290・猫の集会(※無届)
さて、時間はほんの少しさかのぼる。
ライゼー様が、雑に仕掛けられたハニトラをするりと回避した時⋯⋯
ウェルテル様に抱っこされたキジトラ(※俺)は、こっそり『じんぶつずかん』を広げていた。
ゆえに、ライゼー様に近づいてきた女性が「ハニートラップ要員」だということは即座に看破できたのだが⋯⋯
この女性、『カルテラ・アーマーン侯爵』の遠縁なのは事実ながら、ライゼー様に対しても淡い憧れの思いを持っており、「指示を受けたから仕方なく」ではなく「あわよくば!」の決意を込めて今回のハニトラ要員に立候補していたようだ。
正妻のウェルテル様がいる前でよく決行したものだが、ここには誤算があり⋯⋯本当ならライゼー様もウェルテル様ももっとべろんべろんに酔っ払って、別行動をしているはずであった。
そうならなかったのは、ペットの猫が提供されたアルコールを片っ端から無効化(※麦茶化or異空間送り)していたからである。
この女性はカルテラ侯爵の遠縁なので、参加できる夜会も農業閥のものに限られている。よその夜会でライゼー様に会えるチャンスはほぼなく、焦ってもいたのだろう。「今夜のところはせめて顔つなぎだけでも⋯⋯!」という覚悟だったようだが、すんなりスルーされてしまった。すなわち無理筋である。
さて、このハニトラ要員が接触する前から『じんぶつずかん』を読み込んでいた猫は、ある事実に気づいていた。
この夜会に来ている人達の、ライゼー様に対する認識、対応の方向性が、割とバラバラというか⋯⋯
ぶっちゃけ「敵」より「味方」のほうが多そうなのだが、その思惑が、なんとかしてお近づきになりたい人、迷宮の利益に興味がある人、メテオラに興味がある人、武人としてのライゼー様への憧れ、トマト様への興味、トマティ商会と取引したい人、ペーパーパウチが気になる人、猫(※俺)触りたい人と見事にバラけており、ちょっと一括対応が難しい感じであった。
それに対応するのはライゼー様のお仕事なので、困惑しつつもいろんな会話をさばいておられたが⋯⋯そのうちのいくつかはウェルテル様でも対応可能な話題だったため、こちらに話しかけてくる人も多かった。
答えにくそうなお話には、メッセンジャーキャットさんで俺からも助け舟を出しつつ、やがてライゼー様がハニトラの回避と同時にカルテラ侯爵によって連れ出され⋯⋯
そして、後にはハニトラ要員の女性とそれを介抱するウェルテル様という変な組み合わせが残されてしまった。
侯爵様の要請なので、ライゼー様が連れて行かれてしまったのはしゃーない。しかし正妻とハニトラ要員の組み合わせは控えめに言って地獄では?
「あの、大丈夫ですか? すみません、敷物をこちらに⋯⋯」
ウェルテル様がメイドさんに声をかけ、酔っ払い用に用意してあった敷物を床に広げさせた。そんなもんを最初からいくつも常備しているあたり、この夜会はやっぱりアレである。いわゆるパリピの集い的な⋯⋯お貴族様も羽目を外せる場所がほしいのであろう。
子供の教育には悪そうだから、ピルクード公爵がセルニア様を連れてこなかった理由もよくわかる。実際、他の夜会では見かけたクラリス様ぐらいのお子様が全然いない。
「お、恐れ入ります⋯⋯すみません⋯⋯」
⋯⋯ちなみにハニトラ要員さん、ライゼー様に向かってよろけたのはわざとなのだが、酒飲みすぎてフラついてるのはガチである。リアリティを追求した結果、「酔ったふり」ではなく「ガチ酔い」になったのだろう。あるいは「勢いをつけようとして⋯⋯!」というパターンか。
ウェルテル様もいろいろ察してはいるのだが、それはそれとして親切な方なので放置はできない。「うちの夫がこういう罠に引っかかるわけないし」という信頼から来る余裕もある。
とりあえず敷物の上に彼女を座らせて、カルテラ侯爵の部下が持ってきた水を飲ませる。
そうこうしているうちに別の酔っ払いが近づいてきた。
ふむ、どこぞの子爵家の次男坊か⋯⋯年齢は二十代半ば、顔つきがいやらしいので敵確定である。爪伸ばしとこ(にゅっ)
かなり酒癖も悪そうで、目が据わっているし前後不覚の一歩手前。あと一押しで昏倒しそうなので、俺が爪をくだすまでもなかろうが⋯⋯油断は禁物である。
その酔っ払いは、ウェルテル様の傍で膝をつき――
「⋯⋯女神さま。ざんげします⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯なんて?
