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第十一話 刑務所

 刑務所は外の空気とは隔離された空間である。朝起きるとパンを一つ配られ、そのあと強制労働を強いられる。労働内容は自分たちの衣食住を整えるためのものである。食料づくりや衣類をつくるなど一人分なら簡単そうに見えるが数百人規模となれば話は別だ。少しでもサボったり、脱獄しようとしたり、自分たちの能力を使おうとしたりするとペナルティが課せられる。それをくらってもなおまともでいる人間はだれ一人としていなかった。ほとんどは精神崩壊し廃人になる。おそらく死より恐ろしいだろう。能力を使ったものは即ペナルティが課せられるが例外もある。それは刑務官だ。刑務官は昼と夜の二グループに分かれ囚人たちを監視している。そんな環境にサーガとゲントルはいた。

 翌朝サーガが目を覚ますと刑務官の一人にパンを渡された。それを食べ終わると労働へ行かされる。過去にはパンを極端に遅く食べて少しでも労働時間を減らそうとするものもいたが、その者も今は廃人となってベッドに寝かされている。本人からすればすべてどうでもいいことかもしれないが‥‥

 その日サーガはパンのための小麦づくりをしていた。昨日小麦の収穫が終わったので次の小麦を植えるための土づくりをしていた。周りを見るとほかにも何十人かが自分と同じ作業をしていた。いや、させられていた。彼らの後ろには談笑している二人の刑務官がいた。そんな中、畑に一人の男が入ってきた。

「厨房で反乱です!」

 二人の刑務官とその男は大急ぎで畑から出て行った。サーガたちは持っていた桑を投げ捨てて土の上に座った。束の間の休憩だった。労働作業の休憩時間は十二時を回ってから十五分しかなかったのだ。その後、夜になりサーガは自分の牢屋に戻った。そこで刑務官たちの話を盗み聞きした。なんと今朝反乱を起こしたのはゲントルだったのだ。ゲントルが、まさか‥‥サーガはゲントルの身を案じながら眠った。翌朝、廃人たちの列に一人の男が加えられた。だがそれはゲントルではなかった。サーガは胸をなでおろしたが、直後に後ろから通って行った担架に自分の幼馴染の顔を見た。


 一日前、ゲントルは厨房にいた。ゲントルもまた作りたくもないパンを作らされていたのだ。すると、刑務官の一人が急に倒れたのだ。のちにその刑務官は心臓発作で倒れたことが分かった。いわゆる突然死だ。刑務官が倒れた瞬間、厨房にいた全員が一斉にそこへむけて走り出した。彼はこの厨房の鍵を持っていたのだ。ゲントルも彼のもとへと走った。だがほかの囚人がさきに鍵を取った。

「俺が王だ! ここを出たければ俺に従え!」

囚人の男はそう高らかに宣言した。するとその男の眉間に穴が開いた。包丁が刺さった男は大量に血を流した。即死だった。そしてまた別の男が鍵を取っていった。

「こいつは俺が殺した! 貴様らもそうなりたくなければ黙って従え!」

すると厨房全体が狂気に満ちた。互いが互いを殺してなんとしても鍵を奪おうとした。ゲントルも否応なく参加した。彼としてはとっとと鍵を奪ってサーガとともに脱獄したかったのだ。この腐った国をつぶすために。だが、間もなくして刑務官たちの群れが一斉に厨房に入ってきた。現場はさらに混戦状態になった。おそらく現場にいる人間のほとんどが、自分が何のために戦っているのかすでに忘れていただろう。囚人が刑務官を殺し刑務官が囚人を殺し囚人が囚人を殺し‥‥何人もの人間が命を落とした。中には刑務官が刑務官に殺されることもあった。だがこの狭い厨房で何十人もの人間が互いに殺しあっていては仕方がなかった。それほどの混乱だったのだ。刑務官たちはそれらの責任を生き残った二人の囚人にすべて擦り付けた。その二人のうち一人にゲントルは含まれていた。

 ゲントルともう一人の男は暗い地下牢で椅子に手足を縛られていた。

「おい、お前なんて名だ?」

ゲントルは隣でおびえている男に話しかけた。

「レイジ。カム・レイジ」

男はそう答えた。やせ細った身なりで声も細々としている。今生きているのが奇跡といえるくらいだった。普通の生活ではまわりのひとは驚くだろうが、この刑務所では珍しくなかった。なにせ朝と夜にパン一つである。栄養失調は日常茶飯事だった。レイジは朝厨房にいて、乱闘が始まった時もろくに動けず隅っこに隠れていたのだ。

「君は?」

「俺はゲントル。ホーヴ・ゲントルだ」

ゲントルはおびえる男にそう語りかけた。ゲントルはレイジにしゃべり続けた。ゲントルはこの状況でこれから何が起こるのかが恐ろしく感じていた。そして自分はおそらく死ぬだろうと悟った。ただそれが怖かったのだ。その恐怖が体を支配するのを避けるためにしゃべり続け居ていたのだ。

ゲントルとレイジはしばらく話し続けた。家族の話、子供のころの話などをした。ゲントルはあえてなぜ捕まったのかなどの話はしなかった。だが、その暗黙の了解を破ってレイジは聞いた。

「ゲントルはなんでここにはいった?」

ゲントルは返答に困った。だが、自分が死んでも彼は生き残るかもしれないと思い今までのことを洗いざらい話した。レイジは眉間にしわをよせていた。無理もないとゲントルは思った。だが

