4話-遅延
ねねんさんが決めた作戦というのは、簡単に言えば運営公認という立場を利用して容認されている改造ツールのを使用したものだった。もっと端的に言えばチート行為を以てしてこの事件の調査と解決を試みようということだ。本来であれば糾弾されるべき手段ではあるが、事が事であるし何よりこういった強行手段を取らなければいけないほどに今回の不具合発生条件というものが厳しすぎた。ユーザーランクのカンストはぼくやリアさんがいるからいいとしてイベントの入賞実績を積まなければいけないというのが問題だった。単純に時間がかかりすぎる。今この瞬間もファンタジーエリアでイベントは開催されていて、ランキングも更新されている。それに加えて今回のイベントの結果次第ではこの不具合の条件に該当するユーザーが一人いることも確認している。つまり、また一人新しい犠牲者が出てしまう可能性が十二分にあるということだ。
「わぁー……プロフィールすごいことになってるじゃないですか」
「これを他のユーザーに見られたら炎上しそうだしね」
「まあ入賞どころかファンタジーエリアで見たこともないような人が突然入賞実績をプロフィールに記載してたらチート使ったって丸わかりですからねー」
件のイベントはナツメちゃんが慌てて完走させてきたイベントだったから、人手を確保するためにも今回は少しだけこちらから手助けさせてもらった。まあ、ぼくのデータを改竄するついでにナツメちゃんのデータも改竄しただけなんだけど。このことに関しては後でイベント運営チームに電探案件だと報告書と一緒に申請すればお咎めなしにしてもらえるから問題ない。
さて、ナツメちゃんをわざわざ呼びつけたのは人手が必要だというのが半分。もう半分はぼくたちも気づいていない不具合が起きていることも考慮して、だ。
今ぼくのデータはこれまでアカウントが凍結したユーザーと同じ状況……つまり、アカウント情報をトレースしてある状態だ。しかし、これでもしも何も起きなかったら。万が一にもないと信じているがこれが人の手によるものであれば、この不具合を引き起こした張本人はユーザーデータを閲覧できる状態にある。そうでなければ、プロフィールに記載されないはずの二桁回前のイベントの実績なんていちいち覚えていないはずなのだから。もちろん、その実績を当人が公に発言していれば話は別だが。
とどのつまり、改竄されたぼくのデータが閲覧されていた場合、ぼくを標的にしない可能性がある。こんな見え透いた罠に引っかからない可能性を考慮したのだ。その可能性に一番最初に気付いたのが、グループチャットで現状を把握したナツメちゃんだった。リアさんも考えていなかった可能性に気付いたことで、ナツメちゃんはすぐにリアさんによって招集された。イベントが、と何度もメッセージが打たれていたけれどぼくがナツメちゃんのデータをいじってイベントを完走したことにすればナツメちゃんの憂慮はなくなるとリアさんに半ば脅される形で合流し、ぼくが狙われなかった時のために第二の囮として今ここにいる。
ぼくはともかくナツメちゃんが囮になることはこの作戦を立案したねねんさんも思ってもいなかったせいで、ねねんさんは今リアさんと一緒に作戦案の練り直しを図っている。声にならない悲鳴、とはああいうことを言うのだろう。事後報告されたねねんさんは今にも卒倒しそうなくらいに顔を青ざめさせていた。リアさんの決定、ということでグッと堪えたようだけど、半年に一回しか聞けないであろう大声を聞くことになったので堪えきれてはいなかったかもしれない。
そもそもこの作戦というのはぼくのアカウントが特殊だから許されるのであって、ナツメちゃんをこの作戦に組み込むことは最初から考慮されていない。何が起きるかわからないからだ。ぼくのアカウントの特殊性は一旦置いておくとして、ナツメちゃんのアカウントがもしも削除されてしまうような事態に陥った時にどこからどこまで復旧できるか、どこまでのバックアップを必要とするのか。そういった情報の精査から始まり、運営本部でも手の届かない、ねねんさんとリアさんが作った個人的なクラウドサーバーへのデータのアップロード、とおおよそ数日はかかるであろう作業をものの二時間で終わらせて今に至る。
「それにしても、これで何も起きなかったらどうしようね」
「その時は犯人……って言っていいのか怪しいですけど、その人ないし不具合が一枚上手だったか、予想が外れた、ってことにしておきましょ」
「人命がかかってるわけだけど」
「自己責任ですよ」
「……これだから人間ってやつは」
「やだ褒めないでくださいよ、照れるじゃないですか」
「褒めてないよ」
イベントが終了するのは二時間後。そこから一時間と経たずにランキングが発表される。とどのつまり今から三時間は暇を持て余すということだ。
しかし、現実はそうじゃない。ぼくのユーザーデータに起こった異常を、このバグが見落とすとは思えなかった。ナツメちゃんの危惧も必要ないと言うように。
「……お出ましだ」
いつもの溜まり場であるネットカフェ。その入り口に待機していたぼくとナツメちゃんは、目の前で起こる不可思議な現象に目を細める。
情報の集合体であるこの空間に存在しない事象。空間を切り裂いたような穴が突然現れたのだ。その穴の向こう側には現実の道路が映り込んでいる。ライブカメラで配信されているだとか、過去の映像が投影されている、というわけではない。これは、今この瞬間の現実を切り取って見せているのだ。
「現実に干渉するタイプ、ってことですか……。じゃあ自殺した人もこれにやられたって感じですかね」
「自殺教唆、ってところだろうね。ただしこの相手が」
人間だったなら。
ぼくの呟きに、現実の向こう側から顔を出した不気味な少女は笑っていた。




