6話-激転
「おーにさん、こーちらっ!」
「んー……いたぁ」
「わ、わ……っと、石井さんまだですかー!?」
「あと二分はほしいかな」
「りょーかい、でっす!」
周辺を見渡せるビルの屋上に待機しているぼくはナツメちゃんとの通話アプリを駆使しながらナツメちゃんの逃げ道を案内していた。
こういう時に囮役になるのはぼくかナツメちゃんだけど追いかけっことなるとナツメちゃんの方が適任だ。現実と理想がどうであれ、現実のナツメちゃんはインターハイ常連の陸上部員だった。そんな彼女が身体能力の限界をとっぱらったこのNoAの中で走り回れば並大抵の人間では追いつけない。例えそれが人工的に作られた知能だったとしても。むしろ、人間ならばこうすると推測できるからこそ理解の外側を走り抜けていくナツメちゃんの動きは理解しようにも追いつかないはずだ。物理的にも。
さて、ぼくはと言えばいつまで経っても特例が許可されないためカルハスくんの到着が遅れた場合も考えてNoA運営へのハッキングを試みている。端的に言うと無理矢理許可をもぎ取ろうという算段だ。事態の解決を望んでいるくせにこういう時の判断は遅い。まあいろんな部署で承認を得ないといけない機械的なシステムに問題があるのだから、そこで働く人に対する文句は今回は差し控えさせてもらう。
「お、やっとるやっとる」
「重役出勤お疲れ様。今承認得たところだよ」
「始末書案件のやつな。で、俺どうしたらええねん」
「今送ったマップの赤色のピン立ってるところが最終目的地。そこまでナツメちゃんが誘導してくれるからカルハスくんはナツメちゃんのサポートしながらゴーストを叩く。到着までの間にのめしてくれても構わないよ。むしろそっちの方が早く片付いて楽だから」
「りょー……かいっ!」
勢いよく屋上から飛び降りたカルハスくん。彼のファンタジーエリアでの役職は格闘家だ。元々格闘ゲームを嗜んでいたことからその役職にしたらしい。魔法使いのナツメちゃんと格闘家のカルハスくん。遠距離と近距離でバランスはいい。そもそもナツメちゃんも個のスキル自体は高いけれど本職はバッファー。前線で戦うような職分じゃないから逃げ一辺倒だったとも言える。
さて後々に提出する報告書及び始末書の下書きも兼ねてリアルタイム実況。
ナツメちゃんと並走するように降り立ったカルハスくんはナツメちゃんを数メートル先に行かせて自分はその場で立ち止まる。ゴーストとの距離は百メートルもない。低く腰を落として拳を構える。ゴーストが目の前に迫るよりも早く、その拳は空間を切り裂いた。本来であれば辿り着けない領域。昔漫画で見て格好良かったから、の一言でカルハスくんの拳は音を置き去りにした。
その衝撃は凄まじく、ゴーストはそのまま遥か後方まで吹き飛ばされていく。わーお。これは想定内だが想定外。
「ちょちょちょちょっとー! せめてこっちに飛ばしてくださいよ!」
「いやぁ、つい」
「ついじゃないよ。ほら二人とも、まだ来るよ」
軽口を叩き合う余裕があるようでなにより。けれど向こうはそうもいかないらしい。瓦礫の山からは傷ひとつないゴーストが這い出てくる。その名の通り、ホラー映画にでも出演できそうなほどの迫力だった。どうやら邪魔をされたことへの理解が及んでいないらしい。遥か遠くに見えるであろうカルハスくんとナツメちゃんに対して不思議そうな視線を向けている。
「復帰早いからそのまま予定通り動いて。カルハスくんはなるべくダメージ負わないように。初期型ならアバターデータに干渉してくる」
「触れられたらあかんってやつ?」
「そういうやつ」
「ノーダメチャレンジやな、任せろ」
「そのRTAいつまで経っても成功しないよね」
ゴーストとの距離を計測してカルハスくんのいる地点までの到達予定時間を計算し直す。そんなことをしている間にもカルハスくんとの距離はすぐにでも縮まっていく。
「計算いらないな。リアルタイムで対応よろしく」
「おっ、けー!」
カルハスくんの声と同時に彼の背後からこれでもかというほど大きな水の塊が姿を現した。視線を向けると杖を握りしめたナツメちゃんの姿。本来使えないはずの魔法が最大出力で放たれている光景に、ぼくは今までにない速度で通話アプリからリアさんを呼び出した。
「ナツメちゃんのデータ、弄ったな……!?」
「そんなにすぐバレるとは思わなかったな」
アプリ越しと背後。二重に聞こえてきた声に振り返ると、やれやれと肩をすくめるリアさんの姿。
ナツメちゃんの習得スキルとステータスからしてあれほどの魔法を繰り出すのは現実的に不可能。可能にできるとすればそれは理外の手が加えられた時。すなわち、案の定、ぼくらの常套手段に手を出した。
「ナツメちゃんのデータ既に手加えてんですよ!?」
「加えて特例承認のためのコードも付与しているから少なくとも三箇所手を入れたかな」
「それでナツメちゃんのデータになにかあったら……」
「本人は納得済みだよ。それにもしものためのバックアップは取ってあるさ。欠片でも残っていれば、復元可能。そうだろう?」
ぐうの音も出ない。リアさんの言う通り、もしものことがあったとしてもデータのバックアップさえあればどうとでもなる。だけどそれはぼくも当然考えている。ただその手順がひどく複雑で難解で、何度やっても慣れないのだ。それに先に述べたようにデータの復旧に長い時間をかけなければいけない可能性も十分に……、否、十五分にある。そんなことも全て織り込んでナツメちゃんはリアさんの作戦に乗ったのだ。
「はぁ……。もしもの時はちゃんと復旧手伝ってください。あとこの件に関しての報告書、リアさんに任せますよ。どうせぼくの把握してない裏技他にも用意してるんでしょ」
「もちろん。そこはギルマスとして責任は取るよ」
「それならいいんです。じゃあ、あのゴーストの残りHPも少なくなってきたし、最後の追い込みかけますよ」
眼前に広がった数多のウィンドウ。キーボードに指を滑らせながら引き続きナツメちゃんとカルハスくんに指示を出す。
ぼくの隣で笑いながらその様子を眺めていたリアさんも同じようにウィンドウを展開すると、忙しなく指を滑らせる。
「ナッちゃん、目的地についたらすぐに近くのコンテナ……場所はどれでもいいから身を隠すように。カルハスくんは引き続きゴーストと応戦」
リアさんの指示を聞きながら目的地付近の監視カメラを覗かせてもらうと、そこに一人の少女が立っていた。
いつもの飾り気のないジャージではなく、いつ当てたのかどう見ても最高レア度を誇るであろう華美な和服に長すぎる髪を高い位置で結い上げて、腰に下げられた得物に手をかけている少女。
「あとは我らが切込隊長、ねねちゃんに任せるとしようか」
ねねんさんが、そこにいた。




