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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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291・アーマーン侯爵家の打算と誤算


 応接室でのライゼー子爵との密談を終えたカルテラ・アーマーン侯爵は、喧騒の広間に戻ることなく、そのまま脱力気味にソファへ身を沈めていた。

 

 ⋯⋯ライゼーからこちらがどう見えたかは、ともかくとして⋯⋯カルテラ個人は気疲れのため、先の面談でひどく消耗していた。


 相手のライゼー・リーデルハインは軍閥でも生粋の武人、ギブルスネーク退治の英雄、アルドノール侯爵とトリウ伯爵の懐刀で、権力に媚びぬ硬骨漢⋯⋯


 正直に言えば、相対するのに緊張したのだ。愛想笑いのつもりで浮かべた笑顔もひきつり、逆に悪辣そうに見えたかもしれない。


「はぁーーーー⋯⋯疲れた。やはり軍の連中には、独特の威圧感があるな⋯⋯どうだ、キュリオ。あれがお前の気にしていた『新たな伯爵家』の当主だぞ」


 会談に無言で同席していた家臣、『魔導師』のキュリオは、青ざめた顔で黙礼を寄越した。


 リーデルハイン子爵家の陞爵しょうしゃくは、もはや既定路線となっている。

 王と軍閥のアルドノール・クラッツ侯爵はもちろん推進派だし、本来なら慎重派に回ると思われたピルクード・ペルーラ公爵まで、社交の季節に入るや即座に賛成に回った。


 寡妃ラライナの実家であるレナード公爵家も⋯⋯そもそもリオレットに暗殺者を向けた影響で今は発言力を失っており、反対できる立場ではないのだが、あえて反対する理由もなく、また王弟ロレンスとリーデルハイン子爵家の縁があるからむしろ推進する側だった。


 一方で、カルテラ・アーマーンは「別にどっちでもいい」というスタンスだったのだが⋯⋯有力者が相次いで支持に回ったため、このままだと慎重派、反対派から旗頭役を期待されてしまいそうな懸念があり、早々と「賛成」の方向で態度を表明することにした。

 権力闘争に巻き込まれるのは慣れているが、今回は分が悪い。『ダンジョン発見の功』はちょっと洒落にならないし、そもそも敵対する気が毛頭ない。


 慎重派・反対派にしても、本気で「けしからん」などと思っているわけではなく、少しでもゴネて懐柔「される」ための見返り、譲歩を引き出したいだけである。いわば折れるのを前提とした出来レースだ。


 侯爵家がわざわざそれに付き合う義理は⋯⋯いや、付き合いの手前、義理は一応あるのだが、これから迷宮を管理していくリーデルハイン家から悪感情をもたれてまですることではない。


 ただ、なにせ肝心のライゼーとの縁がほとんどまったく無かったので⋯⋯支持を表明するにしても、周囲を納得させる程度の「理由づけ」は欲しかった。


 迷宮の利権は農業閥にはあまり関係がないため、たとえばもしも彼が「新種の作物、トマト様の種子を南方に提供する!」と表明してくれたなら、これは陞爵を支持する口実としてもありがたかった。

 しかしとうのライゼーは、これを『リオレット陛下の手柄』にすり替えてしまうし、『トマティ商会の方針だから自分は無関係』とまで言い切って、自らは前に出ようとしない。


 そんなわけはなかろう、とカルテラは呆れている。

 地元領主の意向を無視する商会など有り得ない。トマト様の拡散はきっとライゼーの方針であり、目的は王家に対する点数稼ぎだろう。


 商家育ちだけに、侯爵家との付き合い方も心得ているようで⋯⋯『トマティ商会への御用達』という曖昧なラインでの関係性を提案してきたのも、なかなか賢い。


 あえて露悪的で角の立つ言い方をすれば、これは「最低限の便宜は図るが、その代わり商売には口出し無用」という意味にもとれる。

 ここから上手くやっていけるかどうかは、カルテラの出方次第⋯⋯といったところだろうか。


 気を利かせて妾をあてがおうとしたが、これはありがた迷惑だったようで、スマートに拒否された。侯爵家の遠縁にあたる妾となれば政治的な縁にもなるし、そこを窓口に侯爵家からの支援も得られる。普通の貴族なら嬉々として飛びつくはずなのだが⋯⋯やはり出世欲や功名心が薄いのか、あるいは意外と奥方の尻に敷かれているのかもしれない。