ウェルテル様どころか猫までもが目を丸くしていると、その酔っ払った子爵家次男坊は絨毯に額を押し付け、猫もかくやのカンペキな土下座をした。
人類の分際で、俺のごめん寝なみに美しいシルエットである! くやしい。
「⋯⋯おれは⋯⋯おれは最低のくそやろうです⋯⋯ライゼーししゃくの手柄がねたましくて、まともに会ったこともないのに、憶測でかげぐちをたたいて⋯⋯たたいて⋯⋯あまつさえ、今宵は馬車の馬を放そうと⋯⋯ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
⋯⋯馬車⋯⋯馬車?
馬車では今、ヨルダ様とダンケルガ氏が警備という名目で雑談中のはずだが⋯⋯あっ(察し)
⋯⋯どうやらこの次男坊、馬車のお馬さんを逃がそうとして、ただでさえ酔っ払っていたところにダンケルガ氏の精神魔法を食らい、一時的な錯乱状態に陥ったようである。『じんぶつずかん』にそう書いてある。
精神魔法というのは、魔法ではあるが要は「催眠術」みたいなもので⋯⋯あと躁鬱を操ったりもできるようである。その仕組み上、酔っ払いとか麻酔中の相手には劇的に効くが、使える者は非常に少なく、また法的にも使用が規制されている。
属性としては神聖、もしくは暗黒のどちらかで、「ハイテンションにするのは神聖系」「ローテンションにするのは暗黒系」という括りのようだ。
そして『精神魔法』という独立した適性もあり、この場合には神聖系の精神魔法と暗黒系の精神魔法、その両方にプラスして、もっと上位の精神系魔法を使えるという話になる。
今回はきっと、「悪いことをしたのだから謝ってこい!」みたいな催眠術をかけられた感じなのだろう。余計! その気遣いが余計! ダンケルガ様、その場で寝かしておいてくれればよかったのに!
しかし、彼は放馬を企んだようだが⋯⋯
うちのお馬さん達は俺の『獣の王』を通じて、猫とリーデルハイン家に確かな忠誠を誓ってくれているため、逃げてしまう心配はほぼない。危機が迫れば一時的な避難ぐらいはするだろうが、賢いので後から戻って来る。
なので成功したとしても実害はなかっただろうが⋯⋯もしうちのお馬さん達がただの馬だった場合、「帰りの足がない!」みたいな状況に陥っていた可能性もあり、これは嫌がらせとしてけっこう効果が⋯⋯?
⋯⋯あっ! いやこれ、単なる嫌がらせ目的じゃなくて、今そこで座り込んでいる妾候補さんともつながってる話か!?
たぶんあちらの想定シナリオはこうである。
ライゼーさま『実は馬車の馬が逃げてしまいまして』
カルテラ侯爵『なんと、それは警備が緩かったこちらの手落ち。今宵は当家に泊まってくれ。空き部屋はいくらでもある』
⋯⋯そして深夜、ライゼー様の寝所を訪れる、さっき会った妾候補さん⋯⋯! 的な展開を狙っていたものと思われる。
仮にライゼー様とウェルテル様が夫婦揃って酔っていれば、別室に案内してもぐっすりであろうし、そもそもウェルテル様が来なければもっと好都合だったはず。
これが貴族のハニトラか⋯⋯! しかし、家来のキジトラを甘くみたのが運の尽きである。彼奴らの謀略は我が肉球できっちり潰した。
⋯⋯いえ、やったことはアルコールを麦茶に変換し続けただけなんですけど。
こちらとしてはライゼー様やウェルテル様のお体を気遣っただけなんですけど。
それはそれとして。
「⋯⋯ゴメンナサイ⋯⋯スミマセン⋯⋯俺はクズやろうです⋯⋯」
⋯⋯『夜会で子爵家の次男坊を土下座させる子爵家夫人』という構図も、それはそれでスキャンダラスな上になかなか外聞が悪い!!!!
ダンケルガ氏も「殺すと面倒事になりそうだし⋯⋯」と、手加減して精神魔法を選択してくれたのだろうが、コレはコレで別方向に面倒事である!
ウェルテル様はわけがわからずおろおろしているし、俺も猫だからてしてしぐらいしかできぬ。
てしてし。てし。
俺がウェルテル様の腕を、ほぼ無意識にてしてししていると⋯⋯
(にゃーん)(王様が呼んでるー)(何スか? 餌?)(師匠、そいつフクロにすればいいんスか?)
