第三話 いつか旅立つその日まで②
グレンとエレナ、そしてルシアンが顔を見合わせる。
やがてグレンがシンの前に立った。
「黙ってたことは良くない。分かるな、シン」
「……うん。ごめん、父ちゃん」
「ただ、お前たちにも何か言えない理由があるんだろ」
シンは少し迷ってから、小さく頷いた。
「……うん」
「その理由まで話せとは言わん」
「え?」
シンが顔を上げる。
「でもな、シン。何かあったときに、自分たちだけでどうにかしようとするな」
グレンは真っすぐシンを見る。
「俺でも母ちゃんでもいい。ちゃんと大人に相談しろ」
「…………」
「前にも言っただろ。何かあったら俺には言えって」
「……うん!」
シンは今度はしっかりと頷いた。
話が一段落したところで、エレナがリリィを見る。
「リリィちゃん、っていうの?」
「う、うん」
「こっちに来て」
エレナの優しい眼差しに、リリィの警戒も少しずつ解けていく。
「抱っこしてもいい?」
「うん、いいよ」
エレナは両手でそっとリリィを持ち上げると、壊れものを扱うように優しく抱き寄せた。
「可愛いわねぇ。私、妖精なんて初めて見たわ」
リリィは少し照れたように頬を赤くする。
「そ、そうなんだ……」
グレンが再びシンを見る。
「それで、今日はこの子を紹介しに来ただけじゃないんだろ?」
「うん。実は……」
シンはエレナに抱かれているリリィを見る。
「リリィも一緒に夏祭りへ連れていってあげたいんだけど……」
「人目が気になる、ってところか?」
「……うん」
するとルシアンが口を開いた。
「シンくん。妖精という存在自体は、大抵の人なら本や昔話で知っているよ」
「じゃあ、リリィも普通に外に出ていいの?」
「妖精だから外へ出ちゃいけない、なんてことはないさ」
ルシアンは柔らかく笑った。
「ただ、実際に妖精を見たことがある人は少ない。さっきみたいに、珍しがられることはあるだろうね」
「……やっぱり隠れた方がいいのかな?」
シンが尋ねる。
ルシアンは少し考えたあと、首を横に振った。
「ずっと隠れて暮らす必要はないと思うよ」
そして、今度はリリィへ視線を向けた。
「ただし、リリィ。世界には珍しいものを、自分のために利用しようとする人間もいる」
先ほどまで穏やかだった声が、少しだけ真面目になる。
「だから知らない人についていったり、一人で遠くまで行ったりするのは避けた方がいい」
「…………」
リリィがゆっくり頷く。
「分かった」
「少なくともミレア村なら、そこまで心配はいらないと思う」
ルシアンが笑う。
「僕たちが昔から知っている人ばかりだ。それに――」
隣にいるグレンを見る。
「何かあったら、この男もいるしね」
「俺だけに押しつけるな」
「頼りにしてるんだよ」
「まったく……」
二人のやり取りを見て、シンは笑った。
「じゃあ……リリィもお祭り行っていいんだね!」
「あぁ。何かあったら、すぐ俺たちに言ってこい」
グレンの言葉に、シンの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、父ちゃん! ルシアンさん!」
「良かったね、リリィちゃん」
エレナが微笑む。
「うん! いっぱい食べよっと!」
「ふふっ。食いしん坊なのね」
「あっ……」
リリィの顔が赤くなる。
それを見たシンが指を差して笑った。
「リリィ、顔赤くなってる!」
「う、うるさい!」
「照れてるー!」
「もう! シン、言わないでよー!」
「あらあら、仲良しね」
エレナは二人を見て楽しそうに微笑んでいた。
「パパ、いつまでこっちにいるの?」
今度はノアがルシアンへ尋ねる。
「うん? しばらくはいるつもりだよ。どうしたんだい?」
「別に。聞いただけ」
「そうかい?」
ルシアンは嬉しそうにノアへ歩み寄ると、その頭を優しく撫でた。
「少し見ない間に大きくなったね、ノア」