 夜会でちらりと見かけた限りでは、ライゼーの妻は確かに見目麗しい淑女で、さすがに娘とまでは言わずとも、てっきり妹か姪などの親族を連れてきたのかと勘違いしそうになった。

 調査によれば、妹はおらず『姪』が一人いるはずなのだが⋯⋯彼女は魔導師で、ロレンス達と一緒にホルト皇国へ留学中だという。

 去年のアルドノール侯爵の夜会に来ていたらしいのだが、一年でここまでリーデルハイン子爵家の存在感が増すとは思っていなかったため、挨拶しそびれた。


 魔導師ならばルーシャンの庇護下にあるだろうから、もちろん何もできないしする気もないが、あのライゼーと血縁関係にある姪ならば、さぞかし剛毅な女傑なのだろう。あくまで好奇心から、少々気にはなる。

 

 さておき、カルテラは部下の魔導師キュリオを正面に座らせた。


「ずっと床を見ていたな? あの男はどうだった?」

「⋯⋯は。懸念が当たりました」


 ⋯⋯ライゼーも座ったそのソファには、人には言えないちょっとした『仕掛け』がある。

 外部の魔光鏡と連携させて、座った人間の『魔力鑑定』ができるように仕上げた特注品なのだ。


 魔力鑑定でわかるのは、「種族」「属性魔法の適性」「特殊能力」「称号」だけなので、相手が普通の人間ならば種族しか表示されない。

 また「名前」については、鑑定者が任意で表示させるものなので、偽名を使われるとその偽名のまま表示されてしまう。鑑定者が相手の名を知らない場合には空欄になるため、身分証明にも使えない。


 つまり基本的には、『そこに座った者が人間かどうか』『魔導師かそうでないか』を見分ける時にしか役に立たない品である。

 それでも意味はある。

 侯爵家ともなると魔法を使える暗殺者を警戒する必要があるし、「魔導師」を自称する詐欺師や、称号を詐称する者も炙り出せる。魔族からの、あるいは人間に化けた神獣からの接触なども有り得ないわけではない。


 また今回のように⋯⋯急に頭角を現した人材に対して、『称号』の有無を確認する目的でも一応は使える。


 最近のライゼーは⋯⋯いや、ライゼーに限らず、ネルク王国周辺の情勢は少々どころでなくおかしい。

 昨年の猫の精霊騒ぎ、急に見つかった新種の作物、新規迷宮の発見、旧レッドワンドの滅亡とレッドトマト商国の建国⋯⋯後半は魔族オズワルドの仕業ということになっているが、諸々の流れが「ネルク王国にとって」都合が良すぎるのだ。


 ライゼーはその流れの多くに関わる中心貴族の一人であり⋯⋯魔力鑑定の結果に「何か」が引っかかっても不思議はない。下手をすると魔族が変装しすり替わっている可能性すらある。


 ライゼーとの会話中、カルテラは部下のキュリオから、事前に取り決めた『暗号』を受け取っていた。


 鑑定結果に不自然な要素が無ければ、ただ正面を見続ける。

 もしもライゼーが『偽者』であれば、キュリオは無言で部屋を退出する。

 あるいは『称号』を得ているようなら、視線を俯け、なるべく床を見続ける。

 そして鑑定を阻害されたり、暗号で伝えられない異常があった場合には、壁際にある椅子へ座る。


 結果として、魔導師キュリオは顔を俯け、ずっと床を見ていた。

 つまりライゼー・リーデルハインは『称号』持ちである。


 カルテラより先に鑑定結果を把握していたキュリオは、青ざめたまま、懐に隠した小型の端末を差し出した。

 ソファとセットで使う専用の魔光鏡、そこには鑑定の結果が文字で表示されている。


「⋯⋯カルテラ侯爵閣下。まずはこちらを」


 口にしないのは盗聴を警戒してか、あるいは畏れのためか⋯⋯

 そこに表示された文字を読み、カルテラ・アーマーンはしばし硬直する。


『称号・亜神の信頼』


 ⋯⋯リーデルハイン子爵家は、上位存在と縁を結んでいる。その確たる証拠がこの瞬間に得られた。効果はわからないが、『信頼』となると、一方的な『加護』よりも重い言葉のように思える。