夜会につれてこられていた猫さん達が、一斉に飼い主の腕から飛び降り、のっしのっしと我が傍へ近づいてきた。
やべぇ。呼んでねえ。でも猫さん達の好奇心を刺激しちゃったので、歩みが止まらない!(統率力の欠如)
あと、マフさんにはもうちょい情操教育が必要か⋯⋯? ラライナ様に甘えてる時との温度差えぐくない?
(パパ、何かお困りですか)
俺と同じキジトラ柄の子が土下座貴族の背中に乗っかった。もうパパで良い。どうせ人類に猫語はわからぬ。
マフさんの後を追って、ラライナ様も静々と歩いてくる。
「どうしたのかしら? おとなしくできる子なのに、急に飛び降りてしまって⋯⋯あら? ウェルテル様、猫達を集めて、これは何を?」
マタタビでも撒いたかと思われてそうだな⋯⋯?
ウェルテル様も戸惑っているので、俺はあえて一歩踏み出し、「にゃーん」と鳴いてみた。
すると他の猫さん達も、俺の後に続いて『にゃーん』と⋯⋯まるで遠吠えのように合唱してくれる。
(お、集会か?)
(いいっスねぇ。飼われてるとなかなか参加できないので!)
(仲間の集まりは初めてです!)
⋯⋯どうやら「猫の集会」開催の合図として受け取られたらしい。
敷物の上に続々と集まり、マフさんもラライナ様を見上げ「にゃーん」(こっちこっち!)と手招きした。招き猫だ⋯⋯! 実物初めて見た。
集会にゲストとして招かれたラライナ様は、ちょっと驚いた様子ながら嬉しそうに微笑み、ウェルテル様の隣へ腰を下ろす。
まだ猫初心者なので「これは普通の猫でもやる」と思っているのだろうが、でもマフさんはちょっと精神面が特殊個体だと思われる⋯⋯人類のあしらい方が俺より上手い。
「失礼いたします、ウェルテル様。私も少し酔ってしまったので、ここに座らせていただきますわ。マフもここにいたいようですし」
「みゃー」
マフさんはすかさずラライナ様の膝上へ! そつがない。
そしてラライナ様は扇子で口元を隠しつつ、土下座次男坊を一瞥した。
「どうやらそちらの方は、悪酔いしてしまったようですわね。どなたか、休憩室へ運んであげてくださいますか?」
「はっ。失礼いたします。ほら、ちゃんと立て! なにをやっているんだ、まったく⋯⋯」
周囲で見物していた貴族の一人が素早く反応した。この人も多少は酔っているが、普通に正気である。土下座さんともどうやら顔見知りらしい。
そして具合が悪そうだった妾候補さんのほうも、いつの間にかいない。こちらはカルテラ侯爵の部下が「これはもう無理」と諦めて連れて行ったようだ。
そして始まったのは猫の集会!
ウェルテル様とラライナ様を中心に、会場中の猫達が集い、思い思いにくつろぎ始める。
(ちょっと小腹がすきましたねぇ)(王様、なんかもってないっスか?)(師匠、いつものチーズください!)(パパー、私もなんか食べたいー)
⋯⋯みんなネコチャンですからね⋯⋯食欲第一ですよね⋯⋯
マフさんの言う「いつものチーズ」とは、ルーシャン様のペット用品店で販売している猫用無塩チーズのことである。「ゴールドバイン」という仰々しいブランド名で販売している高級品で、俺もおつまみ代わりに食ったことはある。
なにせ塩気がないので俺の舌にはイマイチ物足りないのだが、普通の猫さん的にはご馳走であり、マフさんにも何度か差し入れした。
しかし俺が配るわけにはいかないので、ウェルテル様にメッセージ!
