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第39話「死の橋」


【第6刻限】残り19日 17時間 ─ 刻印課題:火山公を屈服させよ


───


「正気ですか、閣下!」


 カディルが声を荒げた。


「あの火力の中を突っ込むなど──」


「方法はある」


 レイスはフィーネを見た。


「……できるか?」


 問いかけに、フィーネは静かに頷いた。


「私のバリアで、インフェルノの火力を凌ぎます」


 蒼穹色の瞳に、迷いはなかった。


「封印が緩んだおかげで、以前より長く維持できます。……一度に多くは守れませんが、少人数なら」


「バラカ、メルヴェ」


 レイスが二人を見た。


「お前たちは、残ったインフェルノの制圧に向かえ。砲台を沈黙させろ」


「おうよ」


 バラカが大斧を担ぎ直した。


「任せとけ。俺とメルヴェ様で、あの砲台をぶっ壊してやる」


「わたくしの氷結魔法なら、砲台の熱源を封じられますわ」


 メルヴェが扇子を閉じた。


「お任せくださいませ」


「閣下は、どうされるのですか」


 カディルが問うた。


 レイスは、城塞の奥を見据えた。


「俺は、フィーネとカディルと共に、ヴォルカンの元へ向かう」


「直接……!?」


「刻限の課題は『火山公を屈服させよ』だ」


 レイスの声は、静かだった。


「俺が直接会わなければ、話にならない」


 それが、このゲームのルールだ。

 刻印者として契約を結ぶには、対象と直接対峙しなければならない。


(交渉のテーブルにつかせるには、まず──力を見せなきゃいけない)


(それが、この世界のルールだ)


 カディルは、しばらく黙っていた。


 やがて、深く頭を下げた。


「……お供いたします」


───


 同時刻。


 城塞の内部。


───


「……ほう」


 ヴォルカン・アレヴリは、窓から外を見ていた。


 崩れた城門。

 炎上する魔道砲台。

 そして、遠くの丘に立つ、小さな人影。


 彼の脳裏に、古い記憶が蘇った。


 ──『火の城塞を砕く者が現れたとき、汝の前に新たな王が立つ』


 大魔王カーラ。

 死の間際に遺した、あの予言。


 100年間、誰も城門を破れなかった。

 それが今、あの若造の手で──。


 ヴォルカンは、不敵な笑みを浮かべた。


「面白い」


 彼は窓辺を離れ、剣を取った。


「来い、若造。──お前の器を、試してやろう」


───


 夜明けが近づいていた。


 東の空が、薄く白み始めている。


 突入隊が、崩れた城門の前で二手に分かれた。


「フィーネ、頼む」


「はい」


 フィーネが両手を掲げた。


 蒼穹色の瞳が、淡い光を帯びる。


「──バリア」


 透明な光の膜が、レイス、カディル、フィーネの三人を包み込んだ。


 同時に──。


 残ったインフェルノが、火を噴いた。


 ゴォォォォォ!!


 炎の奔流が、バリアに叩きつけられる。

 熱波が空気を歪ませ、地面の石が焼け焦げた。


 だが──バリアは、持ちこたえた。


「……っ」


 フィーネの額に、汗が滲む。


「大丈夫か」


「はい……まだ、いけます」


 その声には、確かな芯があった。


「バラカ、メルヴェ! 今だ!」


 レイスが叫んだ。


「任せろォ!!」


 バラカが咆哮と共に駆け出した。


 インフェルノが三人に向けて火を吐いている間に、その死角を突く。


 メルヴェが指を振るうと、氷の槍が砲台の基部に突き刺さった。


「砲台の熱源を封じますわ……!」


 バラカの大斧が、砲台の支柱を叩き割る。


 ガギィィィン!!


