第二話 初めての冒険②
シンの肩がビクッと跳ねた。
「き、気のせいじゃ、ないかな?」
「そう? でも今――」
「あっ! リゼットさん、あれ何!?」
シンは慌てて玄関に置かれていた棚を指差した。
その上には、赤くゴツゴツとした石のようなものが置かれている。
「え? あら、あれはね~。この間ルシアンが持って帰ってきたものよ」
「へぇー!」
シンが興味深そうに赤い石を眺めていると、家の奥からノアが小走りでやってきた。
「お待たせー!」
その手には、探していたらしい髪飾りが握られている。
「もう! ママ、私が昨日片付けたのに、全然違うところに置いてるじゃない!」
「あら、そうだったかしら? ごめんね、ノア」
「もう……。まあいいけど」
ノアは髪飾りをつけると、シンの隣へ並んだ。
「じゃあ、行ってきます!」
「はい。気をつけてね~」
「行ってきまーす!」
二人はリゼットに見送られ、ノアの家を後にした。
家から少し離れたところで――。
「……っぷはぁ!」
鞄の隙間からリリィが勢いよく顔を出した。
「えっ! リリィ!?」
驚いたノアが、思わず大きな声を上げる。
「しーっ!!」
シンとリリィが同時に口元へ指を立てた。
ノアは慌てて自分の口を押さえる。
「なんでリリィがいるの!?」
「それはね――」
シンとリリィは、歩きながら今朝の出来事をノアに話した。
「……そういうことね」
話を聞き終えたノアは、納得したように頷く。
「じゃあ、これからはシンと一緒にいるの?」
「ダメだよ!」
「うん!」
二人の答えが綺麗にぶつかった。
「なんでー!?」
「だってリリィ、さっきから何回見つかりそうになってると思ってるの!」
「ちゃんと隠れればいいもん!」
「ちゃんと隠れられてないじゃん!」
「むぅー!」
「そこまで!」
ノアが二人の間に割って入る。
「この話は後にしよ? シン、今日はどこ行く?」
「ノアが言うなら……」
シンは少し考えると、村の外れの方へ目を向けた。
そして、ぱっと顔を輝かせる。
「じゃあ今日は、あっちに行ってみよう!」
「いいね! いこいこー!」
リリィは鞄から顔を出し、拳を高く突き上げた。
「今日はあまり遠くまでは行かないからね?」
ノアは腕を組み、二人に釘を刺す。
「分かってるよ、ノア!」
「リリィも分かってるよー!」
「……ほんとかなぁ」
「じゃあ、しゅっぱーつ!!」
三人は村外れへ向かって歩き始めた。
◇
しばらく歩くと、少しずつ景色が変わっていった。
村の近くでは当たり前のように見えていた畑や家々がなくなり、草木も次第に少なくなっていく。
代わりに、硬そうな地面と大小さまざまな岩が目立つようになってきた。
吹き抜ける風も、村にいたときより少し強い。
シンが振り返る。
さっきまでいたミレア村が、いつもよりずっと小さく見えた。
「わぁ……結構歩いたね」
いつの間にか人影もない。
すると、ノアが少し不安そうに口を開いた。
「シン? ここって、来たことある?」
「んー? ないよ?」
「……大丈夫かな?」
人に見られる心配がなくなったリリィは、いつの間にか鞄から出てシンの肩に座っていた。
「大丈夫だよー! なんか冒険してるみたいでワクワクするね!」
「でしょ!? 行ったことないところに行くのって楽しいよね!」
「うんうん!」
シンとリリィは、すっかり意気投合している。
その様子を見ながら、ノアは小さくため息をついた。
「……さっきまで言い合ってたのに」
「あっ! ノア、リリィ! あっちに大きな岩があるから行ってみよう!」
そう言うなり、シンは大きな岩へ向かって走り出した。
「あっ、待ってよ! シーン!」
ノアも慌ててその後を追いかける。
岩のそばまで来ると、シンは見上げながら目を輝かせた。
「すごいね、リリィ! こんなにおっきい岩、初めて見たよ!」
「リリィもだよー! 上見てこよっと!」
リリィはシンの肩からふわりと飛び上がった。
「あっ! リリィ、ずるいよー!」