『皆さんがチーズをご所望でして⋯⋯お手数ですが、どこからともなくチーズの詰まったポーチをご用意しますので、何食わぬ顔して配ってあげてください⋯⋯あ、ラライナ様も手伝ってくれるかと⋯⋯』
ウェルテル様は「えええ⋯⋯?」みたいに呆れつつも笑顔なので問題ない。酔っ払いの来襲から救ってくれたのはこの猫さん達である。報酬は必要であろう。
ストレージキャットさん(不可視)からこっそりポーチを受け取り、『衣装の隙間に隠してました』みたいな感じで取り出す。
「あの、ラライナ様。私達は夜会で飲み食いをしていますが、会場にはこの子達が食べられるものがないので⋯⋯きっとみんな、『これ』に気づいて近づいてきたのではないかと⋯⋯」
ポーチを開けて取り出したチーズを見るや、ラライナ様もくすくすと笑い始めてしまった。
「まぁ、ルークさん用のおやつを常備されているのですね。さすがですわ」
「ええ。今もルークにこっそり食べさせたので、匂いが広がったのかもしれません」
流れで俺も食ったことにされてしまったが、これで食わずに済むのでむしろ良い。
猫用無塩チーズはね⋯⋯塩分だけじゃなく脂質やラクトースまで抜いてあるので、ほんと俺の舌にはあんまり⋯⋯つかルーシャン様、よくこの世界でこんなの開発したな? すげぇ研究時間を捧げてそう。
そしてラライナ様にも手伝ってもらって、集まった猫さん達にチーズを振る舞う。キジトラの子が床に置いてあった誰かのグラスを倒しそうになったので、そっと支える。うちの娘(違)がお召し物や床を汚してしまったら申し訳ないので⋯⋯
つか、床にグラスが転がっているレベルの夜会(無礼講)ってやっぱりおかしくない? 座敷でやってる零細企業の忘年会か? そこかしこに似たような光景があるため、みんな「ここの夜会はこういうもの」という認識で麻痺しているものと思われる。
カルテラ侯爵が「貴族の息抜きの場」として、あえてこうした空間を作り上げたとすれば、やはりなかなかの曲者かもしれぬ。
ちなみに広間の床も普通の絨毯ではなく、簡単に張替え可能なタイルカーペット。たぶんシンザキ商会の製品だ。
さて、猫が集会をやっていると人類も集まってくる。つい見てしまうのはわかる。
しかしそんな視線を意にも介さず、チーズで小腹を満たした我々は優雅に会合を開始した。
(集会って何すんの? 毛繕い?)(王様を讃えてなんか芸をしましょう)(むしろ王様がなんか芸やれ)(師匠はスプーンとかフォークを使えるよ)(えっ、パパすごい。私そんなのできない⋯⋯)
グッダグダだな? 俺が芸なんかしたら大騒動なのでもちろん却下だが、猫さん達しかいない状況だったら「不肖亜神! 腹踊りやらせていただきます!」とノッていたかもしれぬ。
⋯⋯クラリス様とかリルフィ様には止められるんですよね、腹踊り⋯⋯なんでだろう。楽しいのに。ヨルダ様にも大ウケだったのに⋯⋯
せっかくの機会なので、俺はラライナ様に媚びを売り、マフさんはウェルテル様ににゃーんにゃーん。こやつ⋯⋯やはりできる!
「マフ様は本当に、人懐っこくて賢い子ですね。他の猫さん達とも仲良くできるようですし」
「ええ。オルケストの離宮には、この子の親兄弟と思しき子達もいるのですが⋯⋯そちらも人に慣れてはきたのですが、抱っこは嫌がるのです。でも、マフは最初からこんな調子で⋯⋯ルークさんも元は野良とうかがいましたが、最初からこんな感じでしたの?」
ラライナ様に喉をモフられゴロゴロ鳴いている俺に、ウェルテル様の優しげな眼差しが注がれる。
「ええ。ルークは娘のクラリスが庭で拾ってきたのですが⋯⋯最初から優しくて、面倒見が良くて、屋敷のみんなともすぐに仲良くなってしまいました。メイドはもちろん、庭師や料理人、執事⋯⋯それに夫まで。ふふっ、実は夫は犬派でして、猫はそんなに好きではなかったはずなんです。でもルークと暮らし始めてから、すっかり仲良くなってしまって。今ではよく書斎に連れ込んで、仲良く相談事をしていますわ」
「まぁ。ふふっ、武人肌のライゼー子爵にもそんな一面があるのですね」
⋯⋯よもや帳簿や企画書を片手に、本気の「相談」をしているなどとは思うまい。冒険者や新規住民の流入に備え、領地の制度設計や新規条例の整備が急務である。
本当なら俺もライゼー様もこんな夜会に出る暇はないし、妾などに手を出す余裕も当然ない。
いま欲しいのは優秀な文官複数名である。それが足りないものだから、とうとう猫の手まで借りる日々に⋯⋯おいたわしやライゼー様。
とはいえ「冒険者ギルド担当」のベルガリウスさんを身内にできたので、この点ではだいぶ楽になった。
さらになんだかんだでトマティ商会やセルニア様を通じて、税務閥のピルクード・ペルーラ公爵もライゼー様の味方になってくれたし、ハズキさんとマフさんのファインプレーでラライナ様との劇的和解も成立。
今回はたいへん実りの多い社交の季節になったと思う。
猫の集会に紛れた御婦人同士の優雅な語らいはほのぼのと続き、やがてライゼー様も戻ってきた。
俺が何かやらかしたかと思ったようで、ほんの少し青ざめておられたが⋯⋯しかし何もなかったと知って安堵したようで、現在は合流したピルクード公爵とぼそぼそナイショ話をしている。ちょっと聞いたろ。
(カルテラ侯爵に呼ばれたようだが、何か言われたのかね?)
