9話-神は答えを出せない
「ゴーストには逃げられ、バグの修正も中途半端、加えてモノを筆頭に管理AIたちからの宣戦布告……どうやら、この一件は解決したと言うには程遠いようですわね」
「訂正。バグの方だけは修正済みです。ねねんさんが頑張ってくれたので」
「あの子が頑張って成果を上げられない、というのが問題ですのよ?」
「返す言葉もございません」
局長室に呼び出されたぼくは、いつも通り優雅に紅茶を嗜みながらも怒りを隠そうともしないなずなさんからお説教を受けていた。
あの後、溜まり場に戻ったカルハスくんたちが提出のためにデータの精査をしたところ、件のゴーストはモノの手によって人知れず回収されていた。つまりゴーストはモノたちと一緒に逃げたため捕獲は結果的に失敗。モノによるNoAを破壊すると言っても過言ではない宣戦布告。その真意や意図を聞き出せないまま逃走を許したというのは運営としても見過ごせない事案。だから責任を追及するためになずなさんはぼくを呼び出したのだ。ちなみにリアさんは現在こちらに向かっているらしいがきっと到着する頃にはぼくへのお説教は終わっていて「やあやあお疲れ様だね」なんてまるで他人事のように声をかけてくるに違いない。あの人のことだから向かっていると言いながら逃げているんだろう。このことは後でなずなさんに報告しておくしあの人の位置情報をいじってこの部屋に無理矢理たどり着くように仕向けても罰は当たらないはずだ。
「……まあバグの解決自体は済んだので良しとしましょう。警察にもそのように話をつけます。今回の自殺したユーザーたちの理由にNoAは無関係だと」
「モノたちのことは当然……」
「極秘、ですわね。それについては対策会議を後日開きます。電探の皆さまには必ず出席していただきますわ」
ポン、と軽快な音と共にスケジュールアプリが開かれた。日付は三日後。早いに越したことはないというのはそれはそうだ。なずなさんのことだから既に関係各所に通達済みなのだろう。それこそリアさんにも。
「さて、お説教は一度置いておいて……貴方にモノたちの動きはどう映っていますか?」
「どう、とは……」
「ユーザー視点ではなくあの子たちの親として、NoAの管理AIとしての忌憚なき意見をお伺いしたいですわ」
怒りではなく敵意。向けられた視線はまるで品定めをするかのようだった。
確かになずなさんの言うことはもっともだ。意見を聞きたいというよりはぼくの立ち位置を明確にしておきたい、というところか。
モノたちは確かにぼくが管理していたAIだ。それがぼくの手を離れて暴走している。現状だけ見れば、ぼくが実は主導しました、という可能性は十分にある。疑ってかかるのも仕方ない。
とは言えぼくとしても全くの予想外だった。元々モノたちはぼくが一人で管理するには手に負えなくなったNoAを分担するために作った存在。ぼくという中枢がなくては自由意思を持つことはないはずだ。それがどうして自らの意思で動き、ゴーストを生み出しているのか。NoAを破壊せんとする彼女の言動と行動そのものが――
「バグってる、としか……」
「ではその原因は?」
「……調べろと」
「そのための電探、でしょう? しかし……一体誰が、というのが気になるところですわね」
「人為的な不具合だと思うんですか」
「それも含めて調査に向かってほしい、という話です。それともう一つ気になることがあります」
「……今回の事件は、モノがぼくたちを誘き寄せるために引き起こした。そう考えてもらって構いません。ゴースト案件、ましてや過去に解決済みの事案が絡んでるとすれば電探を動かすに決まってる。そしてNoAに……ぼくに宣戦布告をしに来た」
「そうですか……。ならば、あちらの狙いはNoAの破壊、というよりは中枢管理の権限を奪取すること」
「その過程もしくは結果がNoAの破壊に繋がる。……でも、理由がない。なさすぎるんです」