「僕、信じるよ」

ゲントルは表には出さなかったがかなり驚いていた。この国は国民のためにあると昔から教えられて育てられたにも関わらずその国が国民を虐殺しているなどにわかに信じがたい話だ。だがこの男はあっさり受け入れたのだ。ゲントルは唖然とした。だがそんなゲントルを置いていくかのごとくレイジは自分の過去を話し始めた。

 レイジには恋人がいた。若く美しい女性だった。二人は村でも評判の美男美女カップルだった。だが、ある夜、デートの帰りに二人は太った大男に声をかけられた。その男は幸せそうにしている二人を疎ましく思い、突然殴りかかってきた。レイジは彼女をかばい殴られ地面に倒れこんだ。彼女はレイジを起こそうとしたが、後ろから来た男は手に鉄パイプを生成しで彼女の後頭部を殴った。大男は鈍器を生み出せる能力だったのだ。のちに分かったことだが、この男はなんども暴行障害事件を起こしている極悪人だったのだ。彼女は後頭部から血を流してレイジの隣に倒れた。彼女はレイジに何か言っているようだったがレイジはうまく聞き取れなかった。やがて、彼女は目を静かに閉じ、レイジの手を握り締めていた力は次第に弱くなっていった。レイジは体内がとてつもなく沸騰していることが分かった。レイジの火山が噴火した。レイジは立ち上がると男に手のひらを向けた。すると、手から細長い針がでてきて大男の眉間を貫いた。男は即死した。針が抜けると操る人がいなくなった人形のように膝から崩れ落ちて行った。その時、レイジは正気に戻った。自分が自分で何をしたかわからなかった。レイジは彼女が死んでから今までの記憶がショックで吹き飛んでいたのだ。やがて、騒ぎを聞きつけた国軍が現れレイジを捕まえた。実は、レイジが殺した男は、表向きは死刑を執行されている人間だった。だが実際は執行される前日に脱獄していたのだ。そんな男をいたとは国軍は報道できないため、この事件はレイジが見知らぬ男性と女性を殺害したと報道した。これらの情報は刑務所内にいる囚人たちから聞いた話なのでどこまでが本当かわからない。だが、少なくとも死んだ男が死刑囚だったことは確かだ。二年前のことであった。

「なぁ、ゲントル。もしあそこで僕があの男を殺さなかったらどうなっていたのかな」

ゲントルは下を向いていた。なんと答えればいいのかわからなかった。二人の間に広がる辛気臭い空気を破ったのはゲントルでもなくレイジでもなく二人の前にある鉄の扉だった。

 扉が開かれてまばゆい光が二人目に襲い掛かった。やがて目が光になれると、刑務官の制服を着た男が立っていた。二十代後半で白髪の男は二人を交互に見ると口を開けて話し始めた。

「はじめまして。僕はハーム・ヘル・ペイン。戦士官だ」

厳格そうな雰囲気をただよわせている男は二人の囚人を見ながらさらに笑顔で話す。

「君たちは囚人や刑務官を殺した極悪人だ。裁かなくては」

警戒する二人の目を見てハームは早速始めることにした。

「じゃ、始めようか。楽しい拷問の時間だよ」

ハームはレイジのほうに体を向け、手を広げた。

__ボディフォール

その瞬間体中に電気を流されているかのような痛みがレイジの体を蝕んだ。あまりの痛みに声も出せなかった。ゲントルは突然暴れだしたレイジを見て戦慄しハームに叫んだ。

「おい、てめぇ! レイジに何をした!」

ハームはレイジを見つめながら答えた。

「だから、拷問だって」

ハームは手をゲントルのほうへ向けた。すると、レイジは暴れるのをやめた。顔は天井のほうを向いている。

「人の話はちゃんと最後まで聞こうね、クズ」

 その様子を見たゲントルは突然激しい痛みに襲われた。さっきなぜレイジが突然暴れだしたのかようやく理解した。あまりに激しい痛みに耐えられず体が逃げようとしているのだ。レイジと同じくゲントルも声を出せなかった。ただ、ゲントルは縄を生成してハームに襲い掛からせた。

ハームは縄をよけるとさらにゲントルへの痛みを増幅させた。やがて縄も動かなくなった。

「素晴らしい。僕の痛みに耐えながら能力を繰り出したのは君が初めてだよ」

「その勇姿に敬意を表して、隣の奴から終わらせよう」

「こんどはこっちにするか」

__マインドフォール

すると、ゲントルはさっきまで感じていた痛みがなくなった。レイジが攻撃されている。ゲントルはレイジのほうを見た。レイジはさっきと違い全く動かなかった。だが、突然

「信じて! 許してくれマキ!」と叫びだした。

(一体何が起きている‥‥)

ゲントルは動揺した。

「マキ‥‥すまない」

やがて、レイジの体は、ピクリとも動かなくなり、声も聞こえなくなった。顔がこっちを向いていて、明らかにゲントルを見ているので生きているのはわかった。だが、その様はまるで廃人だった。

「そうだな、君はこっちで終わらせよう」

__ボディフォール

 ゲントルは痛みに耐えながらさらに縄でハームに襲い掛かった。その刹那激しい痛みがまた戻ってきた。ゲントルは今にも気絶しそうだったが縄をなんとかハームの首に巻き付けることができた。あとは絞めるだけだ。だが、その瞬間ハームは痛みの種類を変えた。今までは体に伝わる痛みだったが、それを心臓へ変えた。そして、ゲントルの心臓は急激に締め付けられるような痛みに遭い、ついに限界を迎えた。ハームの首に巻き付いていた縄も床へ落下していく。

「惜しかったな。だけど、僕が君を殺さないと思ったことが君の最大のミスだよ。ゲントル」

このとき、ゲントルは既に息をしていなかった。

次回は12月21日21時に公開です。

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