第三話 いつか旅立つその日まで③
ノアがシンの袖を引っ張っている。
シンが周りを見る。
いつの間にか、三人の周囲には人が集まっていた。
「おい、あれって……」
「間違いない。妖精じゃないか?」
「こんなところで見れるなんて」
「ほんとにいたんだなぁ……」
たくさんの視線を向けられ、先ほどまで威勢の良かったリリィがぴたりと固まる。
そして――。
すっ。
シンの首の後ろへ隠れた。
「リリィ?」
「…………」
顔だけが、シンの髪の横から覗いている。
すると、一人の子供が近づいてきた。
「ねぇ!」
「……な、なに?」
「あなた、名前なんていうの?」
「…………リリィ」
「リリィ! 可愛い名前だね!」
「……ありがとう」
その様子を見ていた別の子供たちも集まってくる。
「シン! その子、シンの友達なの?」
「うん!」
シンは迷わず答えた。
「リリィっていうんだ!」
「じゃあ、リリィも一緒に遊ぼうよ!」
「リリィと遊びたい!」
リリィはシンの後ろから、子供たちを見る。
「…………」
少しだけ迷ったあと。
「……うん!」
シンの肩から、ふわりと飛び上がった。
「リリィも、みんなと仲良くなりたい!」
「わぁー! 飛んでる!」
「すごい!」
「いいなぁ! 羽!」
子供たちは羨ましそうにリリィを見上げる。
「ふふんっ!」
リリィは腰に手を当てた。
「すごいでしょ!」
「さっきまで隠れてたのに……」
ノアが小さく笑う。
「リリィったら、すぐ調子に乗るんだから」
「ねえ! 向こうまで競争しようよ!」
一人の子供が声を上げる。
「いいよ!」
リリィもすぐに答えた。
「負けないからね!」
「ふふん! リリィには羽があるんだから――」
「リリィ!」
ノアの声が飛ぶ。
「飛ぶのは禁止だからね!」
「ええー!?」
「競争にならないでしょ!」
「むぅ……」
リリィは渋々地面へ降りた。
「じゃあ行くよー……ドンッ!」
合図と同時に子供たちが走り出す。
「待ってぇぇぇ!」
小さな足を必死に動かし、一番後ろからリリィが追いかけていく。
「リリィ遅ーい!」
「リリィ、走るの苦手なのー!」
シンとノアは顔を見合わせて笑った。
少しすると、リリィがこちらへ振り返る。
「シン! ノア! みんなと遊んできていい?」
「いいよ! 僕たちのことは気にしないで!」
「でも、あんまり遠くまで行っちゃダメだからね!」
「分かってるってばー!」
「本当に?」
「もう! ノアは心配性だなぁ!」
そう言い残して、リリィは子供たちを追いかけていった。
その後ろ姿を、二人はしばらく見送った。
「ノア」
「なに?」
「リリィ、良かったね」
「……うん」
ノアは楽しそうに走っていくリリィを見つめる。
「すごく楽しそう」
「うん」
シンも笑った。
今までなら。
村へ戻ってくれば、リリィは鞄の中にいた。
けれど今日は違う。
たくさんの子供たちに囲まれて笑っている。
シンはそれが、なんだか自分のことのように嬉しかった。
「さっ、僕たちは少しお祭りを見にいこうか」
「そうだね」
二人は人混みの中を歩き始める。
「なんか、リリィがいないのって少し変な感じだね」
「うん。二人で歩くの、久しぶりな感じがする」
少し前までは、二人でいることが当たり前だった。
それなのに今は、リリィがいないだけで何かが足りないような気がする。
「シン」
「なに?」
「リリィが来てから、もっと楽しくなったね」
「そうだね」
シンは笑う。
「たまにすっごいことやらかすけどね」
「ふふっ。でも、そこもリリィだからね」
「あっ、ノア! あれ食べたい!」
突然、シンが走り出した。
「もう! シンもリリィと一緒! 待ってよー!」
ノアも慌ててそのあとを追いかけた。
◇
屋台の前で、シンは真剣な顔をして並んだ料理を眺めていた。
香ばしい匂いを立てながら、肉の串焼きがずらりと並んでいる。
「んー……おじさん! この肉の串のやつ二つ!」
