3話-救済
「いやはやまさか石井くんを囮に使うとはねねちゃんも人が悪いね」
「笑い事じゃないんですよリアさん」
「で、でも、確実、だよ……?」
「それはそうなんですけどね。それならそれこそ……いや流石にそれはチートがすぎるな」
「君の考えは聞かないでおくよ。でもねねちゃん、それならワタシでも問題なさそうなものだけど」
運営本局で必要なデータを集めたねねんさんは一旦ログアウトした。ぼくはログアウトする必要はなかったがねねんさんが晩ご飯を作らないといけないことと連続ログイン時間に基づく強制ログアウトまでもう少しだったから一度ログアウトしようという話になったのだ。それは本当に仕方ない。あのお姉さんがねねんさんとの団欒を邪魔されたらどうなるか……考えただけで背筋が凍る。
ねねんさんが戻ってきてからいつもの溜まり場に行けばいつからいたのか、退屈そうに動画を眺めていたリアさんがそこにいた。ナツメちゃんとカルハスくんはまだ来てない。流石に数時間じゃ来たりしないしそもそももう真夜中なので余程のことがない限りほとんどの人はおやすみの時間だからいなくて当然という話。
「りぃちゃん、は……だめ、だよ……。もしものとき、どうする、の……」
「ふむ……そう言われてしまえば返す言葉もないね。確かに石井くんなら適任だ」
「ぼくを粗雑に扱えばいいと思ってますよね。まあいいですけど。ねねんさん、アカウント凍結の法則はわかったんですよね? それをぼくに実践して欲しいって言うからには」
「え、っと、ね……」
ねねんさんが言うにはこうだ。
ユーザーデータを洗ってみたところ、今回自殺した全てのユーザーのアカウント凍結は内部の不具合で起きたことだと。加えて全員がある一定の条件を満たしていた。
その一定の条件というのがユーザーランクカンスト、ファンタジーエリアでのランキングイベントで連続二桁回以上上位ランクをキープというもの。条件があまりにも厳しすぎて余程のことがない限りそんな不具合発見されることはない。しかしそれはそれでおかしな話だ。
「違和感があったのはそれか……。その不具合なら修正されたはずです。一番最初の自殺者が出る前に」
「そう、なの……。NoAに同じ不具合は二度も発生しない……。だから、ありえなくて……」
「運営はそれがわかっていたからぼくらに依頼をしたと?」
「たぶ、ん……。起こるはず、ない……不具合が原因で、自殺者が出たとすれば……NoAとしては……」
「見過ごせない事案の中でも最高に最悪な事案ですね。理解しました。でもそれならどうして警察と取引を? ハッキングで不具合が引き起こされたとでも?」
「時間稼ぎ、だろうね。調査部によればハッキングが起きた事実はない。これは確定事項だ。世界がひっくり返ってもありえない。だから警察がいくらハッキングされたという履歴を探しても出てきやしない。そうして警察がNoAの運営について調べている間に解決させてしまうんだよ、ひっそりとね。これが本当に不具合なら対処自体は簡単だ」
「自殺者に関してはどう説明しますか?」
「勝手に死んだ人間のことをどう説明するんだい、石井くん。そもそも警察だって自殺者に関して事件性はないと判断してるんだ。それに、自殺した彼らは運営に問い合わせをすることなく、アカウントが凍結されてしまったという事実に直面しただけで自死を選択したんだ。自分の人生の行き止まりを悟ってしまったから第二の人生を生きてみよう、という選択をしなかったんだ。彼ら彼女らは自分の意思でそれを選んだだけだよ。それに説明も感情も必要ないさ。実際、アカウントが凍結されてから死亡推定時刻までの間にアカウントの凍結が解除された履歴は残っている。解決できたかもしれない問題の解決から逃げたのは、彼ら自身だろう?」
「……そう、ですね」
言いくるめられた。でも事実だ。
ねねんさんがまとめた資料によれば確かに例外なく一度アカウントの凍結が解除された履歴はある。しっかりとした手順を踏めばアカウントは戻ってきたのだ。彼らの人生は、もう一度動くはずだったのだ。それをしなかったのは、それを選ばなかったのは確かに彼ら自身だ。