(いえ、特には⋯⋯側室を送り込みたかったようですが、こちらが乗り気でないと気づいて諦めてくださいました。あとは⋯⋯トマティ商会に、アーマーン侯爵家『御用達』の栄誉を願いましたところ、ご快諾いただきまして)
(ああ、それは良かった。農業閥には、食品に関わる商人と貴族の関係者が多いからな。アーマーン侯爵家には敵も少ないし、その縁は有効に使える。諸侯や他商会からの無用な圧力を避けるだけでなく、新規事業の提携や協力を得る際の信用にもつながるだろう)
⋯⋯えっ!? そんな美味しい話を!?
この『御用達』という看板、制度として明文化されているわけではないので、少々ややこしいのだが⋯⋯いわゆる「資本関係」や「業務提携」を抜きにして、あくまで「商人と顧客」という立場のみで、お貴族様から応援してもらえるという、そういう意思表示である。
単に「取引がある」だけではダメで、「困りごとがあったら相談にのるよ?」レベルの関係性が必要だ。
うちは陛下の肝煎りだし、王弟ロレンス様も出資者に名を連ねているので、ある意味、最初から「王家御用達」に近い立場ではあるのだが⋯⋯
そもそも王族が「出資者」なので、ここに「御用達」とか言い出したら単なるやらせの自作自演である。
ゆえに「王家御用達」の看板なんて掲げようものなら、「そもそも王族が関わってる店だろうが!」と、商家の皆様から冷たい視線を集めてしまう。そういうのはダメなのだ。
同じ理由で「宮廷魔導師御用達」「リーデルハイン子爵家御用達」の看板も使えない。商人同士が「そちらは宮廷魔導師御用達ですからなぁ(笑)」みたいな感じで、冗談で言ったりはするが、自ら名乗るのは格好悪いし体裁も悪い。
もちろんうちの場合、『御用達』云々とは無関係に、陛下とルーシャン様が貴族や他の商会からの盾役をこなしてくれているので、よそからの支援は特に必要ないのだが⋯⋯
『農業閥を束ねるアーマーン侯爵家の御用達』となると、話は別である。
そこには盾としての効果ばかりでなく、「他の商会との新規取引の開拓」という、攻めの効果まで期待できるのだ。
トマト様の加工品には他の作物も使う。うちのバロメソースだってバロメの実や麦芽糖、塩をはじめ、トマト様以外のいろいろな素材も煮込んで活用している。
そうした原材料仕入れルートの確保に加え、新製品を輸出する際の委託先や輸送路の開拓といった案件で、この「アーマーン侯爵家(農業閥)御用達」の看板は心強い。
その上で「御用達」ぐらいの関係性なら、経営方針や商売の仕方にまで口出しされる心配はないし、割といいことづくめだ。
ナナセさんあたりが「やりましたね、社長!」と大喜びで俺を撫でくりまわすレベルである。にゃーんにゃーん。
ちなみにこれが「ペルーラ公爵家御用達」の場合、信頼性のバフにより「金融関係でお金を借りやすくなる」という効果は期待できるのだが⋯⋯新規取引の開拓などにはそこまで大きく影響しない。
ペルーラ公爵家とその派閥は農業政策に疎いし、商人達にとってのペルーラ公爵家は「取引相手」というより「税金を取り立てたり不正を暴いたりする怖い人」だからである。
そしてうちは借金する予定も増資する予定も特にないので⋯⋯うん。名誉には違いないのだが、商会としての実利で考えるとアーマーン侯爵家のほうが影響はでかい。
しかし陽キャの巣窟かと警戒していたが⋯⋯アーマーン侯爵家とはこのまま、良い関係を築いていきたいものである!
盗み聞きしたライゼー様とピルクード公爵の会話にほくほくしつつ、俺はラライナ様の腕に身を任せ、他の猫さん達とともににゃーんにゃーんと媚び続けるのであった。
なんと前回三百話到達で⋯⋯感想でのお祝いのお言葉、ありがとうございました!
しかも猫の日に222万2千字(下三桁は見なかったものとする)だったそうで、
なそ
にん
⋯⋯と真顔になってました。
というか文庫本一冊あたりが十万~二十万字程度なので、なんちゅーか⋯⋯こ、こんな長いのにお付き合いいただいて、いつもありがとうございます!(汗)