「はいよ! 二本で二百リルだ!」
「はい!」
シンは硬貨を取り出し、店主へ渡す。
「おう、ちょうどだな! 一番でかいやつ持ってけ!」
「ありがとう! おっちゃん!」
串焼きを二本受け取ると、そのうち一本をノアへ差し出した。
「はい、ノア!」
「えっ? いいの?」
「うん! 一緒に食べよ!」
「……ありがとう、シン」
二人は揃って串焼きにかぶりついた。
「おいしい!」
「うん、とってもおいしいね」
香ばしく焼けた肉を、二人は夢中になって食べる。
「あー、おいしかった!」
満足そうなシンの横で、ノアが何かを見つけた。
「シン? あっちのお店行ってみない?」
ノアが指差した先には、焼き菓子を売っている屋台があった。
「うん、行こう!」
店の前まで来ると、焼き上がった生地の香ばしい匂いと、温められた蜂蜜の甘い香りが鼻をくすぐる。
「これ、リリィにも買ってあげようか」
「そうだね!」
ノアは屋台のおばさんを見る。
「おばさん、三つください」
「三つだね? じゃあ九十リルだよ」
「はい」
ノアが硬貨を渡す。
「えっ? ノア、いいの?」
「うん。さっきのお礼」
「ありがとう、ノア!」
そのときだった。
「シーン! ノアー!」
遠くから聞き慣れた声がする。
「あっ、リリィ!」
ものすごい勢いで、リリィがこちらへ飛んできた。
「はぁ、はぁ……なんか、すっごい甘い匂いがする!」
「もしかして匂いで来たの?」
「ち、違うもん!」
「ほんとかなぁ?」
ノアは笑いながら、買ったばかりの焼き菓子を一つ手に取る。
「リリィ、これ」
「何これ~! いい匂いー!」
そのまま渡そうとして――ノアはリリィと焼き菓子を交互に見た。
焼き菓子は、リリィの身体にはさすがに大きい。
「あっ、ちょっと待ってね」
ノアは食べやすい大きさに割ると、その一欠けらをリリィへ差し出した。
「はい」
「ノア、ありがとう!」
「早く食べてみて!」
「うん!」
リリィが小さな焼き菓子にかぶりつく。
サクッ。
次の瞬間。
「おーいしぃーー!」
「わっ!」
感激したリリィは、そのまま空高く飛び上がった。
「ハハハッ! リリィ、飛びすぎだよ!」
やがてリリィがゆっくりと降りてくる。
「シン、ノア。ここには、こんなにおいしいやつばっかりあるの?」
「そうだよ! ほかにも何か食べる?」
「えっ! いいの!?」
ノアが頷く。
「うん。今日はリリィにとって初めてのお祭りだしね」
「よーーし! じゃあ次は……」
リリィが鼻をひくひくと動かす。
「あっ! あっちからいい匂いが!」
「あっ、リリィ!」
すでに次の屋台へ向かって飛んでいる。
「ノア、行こ!」
「うん!」
それから三人は、すっかり祭りを満喫した。
リリィがいい匂いにつられて屋台へ飛んでいけば、シンとノアが慌てて追いかける。
初めて見る食べ物を見つけるたびに、
「これは何!?」
と目を輝かせ。
一口食べては大騒ぎ。
途中で先ほどの子供たちと再会すると、今度は三人まとめて遊びに巻き込まれた。
最初は遠くから珍しそうにリリィを見ていた大人たちも、楽しそうに遊ぶ子供たちを見ているうちに、次第にいつもの祭りへ戻っていった。
屋台の店主から小さな菓子をおまけしてもらえば、リリィは満面の笑みで何度も頭を下げた。
笑って。
走って。
食べて。
また笑って。
気づけば青かった空は少しずつ色を変え――。
やがて、ミレア村を夜の空が包み込んでいた。
◇
「ふぅー……お腹いっぱい……もう食べられない」
リリィがシンの肩の上で、お腹をさすっている。
ノアはそんなリリィを見て笑った。
「リリィ、食べすぎだよ」
「よっぽどおいしかったんだね!」
「うん! 初めてのものばかりだったから!」
リリィは満足そうに笑った。
「良かった! また来年も三人で来ようね!」
「リリィ、今日はどうだった?」
ノアがリリィを見る。
「うん!」
リリィは嬉しそうに両手を広げる。
「今日はすっごく楽しかった!」
