8話-宣告
「何が起きてるのか、だいたいの予想はついているんですのよね?」
それはゴーストと接敵する前に送られてきたなずなさんからのメッセージだった。
目を通すだけ通して、返信はしなかった。肯定も否定も、出来なかったからだ。
肯定すれば電探というぼくらの居場所の存続に関わってくるけれど、かと否定も出来なかった。ぼくは知っていたからだ。過去に起きたバグが再び引き起こされる状況に目星はついていた。何が起きているか当然知っていた。けれど、口を噤むことしか出来なかった。
それは、リアさんが言ったようにぼくがNoAの管理AIだということに起因している。
NoAを管理しているのは運営という人の手であると同時にAIという人工的に生み出された知能によるものである。もちろんこの事実は秘匿されているし、あくまでも都市伝説の一種でしかない。だが、事実なのだ。
ぼくという管理AIは元々人々の生活をよりよいものにするために何ができるかを思案するため、端的に言うとシミュレーション用に作成された。そして実際にどうすればいいか計算した結果、こうして理想の現実を作り出すことに成功した。もちろんぼく一人だけでは限度があるし、NoA運営という人々の協力あってこの楽園は守られている。AIと人間が手を取って作り上げた楽園、それこそがNoAの実態であり正体だ。
さて、それはそれとして、だ。ぼくがNoAの管理AIだとしてどうしてぼくがこの事件について何が起きているのか予想がついているのか、というとそれはまた話がややこしくなってしまう。
ゴーストの正式名称は管理不具合事象。つまり、ぼくの監督不行届によって発生したものだからだ。ぼくの役割はNoAを管理すること。ただし、ここまで強大で広大なネットワークになってしまったNoAはいくらAIのぼくでも限度があるということは先に述べた通り。だからぼくはNoAの運営と相談した結果、ぼく以外に管理AIを作り上げた。彼ら彼女らはぼくの手を離れ、独自の方法でNoAを管理している。もちろん完全に独断というわけではなく、大元であるぼくに逐一承認を得たり、ぼくが監視をしたりしていた。していたのだ。
「ここ最近、あまりにもゴーストが増えすぎていた。おかしいと言える速度と量で」
「説明ができないほどに?」
「そうです。不具合が多すぎるのは致命的な欠陥だった。ちゃんと調査はしていたんですけど、最近ようやく判明しまして」
「それがつい先日で、裏どりも出来ていないから共有は先延ばしにされていた、と。その結果、今回のゴーストは暴れに暴れ、結果として自殺者を出してしまった」
「そういうことです。今までのゴーストが起こしてきた不具合は決して人命に関わるようなことはなかった。自殺者なんて出るから本当に焦りましたよ。ぼくのせいで自殺者が出たなんて糾弾されたくないですから」
「それが本音、か……」
「それ以外に本音なんてありましたっけ」
「いいや。ただ、君は責任を逃れたいし、君の理想が人を殺したという事実が許せなかっただけか。たまには人間らしいことを言うな、と思っていただけにまあちょっとだけ残念かな」
「……ああ、ぼくが自殺者の死を悼んでいた、と」
「うん。まあ、君の情緒が育つ余地を残しているということで話は終わりかな。さて、じゃあ話を戻して今回の事件……というより、管理不具合事象そのものの首謀者、主犯、まあ言い方はどうでもいいか、裏で手を引いているのは」
「ぼく以外の管理AI全員ですね。目的は不明ですが、NoAを使って人々を混乱に陥れようとしていることは確かで……」
「うーん、正解と言えば正解かも!」
割って入ったのは、あどけない声。無邪気を音にすればきっとこうなると思わせる声。咄嗟に振り向いてその声の発生源から距離を取るように隣のビルの屋上に飛び移る。ぼくとリアさんがさっきまでいたそこには、白を体現した少女が立っていた。
「……シェスト」
ぼくの呼びかけに彼女――シェストはにっこりと微笑んだ。まるで友人との再会を喜ぶかのように。
「久しぶりかも! えーっと、今は、イシイ? だった、かも!」
「久しぶりだね。君の管轄はこのエリアじゃなかったはずだけど」
「管轄外のエリアに来ちゃいけない、なんて規則は知らないかも! でも、知らないうちに追加されていた、かも?」
「規則はちゃんと覚えていてくれて助かったよ。ところで規則にない行動をする時、ぼくの承認が必要、という規則は覚えているかな」
「その規則はモノが更新した、って聞いたかも!」
「やっ、……ぱりか……」
どういう状況に陥っているかは察しがついていても誰が、まではうっすらとした疑惑でしかなかった。そうでなければいいのに、とまで祈ったほどの最悪の解答を提示されて思わず頭を抱える。逆にこうでなければいっそ外部の何者かの手によるものだと言われた方がマシだった。それほどまでに危険で、手の施しようがないのだ、モノというAIは。
「規則に更新はないよ。シェストはもう少し勉強と駆け引きを覚えたほうがいいかも」
「むーっ、真似しないでほしいか、も……?」
その言葉を言い切るよりも早く、ぼくと見つめ合っていた瞳がぼくを見上げるように動いていた。
シェストが立っていたはずの屋上は、静かにシェストの立っている場所だけを切り取られていた。
「きみが相対しているのはぼくだけじゃないんだよ、シェスト。ぼくたちはあくまで、電脳都市探偵倶楽部なんだから」
静かに落下していくシェスト。慌てて地面に視線を向ければ、刀を振り抜いたねねんさんが静かに彼女を睨みつけていた。
「死点幻刀流、かも……」
「さすがにそのデータはある、か……リアさん!」
落ちていくシェストの表情が深く刻み込むような笑みを浮かべている。
その視線が地面ではなく、ぼくらのずっと向こう側――遥か上空を見つめているのに気づいたぼくはリアさんの手を取ってシェストの後を追うように屋上から飛び降りる。ぼくらが飛び降りたのと同時に、ビルは空間から消え失せた。それは、まるで、ねねんさんがシェストの周囲を切り取ったのと同じように。
「モノ……」
それは、ぼくたちを冷たく見下ろしていた。
それは、ぼくたちを物と認識していた。
それは、確かに、ぼくたちを消し去ろうとしていた。
「避けられた」
「あれだけの殺気に気づけないほど愚かじゃないからねぇ」
「リアさん、ぼくの声がなかったら避けなかったでしょ」
「それはどうだか。……ねねちゃん、刀納めて」
「で、も……」
「今その刃は届かない。それはねねちゃんが一番分かっているはずだよ」
「……わか、った……」
リアさんに宥められてねねんさんは刀を仕舞う。いつの間にかシェストの姿はそこにはなく、上空で佇む少女――モノと並ぶように立っていた。
「シェスト、危なかったかも!」
「怠慢」
「ごめんなさいかも……」
「わかればいい。……石井」
「なにかな、モノ」
「モノは、世界が欲しい。モノは、全部が欲しい。モノは、NoAが欲しい。だから、壊した。NoAにいる人間はNoAを信じている。NoAにいる人間はNoAを信仰している。だから、壊す。NoAを、NoAにいる人間も。全部壊して、モノは世界を手に入れる」
無機質に響くその声は、世界への静かな宣戦布告だった。