「⋯⋯やれやれ。何かあっても精霊の祝福や迷宮関連、せいぜい『守護騎士』や『達人』、『豪傑』系の称号かと思っていたのだが⋯⋯これは想定外だ。ちと洒落にならんぞ⋯⋯」


 腹心の魔導師も無言で頷いた。

 カルテラは深々と嘆息する。


(ピルクード公爵め、急に態度を決めたのは『これ』を把握したせいか? おそらく宮廷魔導師殿も共犯だろうし、であれば国王陛下も当然⋯⋯)


 魔力鑑定の試行はキュリオが言い出したことで、カルテラ自身はここまでのものが飛び出すとは想定していなかった。

 ゆえに相応には驚きつつも⋯⋯それと同時に、色々と腑に落ちてしまう。


 宮廷魔導師ルーシャンが、まるで縁がなかったはずのトマティ商会に執心している理由。

 リーデルハイン子爵家の躍進。

 まるでネルク王国に気を使うかのごとき、魔族オズワルドの立ち回り⋯⋯

 すべての点が『亜神』という線でつながってしまいそうだった。


 カルテラは出遅れた。しかし幸いにも「手遅れ」ではなく、このタイミングで把握できたのはむしろ運が良かった。


「⋯⋯キュリオ、このことは誰にも言うな。明日から私も派閥の引き締めをはかる。トマティ商会とリーデルハイン子爵家には最大限の便宜をはかり、決して邪魔をしないよう、皆に通達する。万が一、バカな動きをしそうな連中がいたら、すぐ私に報告しろ。この虎の尾だけは⋯⋯絶対に踏むわけにはいかん」


 危機回避能力は上位の貴族に必須のスキルである。


 カルテラは決して、「ライゼーの弱みを握った」などとは思っていない。

 ライゼー自身がこの称号を公にしていない以上、むしろ隠すべきだとわきまえている。


 王侯貴族の中には、『亜神』の存在を知れば、それを利用しようとする愚者も混ざっているだろう。

 しかし少なくとも、カルテラ個人は「愚かな人類が触れるべき領分ではない」と考えているし、『亜神』から敵視されるような事態だけは絶対に避けたい。


 バカが粛清されるのは仕方ないとして、巻き添えは困るし、国ごと滅ぼされれば爵位も領地も意味をなさない。先だっても「アロケイル王国」が魔族に滅ぼされたばかりである。いや、あるいはあれも⋯⋯?


 そこまで思考が及んだところで、カルテラは不意に青ざめた。

 ⋯⋯ライゼーを屋敷に泊まらせる名目作りのため、馬車の馬をこっそり放すよう、部下から提案されたことを思い出したのだ。手柄がほしいのだろうと思い、「任せる」と承認した。

