292・ブランフォード伯爵領侵攻作戦(序)
「ルーク様、あの魔道具の薪? すごく使いやすいですよ! 薪の消費量が格段に減りましたし、灰も煙も出なくて火力も安定しています。世の中には便利なものがあるんですねぇ」
大喜びなのは我が社のつよつよ貴婦人⋯⋯もとい、ケーナインズの魔導師、シィズさんである。工場にある魔道具関係の扱いは彼女が頼りだ。
現在はバロメソースの大増産態勢がまだ続いており、工場で使う炭、薪の確保にもまあまあ手間がかかっていたのだが、俺が提供した『燃え尽きない枝』によって、作業効率が格段に上がった。
この枝、魔力を使い切った後は、自然界の魔力で充電するみたいにして回復可能なのだが、魔導師(※シィズさん)が火属性の魔力を注げば普通に急速充電⋯⋯もとい充魔できることも判明した。
煮炊きするには充分な火力があり、水につければ火は消えて、軽く拭けばまたすぐに火をつけられる。さらに煙もほとんど出ない。ガチで便利なリサイクル熱源である。
俺が大興奮してダンケルガ氏を褒め称えると、「やはりルーク様にはこの価値がわかるか!」と、妙に嬉しそうだったのは余談である。
ご機嫌すぎて追加の枝まで提供してくれた。あざーす。
⋯⋯そして葉っぱのほうは、ちょっと安易に使うとヤバそうなので⋯⋯使い道が定まるまで、もう少し思案したい。
その名も『新世界の葉』。なんでも瘴気を払う聖域を作り出す、結界の要になるアイテムらしい。
「⋯⋯つまり、私が地鎮祭をやった場所みたいになるということですか⋯⋯?」
とウィル君に質問したら、しばらく宇宙猫をした後でこくりと頷いてしまったが、アレも思えばオズワルド氏が青ざめたほどの奇跡なので⋯⋯それを亜神の力なしで再現できるらしいこの葉っぱは、充分にぶっ壊れの神アイテムである。
確かオズワルド氏も、「人為的に聖域(あるいは神域)を作り出すのは、空間魔法の目標の一つ」と言っていたが、どうやらダンケルガ氏はこの偉業に成功していたらしい。ただ「現状でこれ一つしかない」ことからもわかる通り、量産はほぼ不可能な奇跡の産物っぽい。
瘴気浄化システムとしての迷宮が正常に稼働している現在よりも、瘴気が満ちていた『その当時』において、より重要な品だったことも理解できる。
財宝の価値はその時代背景によって変動しがち⋯⋯歴史を紐解けば、胡椒や砂糖が非常な貴重品だった時代もあるし、銀が金より高かった時代すらあるのだ。
世が世なら人類最後の生存圏になっていたかもしれない品であり、むしろ未来のために保管しておくべきかもしれぬ。
さて、そのダンケルガ氏(傀儡)は、しばらく王都でヨルダ様と一緒にライゼー様の護衛を務め、いずれ戻り次第、我がトマティ商会の社員寮へ住むこととなった。
ウィル君達のような魔族と違って、ダンケルガ氏の転移魔法は『種の岩』間の移動限定であり、本体との間で気楽に行き来ができない。利便性を考えるともう傀儡をこちらに住まわせてしまったほうが良い。
そんな彼の肩書は「トマティ商会・相談役」。及び「夜間警備員」である。
なんとダンケルガ氏、実は睡眠時間を必要としていない。『草木も眠る丑三つ時』などという言い回しがあるのに、彼は深夜も寝ないのだ⋯⋯やはり人類とはその生態がだいぶ異なる。
例によって組織図にはお名前を記載できないので、要するにオズワルド氏と似たような立ち位置といえよう。お菓子で買収できないのは少し残念というか恐縮なのだが、我が商会での日々は長命種の暇つぶしにちょうどよいと思われる。
あわせてクラリス様、リルフィ様達にもご紹介を済ませた。
ウィル君の師匠筋ということで名前だけは知っていた⋯⋯というより「いずれ会うだろうな」とはみんな思っていたので、ご挨拶もスムーズに終わった。
ロレンス様は昔、書物でダンケルガ氏の絡んだ伝承を読んだことがあったようで、伝説上の存在と会えたことにかなり興奮していた。ほほえま。
一方で宮廷魔導師スイール様とかクロード様あたりは、あまり緊張することもなく普通に歓迎厶ードだったのだが⋯⋯後で聞いたところ、「ヤバさでいったら亜神のルークさんのほうが上だし」「ヨルダ先生から、気さくでおもしろい人?だって聞いていたので」と、あっけらかんとしていた。
⋯⋯どっちも転生者だけあって、「樹齢千年オーバーのファンタジー的上位存在!」と聞いても「あー、よくあるお約束のあれかー」ぐらいにしか思わなかったのだろう。まったくこれだから転生組は!