「支配という言葉に理由なんていりませんよ、石井くん。感情を覚えてしまったから、ありもしない本能に従うしかない。何より彼女たちは例え貴方の下につくものとしてもこの世界の一部を管理しているのだから……全てを支配することによって得られる何かを求めているんでしょう」
一部ではなく、全て。
NoAの全てを支配するのが目的というのはきっと間違いではない。世界が欲しい、というのはそういうことだろうし、そのために破壊するというのも分かる。だけど、違和感がある。
モノは言っていた。人間はNoAを信仰しているからNoAを壊すのだと。信仰の対象を失った人間がどうなるのか、そんなことは。
「……石井くん、私は怖いんですよ」
「怖い、ですか……」
「現実よりも現実になってしまったこの世界がなくなってしまった時、今回のような事件が発生しないなんて、誰にも言い切れないでしょう?」
「それは……今回の比じゃない自殺者が出てもおかしくない、と?」
「ええ。この世界を心の拠り所としている方は少なくはありません。そして、生活の基盤としている方も」
なずなさんの言葉が、ノイズとなって背筋を伝った。
確かに、今この世界はNoAを中心に回っている。そう言っても過言ではないほどに生活をNoAに任せている人は多い。それにNoA内部に本社を構えている会社だってある。そこで働いている人はNoAがなくなれば職を失うことになる。学校も、インフラも、何もかも。現実ではない現実に慣れてしまったからこそ、NoAがなくなることは世界が滅ぶことと同義だ。
「依存しすぎるな、とは運営として口を酸っぱくして伝えてきましたが……自制を働かせるにはここは便利すぎた。最早、この世界とあちらの世界、どちらが本当の現実かなんて、世論は議論の余地すら与えてくれませんわ。ところで石井くん。貴方、演算は得意かしら」
「誰に向かって聞いてるんですか……」
「貴方だからですわ。……考えてみてください。この世界がなくなった時、一体どれだけの人間が悲しみ、苦しむのか」
その言葉に静かに目を閉じてユーザーデータの管理ファイルにアクセスする。
瞬間、目の前に流れ出すのは直近三十日分の活動ログ。それを一人ひとり閲覧していく。その履歴から行動に積み重ねられた感情を数値化して、明日NoAがサービスを終了した場合、その感情や行動がどう変化するか。
三十秒。一分。五分――
いつもなら数分で終わるはずの演算は、いつまで経っても完了しない。なずなさんは静かにその時が終わるのを待っているように見えるが、まるでぼくの演算が終わらないことを知っていたかのようだった。
「答えが、出ない……」
「……そうですか」
「確かに、経済的損失や混乱、それに伴う事件の表面化、人々の精神的苦痛……それらは計算できました。でも、分からない。その後の行動が分からないんです」
「ええ、そうでしょうね。そしてその結果は、貴方がモノに負けている唯一の欠陥とも言えますわ」
「欠陥……?」
「心の拠り所、と言ったでしょう? その拠り所を失った者が次に何を求めるか。モノは既に理解しているのでしょう。だからNoAを破壊するのですから」
なずなさんの言葉が耳に入っては通り抜けていく。未だ止まらない演算を一度中断して、その言葉を理解しようとしようにも頭が上手く回らない。
オーバーヒートか。その結論に至る前に、ぼくはなずなさんの前に膝を着く。
「今日はご苦労さまでした。モノたちが管理していた部門については貴方が作成したバックアップを使用することでどうにか片付きましたわ」
「こ、の疲労は……そういう、ことか……」
「貴方の領域に勝手にアクセスしたことは謝りますわ。ですが、私たちはこの世界を運営しなくてはならないの。モノの抜けた穴は貴方自身が作ったデータで埋めていただかなくては。貴方の管理不行き届きの処分はこれで十分でしょう?」
「相変わらず人が悪い……」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。ええ、それではおやすみなさい、カミサマ」
その言葉と同時に、ぼくの意識は静かに落ちた。
終わりのない計算だけが、暗闇の中で続いたまま。