「な、なにしてるの! こんなところで!」
「ん? 娘の成長を喜ぶのに場所なんか関係ないじゃないか」
「そういうことじゃなくて!」
「ハハハッ! ルシアン、お前も変わらないな」
グレンが声を上げて笑う。
「だって、久しぶりに娘に会えたんだぞ?」
「だからって今しなくても!」
「恥ずかしかったかい?」
「もう! パパ!」
シンはそんな二人を見ながら笑った。
「ノアのパパって、ノアのこと大好きなんだね」
「シンまで言わないで!」
「ふふっ」
エレナまで笑う。
リリィはそんな大人たちとノアを交互に眺めていた。
「……人間の家族って、楽しそうだね」
その言葉に、エレナが優しく笑う。
「楽しいことばっかりじゃないけどね」
少しだけ考えてから続ける。
「でも、一緒に笑ったり、怒ったり、心配したりするのも家族なのよ」
「そっかぁ……」
リリィはどこか嬉しそうに笑った。
◇
「リリィ、そろそろ行こうか?」
「うん! いこいこ!」
そう言うと、リリィはいつもの癖でシンの鞄へ入ろうとした。
「リリィ」
「なに?」
リリィが振り返る。
シンは笑った。
「今日からはもう、隠れなくていいんだよ」
「あっ……」
リリィは鞄とシンを交互に見る。
ほんの少しだけ、動きが止まった。
やがて――。
「……うん!」
嬉しそうに笑う。
「そうだったね!」
そして鞄の中ではなく、シンの肩へちょこんと腰掛けた。
「あら、リリィちゃんは飛んでいかないの?」
エレナが尋ねる。
「だって、飛ぶのだって疲れるもん」
「ふふっ。そう。じゃあ気をつけていってらっしゃい」
「うん! いってきます!」
シンは元気よく答えた。
「お邪魔しました。パパも、またね」
「あぁ。気をつけてな、ノア」
「リリィちゃんも楽しんできてね」
「うん!」
三人は家をあとにした。
外へ出てしばらく歩く。
「はぁぁぁ……」
シンは大きく息を吐いた。
「シン、大丈夫?」
肩に座ったリリィが、心配そうに顔を覗き込む。
「緊張したよー……。だって父ちゃんだけに話すつもりだったのに、みんないるんだもん」
「私も。まさかパパが帰ってきてたなんて」
「ねぇ、ノア?」
「なに?」
「ノアのパパって何してるの?」
リリィが首を傾げる。
「私のパパは学者なの」
ノアは少し考えながら話す。
「世界を回って、いろんな国へ行って、いろんなものを調べてるの。だから、家にいないことも多いんだ」
「そうなんだ」
リリィはノアを見る。
「寂しくない?」
「うーん……」
ノアは少しだけ考えた。
「前は寂しいときもあったけど……今は平気かな」
「なんで?」
「だって、シンとリリィがいるもん!」
「ノア~!」
リリィが勢いよくノアへ飛びつく。
「わっ! どうしたの、リリィ!」
リリィは何も答えず、ぎゅっとノアに抱きついていた。
「もう……」
そう言いながらも、ノアは嬉しそうに笑っている。
「僕もいるよ!」
「シンは今言ったでしょ!」
「そうだけど!」
三人は笑いながら、祭りの行われている大通りへ向かって歩いていった。
◇
やがて、辺りを行き交う人が増えてきた。
「ノア! リリィ! もう着くよ!」
「わぁぁぁ……!」
リリィの瞳がきらきらと輝く。
通りの両側には、いくつもの屋台が並んでいた。
肉が焼ける香ばしい匂い。
焼き菓子の甘い香り。
どこからか聞こえる楽器の音。
楽しそうに話す村人たちの声。
普段とは違うミレア村が、三人の前に広がっていた。
「……なんか……いい匂いがいっぱいする」
リリィの口元から、つーっとよだれが垂れた。
「リリィ! よだれ!」
「あっ……!」
リリィは慌てて口元を拭く。
シンの服で。
「なんで僕の服で拭くの!」
「だって、リリィの服が汚れるもん!」
「だからって僕の服で拭かないでよ!」
「いいじゃん! ちょっとくらい! ケチ!」
「言ったなぁー!」
「シ、シン……」
「何? ノア?」