少し離れたところでは、昼間一緒に遊んだ子供たちが手を振っている。
リリィも大きく手を振り返した。
「みんなとも仲良くなれたし、おいしいものもいっぱい食べられたし! それに……」
少しだけ間を置いて、シンとノアを見る。
「やっぱり、シンとノアといると楽しい!」
「僕もだよ! リリィ!」
「ふふっ。私も」
辺りはすっかり夜になっていた。
三人は少し離れた場所から、祭りの灯りを眺めている。
昼間とは違うミレア村。
暖かな灯りがいくつも並び、その間を楽しそうな人々の声が行き交っている。
リリィはしばらくその景色を眺めていた。
そして――。
「ねぇ、ノア」
「どうしたの?」
「お祭りって、ここにしかないの?」
ノアは少し考える。
「ううん」
祭りの灯りを見ながら答える。
「パパが前に言ってた。ほかの国にも、いろんなお祭りがあるんだって」
「今日みたいなの?」
「もっとすごいところもあるらしいよ」
「どんなの!?」
今度はシンまで身を乗り出す。
「国中からたくさんの人が集まったり、夜なのにお昼みたいに明るくなるくらい灯りが並ぶお祭りもあるんだって」
「そんなにすごいお祭りあるの!?」
シンの目が輝く。
「落ち着いて、シン。パパから聞いただけで、私も見たことないんだから」
「……見てみたいなぁ」
リリィがぽつりと呟いた。
その目は祭りの灯りではなく、その向こうにある何かを見ているようだった。
「…………」
シンも祭りの灯りを見る。
ミレア村しか知らない自分には、ノアの話した景色がうまく想像できない。
でも――。
だからこそ。
見てみたいと思った。
「じゃあさ」
「ん?」
リリィとノアがシンを見る。
「いつか三人で見に行こうよ」
「え?」
「僕たちがもっと大きくなったらさ」
シンは二人を見る。
「三人でいろんなところに行って、いっぱい見ようよ!」
ノアとリリィは目を丸くした。
「三人で?」
「うん!」
リリィの顔が、ゆっくりと笑顔になる。
「……約束?」
「約束!」
「リリィも行く!」
「もちろん!」
「……私も」
ノアが小さく呟いた。
シンがノアを見る。
「もちろん、ノアも一緒だよ!」
「シン……」
ノアは一瞬だけ嬉しそうな顔をした。
けれど、すぐにいつもの表情へ戻る。
「うん! まあ、私がいないと二人だけじゃ無理だもんね!」
「ハハハッ! そうだね! ノアがいなきゃ、リリィすぐ調子に乗るからね!」
「……! シンだって! ノアがいなきゃ、なんにもできないんじゃないの!?」
「僕だってやればできるよ!」
「リリィだって!」
「はい、はい。そこまで」
ノアが二人の間に入る。
「やっぱり二人だけじゃダメね」
シンとリリィは顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく笑い出す。
つられるようにノアも笑った。
やがて三人は、祭りの灯りの下を並んで歩き始めた。
「ねえ、あっちも見に行こうよ!」
シンが通りの向こうを指差す。
「シン、今日あれだけ遊んだでしょ?」
「まだお祭り終わってないじゃん!」
「そうだよ! リリィもまだ遊びたい!」
「もう……二人とも元気なんだから」
呆れたように言いながらも、ノアの足は自然と二人についていく。
通りには、まだたくさんの人がいた。
屋台から漂うおいしそうな匂い。
楽しそうに話す人々の声。
風に揺れる、色とりどりの灯り。
シンは歩きながら、ふと夜空を見上げた。
ほかの国のお祭りは、どんな景色なんだろう。
今はまだ、想像することしかできない。
けれど、いつかはきっと。
「シン! 早くー!」
少し先から、リリィの声がした。
「今行く!」
シンは顔を上げ、二人のもとへ駆けていく。
三人で交わした約束は、まだずっと先のこと。
今夜はもう少しだけ、この祭りを楽しんでいたかった。
暖かな灯りに包まれたミレア村の夜は、まだ続いていた。




