7話-遭遇
それは、ひどく綺麗だった。
初めて見た彼女に対して抱いた感想はそれだった。その凛々しい佇まいとは正反対なほどに消え入りそうな声をしていたことも昨日のことのように覚えている。
「ここ、今イベント終了間近で人多いから、危ない、よ……?」
人の波をかき分けてたどり着いたファンタジーエリアのダンジョン入り口。初めて訪れたそこはただでさえ非現実なNoAの中でも一際目立つほどに異彩を放っていた。奥から聞こえてくるのは爆発音に銃声。おおよそ現実世界で頻繁に聞きたくない音声ばかり。もしかしてここは戦場か? なんて思いながらダンジョンに足を踏み入れようとした時、恐る恐るといった様子で声をかけてきたのが彼女だった。
「イベント終了間近……あー、駆け込みとか、ですか?」
「そういうの。あと、小数点以下のポイントもランキングに関わってくる、から……。pvpじゃないけど、流れ弾、とか……。あ、でも、イベント参加してない、んだね……」
「ファンタジーエリアに来るのは、今日が初めてで」
「あ……だからステ初期値なんだ……」
「そういうことです。ちなみに安地とかあります?」
「え、っとね……」
そう言ってマップを共有しようとした彼女の背後から飛んできたいくつもの火球。危ない、と声が出るよりも先に彼女は腰に下げていた刀に手を伸ばし、人間が視認できる速度を優に超えた速度でそれを振り抜いた。その速度と動作に違わず、彼女に直撃するはずだった火球は全て真っ二つに切り落とされ彼女にたどり着く前に消えた。
「すご……」
「あ、このへん今日はおとなしいかも……。初心者ミッション、だよね……? じゃあ、ここと、ここ……ちょうどいい、かも」
まるで気にも止めずに彼女はぼくとマップを情報を共有した。そのついで、と言うことで何かの縁だとフレンドコードも交換させてもらった。必要なやり取りだけを交わして、彼女はダンジョンの奥へ、ぼくは教えてもらった地点へ向かう。それがぼくと彼女――ねねんさんとの出会いだった。
あのあと知ったことだったが、彼女はファンタジーエリアでは伝説とまで言われていたイベント入賞常連の上位ランカーだったらしい。
しかし、ありとあらゆるランキングイベントを総なめにしていた彼女はあの時のイベントを堺に、ある日忽然ファンタジーエリアから姿を消した。以来、誰も彼女の姿を見ておらず、巷ではもう既にNoAを引退しているのではないか、という噂まで立ち始めている。そんな彼女の輝かしい来歴をまとめた再生数四桁に満たない動画がおすすめに流れていたのは記憶に新しい。
剣閃と呼ばれた伝説のプレイヤー……かつて鴉という名前だった彼女は今やねねん、と名を変えて運営公認の怪しげなサークルで非現実的な事象に直面している、なんて与太話すぎて誰も噂にしようともしないが。
「いし、いくん……」
「どうしたの、ねねんさん」
ねねんさんの今のアバターが、そういえばそんなこともあったな、と思わせるほどにあの頃の姿とよく似ていたせいで物思いに耽ってしまっていた。そしてそんなぼくを過去から現実へ呼び戻したのもねねんさんだった。
不安そうな声は彼女から少し離れた位置でゴーストと応戦しているカルハスくんの向こう側に向けられていた。
「アレ、そう、かな……?」
「多分違うと思う。でも、斬らなきゃいけないモノだよ。解析はこの後するとして、今回の事件の原因はアレだろうし」
「うん……わか、った……」
今も、あの頃と変わらない風の音にかき消さそうなほど小さい声で彼女は応える。
そして、応対する。
低く腰を落とし、腰に下げられた刀に手をかける。長い前髪の奥から覗く瞳は鋭く、その視線だけで何かを射殺すことができそうなほどに。
「ねねんさん、バトンパスっ!」
駆けてきたナツメちゃん。後に続くカルハスくん。ナツメちゃんはリアさんの指示通り近くのコンテナの中に転がり込んだ。カルハスくんは相変わらずゴーストと応戦することでねねんさんとの距離が近すぎず、遠すぎずな適切な距離に留まらせている。ここまでは予定調和。ここからも予定通り。
「死点幻刀流抜刀術……」
通話アプリを介して、ぼくたちに声が響く。それはある種の合図だった。
「一式・蒼天!」
それが聞こえると同時にカルハスくんは高く飛び上がりゴーストから距離を取る。目の前のカルハスくんに気を取られ続けているゴーストはカルハスくんを目で追いかける。その一瞬の隙は、カルハスくんの背後に隠れるように立っていたねねんさんに気づくことも出来なかった。仮に気付いたとしても、致命傷は免れないはずだ。
ねねんさんから放たれた流れるような斬撃は空間を切り裂かん勢いでゴーストに迫っていく。ゴーストが慌てて防御姿勢を取っても時すでに遅し。ねねんさんの斬撃は、ゴーストの周囲を空間ごと切り裂いた。
「リアさん」
「はいはい、任された」
ターン、と軽やかな音が聞こえてきそうな勢いでキーボードを叩いたリアさん。瞬間、ねねんさんによって切り裂かれた空間に鎖が絡まるようなエフェクトがかかる。その鎖は次第に空間を圧縮するようにゴーストごと締め上げていく。ゆっくりと締め上げられたゴーストは悲鳴を上げることもなく真っ白のキューブになって地面に落ちた。
「回収完了、っと……。石井ー、終わったでー」
「見えてるよ。とりあえずみんな先に戻って解析しておいて。ぼくとリアさんは片付けとか諸々の手続きをしておくから」
「りょーかい」
通話を終了してそれぞれワープ機能を使ってこの場から離れていく。みんなの位置情報がいつものネットカフェに戻るのを確認してからリアさんに向き直る。
「で、どうですか」
「うん、石井くんの想像通りだね。アレはあくまでもブラフだ」
「やっぱり……。総出でかかった上に、ねねんさんの本気があったとしてあんな簡単に捕獲出来てたまるかって話です。確実に意思を持ってデータの削除を行なっていた。だったら、知識への理解が追いついていないあのゴーストではデータの削除なんてバグを引き起こせるわけがない」
「意識を逸らすためだろうね。さて、それでどうするんだい」
「そのためのコードを作ってもらってたんですよ。今度こそ、ちゃんと囮はこなします」
「それでこそ石井くんだ。いやこの場合はこう言った方が正しいか」
NoAの管理AI代表さま?
楽しそうに笑うリアさんにぼくは思わず、心の底から苦虫を噛み潰した。