あとスイール様いわく「ダンケルガ様は、人間を助けた系の伝承は割とあるけど、人間を害した伝承がほとんどなくてね。あっても賊を倒して旅人を救ったとか、そういうのだから⋯⋯魔族より全然安心してお付き合いできる存在、みたいなイメージがあるよ」とのこと。
魔族もなぁ⋯⋯
アーデリア様とか。オズワルド氏とか。ヘンリエッタ嬢とか。
いざ知り合ってみれば割と愉快な人達なのだが、しかし人間離れした火力や歴史上の破壊実績を考えると「やべぇやつらだ!」感は拭えない。
そこへいくと人類に友好的、かつ使う魔法も魔族より抑制的なダンケルガ氏は、研究者的な見地からすると「脅威」ではなく「味方」としての印象が強いらしい。
そもそもスイール様は初対面のヘンリエッタ嬢と真っ向から交渉した剛の者なので、これは納得である。
そんなこんなで新たな仲間を増やしつつ、本店開業、本社での業務、工場での増産を経て、王都での社交シーズンが過ぎていき⋯⋯
いよいよ、トマト様によるネルク王国・南部侵攻への本格的な動きが始まった。
本日はそのための経営企画会議!
出席者は当社の中枢たる幹部社員達。最初の耕作地は予定通り、ブランフォード伯爵領である。
そこの空き地を契約農場とし、労働力を借り受けてトマト様を栽培、収穫⋯⋯それを農場近くに用意する加工場へ運び、なんらかの商品に変えて各地へ配送するのだ。
もちろん我が商会の人員だけではまったく手が足りず、現地での雇用を促進する必要がある。
これがどういうことかというと⋯⋯
「⋯⋯えー。現地で生産が始まった後は、私の猫魔法によるフォローが基本的にできません。『夜中にこっそり⋯⋯』ぐらいなら可能ですが、なるべく不自然なことはせず、最初は失敗しても良いので、『人の手で生産体制を軌道に乗せる』ことを目標にします!」
これにはテストケースとしての意義もある。今回の計画を通じて、将来、トマト様を各国に広めるためのガイドブックも完成させたい。セルニア様にプレゼントした冊子はまだ暫定版である。家庭菜園レベルならともかく、広大な畑を適切に管理し続けるには、また別のノウハウが必要なのだ。
本日の会議のため、王都から一時的に本社へ戻ってきたナナセさんが、ここで小さく挙手をした。猫は肉球で彼女を示し、発言を促す。
「つまり加工品も、なるべく社長が手助けしなくて済むような、失敗しにくいものを選定したほうがいいですよね? ペーパーパウチも当分は機密扱いでしょうし⋯⋯結局、加工品は何にしますか?」
これは悩みどころだったが、俺の中では一応、結論が出ている。
「まず、加工場の整備には半年から一年程度かかるかと思いますので⋯⋯最初は『生食用のトマト様』を、南部の周辺地域へ輸出するための生産拠点とします。この需要も相当なものでしょう。そして肝心の加工品ですが、当面は瓶詰めで対応可能な『トマト様ソース』を生産しつつ、それと並行して、南方の他の素材を混ぜた『トマト様ケチャップ』の研究開発を進めたいと思います」
トマト様ケチャップはリーデルハイン領でもほぼ完成している。しかしバロメソースにリソースを全振りしているため、生産ラインと収穫量に余裕がない。
そうは言っても、『トマト様ケチャップ』そのものは便利な商材として早期に普及させたいので⋯⋯いわゆる「御当地トマト様ケチャップ」という括りにして、その土地の素材を生かしたケチャップを土地ごとに開発・生産してみることにしたのだ。