 害意あってのことではないが、発覚すれば向こうはそうは思わないだろう。


 慌てて部下に指示の撤回を命じると、実行役は酔い過ぎて前後不覚に陥っており、なかば錯乱気味に謝罪を繰り返しているとのことだった。

 とりあえず、やらかしていないならそれでいい。だが⋯⋯すでに「何か」があって、未然に防がれた可能性はある。


 一安心したところで、カルテラはソファにぐったりと身を預け、天井を仰いだ。


「⋯⋯キュリオ、これ以上は何も探るなよ。我々は何も見なかった。今夜のことは墓の下まで持っていけ」


「はい。私も命は惜しいので、そのつもりです」


 キュリオはアーマーン侯爵領の出身者だが、魔導師にしては珍しく研究分野に興味がなく、侯爵家に家臣として仕えている。

 主な役目はカルテラの目と耳を兼ねた助言役で⋯⋯おそらくは次の当主にも仕えてくれる。カルテラは高齢ゆえにもう引退が近い。


 今夜知った事実を、「次の当主」に引き継ぐべきか否かは悩むところだが、やはり黙っておいたほうが良かろうと判断する。

 その上で補佐役となるキュリオが把握していれば、当主をうまく誘導してくれると⋯⋯そう願いたい。


 次の侯爵家当主は、カルテラよりも不器用で、カルテラよりも真面目で、そしてカルテラよりも才がない。

 侯爵家の身代を潰さずに次代へ引き継ぐくらいのことはできると思うが、『派閥の統制』となると心もとない。


 カルテラ・アーマーン侯爵には悩みがある。

 嫡子がもう一つ頼りないこと。

 派閥内に、無知で手綱をとりにくい諸侯が複数いること。

 自分の引退時期が近く、おそらくは寿命も残り少ないこと。

 

 そして今夜、『どこかに潜伏している亜神の怒りに触れないこと』という、新たな悩みが一つ増えた。


 これまでの自分が、ライゼー・リーデルハインと敵対的な関係でなかったことを神に感謝しつつ⋯⋯カルテラ・アーマーン侯爵は、魔光鏡に表示された鑑定結果をその場でしっかり消去させた。


 § 


 アーマーン侯爵邸での夜会は、さしてフラグを回収することもなく割と平和に乗り切った。


 ⋯⋯しかし、もしも俺が不在でライゼー様が前後不覚レベルで酔わされていたり、あるいはウェルテル様が同行していなくてハニトラへの対応に失敗していた場合には、どうなっていたかわからぬ。

 今回はアルコールを無効化させたペットの殊勲ということで、ライゼー様からもお褒めの言葉をいただいた!


 一方、馬車側ではヨルダ様とダンケルガ氏が思い出話と俺の話で盛り上がっていたようだが、盗聴を警戒して防音の結界を張っていたため⋯⋯件の子爵家次男も「馬車に人がいる」ことに気づけず、放馬を試みて警報(音ではなく、ダンケルガ氏の意識に知らせが届くタイプ)に引っかかったそうである。俺が「種の岩」に近づいたせいで発動した警報と、ほぼ同種の魔法なのだろう。


「しかし、ヨルダは警報が届く前に賊の接近に気づいていたな? 私がいなくても馬車は守れただろうが――」


「いや、いてくれて助かった。子爵家の次男坊を俺が殴り倒しでもしたら大事になる。向こうが一方的に悪いとはいえ、こんなことで逆恨みされても面倒だ」


 お二人は約二十年ぶりの再会だというのに、いかにも気心が知れた調子。仲が良い。ヨルダ様の人誑ひとたらしの才もやはり相当なものである。


 ホテルへ帰る馬車の中で、我々は今夜の夜会について、思うところを語り合っていた。


「しかし、侯爵家から妾を送り込もうってのは⋯⋯いや、もうじき『伯爵家』になるわけだから、向こうにしてみたら『そういう相手がいない奴のほうが珍しい』って感覚なんだろうが、ずいぶん買われたものだな?」


 ヨルダ様のからかうような物言いに、ライゼー様が難しい顔をした。


「いや、最初はな⋯⋯妾をあてがって恩を売ろうとか派閥に取り込もうとか、あるいはその妾をスパイ代わりにして情報を引き出そうとか、そういう狙いがあるのかと思ったんだが⋯⋯カルテラ侯爵と話してみて、もっと根深い理由がありそうだと思い至った。私はどうやら、王都の貴族から『とんでもない難物』だと思われているらしい」


 ⋯⋯えっ?

 ライゼー様ほど話し合いに前向きで理路整然として安心して付き合えるお貴族様なんて、他にいないのでは⋯⋯?