 金属が軋む悲鳴を上げ、砲台が傾いた。


「閣下、今のうちに!」


「行くぞ!」


 レイスは駆け出した。


 カディルとフィーネが、その両脇を固める。

 バリアの光を纏いながら、崩れた城門の穴をくぐり抜ける。


 城塞の内部へ。


───


 廊下を駆け抜ける。


 硫黄と焦げた石の匂いが、鼻を突く。

 足音が、石壁に反響して跳ね返ってくる。


 敵兵の姿は、まばらだった。

 城門が破壊された混乱が、まだ収まっていないのだろう。


(今のうちに、できるだけ奥へ──)


 だが──。


 その先に、赤い光が溢れていた。


 炎だ。


 廊下の奥から、まるで生き物のように炎が這い出してくる。


 その中心に、一人の男が立っていた。


 黒い瞳。

 灰色の髪。

 炎を纏った巨躯。


「来たか」


 低く、重い声。


「ヴォルカン……!」


 カディルが剣を構えた。


 だが、ヴォルカンはカディルを見ていなかった。


 その視線は、真っ直ぐにレイスに向けられている。


「お前か。──レイス・カランルク」


 炎が、うねりながら男の周囲を踊る。


「城門を砕き、インフェルノを潰した。……悪くない。悪くないぞ」


 ヴォルカンが、一歩を踏み出した。


 それだけで、空気の温度が跳ね上がる。

 肌を焼くような熱気が、レイスの全身を包んだ。


(……やばい。これ、桁が違う)


(ザフィルの時とは、比べものにならない)


(役員面接どころじゃない。これ、社長面談だ……いや、会長?)


(さすがは、カラハン国最高戦力)


 だが、レイスは逃げなかった。


 逃げられない。


 刻限の課題は、この男を「屈服させる」こと。

 それは必ずしも「倒す」ことではない。


 だが──交渉のテーブルにつかせるには、まず器を示さなければならない。


(……ここで引いたら、全部終わりだ)


(深呼吸。落ち着け。攻略wikiには書いてあった。このボスは──)


「来い、若造」


 ヴォルカンが、炎を纏った手を掲げた。


「お前の器を、試してやろう」


 炎が、廊下を埋め尽くしていく。


 その時だった。


 ヒュンッ──!


 背後から、小さな影が飛んできた。


「キュルルルッ!」


 ファルだ。


 後方待機の命令を無視して、レイスを追ってきたのだ。

 金色の瞳が、ヴォルカンを真っ直ぐに睨みつけている。


(お前……命令無視は始末書案件だからな……!)


 ──瞬間。


 ヴォルカンの表情が、変わった。


 不敵な笑みが消える。

 何かを見極めようとするような、鋭い眼差し。


「……それは」


 低い声が、炎の轟音を貫いた。




 ヴォルカンの黒い瞳が、ファルに釘付けになっている。


 纏っていた炎が、揺らいだ。

 廊下を埋め尽くしていた灼熱が、一瞬だけ──止まる。


「……なんだ、その生き物は」


 声に、困惑が滲んでいた。


 ファルは怯まなかった。

 金色の瞳が、真っ直ぐにヴォルカンを見据えている。

 小さな体が、レイスの肩の上で微かに震えている。だが、それは恐怖ではない。


「キュルルル……」


 低い唸り。

 威嚇でもない。

 まるで──何かを確かめるような、響き。


 その瞬間。


 レイスの視界の端に、淡い光が浮かんだ。


 【天秤の真眼】が、自動的に発動している。


 ヴォルカン・アレヴリ。

 その巨躯が、眩いほどの光を纏っていた。


(光の強さ……規格外だ)


 これまで見てきた誰よりも強い。

 カディルでさえ、ここまでの輝きはなかった。


 そして──文字が浮かぶ。


【光の強さ:極大】

【得意:火炎魔術、白兵戦、統率】

【適性:攻撃型指揮官】

【潜在リスク:高い自尊心。力を認めない者には従わない】

【推奨対応:力で屈服させず、実力を認めた上での交渉】


(……力で屈服させるな、か)


 レイスは、賭けに出た。


「ヴォルカン・アレヴリ」


 声が、廊下に響いた。

 震えはなかった。


「100年前──カーラ・カラハンは、お前に何を言い遺した」


───


 時が、止まった。


 炎が凍りついたように静止する。

 石壁を舐めていた赤い光が、一瞬だけ色を失った。


 ヴォルカンの顔から、すべての表情が消えた。


「……なぜ、それを知っている」


 声が、低く震えていた。


 【策謀の魔眼】が反応する。

 その言葉は──赤く光らなかった。


(嘘じゃない。本当に驚いている)


