はリゼ。」
「この基地で衛生兵をしています。」
山田は戸惑いながら頭を下げた。
「山田……です。」
リゼは少し笑う。
「そんなに警戒しなくても大丈夫。」
「ここには人間も魔人もいるから。」
その言葉に山田は辺りを見回す。
よく見ると、尖った耳の者もいれば普通の人間もいる。
同じ食卓を囲み、同じ仕事をしている。
サピエス連合では考えられない光景だった。
「隊長。」
一人の兵士が近づく。
「議長がお待ちです。」
「……分かった。」
隊長は山田を見る。
「来い。」
「この基地を率いる人間に会ってもらう。」
長い廊下を進む。
最奥の部屋。
重い木製の扉が開いた。
中には一人の男が立っていた。
四十代ほどだろうか。
軍服ではなく質素なシャツ姿。
机の上には大量の地図と書類が積まれている。
男は山田を見ると、静かに立ち上がった。
「ようこそ。」
「自由戦線へ。」
その声は穏やかだった。
「私はイヴァン・ベルゴフ。」
「この組織の代表を務めている。」
山田は息をのむ。
この男が。
サピエス連合が「国家最大の反逆者」と呼ぶ人物。
その本人だった。
イヴァンは椅子を勧める。
「安心してくれ。」
「君を利用するために助けたわけではない。」
少し間を置き、穏やかな笑みを浮かべた。
「……まずは、君が何者なのか。」
「そして、なぜ国家が命懸けで君を奪おうとしたのか。」
「一緒に考えようじゃないか。」
山田は静かに椅子へ座る。
だがその頃、サピエス連合首都では、ヴォルコフが瓦礫となった地下施設を見つめながら、ただ一言だけ呟いていた。
「……始まってしまったか。」
彼の視線は、爆発の原因ではなく、資料棚から消えた一冊の古い報告書に向けられていた。
表紙には、かすれた文字でこう記されていた。
《Y計画 第一次封印記録》
その一冊の喪失が、何につながるのか彼らはまだ知らなかった。