つまり将来的には、「トマト様ケチャップ・リーデルハイン風味」とか「トマト様ケチャップ・ブランフォード印」みたいな、まるでワインのように、生産地に応じた棲み分けをしたいと考えている。
この二地域に関してはどちらも、結局は「トマティ商会謹製」の商品となるが、いずれは他の地方の商会もこの市場に参入してくるだろう。その時はぜひ、「トマト様を愛する同志」として迎え入れたい。
まかり間違って不味いものを作りトマト様の栄誉を汚そうものなら、即座に猫がフシャーである。フシャー(ガチめの怒り)
「あとはドライトマト様の生産も少量で始めてみるつもりですが⋯⋯乾物系はレッドトマト商国のほうが出来が良さそうなんですよねぇ。干し芋も向こうのほうが甘くなりますし」
南方ではまだ試作していないので断言はできぬが、リーデルハイン領で干したものよりもレッドトマトで干したもののほうが、全体的に味が濃く、また乾燥期間も短めで済んだのは事実である。
気候風土の影響というか、高地なので太陽光線が強いからかな⋯⋯などと推測している。こっちだと太陽光も単なる太陽光ではなく、『なんらかの魔力を帯びた太陽光』になっていそうな気がするし⋯⋯まぁ、検証する手間がめんどい上に必要性も感じないので、「気がする」程度の認識で良い。
ナナセさんが手元でメモをとりながら頷いた。
「わかりました。まずは生鮮品からトマト様ソース、次にケチャップですね。そうなるとやはり⋯⋯うちだけで事業を進めるのではなく、現地商会と提携を結ぶのが現実的かと思います。こちらからは数人の幹部を派遣して、農業指導、技術指導にあたり、資金援助も行う。先方の商会には労働力の確保と流通の手間、肥料の現地調達などを任せ、双方に利益が生まれる形での契約を結びたいですね」
うむ。そのあたりの詳細は猫が口出しをするより、ナナセさんに任せたほうが良い。
そもそも今回は、うち単体の利益より「ブランフォード伯爵領の財政立て直し」が第一目標となる。
この成果を数年単位で諸方にも広げて、僻地の困窮貴族の慰撫につなげ、リオレット陛下の治世を安定させると共に、国の財政健全化への道筋を示す⋯⋯
そしてその原動力となった「トマト様」の栄誉を讃え、トマト様記念日を国民の祭日として制定するのが最終的な着地点だ。
これはまだ社員達にも明かしていない俺個人の野望なので、今はまだ胸に秘めておく。でもクラリス様とリルフィ様にはバレている。なんか寝言で言っていたらしい。
続いて、王都でナナセさんの補佐を務めあげてくれたブラジオスさんも挙手。
「提携を持ちかける商会には、すでに目星をつけているのですか?」
この質問は俺ではなく、ナナセさんに向けたものだ。
「はい。社長の決裁待ちですが、今のところ⋯⋯ブランフォード伯爵家と縁の深い『ブラン商会』を第一候補に考えています。フリッツ卿が、『リーデルハイン領に支店をださせて欲しい』と提案していた商会ですね。創業者はフリッツ卿の叔父にあたる人物で、こちらはもう故人ですが⋯⋯今の三代目商会長も、フリッツ卿と遠縁の関係にあります。私は面識がありませんが、悪い評判は聞きません」
ふむ? なんかそんなところまでリーデルハイン家と似ているな?