 急にこんなことを言い出したライゼー様に驚いて猫が動揺していると、ウェルテル様が「あー」と呆れ気味に笑い、俺を抱え直してくれた。


「ルーク、言いたいことはわかるわ。でもね、今日の夜会を見てもわかると思うけど⋯⋯貴族って、『少しくらい隙があったほうが付き合いやすい』ってことになりがちなの。いえ、平民でもそういう部分はあるけれど、貴族の場合、『自ら醜態を見せることで相手を安心させる』っていう立ち回りが得意な方もいて⋯⋯カルテラ侯爵はこのタイプね。一方でピルクード公爵みたいに『堅物』として知られる方もいるし、アルドノール侯爵みたいに『威厳』で部下を引っ張る方もいる。だから『かくあるべき』っていう話じゃないんだけど⋯⋯」


 ヨルダ様がへらへらと手のひらを振った。


「要するに、ルーク殿の言う『陽キャ』のほうが、貴族社会には馴染みやすいって話だ。ライゼーの場合、武人としての名声があるから近寄りがたい上に、立ち居振る舞いにも隙がない。本質的には『慎重派』なだけなんだが⋯⋯周囲から見ると『常に身を律していて堅苦しい』イメージになるんだろう。俺なんかは古い付き合いだし、こいつはむしろチョロい部類だと思っているが、ライゼーは本来、社交性を求められる貴族よりも、実務の多い『官僚』『軍人』向きの性格だ」


 それはまぁ⋯⋯そっスね⋯⋯

 別に社交性に難があるわけではないのだが、ライゼー様は「相手の懐に潜り込む」というより、「一線引いて、互いの安全圏を確保する」方向性の社交力に秀でている。

 たぶん商人時代に根付いた「貴族は油断ならない」という経験則が影響しているのだろう。そのかわり、寄親のトリウ伯爵みたいに身内認定された後はめっちゃ頼られるし頼りにもなる。


 そんなライゼー様が近いうちに伯爵となられるわけで、まぁなんちゅーか⋯⋯きっと周囲も「どう扱うべきなのか」を模索中なのだろう。


「でも、今日の農業閥の会合では、ライゼー様を敵視する人は少なそうな印象でしたね。味方に取り込もうとして、逆に余計な策略を弄している感はありましたが⋯⋯」


 俺の指摘にライゼー様やウェルテル様も頷く。


「そこは私も意外だった。今まで農業閥とはあまり縁がなかったから、認識不足もあるが⋯⋯軍閥は面子重視、農業閥は利益重視と聞いたことはあるな」


「軍関係は『戦功』が、農業関係は『収穫量』が、それぞれ影響力の担保になるみたいね。軍でライゼーが嫉妬されやすいのは、『たまたまギブルスネークを仕留められる場面にでくわした、運のいい子爵』みたいな見方をする人もいたからだと思うわ。でも農業閥の人達は新種の作物に興味津々だし、貴方がそれを気前良く南方に広めると決めた以上、好意的に見る人が大半だったと思うわ」


 ライゼー様が眉間に皺を寄せた。あ、確かに難物っぽく見える(顔だけ)。


「⋯⋯それは陛下の手柄であって、トマティ商会側の方針でもあると、さんざん説明したんだがな⋯⋯」


 ヨルダ様が呆れ顔で、俺の用意したサンドイッチにぱくついた。


「それを額面通りに信じる奴がどれだけいるか、って話だよ。勘の回る奴なら『王家への点数稼ぎ』か、あるいは『農業閥への賄賂代わり』とでも思うだろう。妾を押し付けられそうになったのも、向こうにしてみたらたぶん『謝礼』のつもりだったんだろうな」


 ライゼー様はがっくりと肩を落とした。

 ⋯⋯すべての元凶が「飼い猫の野望」と「トマト様への信仰心」にあるなどとは、まさか言えないので⋯⋯ライゼー様としても痛し痒しといったところであろう。

 ひ、引き続きちゃんとサポートしますので⋯⋯!