少し遅れて、ノアがようやく追いついてくる。
「はぁ、はぁ……シン、また先に行くんだから!」
「ごめん、ごめん!」
「あれ? リリィは?」
シンが岩の上を指差した。
そこではリリィが腰を下ろし、遠くを眺めている。
「リリィー! 何か見えるー!?」
「うーん……」
リリィは目を凝らした。
「あっ! あっちで何か動いてるよ!」
「えっ! じゃあ行ってみよ!」
リリィは岩から降りてくると、再びシンの肩へ着地した。
「このまま真っすぐ行ったところに、何かいたよ!」
「じゃあ行こうか!」
シンがすぐに歩き出そうとする。
その隣では、ノアが膝に手をついて少しぐったりしていた。
「……ちょっと休憩しない?」
「あっ……そうだね!」
シンはようやくノアの様子に気づいた。
「リリィ、ノア疲れてるみたいだから少し休憩しようか!」
「えー!? 早くいきたーい!」
「ダメだよ! リリィはずっと僕の肩に乗ってるだけじゃん!」
「むぅ……」
リリィは少し考える。
そして、何かを思いついたように顔を輝かせた。
「あっ! じゃあ先に見てくる!」
「えっ?」
止める間もなく、リリィは一人で飛んでいってしまった。
「もう、勝手だなぁ!」
その言葉を聞いて、ノアがクスッと笑う。
「シンも一緒だよ?」
「えっ!? リリィと!? そうかなぁー……ん?」
遠くから、何かが地面を駆けるような音が聞こえてきた。
ドドドド……。
「何か音する?」
ノアは耳を澄ませる。
ドドドドド……。
「……ほんとだ」
音が少しずつ大きくなっている。
そのとき――。
「シーーーーン! ノアーーー!」
遠くからリリィの叫び声が響いた。
二人は同時に、リリィが飛んでいった方向を見る。
「あっ、リリィがこっちに飛んできてるね!」
だが、ノアはその後ろにいるものに気づいた。
「シン……リリィの後ろから何か……!」
「たーすーけーてーー!!」
リリィの後ろから、ずんぐりとした獣がものすごい勢いで迫ってくる。
大きさは大型犬ほど。
全身は岩のような灰色の硬そうな毛に覆われ、口元からは短い牙が突き出していた。
その姿を見たノアが、ハッと目を見開く。
「あれ……もしかして……ロックボア!?」
「ロックボア? 何それ!?」
「パパが話してくれたことあるの! 縄張りに入ったり、刺激したりすると追いかけてくるって!」
「えっ! じゃあ危ないじゃん!」
シンはリリィへ向かって大声で叫んだ。
「リリィ! 上に飛んでーー!!」
「あっ、そっか!」
リリィは急いで上空へ舞い上がる。
しかし――。
ドドドドドドッ!
目標を失ったはずのロックボアは、そのまま勢いを落とさずシンたちの方へ向かってきた。
「えっ!?」
「シン、来るよ!」
「ノア! 走って!」
「……うん!」
二人は同時に駆け出した。
「ハァ、ハァ……ノア! 大丈夫!?」
「ハァ、ハァ、ハァ……なんとか!」
必死に走る。
けれど、後ろから響く足音はどんどん大きくなっていた。
ロックボアが少しずつ距離を縮めている。
「シン! もっと速く!」
頭上から、リリィの声が聞こえる。
「分かってるよ!」
そのとき――。
「キャッ!」
ズザーッ!
「ノア!!」
ノアが石につまずき、その場に転んだ。
「いたっ……!」
シンは足を止めた。
一瞬だけ、迫ってくるロックボアを見る。
怖い。
逃げなきゃ。
身体がそう叫んでいる。
「シン! 逃げて!」
ノアの声が聞こえた。
それでも――。
「……ッ!」
シンはノアのもとへ引き返した。
道の脇に落ちていた木の棒を拾い上げ、ノアの前に立つ。
何をすればいいのかなんて、分からない。
どうすればあんな魔物を止められるのかも、分からない。
棒を握る小さな手が震えていた。
足だって震えている。
それでも。
ノアを置いて、自分だけ逃げることはできなかった。
「シン……?」
「……こい!」
シンは両手で棒を握りしめる。
「ノアは僕が守る……!」




