第二十六話 回想 前編
午前十時四十二分三十秒、廊下を歩いていたジゴロウの背中に突然銃口が向けられた。ジゴロウは後ろにいる人物の正体を、姿を見なくても分かっていた。
「二日ぶりだな、ミル」
「そうですね」
ミルはゆっくり銃口を下ろした。ジゴロウは振り返った。二人は並んでがれきに腰を下ろした。
ミルとジゴロウはしばらくがれきが散乱している廊下を眺めていた。少しの沈黙の末ミルが重々しく口を開いた。
「ジゴロウさん、俺に聞かせてくれませんか。あなたと大戦士たちとの間で何があったか」
「聞いてどうする?」
「別にどうもしません。ただ知りたくて」
ジゴロウは上を向いてため息をついた。
「‥どこからか話せばいいのやら」
パラダイムという国が誕生するずっと前、この土地はネイバー王国という現在パラダイムの隣国にあたる国が支配していた。三三七年十一月十九日のことだ。それから二四一年後、ネイバー王国の支配から独立運動が始まった。二年後の五八〇年五月一日、指導者のマハラ・オリドが即位し、オリド王朝が誕生した。六六九年八月二三日、二代目皇帝が崩御、翌日エルム・オリドが即位した。
六七八年十一月二四日、ジゴロウが生まれた。十八年後ジゴロウは士官学校に入学。四年後卒業した。ジゴロウは当時から強く、卒業後一年しないうちに二級戦士に昇進した。そして三年後の一月に一級戦士に昇進した。その年、三代皇帝が崩御した。病死だった。エルム・オリドは妻子を持たなかったので本来なら弟のアーソ・オリドが四代皇帝になるはずだった。だが、遺言書にはウカワ・ワースを皇帝にしろと書いてあった。ウカワ・ワースは二、三代皇帝の召使いだった男だ。当然アーソは抗議した。だが、遺言書は絶対だった。のちにこの遺言書は本物だったのか調べられたが、それは間違いなくエルム・オリド本人が書いたものだった。そして四代皇帝にウカワ・ワースが即位した。それがオリド王朝崩壊の始まりだった。ワースは即位後、その権力を自分の私利私欲のために使った。そこでアーソはこう考えた。ワースは今まで飲み物などに毒を入れて、それでエルム・オリドは若くして亡くなった。遺言書も意識もうろうとしていたエルムにワースが書かせたものだと。それがすべて真実だったかどうかはわからないが、概ね間違いないことは確かなようだ。
七〇四年三月三十日、メイレスとユーラは公園で遊んでいた。当時メイレスとユーラが住んでいた地域はそこへスタジアムをつくるために強制退去を命じられていて住民たちはそれに反対していた。メイレスの両親もそれに参加していた。そしてその日、事件が起きた。住民たちが鬱陶しくなったワースがそこへ住んでいた住民を全員抹殺した。メイレスとユーラの二人は逃げ、かろうじて生き延びた。だが、メイレスの両親はギロチンで処刑され、その光景を人混みに紛れてそれを見た。それはメイレスにとって一生付きまとう記憶となった。
七一〇年九月、メイレスとユーラは革命運動を開始した。そこへ集まった仲間は二人を含め六人。アーク・フォン・メイレス、アリス・ユーラ、セド・タング、ソリエンド、エカム・マッサー、ウラス・グラハム・イヴァイア。全員ワースが大嫌いな連中だ。六人はまずある人物に出会った。正確には彼が六人に会いに来た。アーソ・オリドだ。アーソは協力を申し出た。メイレスたちにワースの居所を教える。その代わりにアーソが五代皇帝になることを交換条件にした。メイレスはそれを承諾した。
七一〇年十二月十五日午前十一時、アーソからの情報で六人はワースの住む屋敷を襲撃した。そこの警備を先日戦士官に昇進したばかりのジゴロウはしていた。
「メイレス、あいつは俺に任せろ」
タングはそういい、果敢にもジゴロウへ一人で戦いに挑んだ。
そのとき、五人は信じられない光景を見たのだ。六人の中で一番力の強いタングの右フックをいともかんたんに受け止めたのだ。続いてソリエンドが近くにあった観葉植物の植木鉢で槍をつくり、ユーラと共に攻撃に出た。
__百合 ゆり
ジゴロウをつつんだ白いドームがソリエンドの槍の攻撃をするりと通りけさせた。
するとジゴロウはタングの首に手刀を入れ気絶させた。そしてソリエンドに近づき刀で気絶させた。
__熱波 ねっぱ
ユーラは出せるだけの出力を精一杯振り絞った。しかし、それはジゴロウの百合によって完全に防がれた。ジゴロウはユーラに刀の持ち手を当てようとした。それをユーラはよけた。するとジゴロウは刀の刃をユーラに向けた。メイレスはユーラが殺されると思った。
__紫陽花 あじさい
右肩から少量の血が出た。ユーラは体が溶けるような奇妙な感覚に陥った。その隙に手刀をくらい気絶させられた。
「あいつ‥強すぎる‥‥」
思わずイヴァイアが言葉を漏らした。それに反応したのかジゴロウはメイレスたちのところへ歩いてきた。
(まずい、やられる!)
