第九話 地下からの脱出
「走れ!」
男の怒声が地下通路に響いた。
山田は訳も分からないまま、その背中を追い掛ける。
赤い非常灯だけが通路を照らし、壁の配管からは白い蒸気が吹き出していた。
警報音が鳴り止まない。
『警報。第六区画に侵入者を確認。全警備部隊は迎撃せよ。』
『対象Y-001の奪還を最優先とする。』
「Y-001って俺のことかよ……!」
「喋るな。」
先頭を走る男が短く言う。
「息を切らすぞ。」
反乱軍は全部で五人。
全員が黒い戦闘服に身を包み、顔を覆う防毒面を着けている。
まるで何年も一緒に戦ってきたかのように、一切無駄のない動きだった。
その時だった。
通路の先で鋭い声が響く。
「いたぞ!」
「対象を確認!」
十数人の兵士が一斉に銃を構える。
「撃て!」
乾いた発射音が地下に響いた。
壁に火花が散る。
「伏せろ!」
男に引き倒され、山田は床へ転がる。
頭上を弾丸が通り過ぎていく。
(映画じゃんこれぇぇぇ!!)
「二班!」
「了解。」
後ろを走っていた二人が前へ出る。
腰から筒状の装置を取り出し、床へ投げた。
「煙幕展開。」
ボンッ!!
一瞬で白煙が通路を覆い尽くす。
「視界ゼロ!」
「落ち着け!撃ち続けろ!」
兵士たちの怒号が聞こえる。
その煙の中を、反乱軍は迷うことなく駆け抜けていく。
「どうして見えるんだよ!?」
「赤外線だ。」
短い返事。
山田だけが何も見えず、必死についていく。
煙を抜けた瞬間。
目の前には巨大な隔壁が現れた。
厚さ一メートルはありそうな鋼鉄製の扉。
「閉鎖されます!」
天井のスピーカーが無機質な声を流す。
『三区画隔壁、閉鎖開始。』
「まずい!」
反乱軍の一人が端末を取り出す。
高速で画面を操作する。
「解除できるか!」
「三十秒!」
「長い!」
その時だった。
背後から重低音が響く。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
山田が振り返る。
通路いっぱいの鋼鉄の巨体。
灰色の装甲。
低く唸るエンジン音。
砲塔には赤い星が描かれている。
「化学戦車……。」
第一話で見たものと同じだった。
だが今は、目の前にいる。
「目標確認。」
機械音声が響く。
「対象保護。」
「抵抗勢力を排除する。」
砲身がこちらを向く。
山田の背筋が凍った。
「え。」
「え?」
「ちょっと待っ――」
「伏せろォォ!!」
轟音。
通路全体が揺れる。
反乱軍の男が山田を突き飛ばす。
砲弾は壁を直撃し、コンクリートが吹き飛んだ。
粉塵が舞う。
「なんで地下で撃つんだよ!?」
「奴らは施設ごと潰す気だ!」
男が叫ぶ。
「お前を渡すくらいなら埋める方を選ぶ!」
山田は言葉を失った。
(マジで兵器扱いされてる……。)
その間にも戦車は前進してくる。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
「隊長!」
「開きました!」
隔壁がゆっくりと動き始める。
「全員突破!」
反乱軍は山田を囲みながら隔壁を通り抜ける。
最後尾の男が振り返る。
小さな円盤を床へ貼り付けた。
「さようなら。」
戦車が隔壁へ到達した瞬間――。
ドォォォォォン!!
凄まじい爆発が地下を揺らした。
隔壁ごと通路が崩落する。
数百トンの瓦礫が戦車を飲み込み、追撃は止まった。
静寂。
誰も口を開かない。
やがて隊長が山田を見る。
「……運が良かったな。」
「あと数秒遅ければ死んでいた。」
山田は震える足で立ち上がった。
まだ鼓動が収まらない。
息も整わない。
それでも、一つだけ分かったことがあった。
この世界では、自分はただの高校生ではない。
国家が一個師団を動かし、地下施設を半壊させてでも確保しようとする存在。
――Y-001。
その正体を知る者は、まだ誰もいなかった。