「⋯⋯まぁ、妾の件は諦めていただけたから良しとする。あと、こっちがどう反応するかを観察された気もするな。それで最初の話につながるんだが⋯⋯王都の貴族の多くは、『私』を明らかに過大評価している。もしくは、性格や好むものを把握できずに、どう扱ったらいいのかと戸惑っている。今夜の夜会ではつくづくそれを実感した」


 ⋯⋯実は事前に、トリウ伯爵から「王都の貴族には、君の本質をわかっていない者も多い。陞爵する前に、他派閥にもしっかり自己紹介をして、縁をつないでおきなさい」と助言されていたらしい。


 子爵家のままなら「単なるトリウ伯爵の取り巻き」扱いで良かったのだが、『伯爵位』とはそれほどに重いのだ。


 興味深そうに話を聞いていたダンケルガ氏が、「ふむ」と笑った。


「人は未知なるものを恐れる。未知なるものを、未知なるがままに受け入れる度量を持つ者は少数⋯⋯しかし、それはそれで健全なことだ。未知と脅威は紙一重。農業閥とやらは、ライゼーを未知ではありつつ『利益』にはつながると判断したのだろう。今宵のところは、それで成功と見て良いのではないかな」


「ええ。実りのある夜会だったことは事実です。ダンケルガ様にもお手数をおかけしました」


 ダンケルガ氏が気まずそうに頬を緩めた。


「いや、あれはあれで⋯⋯ちと想定外があってな」


 例の某子爵家次男坊・土下座の件である。


「広間で夫人に土下座までしたとルーク様から聞いて、そこまで強い効果が出たのかと私も困惑した。おそらくだが⋯⋯普段から、酒に酔うと自己嫌悪に陥るタイプの男だったのだろう。結果的にその背中を押してしまったわけだから、言い訳にもならんが⋯⋯やはり酒というのは厄介だな。私は酔ったことがないから、そのあたりの加減がよくわからんのだ。ご夫人、失礼をした」


 ダンケルガ氏はぺこりと頭を下げたが、ウェルテル様はふるふると首を横に振る。


「いいえ、おかげさまでラライナ様とも仲良くなれましたし、猫ちゃん達の集会にも混ざれましたから。思いがけず、とても楽しい時間を過ごせました。ラライナ様とマフちゃんも大層ご機嫌でしたし、他の飼い主の方々ともご挨拶させていただきまして、今後も良い関係を築けそうな手応えを得ましたわ」


 ⋯⋯も、もしや、新たな「猫仲間ネットワーク」が構築されようとしている⋯⋯? 意外とこういうつながりが政治的影響力にもつながったりするので、馬鹿にはできぬ。

 あとそもそも集ったのが猫飼いさん達だったので、みんな猫力も高めで⋯⋯さらにステータス面でけっこう優秀な人も、実はいた。

 たぶんこれからライゼー様やトマティ商会が仲良くするべき人達である。


 その夜、ライゼー様達とダンケルガ氏は、そのまま八番通りホテルに宿泊した。


 一方、俺はいつものようにホルト皇国のカルマレック邸に戻って、クラリス様、リルフィ様達へ本日の報告をし、ともに眠りについた。

 特にダンケルガ氏のことはちゃんとご紹介したいので、都合の良いタイミングでこちらにお招きすることも伝える。


 ⋯⋯そして翌朝。


 まだ夜も明けきらぬうちから、野良着姿の猫が家庭菜園のトマト様を摘果していると、転移魔法で人影が現れた。


「⋯⋯おや?」

「あっ。ルーク様! おはようございます」


 現れたのは魔族の貴公子、ウィルヘルム君である!


 彼は今、リオレット陛下の秘書っぽい立場で、お城の業務を手伝ってくれている。アーデリア様のお目付け役という名目だが、なにせ有能なのでデスクワークの戦力としてすっかり定着してしまい⋯⋯辞めるに辞められない状況らしい。まきこんでごめん。

 

「これはこれは、ウィルヘルム様! こんな早朝からどうされました? あ、ダンケルガ様の件ですか? 実は昨日⋯⋯」


「は、はい。師がたいへん、お世話になったそうで⋯⋯夜間に師からの連絡を受けて知り、ちょうど今、話を聞いてきた直後なのですが⋯⋯あの、ルーク様に取り急ぎ、お知らせしたいことが⋯⋯」


「えっと⋯⋯クラリス様達には知られないほうが良さげなお話です?」


 ウィル君の微妙に歯切れの悪い反応、及びこんな早朝の来訪という状況からそう推測した。

 ウィル君は曖昧に頷いて、俺の傍に膝をつく。


「将来的にはさておき、今の時点では、まずルーク様のご判断を仰ぐべきことかと⋯⋯」


 そんなわけで朝からウィル君をキャットシェルターに招き入れ、俺は飲み物とお茶菓子を用意した。なんだかウィル君と二人っきり(一人+一匹)になるのは久しぶりな気がするな?