庶子の三男坊だったライゼー様も、かつて商会へ養子に出され、商売の方面からリーデルハイン子爵家を支援するよう期待されていた。貴族の次男坊以下の進路として、「商会への就職」や「起業」は実際よくある話のようである。うまくいくかどうかは人による。
巨漢のグレゴールさんが、ここで控えめに挙手。
会議室の椅子は彼の分だけ専用の大きなものを用意してある。そのせいで一番偉い人のように見えてしまうのを、本人は少々気にしていたが⋯⋯社長なんて机上の猫用ベッドで優雅に香箱をキメているのだからいまさらである。快適快適。
「ブラン商会の三代目でしたら、以前の職場で何度か話したことがあります。良くも悪くも癖のない普通の商人というか⋯⋯商いに対しては真っ当な人に見えました。商会を大きく発展させるような辣腕ではないはずですが、取引先としては信用できる相手だと思います」
ふむ? 口ぶりからして親しいわけではなさそうだが、顔見知りなのは心強い!
「詳しく聞きたいですね! どんな性格の人なんですか? 雰囲気とか⋯⋯」
グレゴールさんはちょっと考え込む。
「えぇと、自分より少し年上でして⋯⋯そうだな⋯⋯ブラジオスさんやブルトさんとは違うし⋯⋯ああ、ウェスティさんみたいなタイプですよ」
ケーナインズの狩人、ウェスティさん! 彼は基本属性が陽キャである。口が上手く陽気でよく笑い、ちょっと失敗しても笑って流せるタイプのあんちゃんだ。
わかりやすいたとえのおかげで、一気に人物の解像度が増した。
「なるほど⋯⋯となると、フリッツ卿とはだいぶ性格が違いますね?」
「自分はフリッツ卿とはお会いしていませんが、そこそこ無愛想な方なんですよね? 話を聞く限りでは、ほぼ真反対と言っていいかと思います」
ふむ。陽キャ相手の交渉となると⋯⋯生真面目なブラジオスさんより、顔見知りのグレゴールさんのほうが安心感、親近感を演出できるか? 今回は彼に任せてみよう。
「それではブラン商会との交渉・相談は、ナナセさんとグレゴールさんにお願いできますか? 契約農場に関する説明と、契約細部の詰めをぜひ。ナナセさんは出張続きになってしまって、申し訳ないのですが⋯⋯」
「いえいえ。社長のおかげで旅路は一瞬ですし、やりがいのある仕事を任せていただけて嬉しいです」
ほんと頼れる新入社員⋯⋯即戦力すぎて感動の涙が出そう⋯⋯まだ入社から半年経ってないんですよ、この子ってば⋯⋯!
続いて俺はジャルガさんに視線を向ける。
「それからジャルガさんには、ナナセさん達の事前交渉がまとまった後に私と現地入りして、借りる土地の選定や開拓のサポートをお願いしたいです。これにはピタちゃんも連れていきます」
ジャルガさんだけでなく、みんなが不思議そうな顔をした。
これまで黙って話の流れを見守っていたアンナさん、カイロウ君夫妻まで怪訝そうである。
「ピタゴラス様を? あの、目立ってしまうのではありませんか?」
「もちろんウサギ状態ではなくて、人間に化けてもらいます。ピタちゃんは『ピスタ・ラビ』という、冒険者としての登録証を持っていまして⋯⋯トマティ商会はこれから、冒険者としての彼女に『土地調査&改良』の依頼をします。ピタちゃんは実際に地属性の魔法を使えますし、ピタちゃんを隠れ蓑にすれば、私もそこそこ大っぴらに魔法を使えるようになるのです!」
これで土地改良も迅速に進む!