でも、それは。
「……隠蔽しても構わない、と言うことですか」
「NoAとしてはそう考えているだろうね。石井くん、ワタシたちはあくまでNoAに依頼されて調査しているだけで運営方針に口出しする権利はないんだよ。それに、この世界は現実に干渉する力を持ってない。干渉なんてね、できないんだよ。現実よりも現実を。それを謳っている以上、NoAが原因で自殺した人がいます、なんて公表しない。するわけにもいかない。NoAで生きる人間と現実で生きる人間をイコールで結びつけるなんてNoAがするわけがない。それは君が一番よくわかっているんじゃないのかい」
「わかって、ます……。わかってるんですよ、そんなことは……」
でも、それは、あんまりじゃないか。
彼らが生きた証が彼らを殺したなんて。
彼らが愛したものが彼らを殺したなんて。
そんなもの、誰も救われない。誰も報われない。
理想に殺されるなら本望だ。ねねんさんが集めたログの中に含まれていた一文。彼は本当に本望だったのだろうか。理想を奪われて、自ら理想を遠ざけて、それで彼は本望だったのだろうか。そんな死を彼は望んでいたのだろうか。
死人に口なしだと理解している。それでも納得なんて出来やしない。したくない。彼が本当に欲しかったものは、そんな最期じゃないはずだ。
「そう言うなら、しっかり囮を果たすといいよ。君もこの不具合の裏に何が隠れてるかくらいわかっているんだろう?」
「……わかってます。やりますよ。それがぼくの仕事なんだから」
「よし、それなら早速取り掛かろうか。ねねちゃん、準備はどれくらいで出来るかな?」
「い、ま……二時だから……。……ご、めん、早くても八時……」
ぼくの答えに満足したリアさんは軽い音を立てながら手を叩いて蚊帳の外にいたねねんさんに声をかける。さすがのねねんさんでも少し眠いのか一時間だけ仮眠を取ってから作業したいと。その間にぼくにも出来そうな作業を送ってもらい確認すればぼくでも何とかできそうな作業だった。
「でき、そう……?」
「これくらいなら余裕です。電探絡みだから罪にも問われなさそうですし」
「これくらいを罪に問えるほど仕事してないんじゃないのかい彼らは」
「名誉毀損で訴えられますよ」
リアさんの軽口と陰口にため息を吐きながらねねんさんから作業を引き継いで手早く画面にソースコードを打ち込んでいく。視界の端では眠そうに目を擦りながらねねんさんがログアウトしていった。リアさんはログアウトする気がないのかぼくの隣から画面を覗き込んでいる。
「相変わらず打ち込み早いね君は」
「誰かさんのおかげでね。リアさん、ここのコードこっちの方がいいですか」
どれどれ、とねねんさんが用意した下書きと見比べながらリアさんはぼくの手を躱しながらキーボードに指を滑らせた。
タッ、タッ、と軽い音がしばらく響くと画面いっぱいに広がる無数の改造コードたち。マジかよこの人最後まで書き上げやがった。
「これくらいした方がスマートだね」
「ねねんさんのコード面影1つないんですけど……」
「最終的な答えは変わってないから問題ないさ。自分で確認しておきたまえよ、君のユーザーデータなんだから」
「わかってますよ。帰るんですか?」
「一度ね。ねねちゃんが戻ってきたらメッセージでも飛ばしておいて。戻ってくるから」
「了解です。おやすみなさい」
軽く手を振ってログアウトするリアさん。何の音も響かない空間に残されたぼくは目の前に浮遊するコードを確認してから画面を閉じる。
ユーザーデータに直接書き込まれた改造コード。ねねんさんが提示した不具合発生の条件は一般ユーザーが一朝一夕で再現出来るものじゃない。だからほんの少し手心を加え強制的に発生させる。わざわざ不具合に自ら足を踏み入れるなんて一般ユーザーからは考えられないしやりたくもないことだろう。きっとぼくじゃなければ出来やしない。
「久しぶりの大仕事になってきたな……。仕方ないけど頑張る、か……」
ぼくにしか出来ない大仕事。せめてこれが、もうこの世にはいない彼らへの手向けになればいい。そう考えてからぼくは静かに目を閉じた。