 いつの間にやら魔族の知り合いもたくさんできてしまったが、ウィル君はその最初の一人である。最初に知り合えた魔族が彼だったことは、俺にとっても魔族にとっても幸運だったと言うべきだろう。


「で、お話というのはどのような?」

 

「実は先程、師との会話の流れで、『禁樹の迷宮』に話が及びまして⋯⋯あの迷宮には、師が亜神ビーラダー様と共に用意した『特別な財宝』があるそうなのです」


 財宝!

 俗物ルークさんはたちまちお目々をキラキラさせたが、ウィル君はなんか言いにくそうである。何? 厄ネタ?


「⋯⋯それでですね。師から、その形状や使い道を教えていただいたのですが⋯⋯あの、以前、ルーク様が回収された品々のうち、琥珀以外の、用途のわからないものがいくつかあったかと思うのですが⋯⋯」


 あ れ か 。


 水滴がつく謎の葉っぱ(排水口つきのガラス瓶&化粧箱入り)とか、ぐねぐね曲げられる変な木の棒とか⋯⋯香木はたぶん、普通に『香木』であろうが、用途のわからんものがいくつかあった。


 換金できる大量の琥珀だけで充分にホクホク顔だったため、それらはストレージキャットさんに保管を任せて放置してある。『神樹の雫』などというやべぇ貴重品もあるが、アレは魔族に狙われるレベルらしいので、ウィル君にもナイショにするようにお願いしてある。


 いやウィル君はいいんスよマブダチだから。もしも「くれ」って言われたらあげるよ、あんな厄ネタ。ウィル君なら正しい使い方ができるだろうし、猫には過ぎたブツである。


「もしかして、あの葉っぱとか枝の用途が判明したのですか!?」


 ウィル君がこくりと頷いた。


 つまり、ダンケルガ氏が用意したはずの『特別な財宝』とやらは、すでに俺が入手済み、と⋯⋯まぁ、迷宮内にうちの猫さん達を解き放てば、そういうことも起きるであろう。人類が戸棚に隠したチ◯ールとか普通に見つけますからね、猫さんてば。


 そして肝心のその説明を聞くうちに、猫はだんだん真顔となり、改めてその使い道に思い悩むのであった。


いつも応援ありがとうございます!

先週(3/1・日)、ニコニコ漫画にて、三國先生のコミック版猫魔導師の29話が更新されました。


6巻にも収録済みのお話ですが、ルーシャン様が尊き猫様への信仰心を吐露する感動回⋯⋯庶務も涙なしには読めませんでしたが、それはそれとして「猫と共に暮らしていると人は謙虚になれる」の台詞下にいる(゜ω゜)っぽい顔の子がとてもツボにはまったのでみんな見てください。

他のリアル猫さん達もたいへんかわいらしくて困る⋯⋯(※困らない)

4月1日までの公開です。ご査収ください。

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― 新着の感想 ―
コミックスの表紙の兎がかわいくて単行本を読み終わってしまったからこちらを読み進めたらとうとう最新に追いついてしまった・・・ 特別な財宝は迷宮に戻してほしい気もするけどどうなるか続きが楽しみです なんか…
「亜神の信頼」でも「やべぇ…!亜神に頼られる存在とか賢者とか超人か何かか!?」と思われそうなのに、 「亜神の飼い主」の称号が発覚したら「飼い主…!?亜神様の!?…つまり…女神様が人間の幼女に偽装してい…
ざっと見たところ、亜神の信頼持ってるのが確定してるのはライゼー様、ヨルダさん、クロード君、ルーシャン様、アイシャさん、オズワルド様の六人かな キルシュ先生には付いてそうな気もするけど、ちょっと見つけら…
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