社員の皆様がたちまち納得顔に転じた。
そのまま畑に転用しやすいような好条件の土地は、先方でもすでに農地化されているので⋯⋯残っているのは何かしら課題のある土地が多い。
たとえば荒れ地、沼地、傾斜地とか、川から遠いとか、収穫物を運びにくいとか、そういう難点があるのだ。
そういう土地を開拓する場合、この世界では、「地魔法」を使える魔導師を招くのが一般的だ。呼ぶ伝手がないとかお金がない場合には人力でやるしかないが、今回は『陛下の肝煎りの事業』なので、地属性魔法の使い手を派遣する口実もできている。
その使い手こそが、トマティ商会専属冒険者、謎多き覆面(口元のみ)のウサ耳美少女! 「ピスタ・ラビ」(+お供の猫)なのだ!
ここでナナセさんが「あのー」と小声で質問。
「⋯⋯社長が土地改良を得意としていることはなんとなく知っていますし、今回もこっそりやるつもりだろうとはわかるんですが⋯⋯それはそれとして、私、ピタゴラス様が地魔法を使うところを見たことがありません。その、たぶん人知を超えた威力だと思うんですが⋯⋯大丈夫⋯⋯ですよね⋯⋯?」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うむ。(露骨に不安そうな猫)
俺もなんだか不安になってしまったので、このタイミングでちょっとピタちゃんに来てもらった!
実験はトマティ商会の敷地にて行う。
トマト様畑に被害を出すわけにはいかぬので、端っこのほう、特にまだ用途の決まっていない緩やかな斜面の空き地だ。
雑草が多め、地面は岩が埋まっていてでこぼこ、ところどころに蔦系の植物が這って互いを補強し合っており、まあまあの開拓困難地である。
人間に化けたピタちゃんには冒険者っぽい短衣とハーフパンツを着用していただく。
「ルークさま、このあたりをたいらにすればよいのですか?」
「そうだよー。範囲はどのくらいいけそうかな?」
「やってみないとわかんないです!」
わぁ、たのもしい(恐怖)
⋯⋯実はピタちゃんは、地属性魔法の適性に加えて、「大地の斧」「穴掘り大好き」という謎の特殊能力もお持ちである。
大地の斧はたぶん、土を斧みたいにして武器化する能力だろう。たぶんそう。きっとそう。部分的にそう。
問題は「穴掘り大好き」で、「かわいらしい能力名はだいたいえげつない」というお約束が適用された場合、どんな恐怖体験が待っているか想像がつかぬ。
ゆえに今まで目を逸らし続けてきたわけだが⋯⋯遂に今日、そのベールが剥がされてしまうのだろうか⋯⋯ドキドキはするけどあんまりワクワクしねぇな⋯⋯?(恐怖映像への心構え)
社員の皆様が後ろで固唾をのんで見守る中、ピタちゃんはとーん、とーんとその場で軽くジャンプした。
⋯⋯魔法を使うのに準備運動? と猫が首をかしげているうちに、ピタちゃんはすたすたと歩きはじめ⋯⋯
「ていっ」
大きく拳をふりかぶり、投球フォームの延長のような感じで、なかばコケ気味に地面を殴りつけた。
大地が鳴動する。
どごーん、と漫画みたいな衝撃波を発生させ、ピタちゃんの体が自らの拳撃の反動でふわりと浮き、大地は割れ、空は轟き、風の嘆きが天地を覆った。ごめんちょっと表現を盛った。
しかしまぁ、まん丸い猫ちゃんが「ほああ!?」とぼてぼて転がりながら吹っ飛ぶ程度には衝撃的(※文字通りの意味)だったのも事実で、社員の皆さんも尻餅をついて転がってしまう。
土砂や瓦礫こそこちらには飛んでこなかったが、顔を上げれば⋯⋯
そこには扇形のクレーターができていた。
大きさは目算で、野球場の内野分ぐらいありそうである。土煙は外野まで流れている。
単なる「衝撃」だけでこうなったわけではない証拠に、クレーターとなって一度は舞い上がった土が、渦を巻きながら再び戻ってきて凹んだ部分を均した。雑草や石などは吹っ飛んだままである。
あとに出来上がったのは、まるでグラウンドのようなきれいな更地⋯⋯
猫はまたびっくりして、四つん這いのまま大口を開けこの光景を見つめた。
「ざっとこんなもんです!」
ふんすと胸を張り、ピタちゃんがぴょんこぴょんこと駆け戻ってくる。
腰を抜かしたままの俺を、ジャルガさんが抱きかかえ持ち上げてくれた。
「ピ、ピタちゃん、おつかれー⋯⋯え、ええと、今のは、どうやって⋯⋯?」
ピタちゃんはしばし呆けた。
「えっとねー⋯⋯わかんない! ばっとやって、ぐっとやって、どかんってかんじです!」
そうっスね! 確かにそんな感じでしたね! なんもわかんねぇな!