 予言の存在を知る者は、極めて限られている。

 そのことを、ヴォルカン自身が一番よく分かっているのだろう。


 その瞬間──背後で、金属が鳴った。


 シャリン。


 カディルが、剣を抜いていた。


「閣下から離れろ、火山公」


 琥珀色の瞳が、殺気を帯びている。

 白銀の剣が、ヴォルカンの喉元を狙って構えられた。


「一歩でも動けば──斬る」


 ヴォルカンの眉が、僅かに動いた。


 だが、彼は笑わなかった。

 侮りもしなかった。


 ただ、静かにカディルを見つめている。


「……いい目をしている」


 低い声だった。


「お前、名は」


「カディル・デミルチ」


「デミルチ……『鍛冶師』か。なるほど、鉄のように硬い男だ」


 炎が、僅かに揺れた。


「だが──その剣で、俺を止められると思うか」


 空気が、張り詰める。


 カディルの額に、汗が滲んだ。

 剣を握る手が、微かに震えている。

 それでも、彼は退かなかった。


「止められなくとも、時間は稼げる」


 声は、揺るがなかった。


「その間に、閣下を逃がす」


 ヴォルカンの目が、僅かに見開かれた。


───


「カディル」


 レイスの声が、廊下に響いた。


 静かな、だが有無を言わせない響き。


「剣を収めろ」


「しかし、閣下──」


「いい」


 レイスは、一歩を踏み出した。


 カディルの前に出る。

 ヴォルカンと、正面から向き合う位置に。


「この男は、今は斬り合う気がない」


 紅い瞳が、ヴォルカンを見据えた。


「──そうだな?」


 沈黙。


 やがて、ヴォルカンの口元が、僅かに緩んだ。


「……面白い」


 それは、笑みだった。

 獰猛な、だが純粋な──武人の笑み。


「部下の前に立つか。お前自身が、一番弱いだろうに」


「弱いからこそ、立つ」


 レイスの声は、静かだった。


「俺が逃げれば、こいつらも逃げる。俺が立てば、こいつらも立つ」


 カディルの息を呑む音が、聞こえた。


「それが、上に立つ者の仕事だ」


 ヴォルカンは、何も言わなかった。


 ただ、黒い瞳でレイスを見つめている。

 

 その視線には、先ほどまでとは違う色があった。


───


「……いいだろう」


 ヴォルカンが、ゆっくりと口を開いた。


「お前の問いに答えてやる。──だが、その前に」


 炎が、再び燃え上がった。


 だが、先ほどとは違う。

 殺意ではない。

 試すような、見定めるような熱。


「一つ、確かめさせろ」


 ヴォルカンの手が、腰の剣に伸びた。


「言葉だけでは、信じられん」


 鍔鳴りの音。

 

 抜き放たれた剣が、炎を纏って輝いた。


「剣を抜け、レイス・カランルク」


───


 レイスの背筋に、冷たいものが走った。


(……は?)


 【天秤の真眼】の表示が、脳裏に蘇る。


 【推奨対応:力で屈服させず、実力を認めた上での交渉】


(いや、「実力を認めた上で」って、こういうことかよ!)


(私、剣なんか握ったことないんだけど。前世はOL。今世も書類仕事専門)


 だが──不思議と、足は動かなかった。


 逃げようという気が、起きなかった。


(……まあ、いいか)


 内心で、妙に冷めた声が響いた。


(ここで殺されても、どうせ刻限で死ぬ。ヴォルカンに斬られるか、システムに消されるか──違いがあるとすれば、死に方くらいだ)


(なら、せめて前を向いて死にたい)


 それは、諦めではなかった。


 覚悟だった。


「……いいだろう」


 レイスは、腰の短剣を抜いた。


 ドゥラクが鍛えた、黒曜石の短剣。

 ヴォルカンの大剣と比べれば、玩具のようなものだ。


「閣下……!」


 カディルが叫んだ。


「俺が代わりに──」


「下がれ、カディル」


 レイスの声は、静かだった。


「これは、俺の仕事だ」



───


【第6刻限】残り19日 16時間 ─ 刻印課題:火山公を屈服させよ


<レイスのひと言:会長面談、開始です>


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