メイレスはそう思った。やがてメイレスの目の前にジゴロウは立った。
「お前は、なぜ国王‥ワースを狙う」
メイレスは少し困惑したがすぐに回答した。
「ワースは間違っている。俺たちはそれを正したいだけだ」
それを聞いたジゴロウはメイレス、イヴァイア、エカムをそのまま行かせた。ジゴロウもまたワースのやり方に嫌悪感を抱いていた。
(あの虐殺は本当に正しかったのか。いや、正しいわけがない)
「ありがとうございます、戦士官殿」
メイレスは自然と言っていた。おそらくジゴロウへの畏怖からだろう。
「‥カンダだ」
ジゴロウはメイレスにそういった。やがて三人はワースを確保した。
翌日、革命運動は成功に終わった。ことがスムーズにいったのは軍人を含め国民のほとんどがワースの横暴にすでに愛想をつかしていたからだろう。メイレスは自身を国家元首とした国へつくりかえた。そして名前はソリエンドが決めた。『パラダイム』と。
七一〇年一二月一七日、アーソが革命運動で死亡したことが明らかになった。だが正確には違う。メイレスが直接、アーソを謀殺したのだ。完全に王朝を滅ぼすために。
七一〇年一二月三十一日、ワースは住民を虐殺して建てたスタジアム内に設置されたギロチンで集まった見物人に見られながら処刑された。ワースの最後の言葉は
『私に触るな、この豚どもが』だそうだ。その後、そのスタジアムも解体され今は商店街になっている。
翌年一月十六日、ジゴロウは上級戦士官に昇進した。これは、メイレスたちの革命運動に陰ながら協力したからだ。同年十月十八日、ミルが生まれた。
その三年後、七一三年、四月十二日。メイレスから両親の居場所を聞いたユーラは二人でそこへ向かった。そこにいたのはぼろぼろの服を着た母親とやせ細った父親だった。ユーラの父親は日常的に家庭内暴力をしていた。母親は育児に全く興味がない。母親が父親と結婚したのは父親のお金、ただそれだけである。その環境でユーラは十歳まで過ごした。ある時、ユーラがお使いに出ていると、同い年のメイレスと出会った。そして、それから二人はよく遊ぶようになった。ユーラは生まれて初めて笑った。暴力が苦ではなくなっていた。だが、メイレスとユーラの故郷はなくなった時と同時に両親は行方をくらませた。
久々にユーラに会った父親は顔に笑みを浮かべていた。父親はユーラを見たときこういった。ユーラは私たちの誇りだよ、と。母親も笑いながらユーラの頭をなでていた。母親は言った。ユーラ、あなたを育てたのは私たちよ、だから私たちに苦労をかけないでね、と。ユーラの耳元に昔の母親とは信じられないほど優しくささやいた。ユーラは体中のに殺意が溜まっていくのを実感した。
__衝撃波 しょうげきは
ユーラは母親を壁へ突き飛ばした。壁には大きく穴が開き、母親はすでに動かなくなっていた。父親の顔からだんだんと血の気が引き、やがて逃げだした。
__波路 なみじ
父親の上半身がツボのようにきゅっとしまった。父親は血を吐いて倒れた。ユーラは父親の頭を何度も踏みつけた。すると、メイレスが刀を抜き、首を一瞬で切断した。死んだ、それを認識するとともにユーラは涙を流した。もちろん悲しくて泣いているわけではない。この親たちにされた痛み、苦しみという呪いから解放されたいわばうれし泣きである。このことは一切報道されていない。いまだに二人は行方不明だ。
七一九年三月八日にメイレスは結婚した。ジゴロウも招待され式に来ていた。それがジゴロウとメイレスがともに笑いあった最後の日だった。やがてメイレスにライズ・フォン・メイレスという息子が生まれた。妻とはそのときに死別した。
七二二年七月二十七日、その日はジゴロウとエカムが手合わせをした日だった。終始ジゴロウが優勢で、エカムはなすすべもなくボコボコにされた。その頃メイレスはいつもの様子と違い不安でいっぱいだった。ライズが難病にかかったのだ。対処していた医者は悪徳で有名だったがメイレスにとってはそんなことはどうでもよかった。医者は取引を要求した。ライズを助けるがその代わりに自分を軍医で一番高い地位につけろというものだった。その医者はその難病の第一人者であるため、メイレスに選択の余地などなく、初めて職権乱用した。やがてライズは助かった。だがメイレスには後悔が残った。二日後ほかの五人にそのことがばれた。はじめ、四人はメイレスを責めた。だがユーラだけはメイレスの行動を尊重した。なぜならユーラも自身の親を殺したからだ。それからメイレスはほかの大戦士につらく当たるようになった。やがてイヴァイアもおかしくなっていった。それまでよりもより狂暴かつ残虐になったのだ。エカム、タング、ソリエンドもまた耐えられなくなっていた。七二三年九月二十日、メイレスはソリエンドからこのことが一人の戦士にばれたことが分かった。その男は現在ある村に逃げたらしい。メイレスはソリエンドに村人全員の虐殺を命じた。ソリエンドは最初こそ難色を示したがやがてメイレスが放つ恐怖に支配されてしまった。そして、ソリエンドは虐殺以降、持論を展開しだし、完全に人格が変わってしまった。タングとエカムもまた四人にずるずると感化されていった。