とりあえず貴重な技を見せてくれたご褒美にソフトクリームを献上しつつ、もう少し詳しいお話を聞く。
「今のが全力ってことかな?」
「ううん? 全力だと、うまく土を操れないので⋯⋯はんぶんくらい?」
すげぇ。ピタちゃんってやっぱすげぇ⋯⋯
「⋯⋯ちなみに、連続で何回も使ったりできる?」
「よゆうです。ウサギ状態なら、もっとつよいのをれんぞく20コンボまでいけます」
「20コンボ」
「ふつうに一発ずつでいいなら、二、三時間ぐらい打ち続けてもよゆうです。ただしソフトクリームのほきゅうがひつようになります」
たぶんこれ、冗談で言ってるわけではない。いろいろな人達への体感アンケートの結果、「甘味は魔力を活性化させる」という実地データが揃いつつある。
特に好きな甘味を食べると、脳からドーパミンが放出されるがごとくに、一時的に魔力が高まる、あるいは回復するっぽいのだ。デスクワークのお供にラムネを食べるような感覚だと思われる。
⋯⋯後日、地属性に詳しいキルシュ先生にも見てもらって判明することであるが⋯⋯
ピタちゃんが大地を殴った際に発生したのは衝撃波などではなく、地面に地属性の魔力を一瞬で大量に流し込み、そのまま「操作」した結果、飛び散って舞い戻るという事象につながっているそうで⋯⋯
瞬間的に大量の地属性魔力をぶち込むので土が舞い上がり、それに巻き込まれる形で雑草や石が吹っ飛んで遠くに落ち、地属性の魔力の浸透率が高い「土」の部分はそのまま操作しやすいので引き戻せる⋯⋯という、存外に高度なことをしているらしい。
さすがは伝説の聖獣(※現在は神獣)、ピタちゃん⋯⋯なんか初めて聖獣らしい実力を見た気がする⋯⋯
ちなみに今回の技は特に名称がついておらず、特殊能力の『穴掘り大好き』とも無関係らしい。
強いて言えば、この「土を操る力」をさらに発展させた先に『大地の斧』があるようだ。
今回は舞い上げた土を普通に戻して均したわけだが、これを斧状に固めて敵をぶっ叩けば、それ即ち『大地の斧』である。こわい。
ともあれピタちゃんはトマト様畑の雑草処理係にとどまらず、農地開拓においてもたいへん頼りになるということが、改めてよく理解できた一日であった。
「⋯⋯⋯⋯今の魔法(?)、人前で使って大丈夫なんですか?」
「⋯⋯⋯⋯設定上、『すごい冒険者!』ということにはしたいので⋯⋯まぁ、ギリイケるんじゃないかと⋯⋯」
ナナセさんと俺はそんなやりとりをしたが、ピスタ・ラビ氏の名声は「トマティ商会の耕地展開能力」への理由付けとして活用したいので、少々目立つくらいなら支障ない。その代わり、ウサギのピタちゃん(神獣)として前に出るのはなるべく避ける。バレへんバレへん。
§
⋯⋯それからおよそ一週間後。
ライゼー様やウェルテル様達も社交の季節を終えて領地へ帰還し、これにあわせて冒険者ギルドのベルガリウスさんもメテオラへと移住。彼のお手伝いには、ケーナインズのウェスティさんとバーニィ君をつけた。
残る二人のブルトさんとシィズさんは今、バロメソース生産工場のお仕事からはずせぬ⋯⋯
魔導師のシィズさんは魔道具系の機械を作動させるのに必要、ブルトさんはその機械の修理や調整、清掃、改善点の洗い出しなどに忙しい。もはや仕事内容が冒険者ではなくなっているが、ボーナスは期待してくれて良い。
何故かダンケルガ氏まで工場の仕事に興味を持ってしまい、二人からいろいろ聞きながら手伝ってくれているようである。上位存在のくせして意外に働き者だな⋯⋯?(※ブーメラン)
そうこうしているうちに、ナナセさんとグレゴールさんが「ブラン商会」との業務提携案を無事成立させてくれたので――
我々はいよいよ、トマト様の尖兵として、南方のブランフォード伯爵領へ侵攻することとなった!
⋯⋯しかしここで一つ、問題が発生する。
ナナセさん、どーぞ。
「⋯⋯えー、社長。実はですね⋯⋯トマティ商会幹部のブランフォード領への移動にあわせて、フリッツ卿も王都から一時的に里帰りしつつ、道案内をしたいと申し出てくださっているんですが⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯向こうにしてみたら単純に厚意であろう。こっちにとっても道中の護衛を共同でやれたり、ブランフォード伯爵家の通行証に大っぴらに便乗できるので、本来ならばメリットしかない話なのだ。
しかし⋯⋯こっそり宅配便で移動してしまいたい我々にとっては、悩みどころである。
断るのも不自然だし、かといって俺とピタちゃんにはペットとしての業務もあるので日々忙しいし⋯⋯
どーしたものかと迷っていると、不意に会議室の扉がノックされた。
「ルーク殿、邪魔していいかね? 暇だから遊びに来たぞ」
もうすっかり見慣れた軍服を着た金髪のイケメンが、ウィンクしながらさっそうと入ってくる。
今日は豆大福か? えびせんか? 栗きんとん(おせちじゃなくて和菓子のほう)もお気に入りだったな?
「オズワルド様! 数日ぶりですね! いやぁ⋯⋯実に『ちょうどいい』ところに⋯⋯」
猫が悪い顔に転じたことに気づいて、ナナセさんが「まさか⋯⋯」と動揺を見せた。
オズワルド氏は目をぱちくりとさせ、「ん?」と首を傾げている。
⋯⋯フリッツ卿が同行する以上、俺が宅配魔法を使うわけにはいかぬ。
しかし、『トマト様を応援する立場のオズワルド様』が、我が商会のために、ほんのちょっとだけ、気まぐれ程度にお付き合いくださるというのであれば⋯⋯これはさほど不自然ではあるまい。ホルト皇国への我が主達の留学にも(建前として)お手伝いいただいた。
「オズワルド様。ちょっと転移魔法で、アルバイトをしていただけませんか?」
「ん? 何をすればいい?」
かわいい猫チャンのお願いを、オズワルド氏が断るわけもなく⋯⋯!
かくしてフリッツ卿に、よく効く胃薬の差し入れをする未来が確定したのであった。
来週(3/20)の更新は、単行本の加筆作業大ピンチにつきお休みです、申し訳ない⋯⋯!
代わりに300話到達記念の番外編(短め)をお届けし、フリッツ卿が胃薬を飲む機会は3/27になる予定です。どうぞよしなにー。




